いつか白くまさんも抱きしめてあげる

※12話時点までの情報で執筆しています。



 私の旦那さま、ケナンジ・アベリーさんはドミニコス隊で艦長を務める方で、ヴァナディース事変の立役者として英雄視されている、凄腕の元エースパイロットだ。……私がケナンジさんに出会ったのは戦後のことだったので、正直に言うと私はヴァナディース事変、という戦争で何が起きたのかを仔細には知らない。夫とは幾らか年が離れていることもあって、当時まだ私は少女だったから、報道で事件を見た記憶もぼんやりとしているのだ。
 妻として、夫のお仕事はちゃんと知っておかなきゃいけない、という風にも私は思ったけれど、ケナンジさんとしては、私には戦争とは無縁の場所にいて欲しいのですって。
 出会った頃から夫はとにかく私に過保護で優しくて、結婚して夫婦になった後でもそれは変わらずに、私はケナンジさんに守られ続けている。戦艦“ユリシーズ”を拠点とするドミニコス隊は、基本的にはそちらで住み込みの業務と言う形になるものの、ケナンジさんは私の住むプラントまで頻繁に戻ってきてくれるし、結婚して以来というもの、夫からの甘やかしを実感しなかった日など無くて、だからこそお仕事で忙しいケナンジさんに私も安息を与えてあげたくて、家に帰ってきている間はとにかく居心地よく過ごしてもらおうと私は頑張った。
 中でも少しだけ腕に覚えのある料理に関してはケナンジさんの好みの味付けや食材を研究して、今では夫にも「の飯が一番美味い」と言わせるまでに至ったのだけれど。

 ──至ったの、だけれど。

「──、帰ったぞ〜」
「きゃーっ! ケナンジさん! またぷにぷにになってる! かわいい〜!」
「なってねえよ! 三日前と同じだっての!」
「ほんと? 三日前もこんなにぷよぷよで可愛かった……? ぜったい、会わない間にまた可愛くなってるよ……」
「それはこっちの台詞で……いや、まあともかく、ただいま、。大事なかったか?」
「寂しかった……」
「おう、ひとりにして悪かったな」

 ぽんぽん、と私の頭を軽く撫ぜるケナンジさんに玄関先で思いっきり抱き着いて、ふかふかでふにふにの感触に思わず頭がぽわわんとしてしまうけれど! ──だめだめ! いくらケナンジさんがぽよぽよで可愛いからって! おなかいーっぱいご飯を食べて欲しいからって! パイロット時代、出会った頃にはスラっと筋肉質だったケナンジさんをまんまるボディにしてしまったのは、私の栄養管理が行き届いていなかったからでしかないのだから、私はちゃんと反省しなければならない。
 夫は軍属だしパイロットだった訳だし体力もあって、出世するに連れてデスクワークに回されるようになったことで運動量は減っていったけれど、その程度で急に反動がくるとは、年の離れた私には尚のこと気付けなくて。慣れない指揮官の仕事で神経をすり減らすケナンジさんにたっぷり栄養を付けて欲しいばかりに、ヘルシー路線などとは程遠い食生活を彼に提供し続けた結果、……それはもう、たっぷりと栄養を付けすぎてしまった。健康のことを思うなら、やっぱりダイエットをさせたほうがいい! とは思うものの、疲れて帰ってくる夫に質素な食事を出すのは気が咎めるし、ヘルシーな献立をしょんぼりした顔で食べ勧めるケナンジさんを見ていると私も悲しくなってしまうし、周りの友人たちには痩せていて格好良かった頃に戻って欲しくないの? なんて聞かれたりもするけれど、……今のケナンジさんもこれはこれで、可愛いから、結局好きだしなあ、なんて……。

、今日の飯は?」
「今日はグラタンですー……」
「グラタン! いいな!」
「うう……、ほんとはね、ほうれん草とお豆腐でヘルシーにしようと思ったんだよ? ……でもケナンジさん、お肉食べたいかなと思って、鶏肉入れちゃった……」
「おお、良いな」
「よくないよお、チーズもいっぱい入れちゃったの……」
「ますます良いな!」
「良くないってばあ!」
の飯は美味いからな、幸せ太りもまあ致し方ないだろ。……実際、俺は幸せものだしなあ」

 そう言ってふわふわと本当に幸福そうに目を細めたあなたが、手土産にと買ってきてくれた林檎で、きっと私は明日アップルパイを焼くのだろう。バターとお砂糖たっぷりで、こんなのケナンジさんに食べさせちゃダメって葛藤しながらも、あなたの嬉しそうな仕草に私はいつまでも弱いものだから。──そろそろ作戦変更で、食事制限よりも朝のジョギングをふたりの日課にしたりする方が、いいのかもしれないなあ、なんて。 inserted by FC2 system


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