金色なら誰かが手を伸ばすだろう

 ジムチャレンジでは、無事にナックルジムを突破して、セミファイナルトーナメントでは、優勝を勝ち取り、ついに私は、念願のファイナルトーナメント決勝、チャンピオンまであと二歩で辿り着く、というところまで、駒を進めたの、だが。

『行かせねえ、ガラルのドラゴン使いチャンピオンになるのは、このキバナさまだ!』

 ───決勝戦、私は。ナックルジムリーダーのキバナさんに、敗北。チャンピオンへの挑戦権を得ることは、叶わなかった。

 かくして、チャンピオンに届かないまま、私のジムチャレンジは終了。長年の夢だった、ドラゴン使いのチャンピオン、という豊富も、一旦は断念せざるを得なくなってしまったのであった。
 ───さて、これからどうしようか。引き続きチャンピオンを目指すなら、ジムリーダーを目指すのが手っ取り早い。ガラルリーグはそのシステム上、年間でベスト8以内の成績を収めたジムリーダーならば、その年のファイナルトーナメントに、ショートカットでの出場が叶うから、だ。本気のジムリーダーの手強さなら、既に、トーナメント戦で思い知っている。僅か8席を、年間を通して奪い合うのは、それはそれで、ジムチャレンジ以上に険しい道のりであることは、明白だった。───しかし、私は今年のリーグで、チャレンジャーとして十分な成績を残せている。ジムリーダーになりたい、という意志さえ明確に示したなら、どこかしらから、スカウトの声は掛かるだろう。実際、現在のジムリーダーにも、そういった経歴でリーダーに就任した面々は、少なくない。

 ───しかし、だ。
 私が目指しているのは、最強のドラゴン使いな訳で。
 チャンピオンになれるなら、ジムリーダーになれるなら、エキスパートは問わない、今からでも信念は曲げられる、───等ということは、全く無くて。

 ───つまり、私には。チャンピオン以前に、ベスト8よりも険しいその一席を、奪い取る必要があったのだ。

 ガラルのトップジムリーダーと名高い、ドラゴンストーム、───キバナさんから。


「ジムトレーナーに応募があったら、書類選考の後で、実技試験と面接があるんだわ。でも、オマエの実力はオレさまが一番、よく知ってるし、今更眠たい試験する必要ねーと思って。だから、オマエは面接だけな」

 ナックルジムは、最難関なだけあって、狭き門だった。街の特性上、ジムトレーナーは宝物庫の番人も兼ねるから、尚のこと、いい加減な人間は迎え入れられない。厳正な審査の上で、合否を決定する、という説明を受けながら、――じゃあ、キバナさんはそんな事情も全て加味した上で、ジムリーダーに就任したのか、と。ぼんやり、そんなことを考える。結局、キバナさんも、今年はチャンピオンになれなかったけれど、それでも、私を下してチャンピオンへの挑戦権を得たのは、このひとだから。私を負かした相手が、そういう人間であると実感できて、私は誇らしかったのかもしれない。

「一応、立場上、聞かなきゃなんねーんだけど。……なんでウチに応募したの? オマエなら、ジムリーダーとして取ってくれるジムもあったろ。マイナーリーグ落ちしてるとことかは尚更、強いリーダー役を欲しがってるしな」
「それは、……ドラゴンタイプじゃなきゃ、嫌だったからです」
「……へえ。確かにオマエ、ウチに挑戦しに来た時も、ドラゴン統一のパーティだったよな。オレさまに真っ向から挑んでくるとか、良い度胸だと思ってたけど、───そういや、トーナメントでも、ずっとドラゴン使ってたな」
「はい」
「旅の間、ずっとそうだったのか? ポプラさんとことか、メロンさんのとこも?」
「はい。……ドラゴン使い以外に、私の道はありません」
「───へえ……」

 ───そのとき、私は言葉にはしなかったけれど。キバナさんには、分かっていたと思う。ジムリーダーへのスカウトを蹴りながら、ナックルジムの門を、私が叩いた、ということ。───それは、いつかこの竜の喉元に噛み付く気で、此処に来たということだ、と。キバナさんには、きっと。分かっていたことだろう。

「ドラゴンタイプが好きなんだな、オマエ。うちのジムトレ、ドラゴン統一ってわけじゃねーから、オマエみたいなの逆に珍しいよ」
「ああ、そういえば、確かにそうでしたね」
「そうなの、オレさまはドラゴン好きなんだけど。育てるの難しいからなあ、ジムトレには強要してねーの」
「そうですか……」
「他には? 志望動機、言いたかったら聞くぜ?」

 キバナさんは、別に、自白を強要はしなかった。獰猛に見えた、この竜の本質は、表向きにはきっと、守護竜なのだろう。だから私も、言わなかった、と。これは、それだけの話なのだ。

「───そうですね、このジムのユニフォーム、セキエイ高原のチャンピオンを模していますよね?」
「お! オマエ、ワタルさん知ってんの!? オレさまファンなんだわ! それでこれなの!」
「ですよね? 私もワタルさんのファンなんです」
「そっかー! それでドラゴン使いなワケ?」
「そんなところです。だからナックルジムに、応募しました。このユニフォームが着たかったので」
「オマエ滅茶苦茶潔いなぁ、オレさま嫌いじゃねーわ……」
「ありがとうございます、ついでに採用していただけると助かります」
「本当に潔いなオイ……」


 ───時は流れて、ナックルジムに私が属して数年、リーダー就任以来、チャンピオンへの挑戦権を、奪い取り続けたキバナさんの功績もあって、ナックルジムは評判が向上。名実ともに、ガラル最後の砦にして、トップジムと呼ばれるまでに成長していた。
 そんな成果もあったお陰で、ナックルジムは、ドラゴン使いの本場、───ジョウト地方、フスベジムとの間で、ジムトレーナーの交換留学を行うことで、双方のさらなる実力向上を狙う、一大プロジェクトへの取り組みが決まって、───ナックルジム側の代表者として、私が選ばれることとなったのだ。

 ───私にとって、それは、願っても見ない機会だった。
 フスベシティはドラゴン使いにとっての聖地であり、───あのワタルさんの、出身地でもあるから、だ。

 子供の頃、一度だけ、ワタルさんの試合を見たことがある。

 当時、まだ四天王だったワタルさんの、防衛戦。セキエイリーグはメディア露出も多くないから、テレビ越しにでもその中継を見られたのは、本当に運が良かった。翼のように翻るマント、挑戦者を薙ぎ払うドラゴン軍団、───どうしようもなく、その姿に胸が高鳴り、童心は竜王に焦がれた。ポケモンを持てる年齢になったなら、旅に出られるようになったなら、私も、きっと、───あんな風になるのだ、と。そう、思って、私は歩いてきたから。

 ───そうして、私がガラルを離れたのが、三ヶ月前。今年度のジムチャレンジの真っ最中ではあったけれど、任期は半年、と元々決まっていたから、フスベジム側の代表者に、トーナメント戦のシステムを見せたい、今年のチャレンジャーと戦ってみて欲しい、という上の意向もあり、私はジムチャレンジの真っ最中に、ガラルを離れた。───きっと今年も、キバナさんが決勝に行く。その結果は、未だ分からない。ダンデに勝てない、チャンピオンになれない最強のジムリーダー、なんて皮肉を唱える層も、増えていたけれど。キバナさんはずっと、鍛錬を怠ったりしていないし、私が任期を終えて戻る頃には、ナックルジムはどうなっているのだろうな、なんて。私は本気で、そんな風に考えていた。

「ダンデが負けた。新チャンピオンは、今年度のチャレンジャーだ」

 ───キバナさんから、そんな連絡が来るまでは。

 キバナさんから電話があったのは、じっとりと空気が重たい、土砂降りの雨の日だった。フスベでどんな修行をしているだとか、ナックルジムにも取り入れたい、フスベジムやジョウトリーグのシステムだとか、トレーニング方式だとか。報告する事項なら、毎日、いくらでもあったから。定期連絡は、原則的に私からするのが常だったけれど、───その日、珍しくキバナさんの方から、予告もなく着信があった。ガラルとジョウトの間の時差を考えると、あちらは今頃、未だ深夜だろうに、と。不思議に思いながら取った着信、───その電話口の声は、焦燥しきっていて。

「誰も、チャンピオンが代わるなんて予想してなかった。だから、引き継ぎに手間取って、オレさまも駆り出されてさ、ローズ委員長のこともあって、人手が足りねぇから、尚更、」
「ローズ委員長? なにかあったんですか?」
「逮捕された」
「え、」
「まあ、そんなのどうでもいいわ。多分、そっちでも報道あるだろーしな。今大事なのは、ダンデが負けたってことと、」
「はい」
「……オレさまがチャンピオンになるって、誰も思ってなかったってことだよ。誰も、明日引き継ぐことになるかもしれない、と、この十年、考えてなかった」

 キバナは、ダンデに勝てない。絶対に、勝てない。勝手に貼り付けられたそのレッテルを、払拭できないまま。───ダンデさんは、キバナさん以外に負けることで、十年間を勝ち逃げした。誰も予想していなかった、この結末を、───キバナさんは、一体。どう、受け止めているのだろうか。

、オマエさ」
「はい」
「自分が周囲になんて呼ばれてたか、知ってるか?」
「は? ……ナックルジムの眼鏡じゃないほう、とかですか? 浮くかと思って、最近は眼鏡掛けてましたが……ああ、それとも、手持ちであだ名付けられてるとか? ギャラドス女とかですか?」
「ちげーよ、そんなわけねーだろ」
「心当たりがないんですが……」
「オマエさ、───キバナの守護竜、って。そう、呼ばれてんの、ずっと、昔から。オマエがジムトレになってから、ずっとな」
「……初耳です」
「マジ? まあ、はそんなつもりじゃなかっただろうしなあ。今年はさ、オマエがいないから。例年みたいに、オレさまの前にオマエで消耗して苦戦する、ってこともねーし。例年よりナックルジムが突破しやすい、とか言われてたんだわ」
「ハァ? そんな訳ないじゃないですか、私が居ようが居まいが、キバナさんの実力は変わりません」
「ウン。本当にそーだわ、オマエがいないから突破率が良い、とか言われてたけどな、そんなんじゃねえ。……つえーよ新チャンピオン、オレさま、敵わなかった」
「…………」
「オマエ以来の、期待の新人だと思ってたんだわ、あの子のこと。でも、オレさま、油断してたのかなあ。オマエどころじゃない、オレさまもダンデも、纏めて越えられちまった」

 その声に滲むのは、失意、だったのかもしれない。

「……どうすっかなあ、これから」

 星標を失った、覇気のない声の持ち主は、───今、何を見ているのだろう。

「……キバナさん、私、ドラゴン使いのチャンプになりたかったんです」
「おー、知ってる。ワタルさんに憧れてんだもんな」
「はい。だから、いつかキバナさんを引きずり下ろして、ジムリーダーになって、私がチャンピオンへの挑戦権を、って。そう思ってました」
「ウン、知ってたよ。オマエはオレさまを守護してるわけじゃない、オマエがオレさまを倒したいから、その役割をこなしてるだけだってな」
「はい、そうでした」
「……オレさまとダンデと、一緒だよ」
「そうですね。でも、私はもう、チャンピオンとかジムリーダーとか、どうでもいいんです」
「……は?」
「ジョウトに来て、気付いたんです」

 異国の地を踏み、知らない草花に触れ、冷たい洞窟、祠の奥で、知らないトレーニング方法で鍛錬を積み、伝統に触れた。風土に宿る魂を知って、───憧れとさえも、対峙して。

『───ちゃんは、なかなか筋が良い。……うん、そうだな。きみさえよければ、時々こうして、おれが稽古を付けよう。きみはまだまだ強くなれる、おれは、きみが羽撃くところを、見てみたいんだ』

 私は、翼が欲しかった。───でも、きっと、本当は、その翼というものは。必ずしも、チャンピオンマントではなくとも、構わなかったのだ。

「私がなりたかったのは、ワタルさんじゃない。ワタルさんのように立派なトレーナーに、ドラゴン使いに、なりたかっただけなんです。憧れに勝手に、夢を借りていただけで」
「……そっか」
「はい」
「オレさまがもしも、ナックルジムのリーダー降りるって言っても、オマエ、引き継ぐ気ない?」
「今は、あんまり……、まあ、私の所属はナックルジムなので。委員会から指名があれば、従います。……新チャンピオンとは、私も戦ってみたいですし」
「はは、そっか。……そっかー、オマエはほんとに、もうオレさまの守護役なんかじゃ、なくなったんだなあ。……なあ、
「はい」
「きっと、これからダンデは、新チャンプとのバトルに、取り憑かれる。オレさまがそうだったから、分かる。まぐれなんかじゃねえ、新しいチャンピオンは、ダンデより強い。強くならなきゃ、あいつはあの子に勝てねえ」
「……はい」
「そうなりゃ、オレさまはお払い箱だ。……なあ、
「はい」
「……三番手って、辛いんだなあ。オマエ、すげーよ」
「はは、私はそんなんじゃないです。ガラルの三番手なら、ネズさんでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ」

 チャンピオンマントという翼、あの威光に、どうしたって憧れた。それが欲しくて、欲しくて、堪らなかったのは、キバナさんも同じだろう。ドラゴン使いにとって、マントという意匠は特別な意味を持つ。マントを纏ってこそ一人前、という共通の価値観が、私達にはある。だからこそ、執心したのだ、私も、キバナさんも。───キバナさんに至っては、奪い取りたいそれが、宿敵の翼だったのだから、どれほどの悲願がそこに詰まっていたのか、なんて、考えるまでもなく分かりきっていた。

「……あーあ、オレさま、どうすっかなあこれから」
「……キバナさん、さあ」
「ウン? どした?」
「いっそ、ジョウトに来たらどうですか?」
「へ」
「すぐにジムリ辞めるかどうするか、何を目標にするかとか決めなくても。委員会が混乱してるなら、乗じて休暇取ったら?」
「……いや、んなことしたら、大混乱になるだろ」
「いいじゃないですか。当面ジムの仕事はないんだし、フォローは委員会に丸投げしたら良いんですよ」
「…………」
「ローズさんがいなくなったなら、委員会の指揮ってどうせ、ダンデさんでしょ。十年間、振り回されたんです。まあ、キバナさんが勝手に振り回されただけだと思いますけど」
「オイオイ、言ってくれるなオマエ……」
「振り回してやりましょうよ。思い知れば良いんだ、ライバルはアンタなんだってこと」
「……はは、オマエ、なんか吹っ切れた感じ? それ、ジョウトの影響?」
「そんなところですかね、毎日イブキさんに揉まれて、ジムトレもみんな、地元のひとばっかりで、独特な空気があるし……何より、ワタルさんに稽古付けてもらってるんで、私」
「……ウン」
「もう、キバナさんより強くなったかも」
「……言ってくれるじゃね―か! !」

 ははっ、と、喉奥で、低く、キバナさんが笑う。それは、優しげな笑い声でも、衰弱しきった獲物のそれでもない、───獰猛な、竜の唸り声だった。

「私は、戦いますよ。自分のために戦う理由を、やっと見つけたので」
「……おう、オレさまも、やるわ。大丈夫だ、オマエのおかげで目が覚めた」
「それは、よかったです」
「ああ、……こんなところで、うじうじしてられっか。オレさまはまだ、ちゃんと、自分のために戦える。ダンデのためなんかじゃねえ、オレさまと、手持ちと、オマエらのために戦ってんだよ、キバナさまは」
「そうですよ、その調子です。キバナさんがそうじゃないと、こっちも調子狂います」
「ハハハ、おうよ。あー、でもそうだなあ、近々、ジョウトには行ってみるかな。オレさまも、修行、してみたくなったわ」
「良いと思います。別に翼がなくても、脚があるんですから、キバナさんは何処にでも行けますよ」
「だよなぁ、オレさまって足、長いし? 一歩で着くわ」
「うわ、いつものキバナさんだ……」
「引いてんじゃねーよ」

 守護者なんて、つまらないもので終わりたくない、終わる必要なんてない。元より、ドラゴンタイプは大器晩成。目測を誤った世間に、牙を剥き、驚嘆の結末を突きつけるその日まで。

「───オレさまは、まだ止まらねぇ、上等だ、明日からもガンガン、戦ってやるよ」

 あの竜は、王の守護竜だと、誰かが言った。彼は盾なのだと、皆が言った。その盾の裏側に、聖なる剣を隠し持っていたことを、――世界は、未だ知らない。 inserted by FC2 system


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