そしてがむしゃらにひかるね

 という同級生、オレは彼女のことを、相当なしっかり者だと認識していたように思う。というか実際に、オレは彼女という人間はそういうひとなのだと思っていたのだ。彼女のパートナーとガッシュが協力を望んだ日から、オレたちは共闘関係にあるが、クラスメイトのは学年二位の優等生で、頭も切れるし機転もよく利いて、加えて弓道部の彼女はその腕前でオレたちを救ってくれたことも幾度もある。……だからオレは多分、に限ってオレが心配するようなことは何もない、と。……そう、思っていたのだろう。

「高嶺くん、ごめんね、色々と世話かけちゃって……」
「イヤ……それは、いいんだが……」

 ──そんながあるとき、実はまるで信じられないようなところで危なっかしい、ということが判明してしまった。オレも彼女の人柄については正直者で人を放っておけない、世話焼きな性格なのだろうなあ、と。そう、思ってはいたものの、……が言うには人助けのつもり、力になれるなら、という一心だったそうなのだが、ともかくは先日、お人好しがすぎて戦いと無関係の場所で大怪我をして帰ってきたのだった。それも、彼女が少し遠出をしていたときの出来事で、当然オレはその場に助けにも行けなくて、事情を知ったのも翌日の教室にが松葉杖を着いて登校してきたから、だった。……正直言って、オレはこの件でかなり動揺した。ガッシュや水野、山中や金山といった連中とは違って、は危なっかしい真似をするような奴じゃないと思っていた、……というか、魔物の子の戦いを通じて、尚のこと頼もしい協力者という認識が彼女に対して強まってしまっていたから。
 ──ボロボロの姿で帰ってきた彼女に、「どうした!? まさか向こうで魔物と戦ったのか!?」と、オレが大慌てで尋ねても、ときたら、「え? 違う違う! 全然大丈夫だよ、心配かけてごめんね、高嶺くん」……なんて、困ったように笑うものだから、謝るのそこじゃねえだろ、と思っても、……どうにも、そうは言えなくて。……そりゃあ、オレはの保護者とかじゃないし、友達でクラスメイトで仲間でしかないかもしれないけど、……心配くらいはするし、その程度のことはしたっていいだろ? だから、……それ以来オレは、足が不自由なに手を貸す意味でも、「、一人で平気か?」「オレもついて行こうか?」「イヤ……やっぱり一人じゃ危ないんじゃないか? オレも一緒に行くよ」だとか、何かと理由を付けて、を気に掛けるのが常になっていたわけだが。

「なー高嶺、お前もしかして、ついにと付き合い始めたのか?」
「は!? ちっ、ちっげーよ! 何言ってんだ、山中……!」
「ちげえの!? なんだよ、じゃあ高嶺が彼氏面してるだけか……」
「か、彼氏面ってなんだよ……」
「良かったぜ……、は皆のマドンナだからな!? 抜け駆けすんなよ高嶺!?」
「だーっ! 知らねーよ! うるせーっての!」

 ──その結果、オレはクラスメイトから疑惑のまなざしを向けられるようになって、……なんか、妙なことになってきたな……と、そう、思い始めた頃だった。

「お願い高嶺くん! あの、私の彼氏のふり、してもらえないかな…!?」

 ──オレがから、とんでもない頼みごとをされてしまったのは。

 聞けば、現在足を負傷している彼女は、弓道部の活動も休んでいるそうなのだが、それが理由で怪我の噂を聞き付けてきた弓道部の男の先輩、とやらに付き纏われて困っているらしい。「今までもちょっと、変なひとだったんだけど、最近酷くて……」「高嶺くんといっしょにいるところ、見たらしいの」「クラスメイトの手を借りるくらいなら、自分が手を貸してやるって言い張って、話聞いてくれなくて」……、優等生なのに鼻に掛けない性格で、人に好かれやすいと思っていたが、それ故にこういう弊害もあるんだな……と思う。オレが学校に来なかった頃も、何かと気に掛けてくれていたくらいだし。……その結果、損な目に遭っても改めないのだから、……まあ、其処は彼女の美徳だと思うが、……でも、はこの間も、似たような件で痛い目を見たはずだよな……?

「……それで、咄嗟に高嶺くんのことを、彼氏です、って……だから大丈夫ですって言っちゃったの……」
「……、お前、あんまり人に優しくしすぎるのもどうかと思うぞ?」
「で、でも……」
「現にが損な役回りをしてるじゃないか。そういう素直で真摯なところ、の良い所だとオレは思うけどさ……」
「でも……昔、困ってるところを助けてもらって嬉しかったから、自分がしてもらって嬉しかったことは、誰かにもしてあげたいよ」
「そうは言うけどさ」
「それに、高嶺くんだって、いつも私を助けてくれるよ……」
「うっ……」
「あ、でも……だから高嶺くんに頼んでる、ってわけじゃないよ?」
「……え、っと……、それは……」
「でも、高嶺くんに迷惑だったら、自分でどうにかする。……最近、高嶺くんが優しくしてくれるから、調子に乗っちゃったかも……」
「エ」
「ごめんね、なんか私、変な話しちゃって……」
「ああ、イヤ、……待ってくれ、、……分かったよ、その話引き受ける」
「え、でも……」
「いいから。……言っとくが、が心配だからだぞ? あんまり軽率な真似は控えろよな」
「……うん、気を付けるね。ありがとう、高嶺くん……」
「……ああ」

 ──それから、に頼まれた通りに、オレとは彼氏彼女の真似事をするようになった。「先輩が飽きるまでで良いし、ちゃんとお詫びはするから……!」と、はそう言っていたが、……いざ期限付きと言われると、少なからず惜しい気持ちも生まれるものだ。そういうのはどうかと思うぞ、と最初は思ったものだが、も本当に困っているみたいだったし、……正直、彼女に頼られて悪い気はしない、というのもある。恋人の真似なんて、正直なところオレは経験もないし、何をどうすればいいのかは分からなかったが、まあ、元から仲はいい方だし、いつも通りで良いのか? 少しくらいは態度を変えた方が良いのか? なんてオレは気にしていたけれど、が怪我をしてからは登下校も時間を合わせていたり、朝は家まで迎えに行ったり、帰りも家まで送って行ったりすることも度々あったので、それが恒例化した、という程度の変化、だっただろうか。だから特別に何かが変わったわけではなかった、……そのはず、なんだが。

「──、前も言っただろ? オレが色々と手伝ってやるから、付き合おうぜ、って……」
「……私も前にも言ったはずです。その、わたし、彼氏がいるので……」
「どうせ嘘だろ? そんな嘘吐かなくたって良いのにさあ……」
「ちょっと、離してください……! っ、まだ足が不自由なの、危ないから、やめて……!」
「大丈夫だって、転んだらオレが受け止めてやるから」
「やだ、やめてください……!」

 ──ほんの一瞬、トイレに行くのに彼女の傍を離れただけなのに、たったの一瞬で教室前の廊下に立つが、噂の先輩に絡まれていた。ぐい、と乱暴に彼女の腕を引こうとするそいつの力に引かれて、からん、との手の中にあった松葉杖が転がる乾いた音が、廊下に響いて。──遠目に見ても、の顔色が悪くて、……そりゃあそうだ、これ以上、怪我が長引けば魔物の子の戦いに支障だって出るし、……それに、治る前からまた怪我をしたりしたら、熱心に弓術を学ぶ彼女の選手生命に影響することだって、あるかもしれないんだぞ!?「──あんた、何やってんだ!?」……目の前の光景に、思わず頭の中がカッとなって、オレは全速力で廊下を走りながら、気付けば、そう、大声で叫んでいた。

「……あ?」
が弓道に真剣なの、同じ部活なら分かるはずだろ!? つまんねえことやってんじゃねえぞ、てめえ!」
「な、なんだよお前! オレは、と話を」
「……オレは、そのの彼氏だよ」
「た、高嶺くん……」
「は? 高嶺? こいつが?」
「悪いがそういうことだ。……はオレの彼女なので諦めてもらえるか? 先輩」
「……チッ、もういい、、お前になんか其処まで興味ねえよ! じゃあな!」
「よ、っと。……ケッ、心底小さい奴だな、あいつ……」

 乱暴に手を離したがふらついたのを抱き留めて、ドカドカと乱暴な大股で遠ざかっていく“先輩”に悪態を吐いて、「大丈夫だったか、……?」と、……そう問いかけようと下を見たところで、……ようやく今の体制を思い出して、ばっ、と彼女から離れようとして、ああでも、松葉杖が結構遠くに飛ばされてるな!? ひとりじゃ立てないよな!? と内心で慌てていたら、「び、びっくりした……」と、……普段の彼女からは想像も出来ないほどに、か細い声でがぽつり、と零すものだから。──え、待て待て、、泣いて、

「さ、さすがにっ、あんなことすると、思わなくて……っ」
「……あんなでも、にとっては部活の先輩だったんだもんな。無理もない……」
「……私、人のこと、信用しすぎなのかな……」
「エ……」
「怪我したとき、高嶺くんにも言われたよね……? 今まではそれでもいいと思ってたけれど」
「…………」
「もしもまたこんなことになったら、……弓道も出来なくなるかもしれないし、魔物の子の戦いだって、あの子と約束したのに、私……」
「……イヤ、やっぱりは、今のままでいいよ」
「高嶺くん……?」
「現にお人好しなのも、危なっかしいのも、隙が多いのも事実だ。……でも、まあ、にはオレが付いてるから大丈夫だろ」
「……いいの?」
「うん。オレが、の力になりたいからさ」

 ──少しは改めて欲しい、というのは事実で、危なっかしいというのも本心だ。……でも、ちいさく震えながら泣いているを見たらさ、……ああ、ちゃんとだって、嫌なことは嫌だし怖いことは怖いのだ、と。……そう思えて、安心した、というか……それでも、怖くて不安でも人のために力になりたい、という彼女を止めるのも、それはそれで何かが違うと思ったのだ。

『……高嶺くん、これ今週の授業のノート。私のをうつしてきたの、高嶺くんほど分かりやすく纏められてるか、自信がないけれど……よかったら見てみてね』

 ──確かにオレだって、かつて彼女のそんな風に柔らかな部分に、救われたんだしな。

「……おーい高嶺、、授業はじまるぞー」
「……はっ!?」
「青春するのは良いが、授業はサボるなよー」
「イヤ、ちょっ……先生! 待ってくれ! そこの松葉杖だ!! 取ってくれ!!」



 ──そんな日々もあっという間に過ぎて、のギプスが取れる日が来て。当日は土曜日だったから、オレも病院まで付き添って、待合室で本を読みながら待っていると、処置が終わったが少しだけぎこちなくも、けれどしっかりと両足で歩いて戻ってきたのを見て、オレはほっと胸を撫で下ろしたのだった。──それから、が怪我している間、他の魔物の子とパートナーから襲われたりしなかったのは不幸中の幸いだったよなあ、なんて話しながら、オレは会計を済ませたと帰路を歩く。

「高嶺くん、本当にありがとう」
「ん? いいよ付き添いくらい、オレも結果は気になったしな」
「そうじゃなくて、……あの、彼氏のふりして、って頼んだこと……」
「ん? お、おお……」
「あんなことお願いしてごめんね……、高嶺くんだって誤解されるかもしれないのに……」
「イヤ、気にするなよ。オレは別にとなら誤解されても……」

 ──元はと言えば、が本気で困っているらしいと気付いたから、その役目を承諾したに過ぎなかった。そりゃあ、オレも当初はそういうのどうかと思うぞ、なんて苦言を言ったこともあったが、本当に嫌だったわけじゃないし、……むしろ、は困り果ててオレを頼ってくれているだけなのに、話を合わせておけばそれでいいと分かっているのに、深く考えるべきではないのに、……に頼まれてやってるだけだったのに、なあ。本当のオレはと付き合ってるわけでも、なんでもないのに、……気付いたらこんな風に、本気で彼氏気取りで、我が物顔で、オレ何やってんだろう、と気恥ずかしいような、自分を責めたくなるような、そんな気持ちにも何度も襲われたが、……でも、結局オレはに頼られたこともこの役目も嫌ではなくて、……寧ろ、最近は彼女と過ごすのが以前にも増して、楽しかったのかもしれない、なあ。

「……でも、高嶺くんは嫌じゃなかった……?」
「……の、その……彼氏役だろ? 嫌なわけがないだろ……と、オレは思うんだが……」
「そ、そうなの……」
「……ああ あ、飽くまで一般論な!? オレもそうだけどさ!」
「み、皆にクラスメイトとしてよく思ってもらえてるってこと、かな? だったら、嬉しい……」
「イヤ! ……それはそうだがそうではなく、オレがを」
「え」
「いやその……ええと、あのだな……オレはフリとかじゃなくて……あの先輩だとか、を他の奴に取られたくなくて……その……」

 ──何言ってるんだろうな、オレ。何を言いたいんだろう、ということには自分で多少の予想は付いていても、……本当に、今ここでそれをに言っていいのかが、正直分からない。──今のオレにとってはガッシュを王にすることが一番で、それは彼女だって同じはず。今のにとっても、一番大切なことはパートナーである魔物の子についてに違いないと分かっていて、……普段からのことだけをガッシュ以上に優先してやれるわけじゃなくて、それは間違いなくお互いさまで、そんなときに、こんなところで、……本当に、伝えるべきなのだろうか、と。……今は未だ、どうしてもそんな風に考えてしまうのだ、オレは。

「……高嶺くん」
「……ああ」
「帰る前に、お昼、食べにいこっか」
「……は?」
「いっぱいお世話になったし、お礼にご馳走させてほしいな」
「エ? いや……そんな、気にしなくていいぞ?」
「えっとね、正直に言うとね……最近出来たお店で、気になっているところがあるの」
「うん?」
「でも、松葉杖着いてひとりでは行けないから……治ったら行こうと思ってたんだけれどね」
「だったら、言ってくれれば連れて行ったのに」
「うん……言えばよかったな、って思って。高嶺くんならきっと、連れて行ってくれたんだろうなあ、って……」
「……ああ、そうか」
「……うん」
「──よし! 何処の店だ? 一緒に行こうぜ、
「うん、えっとね、向こうの通りの……」

 ──やっぱり、今は未だこのままでもいいかな、と。そう思ったのは、……確かに本当に望んだ役割を得て彼女の隣に立てたのなら、この上なく心地が良いのだと身をもって知ってしまったわけだが、……でも、そうじゃなくても、クラスメイトでも、友達でも、仲間でも、……は変わらずに接してくれるし、これからは今までよりもずっとオレを頼ってくれるはずだと、そう思えたからだ。助け合うことなら今のままでも出来るから、……それは、もう少し先の未来までお預けでもいい。金色に輝く時代を駆け抜けたその先に、──もしもそんな明日が待っていたなら、オレは心から嬉しく思うよ。 inserted by FC2 system


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