似たり寄ったりの呪文は絡む

※2設定 page.9時点での執筆。2開始より少し前の話。



 ──きっと昔は、「清麿くん」と、そう、に呼びかけられることだって、嬉しくて堪らなかったはずなのだ。……それが変化したのは、一体、いつ頃だったのだろう。……高校生の頃? それとも、大学に進学してから、だったのだろうか。
 昔はさ、オレはオレで、彼女を「」なんて気安く呼びかけるのはどうにも照れ臭くて、到底出来やしなかったし。──それが変わったのは、ガッシュ達の為に駆け抜けたあの日々が終わりを告げて、オレとが高校生になって暫くした頃に、もう同級生でも共闘相手でもなくなったオレたちがそれでもどうにかお互いと関わろうとしたから、だった、なあ。お互いが必死に歩み寄った結果、赤い本と桜色の本を介した付き合いではなくなったオレ達の距離は、少しずつにでも近付いて、ガッシュたちを口実になんて出来ない以上は何か他に理由を見つけるしかなかったし、……本当は理由なんて、ずっと昔から持っていたし、知っていたんだよ。──それでも、オレが彼女を好きなのだというそれだけの簡単な話を本人に打ち明けるのには、まあ、かなり苦労したからさ。それと同じくらいに、「」から「」に呼び方を改めるのだって、苦労したよな、当時はさ。だからがオレを「高嶺くん」から「清麿くん」と呼ぶように変化したことだって、彼女にとっては大きな勇気が必要だったのだろうと、そんなことはオレだって分かってるさ。……分かってる、分かってるんだけど、なあ。

「──あ、デュフォー? うん、元気にしてる? ……そっか、よかった。うん、うん……」

 ──携帯端末を片手に、電話口に向かって穏やかに語り掛ける彼女の声色と、にこにこと楽しげな表情に、オレの内側の奥深くでゆらゆらと嫉妬めいた火が揺れているのは、……流石に、大人げないだろうという自覚くらいはオレにだってあるさ。
 はオレの恋人で、……ただしそれでも、デュフォーはずっと、彼女にとって特別な存在だった。しかしながらそれは、オレにだって同じことが言えて、あいつは、──デュフォーはオレたちにとって切っては切り離せない存在で、そんなあいつのことをは今でもいつだって心配していることを、オレとて理解しているし、デュフォーからの連絡があれば嬉しいのはオレもいっしょで、……そう、同じはず、なんだけどなあ。──例え未だにデュフォーがのことを好きなのだとしても、それでも。もデュフォーもオレを裏切るような人間じゃないのは、オレが一番よく知っているわけだし、デュフォーにとってかけがえのないその気持ちを手放せなんて言えるほど、オレも薄情じゃないから。……それでも、ちゃんと理屈では分かっていても、時たまこうして嫉妬が顔を覗かせるのは、……結局のところ、そういうことなのだろう。

「──清麿くん、デュフォー元気そうだったよ! また近いうちに三人で……清麿くん?」
「……ああ、悪い。三人で、なんだって?」
「うん、三人で集まろうって、デュフォーが会いに来てくれるって! 遺跡の件もデュフォーには話しておきたいでしょ? だから、できれば直接……」
「……ああ、そうだな、あいつが協力してくれたなら、それ以上に頼もしいことはないし……」
「ね! むかし、クリア・ノートと戦ったときもそうだったもんね! だから、なるべく早めに……」
「…………」
「……清麿くん? どうかした……?」
「……エ? あ、ああ……」
「なんだか、ぼうっとしてる? ……体調、良くなかった? あ、よければ私、診ようか?」

 ──そう言って、不安げにオレを覗き込むは本当に心配そうで、……只でさえ、彼女は忙しい日々の合間を縫って、エジプトの辺境までオレに会いに、それから村の子供たちの定期健診まで兼ねて会いに来てくれてるって言うのに、……偶々、偶然、……イヤ、多分そうだと思う、デュフォーだって狙ってやっている訳じゃないと思う、……多分、だが。──まあ、とにかく、……ふたりだって悪気がある訳じゃないはずなんだ。久々に会えたオレの恋人兼婚約者──に、健診が終わって早々、積もる話や甘やかな時間を紐解くよりも前に、デュフォーから電話が掛かってきたことは只の偶然だし、があいつのことは「デュフォー」と呼び捨てにしているのだって、別に今に始まったことじゃない。……そう、なんだよなあ。だっていうのに、オレは、何故だか、……格好悪いくらいその事実に今更、滅茶苦茶に妬いてしまっているというのだから、我ながらなかなか手に負えない、と思うよ、本当に。

「──
「? 清麿くん……?」
「あのさ、……オレたち、婚約したよな?」
「う、うん……そうだね?」
「オレとはもうじき、夫婦になるわけだよな?」
「うん……?」
「……その、いつまでも清麿くん、って呼び方じゃ、可笑しいと思わないか……? その……」
「……?」
「……いずれは、家族が増えるかもしれないしさ、……今のうちに、清麿って、……呼ぶようにするのは、どうだろう……?」

 ──我ながら、理屈が乱暴すぎるし、雑すぎるだろ。いくら自分も呼び捨てで呼んで欲しいからって、もう少しまともな口実を作れなかったのか? とは思うが、聡明な彼女の前で下手な理論で武装したって、オレでは押し切れるはずもないということだってとっくに学んでいて、──だけど、それでもさ。なんとしてでも、オレは彼女のそれが欲しいのだ。隣に座るの小さな手をするり、と撫でると、其処にはきらきらひかる指輪が嵌められていて。オレの手で華奢な指に通したそれを見つめるときの彼女が、きらきら、きらきら、うつくしいひとみに星を瞬かせて桜色に頬を染めていることだって、よく知っている。……オレが一番に愛されているのは、ちゃんと知っているさ。だけど、……それでも彼女の愛をもっと欲しいと欲張ってしまうのは、子供の頃よりもずっと、ガキっぽくなってしまったからなのかもしれなくて、けれどそれは彼女限定の話だからって、だけには許されたいと願ってしまっているオレも確かに、此処に居るわけで。

「……清麿くん、じゃだめ、ってこと?」
「駄目って訳じゃないが……そろそろ、そう呼ばれてみたい、というか……」
「あの……別に、呼びたくない訳じゃないんだよ?」
「……ああ」
「でも私、あんまり、人のこと呼び捨てで呼ぶの慣れてないから……」
「……デュフォーは?」
「えっ」
「ヤエは? ガッシュは? みんな、呼び捨てで呼んでるよな?」
「そ、それは最初から、そう呼んでたから……清麿くんは、高嶺くんだったでしょ……?」
「……へえ、つまりが高嶺さんになっても、の中でオレはずっと高嶺くんなんだな?」
「……ねえ、清麿くん?」
「……なんだよ?」
「もしかしてだけど、……あの、嫉妬してる、の……?」
「……悪いかよ……」
「悪くないけど、……清麿くんがヤエたちに嫉妬するの、珍しいから……」
「……だから清麿、で良いって言ってるだろ……」

 ──分かってるよ、今のオレ、心底格好悪いよな? あの頃よりは幾らか大人になって、少しはの前で格好も付けられるようになったって言うのに、それを自分で台無しにしてどうするんだよって、そう思うけどさ。あまりの情けなさに前髪を掻きながらも、いっそのこと、さっさと失言を撤回してしまえばいいのに、それでもどうしてもその気持ちだけは無かったことに出来なくて、言葉を繋げられずにいると、「……仕方ないなあ、清麿は」と。オレとは違って余裕っぽく言い放つの大人びた声色が、まるで誘惑するような色を帯びていたから、どうにも揶揄われているようで、気恥ずかしさと青臭い嬉しさとで、今のオレは絶対に顔が赤いし格好付かないだろうなとは思いながら、……項垂れていたオレは、弾かれるようにお前の顔を見たのにさ。

「……、照れすぎだろ……」
「き、清麿くんだって、顔赤いよ……」
「清麿、な」
「……きよ、まろ……」
「ああ」
「は、恥ずかしいから、……しばらくは間違えても、許してね……?」
「……あー」
「な、なに?」
「イヤ……、本当に可愛いよなあ、って……」

 噛み締めるように零したその言葉には、まるで嘘なんてひとつもなかったし。本当にオレは、改めての可愛さに感動しているって言うのに、当のは赤い顔を俯いて隠してしまおうとするものだから、それがますます可愛くて、「……隠さないで、見せてくれ」って、強引に顎を引いて、……これで少しはオレの優勢に持ち込めたかな、男としての面子も恋人としての格好も付けられるかな、なんて思っていたのに。「……清麿」「……ああ、どうした?」「あの、……キス、してくれないの……?」──なんてさ、が急に爆弾を投げ込んでくるものだから、今日のところはオレが負けておいてやるかなんて言い訳して、柔らかな唇をそっと塞ぐとふわりと揺れる髪から甘い香りが零れるのだ。──嗚呼、なかなかどうして、今も昔もオレは相変わらずに、に滅法弱いらしいよ、悔しいな。 inserted by FC2 system


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