終わるまで終わらないから踊ろうよ

※2 page.5時点までのネタバレを含みます。



 ──十余年前、魔界の王を巡る戦いの日々で、私はクラスメイトの高嶺くんと親しくなった。彼は私にとって憧れのひとで尊敬する相手で──其処には、幾許かの恋心だって伴っていたのかもしれないけれど、あの頃の私は、魔本のパートナー役を全うすることで精一杯で、そんな風に、“もしかしたら、何処かにあるのかもしれない自分の本当の気持ち”のことなんて、すっかり置き去りにしてしまっていて、……先に、その感情と向き合ってくれたのは、私ではなくて高嶺くんの方だった。
 中学を卒業して、高嶺くんとは高校がバラバラになって、なかなか会う機会も減ってしまっていたけれど、入学から少し過ぎた梅雨の頃に、私は偶然、図書館で高嶺くんと顔を合わせて。

『……、図書館によく来るのか?』
『水曜日は、部活が休みなの。だから、これからは毎週此処で水曜日は勉強していこうかなって』
『そうなんだ? オレも水曜よく来るんだよ、……な、なあ。迷惑じゃなければ、よかったら来週も此処で、いっしょに勉強しないか?』
『エ……』
『その……ともなかなか会う機会、無くなっちまったからさ……毎週会えたら、オレは嬉しいんだけど……』
『う、うん……わ、わたしも、毎週、高嶺くんに会えたら、うれしい……』
『そ、そうか……! じゃあ、来週からもこの時間に……でいいか?』
『うん……! たのしみに、してるね……?』
『ああ……オレも、毎週の楽しみが増えたよ』

 中学の頃は、三年間ずっと同じクラスだったし、魔本のこともあったから、二年生の梅雨以降は、高嶺くんといっしょに過ごす時間もどんどん増えて、毎日放課後や休日まで一緒にいることも多々あって。三年生の頃なんかは特に、クリア・ノートへの対策でデュフォーの監督の元、共に特訓に励んでいた関係で、高嶺くんとは本当に毎日ずっといっしょだった。──けれど、高校に上がったらやっぱりそうもいかない……と少し肩を落としていた私を、高嶺くんが約束を交わすことで繋ぎ止めてくれたのだ。
 それからは、毎週水曜日、モチノキ町の図書館で。──最初の頃はふたりで勉強をするだけだったのが、初夏の頃には図書館を出てから公園や喫茶店でお喋りしたり、どちらかの家でいっしょに夕飯を食べるようになったりもして、夏休みになってからもその習慣は続いて、水曜日以外にも都合が合えば、図書館の外にも出かけるようになっていった。──今まではずっと、私と高嶺くんがいっしょにいるのはクラスメイトだからで、放課後も連れ立っていたのは、魔本の関係者同士で共闘関係にあるから、が大前提だったけれど。その前提が崩れた今、私は正直なところ、どうやって高嶺くんに声を掛けたらいいのかが急に分からなくなっていたし、……それはきっと、高嶺くんもいっしょだったのだと思う。

『──オレさ、図書館でに会う前に、顔を合わせるための口実に困ってさ、遊園地のチケット、買ったことがあるんだ』
『そ、そうなんだ……?』
『ああ……でも、なんて言って誘えばいいのか、分からなくてさ……電話の前で考え込んで、結局連絡できなかったんだ』
『……どんな理由でも、高嶺くんが呼んでくれたら、私は行くよ……?』
『……本当か?』
『うん』
『理由がさ、……デートの誘いでも、は来てくれるのか?』
『……高嶺くんとなら、行くよ……』
『そうか……なあ、
『……うん』
『オレ、が好きだ。……中学の頃からずっと好きだったんだよ、照れくさくてなかなか、口には出せなかったけどさ……』
『……うん、わたしも……魔本のことで、いっぱいいっぱいで、うまく、考えられなかったけれど……』
『……ああ』
『……わたし、高嶺くんが好き……』
『……おう!』

 気恥ずかしかったのも、悩んでいたのも、──あの頃はそれよりも、大切にしなきゃいけないことがあったのも。きっとお互い様で、高嶺くんはずっと、私といっしょだったんだな、って。……恥ずかしげにはにかむ彼の笑顔を見た夏の終わりに、私は確かにそう思ったから。正式に恋人、という関係に落ち着いてからも、高校を卒業すると共に私も高嶺くんも偶然同じくイギリスへの留学を選んだから、学部は違うものの「また同じ学校だな」と笑った彼と、大学卒業までの間はルームシェアをしていっしょに暮らして、それからまた、進路がばらけたものだから、今度は学校どころか国を跨いでの遠距離になってしまったものの、大人になってからも、相変わらず高嶺くんとの交際は続いていた。
 高嶺くんのご両親──華さんと清太郎さんとは元々面識があったけれど、既に改めて挨拶も済ませていたし、天涯孤独の私を、ふたりとも本当の娘のように可愛がってくれたから、私はふたりのことをほんとうの家族のように思っていたし、「……、オレと結婚してくれるか?」って、あなたから真剣な表情で大真面目に真っ赤な花束を渡されたときには、すこしだけ笑ってしまったけれど、……私、こんな日が来てくれたらいいなあ、ってずっと思ってたよ。

 ──そう、思っていたのだけれど、ね……?


「──清麿! 話が違うではないかー! 男ならどーんと行けと私に言ったのは清麿なのだぞ!」
「うるせーっ! それ言ったのフォルゴレだろが!」
「清麿とて言っていたではないか!? 私は清麿の言葉を励みにどーんと行ったと言うのに!」
「行ったのか!?」
「何故、清麿とはお父さんとお母さんになっておらぬのだ! 話が違うではないかーっ!?」
「だからうるせえって言ってんだろうがー!?」

 ギャンギャンと大声で喧嘩する清麿くんとガッシュは、──本当に、昔から変わらないなあと思うけれど、喧嘩の内容に私も一枚どころではなく噛んでいるので苦笑しか漏れないし、ガッシュ同様にすっかり背が伸びた傍らのパートナー──ヤエも、じっとりと私を見つめてくるものだから敵わない。……事の顛末は、こうだ。──数年前、私と高嶺くんは既に結婚を控えていたのだけれど、その頃にエジプトのこの村で遺跡が見つかって、魔界との関連性が判明して。清麿くんはこの村に残って研究することになって、私は仕事の都合上エジプトには越して来られなくて、ガッシュやヤエたちを救う為に数年先の未来、私達が戦いを余儀なくされることも判明して。……その戦いで何が起きるとも分からないから、結婚は全てが終わったそのときまで延期にしよう、と。……そういう訳で、私と清麿くんの間では既に話が纏まっていたし、お互いに納得していたのだけれど。……こうして無事に再会を果たしたガッシュとヤエは、私と清麿くんの決断が大層お気に召さなかったらしい。

「……ヤエ、魔界で楽しみにしてたんですよ! きっとは清麿と結ばれているはず! って! それなのに、それなのに……!」
「ヤ、ヤエ……あの、一応ちゃんと婚約者だし……ええと……」
「だからって! ヤエやガッシュのために、結婚を延期にしただなんて!」
「ご、ごめんってば……」

 ──もしもヤエたちに再会できたのなら、そのときは。清麿くんとのこと、良い報告が出来るなあ、なんて、結構楽しみにしていたのだけれど。すっかり頼もしくなったパートナー達は、それ以上の成果をお望みだったようで、すっかりへそを曲げてしまったふたりに、私は苦々しく笑うばかりだ。──清麿くんの性格上、魔界とガッシュを救うまでは、所帯を持つなんて無責任なことをしたがらないだろうな、と。そう思ったからこそ、私は延期と言う彼の提案に頷いたし、──そんな風に、自分が命を投げ出す可能性を含めて計算してしまう、清麿くんの危うげな部分も理解した上で、私が彼をアシスト出来たらいい、と。……今はそんな風に、考えているのだけれど。

「……でもヤエ、ちょっと考えてみて?」
「? なんですか? ?」
「すべてが解決したときに、私と清麿くんが式を挙げたらね、……もしかしたら、ヤエとガッシュにも参加してもらえるかもしれないよ?」
「! そ、それ! すてきです! ぜったいにそうしましょう! ヤエたちが魔界に帰る前に! ぜったいに! 清麿と結婚してください!」
「ね? そうできたら、素敵だよね?」
「素敵です! ヤエ、絶対にスピーチ読む係やります! あと、あと……!」
「ふふ、……そのときはよろしくね? 私のパートナー」
「……はい!」

 そんな風にすべてが上手く行くとは限らないけれど、──やっぱり私たちは、あなたたちにいちばん、その日を祝って欲しいから。あの日の決断は正しかったんじゃないかなあ、なんて。……でも、やっぱりヤエたちにそんなことを言ったらきっと、怒らせてしまうのだろうなあ。 inserted by FC2 system


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