ヘヴンズゲートまでいらっしゃい

 モチノキ町の植物園は、私と高嶺くんにとって少しだけ特別な場所だった。まだお互いに魔物の子のパートナーとなる以前、私達が共闘関係でもない只のクラスメイトだった頃。高嶺くんとは教室での席順と成績の並び順が隣同士で、お互いに読書を趣味にしていたこともあり、私と高嶺くんはそれなりによく話す間柄で、そんな彼が学校に来なくなったとき、当然ながら私は心配した。けれど、「オレに構うとも標的になるぞ、学校では話しかけるな」と冷たく突っぱねられてしまえば、たまに登校してきたときにさえ会話を試みることも叶わなくて、……それで、私がどうしたのかと言えば、彼とは家が近所なのを良いことに放課後にノートを届けてみたり、……それから、この植物園にお互いが出入りしているのを知っていたから、「此処は学校の外だから、高嶺くんの言い分に沿っても、別に高嶺くんといっしょにいても問題はないはずだよね?」と言い張り隣に陣取って、何をするまでもなく本を読んで、時々、幾らかの会話をしたりだとか、……私に出来たのはその程度、だったけれど。

「──あのときは、なんて意固地な奴なんだ、と思ったな……」
「ん? なんの話?」
の話だよ。オレが何を言っても、ノートやプリントを届けに来るし、オレが出ないとお袋が出るし、なんかそれで、いつの間にかお袋と仲良くなってたし……部屋から降りてきたらがお袋とお茶飲んでたの、最初に見たときは動揺したな……」
「……あはは、ちょっと強引すぎた、かな……? あの頃は私も必死で……華さんとお話しするの、楽しかったとはいえ、高嶺くんの気持ちを考えてなかったな、とは思う……ゴメンネ……」
「……イヤ。あのときはうまく言えなかったけどさ、本当はあの頃だってが気に掛けてくれるのは嬉しかったんだ」
「高嶺くん……」
も、水野も。オレのことを見る目が変わらない奴もいる、信用できる奴もいるんだとそう思ってた。巻き込みたくなかっただけなんだよ、本当は……」

 久々に植物園を訪れた理由としては、日頃からつくしさんにガッシュとヤエがお世話になっているお礼を言いたかったのもあるし、休日に子供たちを連れてみんなでお出かけしよう、という話になった際に、植物園がいい! というリクエストがふたりからあった、というのもある。……それに、私と高嶺くんも、一種の思い出の場所でもあるこの植物園を、久々にいっしょに訪れてみたいな、という話になったのもあって。
 魔本を巡るこの戦いの日々で、……否、きっとそれ以前から、私は高嶺くんに心惹かれていて、私からその想いを打ち明ける勇気はなかったけれど、恐る恐ると言った様子で高嶺くんが伝えてくれたお陰で、なんと彼と私とは両想いだったことも判明して、現在、ありがたいことに恋人として彼とお付き合いさせてもらっている。気恥ずかしくて、クラスメイトたちの前ではあまり大声で言えないし、お互いにはじめての恋人で、それらしい振る舞い方も分からないから、距離感は友達の頃とあまり変わってはいないものの。……この恋を自覚するきっかけの一端であるからという理由で、植物園でのデートを選ぶ程度には、それらしい情緒が彼との間にはあった。……まあ、ガッシュとヤエもいっしょだし、これをデートと言うのはちょっと違うのかもしれないけれど。
 植物園に到着してしばらくは、ふたりといっしょに園内を見て回ったり、高嶺くんが植物の生態などを説明してくれるのを聞いたりしていたけれど、元気いっぱいの魔物の子たちには体力面で付いていけないのと、まだまだふたりが遊び足りなさそうなのとで、途中から別行動……と言っても私と高嶺くんから見えないところまでは行かないように、とふたりとは約束して、遠巻きにふたりを見守りながら私たちは少し休憩することにした。お昼ごはんに持ってきたお弁当はもう少し経ってから、遊び疲れて帰ってきたふたりのために取っておくとして、水筒に入れてきたお茶をコップに注いで、手作りのクッキーを紙ナプキンの上に広げて、高嶺くんと取り留めのないお喋りをしているこんな風に何気ない時間も、戦いの日々では結構貴重だったりするので、……なんだか、しあわせだなあ、なんて。漠然と噛み締めてしまった。聳え立つ樹木を見上げたり花壇を覗き込んだりと、ヤエとガッシュは満開の笑顔で楽しそうで、……あのふたりがこうして笑っているのも、出会った頃のことだとか、100人の魔物の子達が対立しているこの戦いの仕組みという面から考えたら、本当にすごいこと、であるはずだよなあ、なんてことも、改めて考えてしまうし、思い出話が少し途切れたタイミングでぼんやりとヤエたちを眺めていると「……」と、ふと高嶺くんから名前を呼ばれて。

「なあに? 高嶺くん……」

 そう言って、ぼうっと間延びした返事と共に隣に座る彼に視線を向けると、いつの間にか高嶺くんが、じっとりと熱を帯びたまなざしで私を見つめているものだから、驚いて思わず心臓が跳ねた。……どうしたの、なんて野暮な質問を投げかけなくとも、私だって雰囲気で察するくらいは出来る。──私と高嶺くんとは恋人同士だけれど、日頃から小さな子供たちの保護者役をしていたり、クラスメイトに囲まれていたり、休日も魔本関係者といっしょだったりと、あまり、ふたりきりになる機会、というものは多くないから。……だから、なかなか進展のない間柄に何処か安堵しつつもじれったく感じているのは、きっと私も高嶺くんも、同じ。「……」普段は、、と私を呼ぶ彼がいつもより低い声で私の名前を再度呼び直して、あつい指先が微かに震えながら私の手にかさなる。次第に近付く精悍な顔立ちに、……わたしはもう、どうしたらいいのかが分からなくて、目とか、瞑ったほうがいいのかな、って。たかみねくん、と彼をよぶこえは、ふるえて喉に貼り付いていた。

「た、高嶺くん……」
、その……」
「──おーい、おふたりさん。こんなところで何やってんのよ、場所選びなさいよ」
「……うおっ!? つ、つくし!?」
「……つくしさん!? あ、あの! 違うんです!」
「ハイハイ、分かったから次からは場所考えなさい。ガッシュ達だって見てるんだよ、清麿、あんたが配慮してあげなきゃダメだろ」
「う、うるせーよ……! 分かってらあ!」

 急に背後から降り注いだ声に、ばっ、と高嶺くんから離れると、其処には呆れた顔をしたつくしさんが立っていて。……い、いまの、み、見られてた!? と、わとわた動揺する私達を見つめる彼女は大人の余裕なのか、そのひとみは実に微笑ましげで、それがまたどうしようもなく恥ずかしくて、居た堪れない気持ちに苛まれていると、話題を変えようとしてくれたのか、それとも、そもそも声を掛けに来てくれた理由がそれだったのか、──ところで、と。思い出したかのように、つくしさんが私に向かって問いかけてくる。

「──そうだ。、この間話した花の種、手に入ったんだけど植えてみる? なんか、ヤエが図鑑で見てきれいだとか言ってたって話してたろ?」
「エ! 手に入ったんですか? 珍しいって言ってたのに?」
がヤエに本物を見せたがってたからさ、取り寄せられないか探してたんだよ」
「ほんとに!? つくしさん、ありがとう! あの、わたし、植えてみたいです!」
「よしきた、じゃあ鉢植え選んで……、ああ、ヤエも呼んでくる?」
「ハイ! ヤエ、連れてくるので、先に行っててください」
「オッケー。そういうわけでは借りてくから、清麿はガッシュと遊んでな」
「へーへー……」

 白衣を翻しながらその場から立ち去るつくしさんに続いて私も立ち上がり、スカートに少し付いた芝生をぱんぱんと払って、隣にいる高嶺くんに「ゴメンネ、ちょっと行ってくるね」と声を掛けると、……高嶺くんは少しバツの悪そうな顔で、私の手をくい、と引いて。

「……続きは、また後でな?」

 ……なんて、頬が赤いのを隠しながらあなたは囁くけれど、……でもね、耳が赤いの、隠れてないよ、高嶺くん。

「……うん、また、あとでね……?」
「よし。……行って来いよ、つくしを待たせると怖いからな」
「ふふ、行ってきます」

 未だ顔が赤い高嶺くんにひらり、と手を振って、……ああ、今、私、変な顔してなかったかな、なんて。そんなことばかり心配しながらヤエの元に駆け付ける頃になっても、ヤエからは「お姉さん、お顔が赤いですよ? 具合が悪いんですか?」なんて言われてしまったから、……きっと高嶺くんにはすべてお見通しだったのだろうなあ、なんて。……からだがあついのは、植物園の空調が効きすぎているだけ、だったらよかったのにね。草花に合わせて完璧に温度管理がされている此処で、お互いにその言い訳はちょっと苦しいだろうから、次は違う場所でリベンジ、……してくれたら、いいのにな。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system