浮かんでいるならチェリーのくちづけ

※数年後設定



 オレととの関係が、友人や仲間から“恋人”というそれへと変化したのは、オレたちが高校に上がって暫く経ってからのことだった。魔界の王を巡る戦いの日々を送っていた間には、オレもも自分たちのことよりも、ガッシュたちのことが優先だったから。──彼女への好意に恋と言う明確な名前を付けて、それを本人に伝えるまでには、相当な回り道になってしまったが、恐る恐ると告げたオレの告白を彼女は、そうっと大切そうに受け取ってくれて、……まあ、そこからまた、紆余曲折があった訳だが、現在はの恋人という肩書きを手に入れたし、最近になってようやく、彼女をではなくて「」と名前で呼べるようにもなった。の方もオレのことを「清麿くん」と呼んでくれるようになって、……ふわりと桜色に頬を染めながら、オレを名前で呼ぶ少し照れくさそうなそのしぐさが、……イヤ、本当に可愛いんだよな……ウチの彼女はさ……。

「──で、とは何処まで行ったんだ?」
「……サンビームさん、一応オレもも高校生なんだが……そういう質問はどうなんだ……?」
「ハハハ、スマナイ。……もちろん、清麿は責任感のある男だと知っているとも」
「サンビームさん……」
「だが、高校生なんて青春真っ盛りだろう? 名前で呼び合うようになったらしいし、少し進展があったのかと思ったんだよ」
「イヤ……その……」
「うん?」
「……とは、まだ、少し手を繋いだことがあるくらいでさ……」

 その日、久々に日本を訪れていたサンビームさんがうちを訪ねてきてくれて、魔本を巡る日々の懐かしい思い出話に浸ったり、お互いの近況を報告していくうちに、次第に話題は、オレとが恋人になったという話へと移り変わっていく。……オレたちが付き合ってるって、一体何処から話が漏れたのかは知らないが、……まあ、照れ臭くはあるが、何も隠すようなことでもないし、──かつて共に戦ったみんなが、オレとのことを今でも気に掛けてくれているのは、素直に嬉しいしな。
 戦いの中でならば、──の小さな手を引いたことも、握ったことも、華奢な体をこの腕に抱えたことだって、幾らでもあったものの。……そんな風に、尤もらしい理由付けが無くなると、どうやら途端に指を伸ばすことすら難しくなるらしい。……オレはもうの彼氏になったんだし、手を繋いだりするくらいはおかしくないよな? ……とは思いつつも、どうにも彼女を前にすると何もかもがぎこちない有様では、それすらもなかなか叶わずに、……の方も、お互いのパートナーが魔界に帰りふたりきりになった現在、オレと隣同士に並ぶことはどうにも気恥ずかしいのか、彼女から行動を起こしてくれることは殆どなかったし。

「……うん……? 私の知る限り、は結構、積極的な女の子じゃなかったか……?」
「イヤ……? そんなことはないと思うぞ……?」
「しかし、以前には人工呼吸を……」
「ハ? 人工呼吸……?」
「……あ!?」
「ど、どうした? サンビームさん……」
「イヤ、なんでもない! 忘れてくれ! 口が滑っただけだ!」
「イヤ……!? なんだよ、人工呼吸って……あ? まさかが誰かに……?」
「私は知らない! 私は知らないぞ!」
「……そうか、サンビームさんが話したくないなら仕方ない……」
「あ、ああ……分かってくれたのなら、何よりだ……」
「……そういうことなら、“答えを出す”、だけの話だな」

 ──が積極的だなんて、まるで身に覚えがないんだが、……仮にも俺はの彼氏なのに。サンビームさんは一体、何の話をしているのだろうかと思っていると、……それ以上に軽く受け流せない単語が聞こえてきたことに、思わず耳を疑う。……どういう事情だかは知らないが、今の口ぶりからすると、サンビームさんはが誰かに人工呼吸をしているのを見たことがある、という話だよな? 今の文脈だと。……イヤ、待て、誰にだよ!? 記憶に無いぞそんなの、……イヤ、まあ、人命救助の一環だったのだろうし、医療の道を志している彼女なら心得もあるし、やむを得なかったのかもしれんが、……まさか、オレの知らないところでそんなことがあったのか? と、……一度、そう思ってしまったら、モヤモヤと行き場のない気持ちが渦巻いて、どうにも収まりが悪い。……仕方が無かったのかもしれないとは思っても、……オレには教えられなかったのか、だとか。……只でさえ、オレはまだとキスなんて出来ていなくて、挙句の果てにはデュフォーに先を越されているんだぞ!? と付き合っているのはオレなのに、どういうことだよ!? と、……ああ、もう、……盗み見るなんて絶対によくないとは思いつつも、サンビームさんがどうしても言えないと言うのなら。……最後の手を使う方法がオレにはあるんだぞ、と。……そう提示したことで、サンビームさんは観念したようで、渋々と言った様子でオレに話してくれたのだった。

「……清麿だよ」
「ああ……それで、相手は誰なんだ?」
「イヤ、だから……清麿だ、と私はそう言っているんだが……」
「……ハ?」
「ファウードの戦いの際に、清麿が生死を彷徨ったことがあっただろう?」
「あ、ああ……あのときは、ガッシュの声がして、それで戻ってこられたんだ……」
「そうだ、ガッシュが諦めずにきみの胸を打ったことが、偶然か否か心臓マッサージの効果をもたらした。……その際に、モモンの聴覚との迅速な措置とがあったからこそ、清麿は生還できたんだぞ」
「……つまり、そのときに……?」
「ああ。……があまりにも躊躇わないものだから、随分と積極的なのだなと、そう思っていたんだが……どうも、違ったようだな……?」
「イヤ……積極的、どころか……」

 ──あのが、本当に? 積極的どころか、彼女はオレと指先が触れ合っただけでも恥ずかしそうに俯いてしまう、というのに、……オレも人のことをとやかく言えた立場ではないが、普段はそんな有様なのに? ……オレに? が、人工呼吸をしたって? ……本当なのか、それ? ──と、正直に言うとすんなりとは信じられないほどの衝撃が、その暴露には伴っていた。──だから、もうこれは本人に直接聞こうと、──そう思って、数日後、放課後に待ち合わせた彼女と共に向かった公園でベンチに腰掛けながら、……恐る恐ると言った有様で、オレは彼女にその旨を問いかけたのだが。

「……な、なんで、きよまろくんが、それを……」
「……スマナイ、サンビームさんからオレが無理に聞きだしたんだ……」
「そ、そうなの……」
「ああ……」
「…………」
「……その、本当なんだな……?」
「……の」
「の?」
「──ノーカン! あれは人命救助だから! ノーカンです!」
「……はぁ!?」
「た、確かに勝手にしたことは悪かったなと思ってるよ……! で、でも! 誰かがしなきゃいけなかったの! あの場では、私がいちばん、医療知識があったの!」
「お、おう? そうだな……?」
「だから! ……人命、救助だから……キス、とかじゃないから、あれは……あ、あの……わたし……」

 大慌てで。そう言って身振り手振りで主張するは、赤くなったり青くなったりと忙しなく、声は幾らか震えているし、──イヤ、待ってくれ。もしかしなくても、……何か誤解してないか? この様子は……。

「……
「ハ、ハイ……」
「オレは、怒っているわけじゃないぞ……?」
「……そ、そうなの……?」

 ──イヤ、当たり前だろ。──あのとき、生死を彷徨うオレを前にして、そうするしかない状況だった、それ以外に蘇生の手段はなかった、というのは、臨死体験をした本人な訳だし、オレが一番よく分かっているつもりだ。……そもそも、現在では恋人にあたるに以前、人工呼吸をされていた、と言うその文脈に、……オレが怒るような要素が、何処にあるんだ……? と、オレはそう考えていることをはっきり伝えるべきだと思って下手に包み隠さずに、……まあ、単純に彼女に対して取り繕ったり格好付けるのが下手なだけではあるが、そのまま正直に、へと伝えると、彼女はホッと胸を撫で下ろしてみたりするものだから、……今の、本気で言っていたのか……? ──と。幾らか、つまらない気分にもなるさ、オレだって。

「……あのさ、
「なに……? 清麿くん……」
「その……どうしても、カウントしたらダメか?」
「……それは、だって……」
「……ああ」
「私はあのとき、清麿くんに死んで欲しくなかっただけで、……ほんとに、そんなつもりじゃ……下心とかじゃ、なくって……」
「分かってるよ。は、そういう奴だもんな。……しかし、その、だな」
「……?」
「それでも……カウントしておいて貰えると、のはじめてはオレだった……ということになる? よな……?」
「……それはそう、だけれど……」
「だったら、……やっぱりカウントしておいてもらえないか? ……悪いけど、オレも一応、嫉妬とか、するからさ……やっぱり……」

 ──オレだって、デュフォーのことは友人として大切に思っているし、“アンサートーカー”と言うこの能力を共有する者同士、憎からず思っているのは本当だよ。……あいつにだったら、を任せられるかもしれないと、そう思ったこともあって、……まあ結局、オレも引けなかったし、てっきりお互いに似たようなことを考えているのだろうと思っていたあいつの方は、若干オレとは考えが違ったようで、──なんと、オレとが交際を始めた今でも、のことをまるで諦めていないらしい。「気長に待っていれば、清麿に飽きることもあるかもしれないだろ?」……なんて、悪びれずにしれっと言い放つあいつは、相変わらずにご執心で、……そんな具合だから、デュフォーがオレの家に居候していた頃、はあいつに強引にキスされたことが、あったのだ。──当時、オレも薄々察していたし、それについてもオレに事実が露見したところでデュフォーは全く悪びれておらず、本人が気にしていないから大丈夫だと言うので、……それについてはもう、不問ということになったのだが。……でも、の初めてのキスの相手は、この先も決してオレにはならないのだと思うと、どうしたって、少し寂しいような気持ちくらいはオレにもあって。……だが、よく考えてみると以前にデュフォーの奴、オレがその旨を零した際に、「……イヤ、の初めてはオレじゃない」と、機嫌悪そうに言っていたことがあったのは、……あいつ、もしかしなくても、このことを、知ってやがったな……!?

「……いいの? なんか、私、ズルしてるみたい……」
「狡い? 何がだ?」
「だって……あのとき、清麿くんは意識なかったのに、わたし……」
「でも、最善の方法だっただろ? ……それに、オレはにならそういうことをされても、その……」
「清麿くん……」
「と、ともかく! ……あれはワンカウント、ってことでいいよな?」
「……うん、清麿くんが、嫌じゃないなら……」
「……嫌じゃないさ。──しかし、そうなると……うーん……」
「清麿くん?」
「……その、だな。……一回目はもう済ませてたんだな、と思うとな……」
「う、うん……」
「……二回目は、オレからしたいな、と……オレはそう、思うんだが……駄目かな?」
「……だめじゃないよ……いいよ、清麿くんなら……私も、今度はちゃんと、……理由なんて、なくたって……」

 ──人命救助の口実はもう何処にもなくて、そもそも、彼女の隣にいるというそれだけのことでも、進学先も別れた今となっては、自分だけの意味を作らなきゃいけなくて、──ガッシュのためだとか、魔界のためだとか、人間界のためだとか、他の誰かのためじゃなくて、これは、オレがそうしたかったから。そして、……が、受け入れてくれたから。──震えを隠すようにそっと指を伸ばすと、ぼうっと熱を帯びた頬の柔らかさと滑らかさとに心臓が跳ねて、目を瞑ったほうがいいのかどうかだとかでオレが悩んでいたら、──と目が合って、──きれいなガラス玉みたいなその瞳に、気付けばオレは吸い寄せられてしまっていた。

「……キス、しちゃった……」
「し、したな……」
「……ふふ、うれしい……私、ほんとうに清麿くんの彼女さん、なんだね……」

 ──何を今更、と言いたくなるその言葉だって、……オレもまるで同じことを思い浮かべていたよ、と言ったらは笑うのかな。そう思ったらもう、……笑って欲しくて堪らなくなってしまって、気が付けば言葉は滑り落ちていた。そうして、満開の花みたいに笑う彼女に、オレは、……ああ、やっぱり。は笑顔が一番可愛いなと、祈るように、願うように、──悔いるように、そう思ったのだ。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system