そばにいたくても眠たくて、

 ちゃんは、アメフト部に入部させられてしまったことをきっかけに出会った、私のお友達だった。高校では漫研に入ろう、なんて考えていた私はきっと、アメフト部と関わることにならなければ、高校生活でちゃんと友達になることもなかったんやないかと、そう思う。ちゃんは鷹くんの幼馴染だそうで、鷹くんをサポートするために帝黒に進学して、帝黒アレキサンダーズのマネージャーになったという経緯を持つ女の子で、──それはもう、とてつもなく行動派の活発な女の子として、彼女は私の目に映っている。私とちゃんは、きっと性格も何もかもが真逆なのだ。鷹くんや大和くん、平良先輩や安芸先輩どころか棘田先輩にまではきはきと物を言う彼女はいつも気が強くて、おどおどと言葉を濁して周囲に上手く意見も出来ない私とは、本当に正反対。ちゃんみたいな子にとって、私みたいなんは、寧ろ、……あんまり関わりたくない部類の人間なんやないかと、そんな風にも、私は時々考えてまうけれど。

『──すごいすごい! 鷹ちゃんがあそこまで言うなんて、きっと本当にアメフトの才能があるんだね! すごい、女の子でも、アメフトで強くなれるんだ……!』
『あ、あのう……?』
『あ、私ね、アメフト部のマネージャーをしてるです。女の子同士、何かあったら頼ってね』

 ──幼馴染に似たのか、彼女は彼女で、些か強引なところも、在りはするけれど。不思議と彼女のそれは嫌ではなくて、寧ろ私が嫌々ながらもアメフト部を辞退しきれない理由のひとつにはきっと、ちゃんが私をきらきらした瞳で見つめてくれるから、というものがあるような気がする。彼女は鷹くんの為にずっと頑張ってきたのだそうやけども、ちゃん本人は背丈も低く昔から病弱だったのだとかで、アメフトどころか少年野球時代に鷹くんのキャッチボール相手をすることすら、彼女には叶わなかったらしい。だから、アメフト部に入るときにもマネージャー以外の選択肢をちゃんは考えてすらいなくて、私の登場は正しく彼女にとっては青天の霹靂だったのだそうだ。そんな大げさに褒めてもらうようなことやないから、と慌てて弁解してもちゃんはきらっきらなあの大きな目で私を見上げて、「花梨ちゃん、かっこいい! 私、尊敬しちゃう!」……なんて、あまい笑顔で言われてしまっては、……いくら同性でも何も言えなくなるというか、同性だからこそ、彼女には勝てない、というか……。

 ──きっと、ちゃんは。私が本当にアメフトをやめたいのだと彼女に相談できたのなら、私の力になってくれるんやと思う。「残念だけれど、花梨ちゃんが嫌なら仕方ないよね、危ないし……」って、誰よりもその危険から遠ざけられている彼女なら、分かってくれるのだと思うのだ。……でも、ちゃんが私に何かを期待してくれていると、私は知っているから。彼女に出来なかったことを、私なら出来るかもしれないと信じて、彼女は鷹くんや大和くんだけじゃなくて、私の力にもなってくれているのに。──ちゃん、私の大切なお友達。小さな背中が何時も頼もしくて、昔は鷹くんを庇っていたのだというその背に今は私を庇って、誰に対してでも、私の代わりに反論の意を唱えてくれる彼女のことが、私だって大好きになってしまった。……ちゃんは、かっこいい。あんなにもしなやかでうつくしく、しっかり者の彼女に、自分にはないものを感じて、私はどうしようもなく彼女に憧れた。──でも、「花梨ちゃんなら、鷹ちゃんの相方役になれるのかも」って、羨望と親しみを籠めた瞳で、彼女は私を見つめてくれるのだ。私のことを、本当に尊敬しているのだとまっすぐに語る彼女に、私は何度でも驚いて、畏れ多くて気恥ずかしくて、……でも、彼女に賞賛されると、嬉しくて。

「──大和くん! また花梨ちゃんの意見、無視したでしょ!?」
「ちょ、ま、ちゃん! わわ、私は平気やから……!」
「私が嫌なの! 大和くん、ちゃんと花梨ちゃんに謝って!」
「……すまない、。だが俺は、の気を損ねるようなことをしてしまったのだろうか……?」
「だーかーらー! 私じゃなくて、花梨ちゃんに意地悪しないで、って言ってるの!」

 ──でも、だからと言って、ちゃんに甘えすぎるのはやっぱり駄目じゃないかと最近思う。ちゃんが私を庇って周囲と対立するのも、今に始まったことでは無くて、誰にでもはっきりと物を言う彼女は自分が正しいと思ったことしか言わないけれど、別に彼女の腕っぷしが強い、なんてことは全くないから、傍で見ているとき、私はいつもちゃんのことが心配でならなかった。今までは、棘田先輩に突っかかっているときが一番怖かったけれど、それはまあ、鷹くんや大和くんが止めてくれることが多かったし、一応今のところは、平気やった。……でも、最近になって、ちゃんと大和くんが口論になることが度々起きていて、……これは絶対、良くないことなんやと思う。だって大和くん、何処か困った顔をしているし、……ちゃんはちゃんで、大和くんに背を向けた瞬間、……傷付いたような顔を、しているし。

「……ちゃん、私のことはええですから、ちゃんが大和くんと喧嘩することなんか……」
「……悪いのは大和くんだよ」
ちゃん……」
「……でも、きっとわたし、可愛くないやつだって、大和くんに思われてるんだろうなあ……」

 あはは、と茶化すように笑う彼女が本当に傷付いた顔をしていたから、──私はもう、それではっきりと気付いてしまった。……ちゃん、きっと大和くんのことが好きなんや、って。……そう、分かっているのに、ちゃんは私の意志が尊重されないと、嫌なことをされると、大和くんにでも反論してくれるんやなあと思うと、それに嬉しくなってしまう自分が心の何処かに居て、……私は、そんな自分のことが嫌だと思う。──ちゃんは、私の話をちゃんと聞いてくれる。周りが聞く耳を持たないときには、私の代わりに怒ってくれる。……でも、私は? 私を庇うことが原因で、彼女が好意を寄せているらしい大和くんと衝突しているのを知りながら、私は彼女に護ってもらうばかりだなんて、本当に良いんかなって、そう思って。……それでも、「花梨ちゃんの絵、すっごく上手! とってもかわいい!」って、私の描いたイラストを見てにこにこと笑ってくれる彼女を見ていると、……私が彼女の一番の親友でいたいと願ってまうの、……こんな私じゃ、やっぱりちゃんには相応しくないんやろうなあ。 inserted by FC2 system


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