いつか星群れるためのカトラリー

 グレゴリーとヴィクトールとの出会いは、彼等が道端で行き倒れていたのを私が見つけたから。……なんて、現代日本でそんな話、ある? と、自分でも思ったけれど、事実だったのだから仕方がない。雨の日に大怪我をして倒れていた彼等を、見て見ぬ振りで通り過ぎることも出来たけれど、……それは流石に人として、躊躇われて。見るからに怪しい風体で怪我をして地だらけな外国籍の成人男性二人を自宅に連れて帰る……なんて、よくやったものだと我ながら思う。そうして、案の定目を覚ましたあの兄弟は、余計な世話をするな、とまるで人を偽善者か何かのように散々罵ってくれて、……流石に私も、カチン、と来てしまったのだ。今思えば、言い返すなんてどうかしていた、とも思うけれど。

「ああ、そうですか! 別に親切にしたかったわけじゃないので! 元気そうで何よりです! さようなら!」

 ……そう言って私が家から追い出したとき、彼等兄弟は、ぽかん、と。何を言われたのかわからない、というような顔をして。結局、優しい言葉や共感が結局お望みだったんじゃないか、……あんな風に言われなければ、食事くらい出すつもりだったのに、何よ、と。……とてもひとりでは食べ切れそうにないスープの入った鍋を見て、キッチンで途方に暮れたのも、今や良い思い出。
 そうして、それっきりで終わりになると思っていた、彼等二人との接点だったけれど、……一体何を思ったのか、それから二週間後、グレゴリーとヴィクトールはふらり、と私の元を再度訪れたのだった。玄関からずかずかと、押し入り同然に家に上がり込んだかと思えば、私の夕飯を勝手に食べて、私のベッドで勝手に寝て、……帰ってください! と最初の頃は抵抗していたけれど、……どうやら私は、彼等に毒されてしまったらしい。いつの間にか、彼等は私の日常に食い込んでいて、……けれど、彼等の言い分は毎度「俺達の隠れ家としてお前は都合がいいんだよ」というもの、だったから。……まさか、そんな感情を向けられているとは、思いもよらなかった、訳で。

「おう、迎えに来たぜ。早く荷物をまとめな」
「……はい?」
「必要なものだけすぐに纏めろ、残りは後日、転送する手筈だ」
「て、転送……?」
「どれがいるんだ、着替えか」
「いやちょっと待って……荷物? まとめて、何処に行くの……? りょ、旅行とか?」

 果たして、私と彼等は、三人で仲良く旅行! ……なんていうほどに、気安く打ち解けた仲、だっただろうか? 決してそんなことは無かった気がする。……だったら、一体なんだというのだろう?

「……遅い。もうリーベルトとの予定時間だ、行くぞグレゴリー」
「あー、しゃあねえな。悪いな、ヴィクトールがこう言ってるからよ……ともかく着の身着のままで来てくれや」
「いや、だから、何処に行くの?」
「あん? んなもんネポスに決まってんだろ」
「ねぽ、す……? って、」

 なに? それ? ……そ、そう問いかける間もなく、一瞬視界が揺らめいたかと思えば、私は見たこともない景色の中に、グレゴリーとヴィクトールに両腕を捕まれ、立っていた。……これではまるで、捕まった宇宙人だ。

「あ、あの……此処、どこ? あ、あの生きものって……!?」
「あ? 野良ドラゴンだな」
「の、のらどららごん!? こ、ここどこなの!? ねえ!?」
「だーかーら、ネポスだっつの」
「地球とは別の惑星だ」
「……は、はい!?」
「俺達は今日からこの星で暮らす。、お前も俺達と共にネポスに来い」
「来いも何もないですよねぇ!? もう来ちゃったんですけど!?」
「お、迎えが来たな」
「む、迎えって……あ、あのひと? べつのわくせい、って、まさか、あのおんなのひと、って……?」
「宇宙人だな」
「……宇宙人だな、じゃありませんが!?」

 ……その後、此処が地球から遥か離れたネポス・アンゲリスという惑星だと説明された私は、その足で現地のお役所……? に連行されて、何やら読めない文字が書かれている書類にサインをするよう二人に脅されて、……その書類に、二人もサインをしていたの、だけれど。……まさか、あれって、そんなまさか、と、小さな建物に連れてこられるまで、震えが止まらなかった。

「で、此処が俺達の新居ってやつだ」
「し、新居……」
「何か入り用のものがあれば手配する、遠慮せずに言え」
「そうだぜ、……なんたって、今日から三人家族になるんだからよ?」

 よろしくな、ちゃん。と、……悪い顔で笑ったグレゴリーに、私は以前、二人にも日常が見つかるといいね、なんて、無責任なことを言った記憶があるけれど。……まさか、こんな形で責任を取らされるとは、思わなかったんですよ!

「明日は指輪でも見に行こうぜ」
「グレゴリー、式場が先だ」
「ああ、それもそうだなァ……」
「……そうだな、じゃないんですよ!」

 何を言ったところで聞いて貰えそうにないけれど、……結局、ろくな抵抗も出来なかったのは、……そういうこと、なのかなあ、とは、……思いたく、ないなあ……。 inserted by FC2 system


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