世にも恐ろしいケーキの切り分け方

※DLC番外編及び関連PVのネタバレを含みます。


 
 モモワロウは、自身のトレーナー・に酷く懐いていた。
 はポケモンバトルが強く、皆に分け隔てなく接する彼女は人脈も広く、もちろん、手持ちのポケモンたちからも慕われていた。
 故にモモワロウは、と共に過ごす日々が続くに連れて、次第と周囲の人間やポケモンたちの存在を“邪魔”な“障害”であると、そう考えるようになっていったのである。
 の愛情はすべて自分だけに注がれるべきなのに、もっと愛して欲しいのに、──どうしてか、モモワロウの望みとは違い、彼女の愛は皆に平等に、分配されている。
 ──尤も、そのように誰かを贔屓や差別で篩に掛けることも無い彼女だったからこそ、モモワロウにもそれを与えてくれていたのだが、──モモワロウには、そのようなことも分からないのだった。

「モモワーイ!」
「……モモ、気持ちは嬉しいけど私はお餅、要らないってば」
「モゲーッ!」
「ありがとうね、いっしょにお菓子食べようか」
「モモーッ!」
「怒らないの、……ほら、モモンの実のクッキーだよ。モモ、これ好きでしょ」
「……モ……」

 今までのモモワロウは何かを与えるばかりで、何かを奪うばかりで、無条件での施しを受けたことなどは本当に、──極昔、ほんの少しあっただけだったし、その過日は既に壊れて戻れなくなってしまっていたから、が与えてくれるものならば、何でも嬉しかった。
 だから、の用意してくれた食事はどれも美味しかったし、モモワロウは出された食事に対して好き嫌いをしたことなど、一度も無かったはずだ。
 ──けれど、それでも。全部美味しく食べるモモワロウのちいさな表情の揺らぎをはよく見ていて、「この間、嬉しそうに食べていたから」とそう言って、モモンの実のクッキーを繰り返し焼いてくれるのだった。
 ──のこんなところが、モモワロウは、堪らなく好きだと、そう思う。
 彼女が与えてくれるものは数多く、そのどれもが眩くて、あたたかい。の隣で食事をして、口の端に付いた食べかすを拭ってもらって、ピクニックで洗ってもらい、毎日たくさん撫でて貰って、──そうして、夜になると彼女の寝台で枕もとを陣取り、日向のにおいがするふわふわの布団で共に眠った。
 そんな日々がモモワロウにとってはこの上なく幸福で、──故に、彼女の視界に入る他のすべてが、本当に邪魔だと思った。
 どうして、モモワロウはの最初のパートナーではないのだろう。パートナー役も幼馴染役も、既に他のポケモンがその場所を陣取った後で、只でさえ彼女にはモモワロウの他にも仲の良いポケモンがたくさんいて、それどころか、仲のいい人間たちまでたくさん居るのだ。
 ──ああ、邪魔だなあ。
 ──彼女の全部が、自分のものだったらよかったのに。
 何度も何度も、繰り返しそのように願ったからこそ、もっと好かれるためにくさりもちを振舞ってもみたが、人格者であるは元より欲が薄く、モモワロウの毒が入ったくさりもちに洗脳効果があることも既にに知られてしまっているため、どんなにせがんでも、時には泣き真似で同情を買ってみたりもしたものの、は決してくさりもちを口にしてはくれなかった。

「……大丈夫だよ、無理にこれを食べさせなくても、私はモモのことが好きだから」

 ──きっと、その言葉に嘘偽りなどはないのだ。は本心からモモワロウを愛してくれている、──但し、モモワロウにはそれでは足りなかった。──皆に平等に分け与えられている愛情などでは、まるで足りない。──もっともっと、自分だけがに愛されたい。
 が何を望んでいるのか、何を欲しているのかがどうしても分からないから、そうして考えあぐねた結果に、──モモワロウは仕方がなく、片っ端から彼女の欲しがりそうなものを集めてプレゼントすることにした。
 の手持ちのポケモンや友人たちをくさりもちで操って、「の好きそうなものを持ってくること」と命じると、彼らはあちこちから様々な品物をかき集めてきた。
 ムクロジの数量限定ケーキ、ベルダーの新作バッグ、ポケモンの手入れに用いられるブラシや肉球ケア用の高級クリーム、すごいきずぐすりやクイックボールなどの必需品、部屋に買い置きされている菓子や食品、最新型のスマホロトムに、彼女の手持ちポケモンのグッズたち。
 ──モモワロウ以外の誰かがの好きなものに詳しいことは、些か腹立たしくもあったし、ポケモンのグッズの中にはモモワロウの姿が見当たらなかったことも気に入らなかったものの、これらをプレゼントすればはきっと、モモワロウのことをもっと好きになってくれるはずだから、モモワロウにとっては、そちらの方がずっと重要だった。

「……え? なにこれ……?」
「モモワーイ!」
「……まさか、これ、モモが……?」
「モ!」

 ──翌朝、が自室で目を覚ますと、彼女の部屋は身に覚えのないプレゼントの山で溢れ返っており、──呆然とする彼女が起きるのを待ち構えていたのか、にこにこと得意げに笑うモモワロウがをじいっと見つめていた。
 ──一瞬、何が起きたのかが分からなくて、──しかしには、すぐに理解も及んでしまった。──これらは、モモワロウが各所から盗んできた品物なのだと。
 
 モモワロウには、いつだって悪気がない。くさりもちを振舞うことも、それを用いて誰かを洗脳し、欲望を引き出すことも、──その力で他者から大切なものを奪うことも、それが失敗したならば、モモワロウを阻んだ相手を恨むことも、──モモワロウはそのすべてを決して悪意があって行っているのではなく、それらは正しい行為で最善手なのだと、他に方法はないのだと信じ込んでしまっている。
 己に悪逆の自覚を持たない者を咎めることは、時に、自覚のある悪人を糾弾することよりも、遥かに困難だ。
 モモワロウがその行為を悪いことだと思っていないのだから、「それは悪いことだ」「やってはいけない」「二度とやるな」とどれだけ口を酸っぱくして唱えたところで、モモワロウに理解できるわけもない。──其処に、モモワロウが納得できるだけの論拠と説得力が伴わない限り、モモワロウはの意見に感化されることもまた、ないのだ。
 ──きっと、それが原因で、このポケモンはずっと、ずっと、酷く孤独だったのだろう。
 モモワロウを捕獲してから暫く、傍でその生態を観察していたには、今までモモワロウが歩いてきた日々にもある程度の察しが既に付いている。紛れもなくモモワロウは、生まれながらの悪辣をその身に秘めていて、──けれど、それを理由にモモワロウを責めたり、手持ちから追い出したり、傷付け、痛め付けたりすることもまた、彼女にとっては耐え難かった。
 何も、モモワロウの在り方を肯定している訳でも、この子は無実だ純粋なだけだと主張したい訳でもない。モモワロウが行っている悪行は事実、から見れば紛れもない蛮行で在り、彼女にこのポケモンを矯正することは、難しいのかもしれない。
 ──それでも、どうにかモモワロウが他者と共存できる道を、は探してやりたかった。──その覚悟の元で、彼女はこのポケモンのトレーナーになったのだ。

「……モモ、私はこれだけで十分だよ」
「モ!?」
「ありがとね、またクッキーを焼くから、いっしょに食べようか」
「……モ……」

 ──どうやら、にとってモモワロウのプレゼントは、喜ばしいものではなかったらしい。
 やんわりと拒否されたことで落胆するモモワロウを撫でてやりながら、は、プレゼントの山からモモンの実を手に取ると、それだけをモモワロウから受け取る。
 ……これだけは恐らく、モモワロウが自分で集めてきたものだろうとはそう考えて、モモンの実だけを受け取ることにしたのだが、実際にその読みは正しく、きらきらと輝く高価なプレゼントの山から自分が選んだものを選び取ったなら、モモワロウは今までに知らない喜びを覚えて、何も質や量ではないのだと、重要なのは互いを想う気持ちなのだと、──モモワロウにも少しだけ理解できるようになるのではないかと、のそれは、そんな期待を込めての行動だった。

「他のプレゼントは、いっしょに謝って、みんなに返そうか。……それで、帰りに小麦粉と牛乳を買おうね」
「……モモ……」

 よしよし、と優しく宥めるように撫でる白い手に擦り寄り、きゅっと縋り付きながらモモワロウは、彼女のあたたかな想いをようやく理解していた、──などという訳ではなく、……一体このプレゼントの何が悪かったのかを何度も考えて、やがて、……ああ、プレゼントを選んだ者たちがの好きなものを全然理解していなかったからか、と。モモワロウはそのように、落胆していたのだった。
 価値観の相違などは到底、簡単に埋められるようなものではなく、ましてやこれは人とポケモン、善性と悪性の話である。
 が生きているうちに、彼女が匙を投げるのが先か、モモワロウが絆されるのが先か、──或いは、が道を違え邪悪に堕ちるのが先なのか。未だ理想には程遠く、深淵は常に手招きをして、愛に焦がれ彼女を見つめていた。


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