ノッキング・アウト・ベイビー

 ダンデと私は、元々、ジムチャレンジ時代の、同期だった。ダンデとキバナ、それにネズという猛者が揃っていた、私の世代は、前回のジムチャレンジ、――マリィちゃんやビートくんの世代が、その再来と呼ばれたほどに、競争が激しかったのだ。私は、その年のトーナメント戦で、準決勝までは、行ったけれど。――準決勝、私の相手はダンデで、私には、結局、彼を越えて行くことが敵わなかった。
 ――決勝で戦いたいね、なんて。
 ネズとは、そう話していたけれど、それも叶わずに。

 ――そういう意味では、私が、トレーナーとしての人生は歩まない、と。そう、決断したのは、ダンデとの試合と、苦い敗北があったからこそ、でもあるのかもしれない。
 ――そして、あれから十年程過ぎて。チャンピオンになれず、ジムリーダーにもならず、裏方として、ポケモンとトレーナーを支える生き方を選んだ、私は。

 現在、何の因果か、ダンデの補佐役、なんてものを勤めている訳であった。

「――ダンデ! さっき上げてくれた書類の件だけど、」
「ああ、何か見落としがあったか?」
「ええ、ここ。誤差の範疇だけど、計算が少し間違ってる。値の入力がずれてたんじゃないかと思うのだけど、」
「……ん? ああ、本当だ……スマナイ。すぐに修正しよう」
「いえ、大丈夫。確認は出来たし、私が直しておくから。それより、午後の会合、15時からなの、ちゃんと覚えてる? 迎えに行くから、おとなしく待機しててね」
「…………」
「……何?」
「いや……流石、頼もしいなと思ってな」
「それは、まあ……裏方仕事、ずっとしてたから」

 ライバルや友人と、そう呼べるほど、親密ではなかったと思う。ダンデがチャンピオンになり、私は、マクロコスモスの社員になって、彼が表舞台に立っている間、私はその裏方で奔走していたから。まあ、接点自体はずっと、あったけれど。それも単純に、仕事だから、だっただけ、で。
 ジムリーダー、という志を、結局は、半ばで投げ出して、裏方に回ることで、私は自分を、正当化しようとしている。私は何も、間違ったりしてはいないのだと、そう思いたかったから、逃げ出したのだと、後ろ指を、指されたくなかったから、私にあるのは、只の、それだと、そう、思っていたのだ。

『マクロコスモスの縮小に当たって、リーグ運営の管轄をオレが受け持つことになったんだ。そして、今あるローズタワーを改装して、オレは、新しいバトル施設を作ろうと思っている。新しい組織で、今のリーグの運営まで回すんだ。一筋縄じゃいかないのは、わかってる。でもな、オレの計画を聞いたら、きっと興味を持つと思うぜ!』
『――名付けて、バトルタワー計画だ!』
『キミに、手伝ってほしいんだ。ヘッドハンティング、というやつだな! オレと共にきてほしい、ガラルのポケモンバトルを、皆で一緒に盛り上げたい。キミになら、オレの気持ちが分かるはずだぜ、

 友達では、無かった。――無かったけれど、スポットライトの下で、十年、燦然と輝き続けてきたこのひとが、舞台裏で走り回ってきた私のことを、ちゃんと見ていてくれていたのだな、と。この十年、きっと、彼にとって私は、戦友だったのだ、と。――そう、気付かされたからこそ、私は、彼の手を取るに至った訳であった。

 ――まあ、そのときはまだ、その後、ネズともう一度組むことになるとも、――彼のおよめさん、にしてもらえることになるとも、夢にも思わなかったから。バトルタワーでやっていく、という決断が、私にとって、現在、一切負担になっていないかといえば、正直、そうとも限らないけれど。

「あ、そうだ、、今夜、キバナと飯に行くんだ。一緒に行こうぜ」
「え、いいよ、悪いし。ライバル同士、水入らずで行ってきたら?」
「何言ってるんだ、キミだってオレらのライバルだろ?」
「え、」
「だから行こうぜ! オレ、チャンピオンを辞めてからな、皆でゆっくり飯を食って、話をするのが楽しいんだ。キバナも、が来たら喜ぶぜ!」
「……そっか、ううん、でも、ネズに何も言ってないからなあ……」
「ならネズも連れて行こう! どうせ迎えに来るんだろ? そのまま皆で行けばいいぜ!」
「……ダンデ、なんか最近、ますます自由になった?」
「? なにがだ?」

 でも、今は未だもう少し、ダンデと一緒に仕事するのも、まあ、悪くないのかな、と思っている。

 マクロコスモスに入社したばかりの頃、私は未だ子供で、ジムチャレンジで、少しばかり良い成績を残しただけの、本当にそれだけの、ちっぽけな人間だった。バトルも、ギターも諦めて、本当に、何も持っていない私、になってしまったことが、こわくて、ネズが傍にいないことが、苦しくて、それでも、必死に、必死に、どうにかこうにか、何かを成そうと足掻いて。やがて、信頼も信用も、徐々に伴って、最後には、役職を与えられて、リーグ運営の監督を任されるまでに、なったけれど。そのあいだの苦しみ、葛藤、夢と呼びたかったもの、そのすべてを。――見てくれていたのだな、と思ったら。私は、今のダンデの力になりたい、と。そう、思ったのだ。以前なら、彼に助けは、いらなかったのかもしれない。私だって、力になろうなんて思いもしなかった。でも、今の彼にとって、それが必要で、指名されたのが私なら、話は別だ。だって、きっと、今の彼は、――十年前の私と、同じだから。



「やー、なんか珍しい面子だけど楽しいなあ、懐かしいよな、色々と」
「ハァ? 楽しいのはおまえだけじゃねーですか? おれは帰りたいですけど」
「おー、別に帰ってもいいんだぜ、ネズ。は帰りたくないらしいけどなー」
「……は?」
「言ってない、言ってない!」
「……ハァ、今日は珍しく、ふたりきりだったのに」
「ハ? オマエ、妹は?」
「今日はチャンピオンのところに泊まりに行ってるんですよ。……気を使ってか、時々あるんです。まあ、おれも有り難く、有効活用させてもらってますけど……マリィも、年の近い友達が出来て嬉しいみたいですし」
「へえ、じゃあ今日はネズと、二人の予定だったのか?」
「そうね、この週末はマリィちゃん、ユウリさんと遊びに行くんだって」
「なるほど、だったら尚更、誘って正解だったな! 二人より四人のほうが賑やかだろ? 普段三人なのに、二人じゃ寂しいもんな!」
「それを本気で言ってるからおまえは質が悪いんですよね、ダンデ、分かってます?」
「? ああ? なにがだ?」

 ――シュートシティ市内、少し裏通りに入った、あまり、観光客は訪れないような、小さなバル。所謂、隠れ家的な、市内に住む人間が行く店で、間接照明の薄暗い店内は、何かと、人目につきやすい人間でも入りやすく、業界人御用達、のような店である。――少し前なら、私は別に、こういう店を選ぶような立場でも、無かったのだけれど。そんな状況も今では一変して、一応、今では私も、プロのアーティストだし、ダンデの秘書役としても、すっかり顔が売れてきてしまった。そりゃ、まあ、ローズさんとオリーヴが二人でやっていたことを、そっくりそのまま、ダンデと私で一部を引き継いでいる、訳だし。それも、致し方ないかと思うけれど。
 でも、今日この店にいるのは、それ以前の問題だった。――まず、私の正面には、ご存知ガラルのスーパースター、ダンデが座っていて、その隣には、ドラゴンストーム、トップジムリーダーと名高いキバナが座っており、

「本当、どうしてくれるんですかね? おれ、今夜の為に店予約してたんですよ?」
「……ごめんね? そうとは知らなくて、勝手に約束しちゃって……」
「おまえは悪くねーですよ、どうせダンデが強引に押し切ったんでしょ」

 ――そして、私の隣には、不機嫌そうにグラスを傾けるネズが、座っていた。

「……それ、マジでオレさまたち空気読めてなかったやつ?」
「マジのやつですよ、おまえが此処を四人で予約して、もう料理もコースで頼んだって言うから、仕方なく来ましたけど……」
「アレ、でもそれ、向こうの店はキャンセルできたのか?」
「ああ、店でに好きな料理を選ばせようと思ってたんで、料理は特に予約してなかったんですよ。だから、こっちの店に掛ける迷惑のほうがデカいと思って」
「……オマエ、やっぱ、めっちゃイイ奴だよな……」
「キバナ! ネズ! 見てくれ! デカい海老だぜ!」
「ちょっと、ダンデ! シャツ汚れるから、一回置いて!」
「ん? ああ、問題ないぜ!」
「問題あるでしょ! あのね、世間体なんてどうでもいいけど、あなたはオーナーなんだから、しゃんとしててくれないと、面倒ごとに巻き込まれるのはダンデなんだからね!?」
「……訂正するわ、夫婦揃ってイイ奴だな、オマエら……」
「まあ、はイイ女ですよ。おまえ、案外見る目あるじゃねーですか、腹立つな」
「ネズ、オレさまのこと嫌いなの?」

 少し前までは、ダンデと食事をする機会なんて、殆ど無かったから、気付かなかったけれど。チャンピオンだった頃は、落ち着いてご飯を食べる、なんて当たり前のことでさえも、ダンデは、犠牲にしてきたらしい。その事実に、一緒に仕事をするようになってから、気付いてしまって。――故郷に居た頃、お師さんは、お茶の時間を、大切にする人だったから。そんな風に、ゆっくりとお茶を飲んで、誰かと話をする、何気ない時間が、どれほど大切なものなのか、と。そんな、心の洗濯とも呼べる時間が、人を形作る、と教わって育った私は、旅に出てからも、食事の時間は、大切にしていた。まだミミッキュと二人旅だった頃から、一緒にご飯を食べて、話して、――ネズと、一緒に旅をするようになったのも、その習慣があったからこそ、だったし。一緒にご飯を食べることで、私はネズと、仲良くなったから。
 ――いっしょに、ご飯を食べよう、という、その提案に、私はどうしても弱くて。それがダンデからだと思うと、まあ、尚更。断るのは憚られて、まあ、そもそも、断らせてもらえないことも、多々あるのだけれど。

 そんな理由もあって、まあ、今夜はマリィちゃんもいないし、私とネズ二人だけなら、外で食べて帰っても、良い訳だし、とにかくネズと相談してみよう……と、そう、思っていたの、だけれど。

 ――ダンデ曰く、シュートまでキバナが来る予定だ、というので、就業後、ダンデと二人で、各々 迎えを待つことにしたのだが、就業時間より少し早く、――多分、ダンデが一人でバトルタワーを出ていってしまうと、探す手間が増えるから、だと思うけれど。ともかく、ネズより先にキバナが訪ねてきて、

『多分四人になると思ったから、もう店予約してあるんだわ。オレさま、気が利くよな?』

 そう言って笑ったキバナより少し遅く、ネズが私の迎えに来た、――わけ、なのだけれど。

「…………」
「なに見てやがるんですか、どうかしました?」
「う、ううん、なんでもない」
「そう? ああ、の好きなヤツ、メニューにありましたけど。見た?」
「え、みてない。どれ?」
「これ。頼みなよ、コース料理もあるけど、余ったらコイツらに食わせればいいんだから、他にも頼みたいものがあれば、纏めて頼むよ」
「オレたち、ネズに頼られてるぞ! キバナ!」
「ちげーよ、キレられてんだよオレさまたち。本当にそういうところなオマエ」

 ジムリーダー業でも、アーティスト業でもない、只、普通に外に出る日、ネズは結構、ラフな格好をしていることが多い。ダメージ加工のジーンズとシャツに、ライダースを羽織って、髪は緩く束ねて、とか。そこまで、目立たないような格好で迎えに来ることのほうが、普段は多いのだけれど。
 ――今日は少し、かっちりとしたジャケットで、フォーマルな装い、だったから。――まあ、当然、あれ? とは、思ったのだ。そこまで多くは語らずに、状況を理解してすぐ、ため息を付きながら、何処かに電話を入れていたから、多分、あれが予約してくれていたという、お店のキャンセル電話、だったのだと思うのだけれど。
 ――多分、結構いいところ、予約してくれてたの、だろう、なあ、と。そう思うと、ネズに聞かずに勝手なことしてしまったな、と後悔したくなる気持ちも、まあ、あって。――そして、それ以上に。なにより、そもそも。……今日のネズ、いつにもまして! 格好良いんだもの! 元々、お洒落な人だから、フォーマルと言っても只、黒いスーツというわけではなくて、シックな色味の、チェック柄のジャケットに、黒いシャツを合わせて、細身のネクタイを締めている、そんな、今日のネズ、――とにかくもう、ほんとに、かっこいいんだもの……落ち合って以降、もう正直、服装に目を奪われすぎて、ちょっとテンパってしまっている、気がする。このかっこいいひと、私のだんなさん、なんだけどね……びっくりしちゃうよね……。

「――でも、なんだが不思議な感じだぜ。ネズとが結婚するなんて思わなかったな」
「は? 喧嘩売ってんですか?」
「オレさまが勝負ふっかけても乗らないのに、のことになると簡単に喧嘩買うよな、ネズ……」
「いや、ダンデも喧嘩売ってるわけじゃないでしょ。ほら、だってネズはジムリーダーだったし、ずっとトレーナーとして頑張ってたけど、私は、……」
「ハァ? 誰もそんな話してないでしょ、もしダンデがそういうことを言ってるなら、おれが許しませんけど?」
「違うぜ! 確かに仲のいい二人だったが、まさか二人が好き同士だとは、思わなかったから……」
「あ、気にしなくてイイぜ。ダンデがおかしいだけだからな、オレさまは知ってたし。お似合いだよ、オマエら」
「……ああ、そうですよね? おれは別に、隠す気なかったし。ダンデの目が節穴……」
「え……、き、キバナ、私がネズのこと好きなの知ってたの?」
「…………」
「ネ、ネズ……」
「い、いつから!?」
「……あー、ジムチャレンジの頃? 何処で会っても、オマエらって、ふたりで一緒だったからさ、二人で旅してんの? って聞いたことあったじゃん?」
「何だって!? ネズとは二人で旅をしていたのか!?」
「ダンデ、オマエもう黙ってたら?」
「バカでもチャンピオンは務まるんですね、ダンデ、すげーよおまえ」

 ジムチャレンジ時代の同期、という縁で、まあ、付かず離れずの顔見知り、のような間柄で、ダンデとキバナとは、時折交流する、程度の仲で、今も昔も別段、予定を合わせてみんなで、というようなことは、なかったけれど、――まあ、私とネズ、ダンデとキバナ、という組み合わせでは、また話が別だ。

 ジムチャレンジは、過酷な修行の旅だし、子供一人では危ないから、という理由で、家族に言われて、だったり、元々の友達だったり、まあ理由は、様々だけれど、同じスタート地点から、同じ道のりを辿るわけなのだし、連れ合いでの旅、というのも、そこまで珍しい話ではない。――ただし、大半の場合、いずれは何処かで、皆、一人になるのが、実情だ。どんなに仲が良くても、バトルの腕とは、関係がないから。
 そんな中で、私とネズは結局、シュートシティまでずっと一緒だったし、――まあ、一時的に喧嘩別れで、別行動を取ったりしたことが、一切無かったわけじゃ、ないけれど……。ともかく、そうして、ずっと二人旅、というだけでも珍しいのに、男女の二人組で、当時、名門ジムだったスパイクジムの、次期リーダーとの呼び声も高かったネズと、アラベスクジムリーダーの弟子として、お師さんの推薦でエントリーした私は、同郷の顔見知りでもない、と周囲もとっくに、知っていたから。余計に、悪目立ちしていたのだと思う。実際、間柄を詮索されたり、噂されたり、からかわれたり、ということは、多少なりともあった。
 ――その中でも、確かキバナは。

『なあ、オマエらってなんで一緒に旅してんの?』
『ハァ? なにか文句でもあるんですか? おまえに関係ねーと思いますけど』
『ネ、ネズ、喧嘩は駄目だよ……!』

 ジムチャレンジ時代、まだ箱入り、――ならぬ、例えるならば、ルミナスメイズ入りとか、アラベスクジム入りだとか、そういう感性が抜けきらずにいた私は、ずかずかと踏み込んでくるキバナのことが、――正直、結構怖かった。同年代の男の子なのに、背がすらっと高くて、威圧感が、あったし。

『もしかして、オマエら、付き合ってんの?』

 ――そんなことも、平気な顔で聞いてくるし。
 ……もしもネズが、その言葉で気分を害して、私と一緒にいるの、嫌になっちゃったら、どうしよう、と思って。余計に私は、キバナのことが怖かったのだ。キバナも、それからダンデもそうだ。ダンデの、バトルマニアが過ぎて、人の話を聞かないところ、当時は怖かったなあ。ネズと比べて、二人とも背が高くて威圧感あるし、今もそうだけれど……ネズは平気なのに、二人のことは、あんまり得意じゃなかった。ルリナやソニアとは、会う度によく話したし、今でも連絡を取り合っている、友達だけれど、それは二人が女の子だから、だ。――まあ、そんなことを言いながらも、相性で圧倒的に有利だったから、キバナにはバトルで勝ち越していたし、ダンデにも、ミミッキュの対策をさせてくれ、と繰り返しバトルを挑まれ、追い回されているうちに、すっかり彼の感性にも、慣れてしまったけれど……。

 ――あれ、でも、そういえば、

「オレさまが、付き合ってんの? って聞いたらさ、、見るからに慌ててたし、ネズは否定しなかったし? あー、そういうことね、と思ったわけよ」
「まあ、否定する理由もなかったんで。勘違いしててくれれば、その方が都合も良かったですしね」
「ははは、さすがあくタイプ使いじゃん」

 ……あのとき、ネズって。キバナに向かって、なんて答えたんだっけ。



〜〜! ネズ〜〜! もう一軒行こうぜ!」
「ちょ、ダンデ、重っ……」
「はいはい、ダンデ、ストップ。二軒目はオレさまと二人で行こうな」
「そうしてください。ダンデ、おまえ、気安く人の女に触るのやめたほうがいいですよ。素面だったら許してねぇぞ」
「ははは、ネズ、かげぶんしん覚えたのか? 積み技とは、やはりあくタイプ使いは戦術が、高度で……」
「ダンデ! わかったから! 二人から離れろ! ……ネズ、悪かったな。あー、でも、ダンデは、オマエらと飲めて、楽しかったみたいだしな、その、だな……」
「分かってますよ、あいつには息抜き、必要でしょ」
「うん、ダンデが楽しそうで、安心したかな、私も。楽しかったよ、ありがとキバナ。同期だけど、こんなにゆっくり、二人と話す機会って、あんまりなかったし……」
「はー、ほんとイイヤツだなオマエ……いや、巻き込んで悪かった。でもサンキュな、オレさまも楽しかったし、また飲もうぜ、次はルリナとかも誘ってさ」
「うん! ね、ネズも楽しかったよね?」
「まあ、悪くはなかったですけどね……とはいえ、こっちも新婚なので、頻繁にこういうのは、やめやがれよな……」
「お、たまにならまた来てくれんの?」
「ええ、まあ。年一くらいなら良いですけど」
「年一!?」
「では、キバナ。また来年にでも」
「え、次会うの来年なの? そんなことあるか?」
「よいお年を」
「マジで言ってんのか?」
「あ、キバナ、ダンデのことお願いね!」
「キバナー! なんか良い戦略思いついた! 今すぐバトルしようぜ! バトルコートは何処だ!? あっちか!」
「うるせー! オマエら、少しはオレさまを労れよ!」
「ごめんねー!」

 ――結構な時間、四人で飲んでいたと思う。まあ、べろべろに酔っ払っていたのは、ダンデだけ、だったけれど。多分、自分のリミットや、適切なペースなんて、知らないのだろうなあ、と思う。私達が、自然とそういうものを学ぶ間も、ダンデはずっと、チャンピオン業に向き合っていたから。

「あー……やっと開放された……」
「ごめんね、ネズ……せっかくお店、予約してくれたのに……」
「だから、それは良いって言ったでしょ。……まあ、せっかくふたりきりの週末なので、楽しみにしてましたがね……」
「うん……私も、だよ。……キバナ、気を使ってくれたんだよ、ね?」
「だろうね、まあ、気を回すのが遅すぎますがね……」
「……でも、ネズが来てくれてよかった。……ダンデ、慣れない仕事で大変だし、疲れてるみたいだったから、息抜きさせられて、ほんとに……」
「……ハァ、ほんとに、自覚がない分質が悪いの、人のこと言えませんね……似てるのかな、腹立たしいですけど」
「え、なに?」
「それ、そっくりそのまま、に返ってくるでしょ。……おれもね、おまえを労りたかったんですよ」
「ネズ……そうだったの?」
「ええ。だから、おまえが好きそうな店抑えてたんですがね……まあ、結果的に、が楽しかったなら、よしとしましょうか。……で、どうです?」
「え?」
「おれらも、二軒目、行きます?」
「! 行く! 行きたい!」
「はは、よかった。あの路地のバーでいいですか?」

 そっ、と差し出される、骨ばった指と、へにゃり、とへたくそに、笑いかけてくれる表情。見慣れたそれが、やっぱり、本当に好きだな、と思うのに、このひと、私のだんなさん、になったのだよ、ねえ。

「……あ、あの、ネズ、あのね、」
「はい? なんですか」
「ダンデと、キバナが居たときは、言えなかったの、だけれど……」
「ええ、どうしやがりました?」
「あの、……今日の服、凄く似合ってる、格好良くて、びっくりしちゃった……」
「! ……ありがとうございます、めかしこんだ甲斐がありましたね。本当は、予約した店に行く前に、おまえにも服を選びたかったんですがね……まあ、それは明日にしましょう。良いブティック見つけたんで」
「え? 明日? スパイクタウンのお店、ってこと?」
「いえ、シュートですけど」
「……? 明日も、来るってこと?」
「……ロンド・ロゼに部屋を取ってあります。そういうつもり、だったので」
「そ、そういうって、どう、いう……」
「言わなきゃわかんねーんですか? おれはおまえの旦那で、おまえはおれのお嫁さんで、おれらは新婚、なんで。そういうこと、ですけど?」
「……さ、さっき労りたいって言ったよね?」
「ええ、まあ、優しくしますよ」
「……ほんと?」
「当たり前でしょ、おれはおまえのことが、可愛くて仕方ないんで。この週末は、目一杯、甘やかしてやりますよ」

 ――ずっと、ずっと、好きだったの。もう一度、隣を歩けるようになるなんて、思ってもみなかったし、そもそも、離れ離れになる前だって、ネズに私を好きになってもらえる、なんて、考えてもみなかった。それは、勿論、そうなれたなら、って。思わなかったわけでは、ないけれど。――それよりも、何よりも、ずっと、――ネズに、嫌われてしまうことが、怖かったから。

「……ねえ、ネズ」
「はい、なんですか、
「昔、キバナに、私とネズ付き合ってるの? って、聞かれたとき、ね」
「ああ、はい。さっきキバナが話してた、ジムチャレンジしてた頃だね」
「うん……あのとき、ネズ、キバナになんて答えたの?」
「……ああ、そうだ。おまえ、外したんでしたね、あのとき」
「……うん、聞くの、怖くて、逃げちゃって……」
「……おれも、」
「? うん?」
「おれも、あのとき、正直、おまえが聞いてなくて安心してました。かと言って、否定するのも嫌だったからね……」

『――これから、そうなる予定なんで。ちょっかいかけてこないでくれます? 彼女、おまえのこと怖がってるみたいなんで。に話しかけるなら、必ずおれを通してください』

「……そう、言ったんですが……、まあ、おれがおまえを好きなだけ、でしたし……かと言って、もしもキバナにその気があったら厄介でしょう? だから、まるで、おまえもおれを好き、みたいな表現を、しちまったんですよね……おれも、若かったんで……」
「…………」
「もしも、に聞かれてたら、避けられるんじゃ? と、当時は気が気ではなかったですね。おまえ、キバナにもダンデにも、あんまり近寄りたがらなかったので、もしかして男が苦手なのか? とも思って……、おれがを好きなのがバレて、おれも警戒されるようになったらどうしよう、とか。ああ、じゃあおれは男だって意識されてないのか? と思ったこともありましたね……」
「……ネズ」
「ああ、はい。ちょっと喋りすぎましたか。みっともなかったね、忘れてください」
「やだ、絶対忘れない。……あのね、好きよ」
「はは、知ってますよ。おれも好きだよ」
「ジムチャレンジの頃からね、ずっと好きよ」
「おれ、出会った日から好きでしたよ。おれの勝ちだね」
「わ、私だってそうだもの! ……ね、ネズ、忘れないでね」
「はい?」
「ネズの隣だと、安心するの。どきどきするけれど、それ以上に、安心するから一緒に居たいの。昔から、ずっとそうよ。あなたのことだけ、意識してたの」
「……うん、おれも、そうだよ」

 昔はね、嫌われたらどうしよう、一緒に居られなくなったらどうしよう、って。そればっかり、考えてた。実際一度は、一緒に居られなくなって、嫌われちゃったのかな、と。そう、思っていた時期も、あったのだけれど。今は全然、そんな風には思わないのだ。そんな憂いはもう全部、あなたの愛に、かき消されてしまったから。 inserted by FC2 system


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