ふさわしいふりした怪獣

 毎日、バトルタワーではダンデと仕事をして、ちょくちょく、キバナと打ち合わせがあったり、先日の同期飲み以来、私的に集まる機会も、少し、増えていたから、――ちょっと感覚が、麻痺していたのかもしれない。

「今日ね、ずっとダンデとキバナ見上げててさ、首疲れたー!」
「あー、あいつら、無駄にデカいですからね……」
「ねー。やっぱりネズくらいの大きさが落ち着くし、丁度良いよね」
「……は?」

 ――それが、失言だった、ということにも、一瞬、気付かなかったくらいには。


「……あの、ネズ?」
「……なんですか」
「……ごめんね? デリカシーなかったよね、やなこと言ってほんとごめん……機嫌、治してもらえないかな……」
「……ハァ、あのね、おまえ、何か誤解してませんか?」
「え?」

 ネズって、ダンデやキバナと比べて、小柄だよね。
 ――別に、そんなことが言いたかったわけでも、直接そう言ったわけでもないけれど、私の放った言葉は、意味合いとして、実質、それとほぼ、同義だった。――ネズ、そもそもが細身だし、よくよく考えてみれば、比べられるのって、あんまり、気分が良いことじゃない、よねえ……。そんなつもりじゃなかった、と言えば、それは、その通りなのだけれど、そんなの、ネズを傷つけてしまったことには、変わりがないんだから、自分本位な言い訳に過ぎない。
 帰宅直後、私が言い放ってしまった、その言葉を聞いて以降、どこか不機嫌そうな顔で、口数も少なくなってしまったネズは、夕飯後も、黙ってパソコンと向き合い、新曲の作詞をしている、――ようだけれど、手はあんまり動いてなくて、恐る恐る、謝罪の言葉を掛けながら、ネズが腰掛けたソファの隣に、私も座る。今は、マリィちゃんが、お風呂に入っているから、今のうちに、ちゃんと謝らないと、またタイミングを逃してしまう。そうなったら、今夜はネズと、このまま、まともに口を聞いてもらえないかも、しれないし、そんなの、いやだし、――こうして、目を合わせてさえもらえないのって、自業自得だけれど、ほんとに、悲しくて。――半年くらい前までは、私とネズ、こんな感じだったんだっけ、って。そう、思い出してしまって。――まるで、となりに居られた時間のほうが、夢だった、ような。

「――泣くなよ、
「な、泣いてないよ……」
「嘘でしょ、ホラ、不安そうな顔してる」
「う、……」

 怒らせたのは、私の方なのに、泣いて許して貰おうなんて、そんなの、ずるいし、ネズに対して不誠実だ。――本当に、ちゃんと、そう思っているのに、――思って、るんだよ? そう、なんだけど、冷たい手のひらで、ぽん、と優しく頭に触れられると、結局、堪えられなく、なってしまって。

「……別に、おれは怒ってねーですよ、まあ、ちょっと面白くねえなとは思いましたけど」
「ご、ごめんなさい……」
「……あのね、キバナの奴、ジュラルドンよりでけーんですよ? ダンデもそうだし、あいつらデカすぎんですよ、何食って育ったらああなるんだか……」
「う、うん。二人とも、平均と比べても大きいよね」
「……、ちょっとそこに立って」
「? う、うん こう?」
「そう。……で、ホラ」

 ネズに促されて、ソファから立ち上がり、どうしたのだろう、と思って、彼を見つめていると、――徐に、ネズが私のとなりに並んでみせるので、自分より少し高いところにある、彼の顔を見上げようと、して。

「……え?」
「――ね。おれも別に、小柄な訳じゃねーんですよ、平均よりはあります」
「……ね、ネズ、こんなに大きかった?」
「それは、普段猫背だから……あと、おまえと話すときは……ほら、こうやって、顔を寄せて話してるでしょ。だから、ですかね」
「そ……っか、そ、そうだよね……確かに……」
「まさか、知ってると思ってました。おまえ、ずっと俺のこと、小せぇ男だと思ってたんですね」
「え!? ち、ちが、そんな風に思ってたわけじゃ……」
「付き合い長いのに、薄情なやつですね、おまえ。……あーあ、おれの、お嫁さんなのに。ひでぇこと言いやがるよな」

 拗ねた口調で、恨みがましく、冗談めかして、だけれど、不貞腐れたような顔をしてみせる、ネズは、――まあ、気に食わなかった、というのは本当だと思う。――それは、勿論、ネズ、猫背だし、本当は普段より背が高いの、知ってたよ? だって、モデルで、背が高いルリナとかと並んでも、猫背のままでも、ネズのほうが大分大きいし、ダンデとキバナを除けば、ジムリーダーの面子で一番大きいの、ネズだもん。――だから、本当は、ちゃんと、知ってたの、だけれど。

「え、いや、知ってるよ!? 知ってるけど」
「けど、何?」
「いつもは……猫背だから……」
「そうだね」
「それが安心する、っていうだけで……」
「おまえは、おれが小さい方がいいんですか?」
「そ、そういうことじゃないんだけど……なんか、その方が、話しやすい、っていうか、緊張しないって、いうか……」
「へえ? それ、どういう意味?」

 ――ネズ、もう絶対に分かってる、私が何を言わんとしているのか、分かってるくせに、――なんか、悪い顔して、意地悪なこと、言ってる。ふ、普段は、――普段は、いつも、ずっと、私には優しいし、彼から特別に、甘やかされている、自覚がある程度には、ネズ、紳士的だから。――なんか、こんな風に、ライヴのときみたいな、いかにもあくタイプ使いです、エール団のボスです、みたいな顔で、迫られると、……な、なんか、なんか、ちょっと。

「…あの、改めて意識すると、男の人なんだなあって、なんか、変な気分になる、から……それだけ、だから、あの、もう、許してよお……」
「そりゃ、おれはおまえの男ですから、意識してもらわねーと困るでしょ」
「う……」
「変な気分になりやがれよ、ホラ」
「……ネズ、なんか、今日、意地悪だよ……」
「……が、他の男の話なんかするからだよね」

 只でさえ、体格差を思い知らされた、ばかりなのに。――細身だから、小柄だから、なんて、とんだ思い込み、見当違いも良いところで、きゅ、っと手首を掴む手は、私のそれより、ずっと大きくて、骨ばった指に、頬を、喉を、なぞられて、くい、と、チョーカーを引かれ、目を覗き込まれると、――なんだか、たまらなく、恥ずかしくなる。悪いことを、しているみたいで、目を逸らしたいのに、曇り空色の瞳に、まっすぐ見つめられると、かなしばりに、あったみたいで。――喉が詰まって、声さえ、上手く出せなくなる。

「……
「ネ、ネズ……」
「……変な気分に、なりやがりました?」
「う……あ、あの……」
「……おれは、変な気分になってきたんだけど。良い?」
「……ん……」
「……良い子だね」

「アニキ、盛り上がっとるとこ悪いんやけど、お風呂空いとーよ。、次入って」

「ま、マリィ!? い、いつから……、な、何も見てませんね!?」
「あ、うん。大丈夫、マリィ気にしてないから。でもお風呂冷めるけん、早く入って、
「あ、う、うん。あ、ありがとね、マリィちゃん……!」
「よかよ、あ、今日入浴剤入れてあるけんね、ピンクのやつ、好きそうやと思って」
「あ、ありがと。じゃあ、あの、ネズ?」
「は、はい……」
「さ、先に入るね? あ、あとは、よろしくね……」
「ちょっ、あ、いや、はい……いってらっしゃい……」

「……アニキ」
「……はい……」
が嫌がることだけはせんでよ、離婚されたらどうするんよ」
「りこ……っ」
「マリィ、絶対嫌だからね。ちゃんとに優しくしてよ」
「……はい、気をつけます……」



 ――翌日、夕飯を作ろうとキッチンに立っていた私は、戸棚の上から、調味料を取り出そうとしたところで、――手が、届かないことに気が付いて。椅子を取りに行ってもいいけど、その間にお鍋、焦がしたくないし、かと言って、ポケモンに取ってもらうにも、私の手持ちの子たちは、みんな小型のポケモンばかりだし、唯一大きいのは、ギャロップだけど、四足の彼に、まさか、棚の上の調味料を取って、なんて、頼めるわけないし、と。――そう、考えながら、必死に、腕を伸ばしていた、そのときのこと。

「はい」
「え、あ、ありがとう」

 にゅっ、と横から顔を出したネズが、ひょい、と長い腕を伸ばして、調味料の瓶を掴み、私へと手渡す。急なことに、少し驚く私に、ネズは、なんでもないことのような顔をして、

「夕飯、なに?」

 ――と、本当に、何事もなかったかのように、そんな風に、振る舞って見せるものだから。

「…………」
「いい匂いがしやがりますね、カレーですか?」
「……ね、ネズ……」
「はい?」
「い、いまの、……すっごく、きゅん、ってしたかも……」
「へ」
「……あの、すきよ、ネズ。なんか、今、すーっごく、惚れ直しちゃった……」
「……ほ、本当ですか? はは、急にそう言われると、おれもちょっと、照れますね……」
! 鍋! 吹きこぼれとるよ!」
「え!? あ、ほ、ほんとだ、マリィちゃんありがとう!」
「よかよ! アニキ! 危ないけん、の邪魔せんで!」
「……は、はい……すいません……」 inserted by FC2 system


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