コスモ・ホワイト・ノイズ

 ――マリィちゃんと初めて出会ったのは、ジムチャレンジの途中、スパイクタウンにジム戦で立ち寄ったときのことだった。

「マリィ、おれはもう行かないと……」
「や! おにぃ、いかんで……マリィのこと、またおいていくん? なんで?」
「後はもう、バッジも残り一つなんですよ、トーナメントが終われば、戻ってくるけん、待てますね?」
「やだ! やーだー!」

 ネズの旅立ちの間際にも、そんな風に、マリィちゃんは酷く駄々をこねて、それはもう、大変な旅立ちだったのだと、ネズから以前に、聞いていた。

『――泣き虫なんですよ、マリィは。その上、自分の思い通りにならないと、すぐにへそを曲げやがる』
『そっか、大切な妹さんなんだね?』
『……うん、大切な妹さ』

 ――マリィちゃんの話は、ネズから、よく聞いていたから。なんとなく、その展開は予想できていた。私にとって、最大の難関であったお師さん、アラベスクタウンでのジム戦は、マホイップ対マホイップの対決で、精神的にも辛い勝負だったけれど、なんとか勝って。それから、タイプ相性で不利だったネズも、日頃から私とのバトルで、フェアリー対策慣れしていたからか、どうにか勝って、その後、メロンさんから氷バッジも貰って、そして、恐らくはネズにとっての難所であったのであろう、スパイクタウンの、後にネズの先代となるジムリーダーとの対決も、制して、――次のナックルジムは、スパイクタウンからも近いし、もう今日のうちに、街を発とうか、と。そう、ふたりで話していたのだけれど。

「――ねえ、ネズ」
「はい? なんですか、
「今日はさ、スパイクタウンに泊まらない?」
「え」
「!」
「私、スパイクには初めて来たし、少し見て回りたいんだけど、だめかな?」
「……、気を使わねーでいいんですよ、見ての通り、この街は、見るものも大してありませんし、早いところ次の街に……」
「……あるもん! みるところ、いっぱいあるけん!」
「ま、マリィ?」
「おねぇ、……えっと、」
です、よろしくね、マリィちゃん」
、ねぇ! ねぇね、みてったらええよ! マリィとおにぃのまちね、みるとこいっぱいあるけん!」
「うん、そうね?」
「こら、マリィ、に我儘言ったらあかんよ」
「や! マリィがねぇ、あんないするもん!」

 そう言って、嬉しそうに、息巻いて宣言するマリィちゃんを横目に、困ったように此方を見るネズに、そっと目配せをして。――兄だからこそ、此処で甘やかしてはいけない、甘やかしたところで、すぐに別れが来るのだから、と、ネズは、そう思っているのだと思うし、実際、彼の考えは正しいのだとも思う。私には、きょうだいとか居なかったから、この選択がマリィちゃんのため、になっているのかは、正直、分からないけれど。――只、単純に、私は。マリィちゃんと、過ごしてみたかったのだと思う。とてもだいすきな、私のたいせつなひとの、ネズの、妹は。とても素敵な女の子だと、知っていたから。――私は、彼女と、お友達になりたかったのだ。


 ――そうして、急遽滞在を決めたスパイクタウンだったけれど、たしかに、お世辞にも観光スポットが多い、とは言えなかった。でも、故郷のアラベスクタウンとは、正反対な街だけれど、日の光が遮られた地下街は、森に覆われた故郷と、何処か似通ってもいて、妙に落ち着いたし、それに、お店ひとつ取っても、故郷にはファンシーな雑貨屋さんだとか、ノスタルジーなカフェだとか、そういうお店が多いけれど、スパイクタウンはそんな雰囲気とは正反対で、楽器店だとか、ジャンクフードの店舗だとか、そういうものが多いような気がして、ネズにとっては、見慣れた景色なのだろうけれど、私にとっては、見ているだけでも楽しかったのだ。
 マリィちゃんを真ん中に挟んで、手を繋いで、シャッター街を、三人で歩いた。けして賑やかではないけれど、露天商がお店を出していたりして面白かったし、街の人たちが、口々にネズのジムチャレンジを応援して、ネズに声を掛けていたから、私もこの街を、好きだな、って思って。

「おにぃ、なにみとーと?」
「ああ、悪いね。……そのチョーカー、良いなと思って」
「どれ? これ?」
「そう、それ」
「へえ、いいんじゃない? ネズに似合うと思う」
「そ、そうやろか……」
「おにぃ、マリィもこれほしい!」
「へ、マリィもですか?」
「うん!」
「そうですか……やったら、おにぃとお揃いで、マリィにも買うちゃろうか?」
「する! おにぃとおそろい!」

 ネズが足を留めたのは、シルバーアクセサリーを並べた、小さな露天だった。この街の雰囲気に合った、ロックテイストなアクセサリーは、この街によく馴染んだネズに、文句なしに似合いそうなデザインで。マリィちゃんも、やっぱりネズの妹だし、こういうの好きなんだなあ、と。品物を選ぶネズを、微笑ましい気持ちで見つめて。自分の分は、シルバーだけれど、マリィちゃんの分は、レザーに同じデザインのトップが付いたものを選んだのは、きっと、未だ幼いマリィちゃんの肌がかぶれないように、だとか、そういった配慮なんだろうなあ、って。お兄ちゃんなんだな、と、改めて感じさせられて、なんだか、胸がふわふわして。

「なあ、は?」
「え? わたし?」
は、おそろいせんと?」
「え、ええと、でも」
「や! ねぇもおそろいじゃなきゃいやばい! さんにんでおそろいがよか! マリィとおにぃとねぇでおそろいすると!」
「こ、こらマリィ! 無茶言うんじゃねーですよ!」

 ――突然、蚊帳の外気分だった自分に話が飛んできて、困惑しながら、恐る恐るネズの顔を見て、――ばっちり目が合ってしまって、たまらなく、気恥ずかしくなった。――確かに、私も、こういうのは好きだし、格好良いデザインだな、と思ったけれど、それはネズが付けてたら、って意味で、私は着るものも身に着けるものも、ずっとピンクだったけど、ジムチャレンジを始めてから、こういう系統の服も着るようになったし、今ならこういうの、私も着けても許されるのかな、なんて思ったりもするけれど、それならそれで、別のデザインにするべきだと思うし! マリィちゃんとお揃いは別に構わないし、嬉しいけど、でも、ネズとお揃い、っていうのは、その、少し、意味合いが変わってくると思うし、それに、ネズは嫌かもしれないし、困ってるかもしれないし……。

「――あの、えーと、
「な、なに!?」
「その、……マリィが、こう、言ってるんで。嫌かもしれねーんですが、此処は話を合わせてもらえると……」
「いやなはずなか! おにぃ、なんばいっとーとね!」
「痛い、マリィ、ちょ、痛いですよ、やめなさい」
「ま、マリィちゃん! 私、マリィちゃんとおそろいしたいな!」
「よかよ! でもマリィとおそろい、だけじゃなかよ!」
「う、うん?」
とおにぃもおそろいするとよ!」
「そ、そうね……!?」

 ――その時のチョーカーを、ネズは、付き合わせたのは自分だから、と言って。私の分も、――ネズのと、同じデザインのものを、買ってくれて。

「……あの、無理して着けなくてもいいんで。好みもあるし、一応、話だけ合わせてもらえれば……」
「わ、わかった。……あの、ネズ」
「はい?」
「……ありがと」
「……いえ、礼を言うのは此方なので……ありがとう、付き合ってくれて」
「う、うん」

 ――結局、マリィちゃんとお揃いだから、と言い訳をして、その日からずっと、私は、二人とお揃いのチョーカーを愛用しているけれど、そういえばネズは一度も、外せ、とは言わなかったなあ、なんて。今になってから気付いたと言ったら、多分、また笑われてしまうのだろう、な。それなりに、色んな人にからかわれたりもしたのに。ましてや旅の間なんて、マリィちゃんは一緒じゃないのだし、只の、ペアアクセサリーでしかなかったのに。誰に何を言われても、ネズは、何も言わなかったし、私も、何も言われないから、そのまま身に着けていたけれど。我ながら、幼かったなあ、なんて、今は思っちゃう、なあ。

「――ネズ、私、そろそろ、宿探しに行くから、ネズは自分の家に、」
「ああ、うん、……いや、えーと、?」
「? なに?」
も、マリィのうちにとまればよか!」
「えっ」
「あ、こらマリィ! おれの台詞を、」
「? ネズ?」
「あ、いや……その、」
「マリィのへやにとまったらよか! おにぃ、いいでしょ!」
「あー……えーと、、すまねーんですが……」
「は、はい」
「……その、嫌じゃなかったら」
「い、嫌じゃないけど、……でも、迷惑じゃない?」
「は? 何がですか、おれもまあ、家族にを紹介したいですし」
「え、か、家族に?」
「あ、いや、その、……一緒に旅をしてるんですし、当たり前でしょう?」
「そ、そうだよね?」
「おにぃ! はやくかえろ! も!」

 ――その日は、ネズのお家に泊めてもらって、マリィちゃんと一緒にお風呂に入ったり、一緒に眠ったりして、それを見たネズは、私の手を焼かせていることにか、申し訳なさそうに、マリィちゃんを叱っていたけれど、私は本当に、その日が楽しくて仕方がなかったのだ。妹って良いなあ、きょうだいっていいなあ、って。そう、思った。二人を見てると、ネズがマリィちゃんの心配をするのも、マリィちゃんがネズに行ってほしくないのも、分かった気がして。――だから、本当はね、マリィちゃんにとって私は、ネズを旅に連れて行ってしまう、いやなひと、だったはずなのに。ねぇ、って呼んで、私を受け入れてくれた、マリィちゃんのことが、あの日からずっと、私はだいすきで、大切に思っているのだ。

「マリィちゃん、そろそろ寝ようか」
「ん。……ねえ、
「なあに?」
「おにぃと、あした、いってまうん?」
「……マリィちゃん」
「マリィのそばに、いてくれないん?」
「……マリィちゃんあのね、ネズはちゃんと帰ってくるんだよ?」
「そんなん、わかっとるもん……」
「そうね? でも、ネズが旅に行くのは嫌なのよね」
「うん」
「マリィちゃんはひとりになるし、……それに、ネズが心配なのでしょ?」
「うん……」
「そうよね、私もそうだもの、ひとりは怖いよね」
もなん?」
「うん」
も、こわいことあるん?」
「いっぱいあるよ? だからね、ネズに一緒に旅してもらってるの」
「そうなんや……」

 マリィちゃんの部屋のベッドで、こしょこしょと、内緒話をしている間も、マリィちゃんが、未だ眠りたくない、というような素振りを見せるものだから、きっと、それだけ、明日、ネズが旅立ってしまうのが嫌で、ネズが開会式に向かう日も、きっと、本当は、彼女は嫌で、寂しくて、仕方がなかったのだろうな、って。そう、思ったから。

「……ね、マリィちゃん、あと少しだけでいいから、ね」
「うん」
「私に、ネズ貸してもらえないかな? ネズと一緒だと、わたし、怖くても頑張れるんだ」
「……ちゃんとかえす?」
「うん、ネズが怪我とかしないようにする、ちゃんと帰すよ」
「……なら、ええよ」
「ありがと、マリィちゃん、私より強いんだね、偉いね」
「……うん、マリィ、おにぃのいもうとやけん、つよいし」
「そうね」
「ちゃんとかえしてね」
「うん」
「おにぃも、ねぇもね、どっちもマリィにかえしてよ」
「うん、……うん?」


「――おにぃ! ねぇ! いってらっしゃい!」

 ――そうして、翌日、元気に私達を見送ってくれたマリィちゃんに、ネズはぎょっとして。街を出てから、いつの間に大人になって、なんて零していたネズが、ちょっとだけ、おかしくて。――私の故郷は、この街ではないし、私には私の、大切な故郷があるけれど。ネズとマリィちゃんの街、スパイクタウンのことが、私は、とっても好きだな、って思ったし。また来たいし、マリィちゃんには、また会いに来なきゃ、って。そう、思ったのだ。


「――! 今日はスパイクタウンにおるん!?」
「うん、今日はバトルタワーのお仕事はお休みだよ」
「なら、マリィのジム戦!」
「うん、見に行くね。エールにギター弾こうか? あ、私も歌えるよ?」
「……それは恥ずかしいけん、普通でよかよ……」
「そう?」
「……ん。でも、あとで聞かせて」
「オッケー、じゃあ、勝利祝いに歌うね」
「! 任せな! マリィ、絶対勝つけんね!」

 ――お揃いのチョーカー、一緒にご飯を食べて、ふたりで眠った夜、妹っていいなあ、可愛いなあ、なんて思っちゃった女の子は、今となっては、名実ともに私の義妹である。こんな未来があるなんて、あの頃の私は、想像もしていなかったけれど、彼女のためのエールを送るこの日々が、今の私は、たまらなく愛しいのだ。

「……ふふ」
「? なに? 
「あのね、昔のこと思い出してね? ネズがこのチョーカー買ってくれたとき、マリィちゃんが駄々こねて、三人でお揃いがいいっていうから、私もネズも困っちゃって、」
「ああ、あれ? あれは、わざとばい」
「……えっ?」
「マリィ、アニキたちが好き同士なの、分かってたからね、わざと言ったの」
「え、え?」
「だって、じれったいんやもん」
「え……」
「ああ、あと、そういえばね、」
「な、なに?」
「あの晩、とマリィ、話してたでしょ。あれ、多分アニキ聞いてたよ。マリィ知ってるもん」
「え、」


『――マリィ、が好きですか?』
『うん! マリィもね、ねぇ、すいとーよ』
『……うん、そうやね、おにぃ、頑張ってくるけんね』
『うん、のこと、ちゃんとまもってね』
『わかっとーよ、おれがちゃんとまもるばい』
『うん、それで、ね、ちゃんとつれてかえってきてね』
『えっ』
『? なんで? 、マリィのおねぇになるんやろ?』
『……はは、そう、やね。うん、おにぃ頑張るけん、約束ばい』
『ん! ゆびきり!』
『はい。ゆびきりげんまん』
『うそついたら、バチンウニのーます! ゆびきった!』

 ――そうだよ、マリィはね、知ってたよ。だから、は、マリィのお姉ちゃんになったし、アニキの奥さんになったでしょ。絶対、アンタは誰にもやらんもん。ね、アニキ。 inserted by FC2 system


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