光ることは他人事かもしれない

 スパイクタウンには、パワースポットがない。だから、ダイマックスバトルが出来るようなスタジアムは、街の広さを考慮しても、スパイクタウンには建てられなくて。――昔、スパイクタウンのジムが、まだ、名門であった頃は、本来のポケモンバトルが主流だったから、それで何も問題はなかった、けれど。派手好きで、スケールの大きい物事が好きな、何処かの誰かさんが、普及して回ったおかげで、すっかり、この街は世の中から、取り残されてしまった。

「――ネズ」
「……ああ、、ですか」
「あの、……大丈夫? ローズさんと話、してきたんでしょ……?」
「ええ、まあ」

 シュートシティまで呼び出されて、見たくもない顔と、顔を突き合わせて、聞きたくもない話を聞かされて。マクロコスモスで働く彼女は、リーグ運営に関する監督を、委員長直々に一任されているそうだし、まあ、おれが今日来ることも、それが委員長絡みであることも、彼から聞いて、知っていたのだと思う。打ち合わせを終えた頃、どうやら、廊下で待っていたらしい、彼女が駆け寄ってきて、――おれはと言うと、今日、シュートに来ることも、なんとなく、には言い出せずに、黙っていた癖に、――彼女に会えて、良かった、と思っていた。今、顔を見られて、救われたと思う。――とても、このまま、なんでもない顔で、スパイクタウンに帰れるような状態では、無かったからだ。

「……、仕事は?」
「今日はもう終わり、時間休取ってあるよ」
「……世話を掛けるね」
「気にしなくていいのに」

 わざわざ時間休を取って、おれを待っていて、本当に、理解があって助かるな、と思う。おれは、ローズ委員長が嫌いだ。本当は、がマクロコスモスで働いていることだって、おれは嫌だ。あの人の思想に、純粋な彼女が、もしも、染められてしまったなら、おれの知らない彼女になってしまったら、と。ずっと昔から、不安に思い続けている。――だけど、こうして、自分の上司がどういう人間なのか理解して、その下で働くことを良しとした上で、それでも、おれの感性を否定せずに、こうして。は、委員長よりもおれを、真っ先に心配してくれるから、――こんな会社辞めてしまえばいいのに、なんて。言えるはずが、ないのだ。
 彼女がやりたいと思ったことを、満足するまでやり切ってほしい、と、ちゃんと、本心から思っている。
 ――だけど、それと同時にか、それ以上に、敵陣ど真ん中に、最愛の彼女が居ることに、どうしてもおれは、耐えかねている。

「ネズ、紅茶淹れたけど、なにか食べる?」
「いえ、お気になさらず」
「そう? お昼は食べたの?」
「……いえ」
「そっか、じゃあ、私もお昼まだだし、サンドイッチ作るから、一緒に食べよ? ……ネズ、また少し痩せた気がするし、心配だよ」
「……うん、そうだね、じゃあ、いただきます」
「はい、ちょっと待っててね」

 行かないでくれ、と、素直に言えなかった。帰ってきてくれ、と、言えるほどに、自分が彼女の居場所だと、自信を持って言い切れない。おれたちが、素直に話せなくなったのは、いつからだろう。仕方がないから、世話を焼いてやっている。仕方がないから、相手をしてやっている、なんて風をお互いに装いながらも、傷付いているときには、こんなにも優しい声で、素直に、身を案じてくれるのだから、彼女はずるい。
 シュートシティの、彼女の家で、の淹れた紅茶と一緒に出された、バケッドでモモンの実と生ハムとチーズを挟んだサンドイッチを、二人で食べながら、ぽつり、ぽつり、と。今日あったことの話を、した。

「……おれ、今年の開会式も、ボイコットしたからさ」
「うん、そうね」
「知ってたんだ」
「まあ、そりゃね? あの日、私もスタジアムにいたもの、責任者としてね」
「……なら、が委員長に責任を問われたり、した?」
「してないしてない。ローズさんは、他人に責任を求めるような人ではないもの」
「……そうだね、絵に描いたように、良い人だよ、彼は」
「うん、そうね」
「善人だよ、神様か何かみたいに、大局で物事を見てる。大きな目的のために動いている、正しい人だ……」
「……そうね、その代わり、目の前で起きてることや、彼にとっての些事には、全然、気付かないところが、あの人の損なところだと思う」
「……うん、そうだよ」

 おれが、ずっと、スパイクタウンの移転を、ローズ委員長に打診されていることも、おれがそれを断り続けていることも、は知っていて、それを理由に、おれが先日の開会式を欠席したことも、は知っている。だって、あんな場で、ダイマックスバトルについて、堂々と持ち上げて、その代表格として、ジムリーダーのエキシビジョンが、用意されたような席に、おれが出席したところで、公開処刑も良いところで、おれとスパイクタウンの立場が、悪くなるだけ、だというのに。
 それが分かりきっているから、おれは今年も、セレモニーには出席しなかったし、例に漏れず、委員長からこうして呼び出されて、何故出席しなかったのか、とお咎めを受けた訳である。

『ネズくんはジムリーダーの中でも実力者だし、ダイマックスを使えば、今より活躍することだって出来るよ? 実際に観客の興奮と、他のジムリーダーのダイマックスバトルを、ああいった特別な席で、その目で見れば、きみにも分かると思ったのに……』

 ――ああ、そうだよ! そういうところだよ! おれがアンタを嫌いなのは!

 結局、あの人には、悪意なんて無いのだ。おれには、悪意としか取れないような行動も、言動も、おれの矜持を、スパイクタウンのみんなの想いを、踏みにじる行為も全て、他のジムリーダーや、観客を、引き合いに出すのも、全て。

『――くんも、ネズくんが街の移転を承諾して、ダイマックスを使うようになったら、嬉しいと思うよ?』

 全部が全部、悪意ではなく、善意からの言動だからこそ、どうしようもなく、彼が気に入らなくて、只々、きらいなのだ。おれは、アンタほど出来た人間じゃなければ、首輪の付いた犬でもねえからな!


 ――そりゃあ、考えたことがない、訳ではない。
 飽くほどに、何度も何度も、同じことを考えている。

 ローズ委員長は、きっと、いつも正しい。
 だから、それなら、――やっぱり、おれが間違っているのか? と、そう、いつも考えている。おれは駄目なやつだから、あの人みたいに、正しさだけを基準にして、物事を考えられないから。不安定なおれは、感情でその場の判断を下して、身の振り方を、決めてしまうから。――そんなおれの身勝手に、スパイクタウンを、みんなを、マリィを、巻き込んでいるだけなんじゃないのか、本当は、委員長の言う通りにしたほうが、街や皆のためなんじゃないか、思い出や、古いやり方に固執しているのは、実は、おれだけなんじゃないか、って。泥沼のような、そんな思考を、何度も繰り返して。そうして、この考え、苦悩だって、いっときの衝動、感情にしか過ぎないのだ、と。理性では、分かっていても。頭では、ちゃんと理解できていても。こんな風に、揺さぶられると、ぐちゃぐちゃに、脳がかき混ぜられて、手が震えそうに、なってしまって。

「――ローズさんは、基本的に正しいよ」
「……うん」
「でも、間違えないわけじゃ、ないと思う」
「…………?」
「ローズさんって甘いもの好きなんだけど、こっそりお菓子食べたりして、オリーヴによく怒られてるのよね。そういうところとかも、あるんだよ」
「……はあ……?」
「いつも正しいとか、間違えないとか、そういうわけじゃないし。ローズさんと意見が食い違ったからって、それが間違いだとは、私は思わない。私も、ローズさんと仕事してると、時々そういうことはあるし。ローズさんの部下やってて、……あなたの、ライバルやってて、私はそう思ってるけど」
……」
「そうよ、昨日もね、ローズさんと一緒にお昼に行ったんだけど、ローズさんがフレンチが良いって言うから私、お店調べて予約してたのに! 急に中華! って言い出して! ちょっとだけね、喧嘩しちゃった」
「はは、なんですか、それ……」
「……ねえ、その程度のことよ、きっと」
「……
「私は、スパイクタウンが好きよ。あったかい街だと思うし、スパイクタウンの皆も好き、私のこと、いつも歓迎してくれるし、時々エール団の子達に、姉御とか呼ばれると、びっくりしちゃうけど……」
「……うん」
「ダイマックスバトルもね、好きだけど、それは私がお師さんのマホイップに憧れてたから、キョダイマックスで正面から勝ちたい、って目標があったから、だと思う。実際、技の駆け引きとかは、普通のポケモンバトルのほうが、楽しいなって思うよ」
「……そう、だよね」
「ネズは特に、悪タイプ使いだし。悪タイプってさ、火力で攻めるタイプじゃないでしょ、カウンターとか不意打ちとか、積み技とか、ひとつひとつの状況判断、戦略、知識が物を言うし、ダイマックスバトルじゃ、そういうの活かしきれない、全部台無しになっちゃうと思う」
「うん……」
「ネズは凄いよ、そういう特性、全部引き出して伸ばしてる、私にはああ言う戦い方は出来ないし、巧いなあ、っていつも思ってる。時々、ネタバレしちゃうけど、それでも勝っちゃうし、やっぱり強いよね」
「……はは、まあ、チャレンジャーも少ないからね」
「そうよね、だって7番目のジムだもの、お師さんとかに負けて、みんな、なかなか辿り着けないのよ、ネズまでは」

 ――どうして、こんなにも。
 彼女には、おれの気持ちが、分かってしまうのだろう。何もかも筒抜けで、情けなくも恥ずかしくて、その癖、おれが欲しい言葉をくれるのは、いつだって彼女だ。これは、紛れもない本心だ、と。穏やかな瞳が、言葉以上に雄弁に語るから。

「私は、ネズのバトルが好きだよ」

 ――まだ、頑張れる、立ち止まれない、おれは間違っていない、このまま、ぶっちぎっていけるはずだ、と。――何度でも、そう、思ってしまうのだ。

「――まあ、今日は少し休んでいきなよ。昨日はちゃんと寝たの?」
「まあ、その……」
「寝てないんでしょ? 何を言われるか、緊張して眠れなかった?」
「言ってくれるじゃねーですか、……」
「ふふ、ネズのことなら何でも分かるからね、私。少し寝たら? 寝室、使っていいから。男物の寝間着もあるし、使うでしょ?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて、って……はあ? 寝間着? 初耳なんですけど、誰のだよ」
「え、ネズのだけど」
「……はあ?」
「だって、時々こうしてうちで休んでいくし。あったら便利かと思ったの。……ほらほら、見てこれ! ジグザグマ柄のスウェット!」
「……ふはっ、おま、おまえって、ほんと……」
「? なに?」
「はあ、全く……何処で見つけてくるんですか、こういうの……前にもありませんでした? 何度目ですか?」
「だって、お店とかでやたらと目に付いちゃうのよ、ネズが好きそうだなあって……」
「おまえ、一体どれだけ……」
「? なあに?」
「……いえ、なんでも」

 ――一体どれだけ、日頃から、おれのことばかり考えていたなら、そうなるんですか、と。あのとき、聞けなかった言葉を、白いドレスで、隣を歩くきみに聞いたら、照れくさそうに、きみは笑ってた。

「――わたし、ずっと昔からね、いつも、あなたのことばかり、考えていたの。ネズ、知らなかった?」

 ――知ってたよ、本当は、ずっと昔から、ね。 inserted by FC2 system


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