アカシアのアーチはくぐらない

 ネズと私が出会ったのは、ジムチャレンジの最中で、私と彼は、旅の仲間で、ライバルで、思えば彼とも、長い付き合いになったものだ。結局、お互いにチャンピオンにはなれなかったけれど、リーグの後、ネズはスパイクタウンのジムリーダーになって、一方私は、ローズ委員長に腕を買われて、マクロコスモスで働くことになって。いつも顔を合わせていた、あの頃に比べて、顔を合わせる機会もなくなり、というか、私が会いにでも行かないと、ネズと会う機会なんてない。――由々しき事態である。ならば、会いに行くしかない。私だって忙しいんですけど! 仕方ないよね! だって旅してた頃も、ご飯は私が毎食作ってたくらいだし! ネズ、しっかりしてる割に生活力ないから、気になるだけだし! マリィちゃんがどうしてるかも心配だし! ジムトレーナーの子たちに迷惑かけてないか気になるし! 別にネズの為じゃないし、いや、ネズの為でしかないんだけどお!

「――ネズ! 生きてる?」
「ハァ、また来やがったんですか、……」
「なによ、心配してきてあげてるんでしょ、私だって仕事忙しいって言うのに……」
「は? が勝手におれを心配してるだけじゃねーですか……」

 ――私はポケモンと、ポケモンバトルが大好きだから。ガラル地方のリーグの発展を目指すことで、この地方のトレーナーの強さの水準を上げる為に、マクロコスモスの社員として、リーグの仕事に順次している私には、本当は、暇な時間なんて全然ない。週に1.2回でも、仕事帰りにネズの様子を見に来るの、実際正直、めちゃくちゃしんどい。でもさ、そうでもしなきゃ、会えないから。無理に理由を作らないと、もう、気軽に会えない相手に、なっちゃったから。ネズが心配なのはもちろん本当だけど、自分が無理してまで心配するのは、そんなの、もう、ネズが大切だからに決まってんじゃん。だって、ライバルだし、親友だよ。それに、――それに、毎日一緒に居た感覚が、何年経っても抜けなくて、同じテントで隣同士に眠っていた頃は、恐ろしく安心して眠りに就けていたのに。未だに私は、ネズと離れて暮らす日々が、不安で、寂しくて、堪らないのに。

「……おれは、来てください、なんて、頼んじゃいないんですがねえ」

 ――だから、結構、その言葉は刺さった。

「あ、そうだっけ」

 その場ではなんでもないような顔をして、その言葉を聞き流したけど、それから一週間、ネズに会いに行こうとは、まるで思えなかった。会いたいな、とは思ったけれど、そう思っているのは、ずっと、私のほうだけだったのかな、って。そう思ってしまったら、足が動かなくて。――そんなことをしているうちに仕事が忙しくなって、――忙しいどころか、数ヶ月の海外出張が決まってしまった。リーグの為、ガラルの為、すべてのポケモントレーナーの為に、選んだこの仕事だけれど、サラリーマン、楽じゃないなあ……と、結局ネズには連絡のひとつも入れないまま、イッシュ地方に旅立って。――約半年の赴任期間を終えて、ガラルに戻ってきた頃には、半年前にネズに何を言われたかなんて、もう割と、どうでも良くなっていた。だって、ネズは昔からマイペースで、ずっとあんな感じだし、ネズがどう思っていようが、私は彼に会いたいのだ、と。半年、一切顔を合わせなかったことで、よく分かったし、お土産も渡したいし、マリィちゃんは、もうジムチャレンジに旅立ったんだったかな、ということも気掛かりだったし。その日はローズさんに報告を済ませてから、シュートシティの自宅でゆっくり休んで、翌日、私は改めて、スパイクタウンを訪れた。

「ネズ〜〜、いる?」
「…………?」
「あ、いたいた。やっほ、うわ、なんか前より顔色悪くない?」
「……生きてやがったんですか!?」
「えっ? は? な、なに?」
「何処で何してやがったんですか!? ハァ!? なんで会いに来なかったんです、死にやがったのかと思いましたよ!?」
「は、はあ?」
「……っ、おまえ、何考えて……バカじゃねーんですか……ハァ、まったく、無事なら無事って、連絡くらい寄越しやがれですよ……」

 静まり返ったステージを、不思議に思いながら、覗き込んだ控え室で、タチフサグマというよりは、マッスグマよろしく、ぐったりとソファーに臥せっていたネズに声を掛けると、私の声に反応したのか、突然、カッ、と目を見開いた彼に腕を掴まれて。突然のことに固まる私を余所に、ネズは、わっ、と捲し立てるように叫んだかと思えば、今度は、くしゃり、とへたくそに笑って、ぎゅう、と私の背に腕を回したりして。

「……心配させねーでくださいよ……」

 ――そんなこと、言うから、何も言えなくなってしまった。

「ご、ごめん……」
「ハァ……次から気を付けてくださいよ」
「でもネズ、来なくてもいいって」
「ハァ? おれそんなこと言いましたっけ? それより、のスマホロトムは飾りだったんですか? おれ何回も電話しましたよ?」
「え? あー、そうだ、海外にいたからさあ、その間は社用のしか持って行ってなくて……」
「は? 海外? どこ行きやがってたんです?」
「あ、そうそう、イッシュに行っててね、お土産あるんだ」
「お土産ですか」
「ほらこれ、ネズ好きそうだなって思って買っちゃった、これね、タチフサグマカラーのライダースでさ、ここにジグザグマのマークも入っててね、よくない?」
「! 良いじゃねーですか! え、き、着ていいですか?」
「うんうん、着て見せてよ!」
「はは……どうです? ほら? イカしてます?」
「似合う似合う! イカしてる!」

 そうやって、ネズとふたりで、子供みたいに、わあわあとはしゃいだら、なんだか本当に、前に何か言われたことなんて、どうでも良くなってしまって。だって、本心じゃなかったんだなあ、と分かってしまったし。まあ、なんでそんなことを言ったのかは、よく分からないけれど。私のお土産のライダースを着て、とくいげにするネズを見ていたら、いつか2人でイッシュでも、他の地方でも、また旅が出来たら楽しいだろうなあ、なんて思ったけど、まあ、ミュージシャン兼ジムリーダーと、リーグ運営に奔走する社畜だものな〜と思うと、まあ、きっと、無理だとは思うけどね。――思わず、そんなことを考えてしまうくらいには、その夜が、昔、二人で並んで歩いてたあの頃みたいで、只々いとおしかった、と言うだけの話なのだ。 inserted by FC2 system


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