クスミピンクガイダンス

 ジムチャレンジに挑戦して、チャンピオンを目指したのは事実、だが、おれは最初から、自分が最強のトレーナーになろうとは思っていなかった。妹は、マリィは、自分よりトレーナーとしての才能がある、と。そう、知っていたから。チャンピオンになったとして、ジムリーダーになったとして、いつかはマリィにその座を譲ることになる。でも、おれは、その事実を、ネガティブに受け止めていたわけではなくて、そもそもおれは、音楽を本気でやりたい、ともずっと思っていたから。マリィに全てを受け渡すその日が来るとすれば、寧ろその日こそが、おれがおれとして、好きに生きられる日の始まり、なのであって。――その日は、彼女と迎えたいと思った。仲間として一緒に旅をして、ライバルとして競い合って、それから、――それから、おれにとって特別で、大切なひと、だった、そんな彼女と、その日を迎えて、それで、も音楽が好きで、おれは彼女の弾くギターが何よりも好きだったから、いつか一緒に、おれの夢を叶えてほしいと、そう思って。

「私、マクロコスモスに就職するんだ」
「……は?」
「え?」
「……いや、何言ってやがるんですか」
「え? ほら私、ガラル地方のトレーナーが、みんなで強くなれたらいいな、と思ってて」
「ハァ……?」
「だから、リーグで働いてその夢叶えるんだ、ネズも応援してくれるでしょ?」

 ――そんな夢、聞いたこともなかったし、おれには何も言わなかったくせに、がおれに何も言わないから、おれはずっと、の夢はおれの夢と同じなのだと、そう思っていたのに。――そうだ、おれは、何時の間にか、そう信じ込んでしまっていた。もしも、お互いのどちらかがチャンピオンになれば、お互いを支えるために、奔走することになるだろうけれど。もしも、どちらもチャンピオンになれなかったなら、音楽の道で、おれ達は共に生きていくのだ、と。そう、思ってしまっていた。勿論それは、ギターとボーカル、というだけの関係性として、じゃなくて。だから、おれがスパイクタウンに帰るときには、彼女も着いてきてくれるものだと、そう、勝手に思い込んでいたのだ。

「……へえ、勝手にしやがればいいんじゃないですかね」

 ――それから、だった。彼女に、素直に接することが出来なくなってしまったのは。だって、先におれに隠し事をしたのは、だから。おれがジムリーダーになって、がマクロコスモスに就職して、会える機会が減って、おれは寂しかったのに。は平気な顔で、なんでもないことのように、おれに会いに来て。そんなこと、でしかないのに。それを何度も何度も、喜ぶのは、腹立たしくて、悔しくて。別に呼んでない、彼女が勝手に押し掛けてきているだけ、なんて。ずっと、そうやって、言い訳をして、来たけれど。

「――ハァ? 今なんて言いました?」
「え? だから、これからはダンデのところで、バトルタワーの運営をね、手伝って欲しいって言われてて、ダンデの助手みたいなものかな、引き受けようと思ってるの」
「…………」

 ローズ委員長が捕まって、マクロコスモスは解体――とは行かずとも、一部縮小され、その煽りで、リーグ運営に携わっていた彼女は、会社を辞めることになりそうだ、と聞いていた。無論、会社側には残ることを打診されているものの、残っても自分がやりたい仕事は、もうマクロコスモスでは出来なさそうだから、これを良い機会だと思って、一度仕切りなおすつもりだ、と。そう言っていた彼女に、今度こそ、言おうと思っていた。

 ――あなたの、残りの人生を。
 どうか、おれにくれないだろうか、と。

「まあ、今回はバトルタワーの一員、というより、外部からのアドバイザーみたいな感じで、一部業務委託って形で引き受けることになりそうなんだけどね」

 ――そんなことも、知らずに、呑気な顔で、ガラル地方の繁栄だとか、すべてのトレーナーのレベルアップだとか、そんな夢を語って、目をキラキラさせるあなたは、ほんとうに、底抜けにお人好し、なのだと思う。何しろ、おれみたいなのに、旅の途中で、手を差し伸べたくらいだ。旅を終えた後だって、きっと、ずっと忙しくて、スパイクタウンの奥まで会いに来るのは、楽では無かったはずなのに。――それでも、はおれの隣人でいようと、してくれたから。いつだって、自分よりも他の誰かの為に動く彼女が、おれの隣に、居ようとしてくれた、それだけは、他の誰でもない、おれの為で、彼女の為だと、そう、おれが思いたいだけ、かもしれないけれど。

「……仕方ない奴ですね、おまえは」
「え? なによ急に」
「いえ? の好きにしたらいいと思いますよ、おまえの人生ですからね、……まあでも、おれも、待つのはやめます」
「……? ネズ?」
「もう少し待ってやります、でも、おれはもう待ちません」
「は……? なにそれ? どういう……」
「だから、もうおれに会いに来ないでくださいよ」
「……え、」
「これからは、おれがに会いに行きますから」

 ――まあ、良いですよ。誰かさんのせいで、待つのは慣れてますし、もう少しくらい、待ってやりますよ。でも、全部貰うのは待ってやりますけど、会いに来るのは、もう待ってやりません。おれ、もう、元ジムリーダーですから、これからは、おれの為の人生を送るって、もう決めましたから。

「いつでも、会いにいけますよ。まあ、とりあえず、週1でおまえに会いに行くことにしますか」
「……が、いい」
「はい?」
「……週2が、いい……」
「…………」
「……だめ?」
「……馬鹿を言いやがりますねえ、だめなわけがありますか。会いに行きますよ、週2でも週3でも、なんならおれは、週7でもいいですけど」
「なにそれ、それじゃあ一緒に暮らしてるじゃん、もう」

 それでもいいですよ、それが良いんですよ、と伝えるのは、もう少しだけ、待ってみてもいい。――そうですねえ、とりあえずは。週の半分、二人で過ごすようになるまでは、待ってやっても、いいですよ。だから、早く覚悟しやがってください、ね? inserted by FC2 system


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