高度高速高価なパレェド

 それは今より少し昔、おれが、旅に出た頃の話。

「――ねえ、そこのあなた、ちょっと待って。……あなたのジグザグマ、怪我してる」
「……は?」
「きずぐすりは? ストックある?」
「あ、いや、切らしとるけん……あ、違、切らしてまして、えーと」
「そうなの? あ、だったら、ちょっと寄ってきなよ」
「え?」
「私達、今夜はここでキャンプだから、今からカレー、作るところなの。食べてきなよ、トレーナーもポケモンも食べられるやつだし、体力回復するよ。ポケモンセンターもここからじゃ遠いし、ね?」
「はあ……でも、その、悪いので」
「だいじょーぶ! でも、もしどうしても気にするようなら、あなたもきのみ、提供してくれたら嬉しいな、たくさん入れたら美味しくなるから!」
「はあ……きのみですか、ああ、そうだ、さっき見つけたものが……これとこれ、回復には使えないので、持て余してたんですが……これ、料理には使えますかね?」
「えっ、これ珍しいやつだよ!? いいの……!?」
「まあ、おれは料理できんけんね……できない、ので」
「そう? じゃあ遠慮なく使っちゃう! ありがと!」

 ――そう言って、にっこにこと、笑った彼女――と出会った日、おれ達は互いにまだ、旅に出たばかりで、手持ちのポケモンも少ない中、パートナーのジグザグマが傷付いて、ポケモンセンターも遠いし、回復薬も尽きてしまい、きのみも回復系のものは見つからないし、途方に暮れて、ジグザグマを抱えて、どうにかポケモンセンターを目指そうとしていた、そんなときのことだ。道端にテントを張っていた彼女が、おれを呼び止めて、自分のキャンプ地へと引き込んで、当然みたいな顔をして、おれとポケモン達に、カレーを振る舞ってくれた。料理なんてろくに出来なくて、旅に出てからは、カップラーメンとかスナックバーとか、そんな食事、ばかりだったから。……久々に、口にした、誰かの手料理は、本当に美味しくて、あったかくて、ジグザグマも、とても嬉しそうにカレーを頬張っていて。

「どうかな? 辛くない?」
「おい……しい、です。とても」
「ほんと!? よかったー! えへへ、なんか、いいね、」
「?」
「いつもは、ポケモン達が食べてくれるんだけど、なんか、食べてくれるひとがいるって、いいなあ、って」
「……そう、ですね」
「?」
「おれも、こういうのは、久々ですが……悪くない、ですね」
「! だよね!」

 ――出会ったきっかけは、それだけのこと。
 その日はそのまま、彼女のキャンプ地に厄介になることにして、食事の礼におれがコーヒーを淹れて、自己紹介を兼ねてお互いの話をしているうちに、互いがジムチャレンジに挑むトレーナーだと知って、それなら、これも何かの縁だし、次のジムまで一緒に行こうか、――なんて、ことをしているうちに、結局、そのまま別れる理由もなくて、気付けばおれの旅は、彼女との二人旅になっていた。旅の間は、喧嘩も数え切れないほどしたけれど、毎日、只々、と一緒に居るだけで楽しくて。ポケモンとの向き合い方も、バトルに対する考え方も、おれたちは何処か似ていたし、――それに、なにより。出会った日から、その荷物を見て気になっていたのだが、はギターを弾く人で、音楽が好きで、腕前もかなりのもので、道中、隙を見ては何度も、おれの歌とのギターでセッションをした。誰もいないワイルドエリアで、野生ポケモン相手にライブをして、キテルグマに追い回され、ギターとマイクスタンドを抱えて、死に物狂いで、逃げ回ったこともあったし、道路でトレーナー相手に演奏して、誰にも相手にされなかったことも、街中で結構なギャラリーに囲まれて演奏して、拍手喝采を浴びたことも、あって。そのどれもが、おれにとって大切な時間、大事な思い出で、或いは、そんな過日を経たからこそ、おれはプロを志すようになったのだろう。――だから、いつか。と、一緒に、本気で音楽をやりたい。プロとして、おれたちの音を、世界中に響かせたい、と。そう思った、あの頃の夢を、――おれは、手放すつもりなんて、まるでなかったのだ。


「〜〜っ、ああ〜〜! 遂にここまで来ちゃった……! こんな筈じゃなかったのに……!」

 舞台袖で、愛用のギターをぎゅっ、と抱きしめて、尻込みする彼女を、逃がしてやるつもりなんて、ない。此処まで来るつもりは無かった、なんて、よく言ってくれるものだ。おれがどれほど苦労して、を此処まで連れてきたと思っているのか。

「うるせーですね、良い加減に腹括りやがったらどうです? 客が待ってやがるんだからな」
「だ、だって、私はギタリストとしてやってくつもりなんて……アマチュアで終わるものだと思ってたし……そ、それにバトルタワーの仕事と両立なんて! 自信ないし……!」
「おれにだってできたんですよ? なら楽勝でしょう、音楽とトレーナー業の両立くらい、できるでしょう?」
「あーもーっ! 自覚のない天才ってこれだからやだ!」
「おれのこと、いやなんですか」
「……いやだったら、こんなところまでついてこないよ……」

 ――結局、おれは分かっていた。精神的にも、物理的にも、彼女と離れてしまっていた頃も、あったけれど。それでも、縁が切れなかったのは、切りたくない、と互いが思っていたから。この手を互いに、離すまいとしてきたから。マクロコスモスを辞めて、バトルタワーでの仕事も少し落ち着いた頃、少しばかり強引に、おれはをこの場所――開演前の、ライブハウス、その舞台袖まで連れてきた。今日の公演で、おれはとのコンビの再結成を宣言して、それで、もう二度と、彼女がおれからも、音楽からも、ポケモンからも。逃げられないようにしてしまおうと、思っていて。だって、そんな俺の目論見が分かっていながら、おれから逃げないのだ、と。それが分かっていたからこそ、彼女の決断が覆る日を、いくらでも待てたのだろう。

「ふふ、そうでしょう? まあ、安心してくださいよ、おれがついてます。終わったら、祝勝会しましょう。おれとおまえが組んで、負ける筈がねーですからね」
「……ネズ」
「だから、ほら。一緒に、ブチかましましょう?」
「……アンコールはないからね?」
「ええ、一撃でキメましょう。……行きますよ!」

 ――あなたの音に、おれは惚れてるんです。だから、ね。絶対、何処にも逃がしませんから。一緒に夢を、叶えてもらいますから、ね。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system