吐いた音符が森を深くする

 私の手持ちポケモンは、皆フェアリータイプ――とはいえ、フェアリータイプが一等好き、というだけで、実際、可愛いと感じたポケモンなら、特にタイプは気にしないので、フェアリー以外の手持ちもいる、のだけれど。とはいえ、比較的ピンクのカラーで統一された私の手持ちにも、実は、一体だけ悪タイプのポケモンが加わっている。

「んー……クスネ、おはよ……」
「きゅっきゅい!」

 きつねポケモンの、クスネである。朝、私を起こしてくれるのにもすっかり慣れたこの子は、ジムチャレンジの頃からの付き合いで、つまりもう、レベルもそれなりに高いのだが、進化させずにいるのは、今の姿が気に入っているからで。クスネ自身も、私が今のこの子を好いていることを、喜んでくれているらしくて、あまり進化を望んでいないらしい、ということもあり、長年、クスネのままで連れている。

 ――と、いうのも、実はこの子。
 その昔、ネズから譲り受けたポケモン、なのだ。

「えーと……今日は午前中にダンデの書類チェック、午後はナックルシティでキバナと打ち合わせで……其処から直帰していい、って言ってたっけ」
「きゅーい」
「そうね、早く帰れるようにしようね。昨日は泊まりだったし……」

 ――少し前に、私はシュートシティから、スパイクタウンに引っ越して、今はネズとマリィちゃんと、三人で暮らしており、まあ、新生活、というか、そういうこと、なのだけれど。元々、ずっと一緒に居た訳だし、最近は、ネズがシュートシティまで来てくれることも多かったし、正直、半同棲くらいの感覚だった、し。まあ、特に生活が急変したかといえば、バトルタワーでの仕事も続けているし、スパイクタウンでギタリストとしての活動をしていることにも、少しずつ慣れてきていたし、特に、変化と言うほどのことは、――と、そう、言いたいところなのだが。実際問題、案外、そうでもなかったのである。

『――ハァ? 泊まり? 今日帰らないんですか?』
『うん、ちょっとダンデの仕事が押してて。ダンデ、何でも自分でやろうとするから、手伝ってあげないと……』
『…………』
『え、なに、ネズ怒ってる……?』
『……ええ、まあ。ああ、おまえに怒っているわけではないですよ、おれはダンデに怒ってるだけです』
『え、ダンデに?』
『……新婚の部下を帰さないの、おれはどうかと思いますね』
『あ、……あの、ごめん、ね?』
『おまえは悪くないでしょう、悪いのはダンデだよね、だから気にしないでいいよ。……じゃあ、明日、迎えに行きますから』
『あ、ううん、明日ナックルシティで打ち合わせしてから直帰できるから、迎え大丈夫だよ、歩いて帰れるし』
『……そうですか?』
『へーきへーき!』
『……それなら、分かりました』

 ――別に、ネズだってジムリーダーを辞めて暇、という訳ではない。それはつまり、アーティストとしての仕事が増えた、という訳でもあるので、寧ろ多忙だし、忙しいのはお互い様、なのだし。――一緒に暮らすようになって、ようやく分かったこと、だけれど。

 ネズって、すっごく、わたしのこと、好きみたい。
 ――それを、私が自分で言うのは、こう、どうなの? という気持ちはある。けれど、実際問題、びっくりするほどに、愛されてるなあ、と実感することが、毎日多くて。マリィちゃんが居ないときは、家の中では、ずっと私にべったりだし、スキンシップが多いだけか、と思えばそうでもなくて、四六時中愛の言葉を囁いてくるし、私を甘やかしっぱなしで、あの後で本当にモノズを捕まえてきて、サザンドラに進化させて手持ちに加えて、ほとんど毎日のように、私の送り迎えまでしている始末で。――でも、マリィちゃんにそれを言うと、私は私でネズを甘やかしすぎだ、と言われるので、あまり、言えたものじゃないのかも、しれないけれど。
 まあ、ともかく、毎日そんな状態なので、たまにこうして、仕事が詰まっているから帰れない、なんてときは、目に見えて、しょぼん、と悲しそうな顔をされる、ものだから。

「……やっぱり、似てるよねえ」
「きゅ?」
「ふふ、元々はネズが捕まえてきたんだものね、だからかな」

 毎日いっしょが当たり前で、それが週に一度会えたら良い方、になっていたのに、また週に数度会えるようになって、遂にまた、毎日いっしょに戻ってしまって。当然になること、環境に慣れてしまうことは、恐ろしいな、と思う。少し前まで、週に一度顔が見られたら満足だったのに、今はもう、昨日一緒に眠らなかったから、朝となりで目覚めなかったから、寂しいなあ、なんて思ってしまっている。その寂しさを紛らわせるように、きゅっ、と腕の中に抱きかかえた、小さな熱に頬を寄せると、嬉しそうに鳴く仕草も、なんだか似ているな、と思うようになってしまった自分が、少し可笑しかった。


「――ってさ、いつもクスネ連れてるよな?」
「え?」
「いや、フェアリータイプのエキスパートなのになーって」
「ああ、うん……そうね、この子はちょっと特別だから」
「特別?」
「そう。……あのね、クスネってちょっとネズに似てない?」
「……は?」
「それでね、この子を好きになって、ずっと大切にしてるの。ねー?」
「きゅい!」

 ナックルジムで、次回のダンデとキバナの、エキシビジョンの打ち合わせをしている最中、クスネはキバナのヌメルゴンに遊んでもらっていたようで、打ち合わせを終えてから、二匹を横目で眺めて、キバナと、軽い雑談を交わしていたときのことだった。かねてからの、些細な疑問、とでもいうかのように、投げかけられたその問いに、少し気恥ずかしさもありつつ、まあ、キバナは勝負事、というかダンデが絡まなければ、基本的には、温厚で良い人だし、別に言ってもいいかな、と打ち明けた私の些細な秘密を聞いて、――キバナは、思い切り、呆れた顔をしていた。

「はー……なるほど?」
「ネズには内緒ね?」
「そーだなあ、どうすっかな、オレさま、隠し事とかできないからなあ」
「え、ちょ、絶対言わないでよ」
「んー? どうすっかな?」
「……おまえ、何か、おれに隠し事してやがるんですか?」
「何って、――え、ネズ!? な、なんで」
「よー、ネズじゃん。嫁さんのお迎えか?」
「ええ、はい。うちのが世話になりましたね、打ち合わせは終わったんですか?」
「おー、ちょうど今終わったとこだぜ」

 私とキバナの会話に割って入るのは、耳馴染みの良い、聞き慣れただいすきな声で。慌てて振り返ると、ナックルジムのミーティングルームの入り口に、ネズが立っていた。迎えはいらない、って言ったはずなのに、だとか、どうして此処に、だとか、そう考えながらも、まあ、正直、理由なんて察しが付いているのだけれど、本当、慣れって怖いものだ。多分、私が心配だったのだろうなあ、なんて、何を言われずとも、納得できてしまっているのだから。 

「え、ネズ、私迎えは大丈夫って言わなかったっけ」
「言いましたよ。でも、まあ、ナックルシティは近いですし、心配なので様子を見に来ました」
「大丈夫なのに……」
「おまえに早く会いたかったんですよ」
「え、」
「だめでした?」
「……だ、だめじゃないです」
「おーおー、お熱いこった、なあネズ、せっかく来たんだしついでにバトルしていかねえ?」
「ハァ? お断りですね、おれは早く帰ってと過ごしたいので」
「そう釣れないこと言うなよ、おまえが勝ったら、オレさまだけが知ってるの秘密教えてやるからさ?」
「……の秘密?」
「だーかーらー! 言っちゃだめだってば!」
「……、キバナには言えて、おれに言えないことが?」
「……こ、今度教えるから……」
「……本当に?」
「ほ、ほんとだから!」
「えー、オレさまに勝てば今聞けるぜ?」
「いえ、いいです。に聞くんで」
「……おまえ、ほんと釣れねーな?」

 むっ、とした顔も、スン、とした顔も、それから、へら、とへたっぴに笑うときの表情も、似てるなあ、って思ってしまって。だから、どっちもだいすきなのだ、と、――言えるのは、いつになることだろう。私が腹を括る前に、強引に言わされそうな気がしてならないけれど。

「――なあ、ネズさあ」
「なんです」
のクスネ、おまえが捕まえてやったのか?」
「ええ、まあ」
「――わざわざ、ダークボールに入れて?」
「それが何か?」
「いや? なんつーか、おまえってマウントの取り方えげつねーんだなと思って?」
「余計なお世話ですよ」
「あんまり愛が重くても嫌われるぜ?」
「問題ないです、……この程度で潰れるようなタマじゃねえからな」
「おーこわ」
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