星が死ぬ場所まで連れてって

 におれの想いを告げて、――彼女の気持ちが、おれと同じであることなど、まあ、正直、とっくに気付いていたの、だが。晴れておれとは恋人同士、という関係に相成った。結婚の約束、――というか、から、彼女がおれのおよめさんになることと、彼女がスパイクタウンに引っ越して、おれとマリィと三人で暮らす許可も得て、しっかりと、その言質も取ったものの、生憎、その時期はガラル一周ツアーの真っ最中だった訳で、実際に籍を入れて、がスパイクタウンに越してきたのは、それからもう少し先の話なのであった。
 ――だから、一瞬だが、おれとにも恋人期間、というものがあった訳である。おれとしては別に、今更そんな時間を楽しみたい、とも思わないし、正直なところ待ちくたびれてもいるし、出来ることなら、とっとと彼女に嫁に来て欲しかったし、マリィもその方が喜ぶだろうし、親友でも相方でもライバルでも夫婦でもない、恋人同士、という関係を送るその短い時間に、別段、其処までの思い入れは、なかったものの。

「――あの、ネズ、起きてる?」
「――?」

 ――その日の公演と打ち上げを終えて、夜も遅い為、スポンサーが手配してくれた、ホテルの部屋に引き上げて、寝支度を整えた後のこと、だった。コンコン、と控えめに叩かれた扉と、追って聞こえる、聞き慣れた優しい声。――元から、気安い仲であるし、現在は晴れて恋人同士になった訳だが、まだ正式な夫婦でもないし、仮にも仕事として来ているので、宿泊している部屋は無論、とおれとで別々に用意されていて、特にそれで、何事もないはずだったの、だが。

「――どうしやがりました?」
「や、あの、えーとね……」

 ひとまず、部屋の前に放っておくわけにも行かないので、ドアを開けて、を部屋に招き入れる。夜着の薄いワンピースに、カーディガンを羽織っただけの、心許ない格好で、自分の部屋から、おれの部屋まで来たのか、と思うと、その無防備さに、思わず頭痛がしてくるし、文句の一つも言いたくなる。途中で何かあったらどうするつもりなのか、と。少しは自覚を持ったらどうなのか、と。そう言えば、きっとは、おにいちゃんみたいだとか言って、笑うのだろう。何も笑い事ではないというのに、――と、其処まで考えておきながら、ふと、おれは思った。何か、言い出しづらそうにそわそわ、もじもじしながら、おれを見上げてくる、その無防備さは、――まさか、わざと、なのか? と。まさか、が、そんなことを、と思うものの、先日の公演後、おれが倒れたときに、彼女が言った言葉。おれにキスされたかったのだ、と。そう、はっきり認められたあのときに、脳天を殴られたような衝撃で、一瞬、上手く物を考えられなくなったこと、を、思い出して。――それなら、まさか、やっぱり、は、こんやも、そういうつもりで、おれのへや、に、なんて。

「あ、あのね、ネズ……」
「……はい」
「……いっしょに寝ていい?」
「はい……はい? 待ってください、今、なんて言いやがりました?」
「え、あの、わたし、ネズと一緒に寝たいのだけれど、」
「……ハァ、なるほど」
「ジムチャレンジしてた頃とか、ずっとそうだったでしょ? だから、久々に、一緒に寝てほしくて……」
「そうですね……おまえは、そういう奴でしたね……」
「? だめ、かな」
「駄目な訳がねーでしょう。……いいですよ、いっしょに寝ましょうか」
「ほんと!?」
「はい、入ってください」
「やった!」

 期待したおれが馬鹿だった、そうでした、こういう奴なんでした、こいつは。嬉しそうに、照れくさそうにはにかむは、まさか、これから、おれとの関係性が変わるのではなくて、おれとの関係性が元に戻るのだ、と。そう、解釈していやがるのでは? なんて、懸念に襲われながら、とは言え、純粋な動機で、おれを信頼して訪ねて来られている以上、その信頼を裏切るのも気が引ける、ので。――もう、さっさと寝てしまおう、と。そう思い、ホテルの部屋に備え付けられた、キングサイズのベッドに腰掛けて、に向かって、小さく手招きをする。

「――おいで、

 おれの言葉に素直に頷いて、ぴょこぴょこと此方に寄ってきて。こんな姿を彼女の手持ちが見たら、怒りそうだと思う。おれとも必然的に長い付き合いになるので、の手持ちは大体、おれにも懐いてくれているものの、のギャロップなんかは、主人のナイトを気取っている節があるので、彼等がボールの外に出ていなくて良かった、とぼんやり思った。
 二人、並んでベッドに潜っても、広いマットレスはまだ余裕があって。――それなのに、どちらからともなく、互いに寄って。ぴったりとくっついていることが、何処か可笑しかった。狭いテントの中でもあるまいし、野生ポケモンや、悪い大人なんかを心配して、不安に身を寄せ合っていた、子供の頃でも無いというのに。

「――ふふ」
「なんですか、何笑ってやがるんです」
「なんか、懐かしくて、嬉しくなっちゃった」
「……ああ、そうですね。おれも、ですよ」
「ほんとう?」
「ほんとうですよ」
「……ネズ、あのね、わたしね、」
「はい」
「ジムチャレンジしてた頃、外の世界は知らないことばかりで、ほんとはいつも、怖かったの。テントで野宿だって、したことなかったし……旅に出たばかりの頃は、ひとりで寝るの、怖くて」
「……うん」
「でも、そんなこと言ってたら、チャンピオンになんてなれない、お師さんの跡も継げないって思って、我慢してて」
「……うん、分かるよ」
「でもね、ネズと旅するようになってからは、安心して眠れた」
「そうだね、おれも、そうだったよ」
「ほんとう?」
「ほんとうだよ」
「そっか……だから、私ね、ジムチャレンジの後で、シュートに引っ越して、ローズさんの部下として仕事して、でも、ネズは隣に居なかったから」
「……うん」
「なかなか、眠れなかったの。ミミッキュたちもみんな、一緒に寝てくれてたのに、格好悪いよね」
「そげんこつ、なかよ。気にせんでよか」
「ほんとう?」
「ほんとうばい」
「ありがと……でも、ね」
「ん」
「……やっぱりね、ネズの隣が一番、安心して、ねむれそう……」

 ぼそぼそと、枕元で、ちいさく会話しているうちに、うとうとと眠りに呼び込まれる、穏やかな表情。胸が、擽ったくなる。首元まで、布団を掛け直して、ぽんぽん、と小さく、寝かしつけるように叩いて、安らかな寝顔を見つめる。――此処まで信頼されていると、まあ、悪い気はしない、な。

「……おやすみなさい、

 ――まあ、それはそれとして、無駄に期待させられた分は、また後日、やり返させてもらうとする。何しろ、もうおれには、おまえに遠慮する理由はないから、ね。


「――、おれです」
「ネズ?」
「はい、開けてください」
「うん、ちょっと待って、――はい」
「入っていいですか」
「いいけど、どうしたの? あ、ネズも、ひとりで寝るの寂しかったとか、」
「いえ、そうではなく。おれのは夜這いです」
「え」
「夜這いに来ました」
「え、あの、」
「……だめですか? おまえが嫌なら、帰りますけど」
「……………」
、返事を」
「か、」
「か?」
「……かえ、らないで……」
「……では、お邪魔しますよ」
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