凡夫の戯言

 トップチャンピオン・オモダカさんは星の光のようなひとだった。
 リーグ代表としてトップの座に君臨し続けながらも、彼の星は“トップ”等と言う肩書は役職に過ぎないのだと言って、それすらも何でもないことのように笑い、振舞う。──それが、只の肩書だとしても、三足の草鞋ともなれば十分すぎるほどに特別だろうに、あのひとはまるで造作もないことだと言って、微笑むのだ。トップチャンピオン、リーグ代表、アカデミー理事長、──チャンピオンの秘書、四天王のマネジメント役、理事長の秘書。三足の草鞋、という意味では私とオモダカさんが背負う役職の数は同じだったけれど、その肩にのしかかる責任も重圧も私のそれと、あのひとのそれとではまるで比べ物にだってならないし、……そもそも私は、トレーナーとして、強者としての責任を背負っているわけでもなかった。──だから私には、あのひとがまぶしい。いくらなんでも私には、あなたの放つ光は眩しすぎる。──私があなたに向けるこの感情はとっくに、部下から上司に向ける敬意や尊敬と言う枠を超えて、崇拝の域に達してしまっていることにだって自覚があるから、……尚のこと、オモダカさんの背を見つめ続けるのは、ひどく、くるしかった。

「……だから、アオキさんのことが、うらやましいです……」
「……はあ、そうですか」
「アオキさんは私と違って、トレーナーとしてオモダカさんに必要とされてますもん。……すごいなあ、アオキさん……」
「……自分からすると、さんはあのひとに重用されているように思いますが……」
「まさか。雑務が得意なだけなんですよ、アオキさんは、ゼロゲートの警備役だって兼ねているじゃないですか……敵わないです、全然……」

 そう言って、仕事帰り、宝食堂のカウンターにて隣同士に並び、箸を持つ彼女──トップの右腕を務めるリーグ職員の女性、さんは、度々自分に向かって「アオキさんはすごい」と言う言葉を投げかけてくる。平凡な自分にとって彼女の言葉は腑に落ちないことも多く、──寧ろ、自分は彼女のことを眩しいひとだと感じていると言うのに、なぜそんな言葉を口にするのだろうと、いつだって自分は不思議で仕方がない。さんは元々、リーグ職員としても仕事が出来るひとで、営業部でうだつの上がらない平社員をしていた自分にとっては、あの頃から雲の上のような存在だった。そんな彼女がトップに引き抜かれて補佐役を務めるようになり、……それはもう、その時点であのひとに才能を認められたといういうことでしかなくて、……その上で、トップのチャンピオン就任以来、一度も秘書役を入れ替えていない時点で、あのひとがどれだけさんの才能を買っているのかも、信を置いているのかも、周囲から見ていても明らかで、……それに、あのひとはさんの才能をトレーナーとしても気に入っているのだと、私は知っている。

『──アオキ、四天王の四人目についてなのですが……現在、お前が候補に挙がっています』
『はあ……自分には、ジムリーダーの役職だけでも既に、荷が重く……』
『お前が断るなら、次点でに打診するつもりですが』
『は……? 彼女は既に、トップの秘書役で四天王のマネージャー役で……その上で、四天王を任せると?』
『ええ。彼女にはフェアリー使いとしての才がある、磨けばもっと輝くでしょう。……まあ、今でも十分に励んでくれているので、彼女にこれ以上の責任を負わせるのは、流石に私も心苦しくは思いますが……』
『……承知しました、四天王ですね』
『ええ、引き受けてくれますね?』
『……ええ、そういうことなら、仕方ありません』

 ──もしも、あのときに。自分がらしくもない真似をして、勝手に彼女を心配して、トップから庇い立てしたりしていなかったのなら。……さんは、彼女自身が望んだ席を手に入れられていたのだろうか。その役を賜った彼女は、今のように眩く輝けていたのだろうか、──或いは、そんなこともなく、苦労の果てに曇ってしまっていたのではないかと。……しかしながら、なにを考えたところで、独りよがりにあなたの希望を摘んだのは他でもない自分なのだ。──だから自分には、あなたの羨望は、眩しすぎる。 inserted by FC2 system


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