運命のビジューと共に沈む幽霊船

「人間味が薄いと、部下にそう言われてしまいました」
「……ええと、それはオモダカさんが、ですか?」
「ええ。私が、ですよ」

 パルデアリーグ本部、トップチャンピオン・オモダカさん──私の直属の上司にあたる彼女は、いつだって何を考えているのかが、よく分からないひとだ。真意が知れないというか、腹の底が読めないというか。それでいて独特の空気感と圧力のある彼女は、何かと周囲に誤解されやすく、怖がられやすかったりもする。……まあ、彼女を“怖い”と感じることが“誤解”であるのかどうかなんて、そもそも断言しようもないのだけれど。私はオモダカさんの本質は善性だと思っているものの、それも私が彼女に見出している理想に過ぎないという可能性だってあるのだし。

もそう思いますか?」
「そうですね……人間味が薄い、ですか……」
「ええ、そのようですね」
「例えば……もしもオモダカさんが10億年前から生きてると言われたら、私は信じると思います」
「信じるのですね」
「はい、なんとなく、オモダカさんなら出来る気がしますので……」
「……、念のために否定しておきますが、そんなことはありませんよ?」
「……一応、分かっているつもりですが……」
「それでも、私からそう告げられたのならあなたは信じると」
「はい」
「……なるほど、そうなのですね」

 顎に手を添えて、ゆるりと目を細めながらにこやかに微笑むオモダカさんは、声色も変えずにそう言い放つものだから、……ああ、きっとこういうところこそが、彼女というひとが恐れられるゆえんなのだ、とそう思う。……だって私も、オモダカさんから秘書役に引き抜かれた当初は、一体このひとは何を考えて、何が目的で、こんな人事異動を? と、……あまりにも彼女の意図が読めなさ過ぎて、そんな風に怯えて、不安に感じて、このひとに対してびくびくしながら毎日接していた記憶がある。──それも今では、リーグ最上階の彼女の執務室でふたりきりの部屋でも、私は特に物怖じもせずにオモダカさんと会話が出来ているし、デスクに座する彼女に差し出した珈琲のカップを、オモダカさんも特に違和感なく口元へと運んでいて。──思えば、最初はこういうところだったのかもしれないと、そう思った。少なくとも私はオモダカさんが珈琲を飲むことを知っているから、浮世離れした彼女にも、喉が渇いたり嗜好品を楽しむと言った情緒が備わっていることに少しずつ気付いたのだ。……そうやって、小さなことが少しずつ積み重ねられていって、彼女に対して、勝手ながら親しみを覚えたのかもしれないな、私は。……まあ、それはそれとして、それでも彼女が酷く眩しいひとであることには、変わりがなかったけれど。

「あとは……オモダカさんが実は未来から来た、と言われても信じるかもしれませんね……」
「……には、私がそう見えているのですか?」
「見えているというか、オモダカさんならタイムマシンとかも作れそうだなって、そう思うので……」
「ふむ……タイムマシン、ですか」
「……そうやって意味深な反応をするから、それって、作れるっていうことなのかな? とか、思われちゃうんですよ」
「おや? ……それは、気を付けましょうか」

 口ではそう言っても、きっとオモダカさんは、明日からの言動や身の振る舞いを、部下の一声で改めてしまえるような人間などでは、決してないのだろう。オモダカさんは、芯の強いひとだ。自身が強者であることを自覚した上で、しっかりと上に立つものとしての責務を果たすひとで、……同じく強者たるもの、才能があるもの、人の上に立つ責任があると彼女が判断した相手に対しては、自分と同じだけの成果を要求してくるという、……オモダカさんの行動原理とは突き詰めるとたったそれだけの、至極シンプルな精神構造でしかないのだと、私はそう思う。……つまり、彼女を不審がる人々は、彼女に期待されているというそれだけの話、だった。実際のところ、オモダカさんは一般市民に対しては普通に優しいし、……このひとは、弱きを守り導くという彼女自身の美学の上でパルデアを統治している理想の王様でしかなくて、……彼女がその航海に招き入れたものはきっと、彼女に期待されているのだろう。……ただし、期待に添わなかった場合には、相応の処分を下すこともあるし、強者からの期待というものは時としてそれだけで莫大なプレッシャーも帯びるからこそ、やっぱり彼女は称賛と同じくらいに批判も受けやすくて、……けれど、そんな彼女を傍で見ている私はと言うと、オモダカさんのそんな在り方を、結構好きだったりするのだ。……自分には到底真似できない生き方だからこそ、この星導を見つめ続けた私は、この王政こそを好ましく思っている。

「後はそうですね……オモダカさんは只々、完璧で、万能で、天才で……、向上心の強い人間だと言われても、私は信じますね」
「……あなたには、そう見えているのですか?」
「はい。だからお気になさらずともよろしいのでは?」
「……そうですね」
「……それに、本当は周囲の評価などを気にされていないのも知っていますよ」
「……おやおや? 気付かれてしまいましたか?」
「ええ。……まあ……宇宙から飛来したポケモンも観測されたくらいですし、何者であっても其処に存在するものには違いないのでしょうから、何を言われてもお気になさらなくていいのではと、私も思いますよ」
「確かに、未来や古代にも人間はいるでしょうからね、それにウルトラビーストのような生命体の存在も……」
「──トップ、頼まれてた書類持って……って、なんや今の会話? トップとちゃん、なんの話しとったん…?」
「オモダカさんの話ですよ」
「そうですよ」
「ええ……今の文脈で?」

 ──そんな風に、今日もオモダカさんといつも通りの“雑談”を交わしていると、オモダカさんに用があって執務室を訪ねてきたチリさんにも、その会話が少しだけ聞こえたのか、私とオモダカさんの返答に彼女は腑に落ちなさげな表情をしていたけれど、……私は、脈絡もなく何かの試練のように吹っ掛けられるこんな問答も、結構好きなのだ。私が彼女のノーチラスの船員足り得るのかは甚だ疑問だったけれど、……私が彼女にとって道端の石ころに成り下がるまでは、……少しでもあなたの舵取りの役に立ちたいと、……私は、そう思っているのです。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system