ただ清らかな檻の中で遊んでいたいだけ

 オモダカが久方ぶりに私の前に姿を現したのは、今から一年と少し前の出来事だった。アカデミーを卒業してしばらくはまだ彼女との交流も続いていたものの、オモダカがトップチャンピオンに就任した頃に、オモダカの前から黙って姿を消した私を、彼女は決して追ってはこなかったから、私と彼女とはそれきりになってしまっていて。──きっとそれどころではないほどに、忙しない日々を送っていた筈の彼女は、私が居ない間に私では手の届かなかった才能を、光の数々を見送ってきたのだろうと、そう思う。私はもうオモダカに必要じゃないし、私にとってもオモダカは、もう必要がないものだった。

「──あなたがパルデアを出ることはないと思っていました。、あなたはエリアゼロのポケモンを連れていらっしゃるから」

 私のパートナー──サケブシッポを連れて国外に出るというのは、現実的に考えるとかなり厳しい。……そうだ、パルデアですら存在が秘匿された古代のポケモンを連れる私は、彼女から逃げるどころか、オモダカが統治するこの国の外に出ることすら叶わないのだと、目の前の彼女が一番よく知っている。オモダカが決して私を追ってこないと分かっていても、私は此処から出ていくことだって叶わない。──だから、オモダカには私を追う理由がない。……そもそも、追い掛けているのはいつも私の方だったのだ。

「それに、──あなたは、私に負けたままで逃げ帰れるようなトレーナーではないでしょう?」

 ──だから、そんなにも安い挑発はいらない。そんなことをしなくても、私は何処にも行けやしないと知っていて、……それでも、彼女はそう言っているのだ。

「──今日はあなたにお願いがあって会いにきたのです、
「……今更なんなの? オモダカ……」
「先日、アカデミーの全教員が解雇になったのはご存知ですか?」
「え……知らない、なにそれ……?」
「学内で問題が発生しました。……端的に言えば、生徒間でのいじめがあったのです。それをあろうことか、前教頭が隠蔽し、証拠となるデータを削除してしまった……。加担した職員は全員解雇しましたが、……私はリーグの仕事にかかりきりで、現場の異変を見落としたのです」
「……そう。あなたでも、何かを見落としたり、するのね……」
「ええ……悔しいことに。今のアカデミーは最早、私とあなたが鎬を削っていた頃とは違う……今の子供達のため、彼らの未来に灯る光を護るため、……どうか、力を貸してくださいませんか、。あなたはきっと、教え子達の素晴らしい先達となるでしょう」

 ……ああ、そうかと。そのときに、そう、思った。それってつまり、……オモダカにとって私はもう、トレーナーじゃないってことだ。ライバルとしての可能性すらも、……もはや私に存在していないと、そういうことでしかないじゃない? それって。……ああ、なんだ、そっか。結局、ずっとずっと、相手を意識していたのは私だけで、……私はこの先も一度だって、あなたに指が届く存在になることはないのだろう。あなたが私の光なら、私はあなたの影でしかないのだ、これからもずっと。──そう思ったらもう、何もかもがどうでも良くなってしまった。顔を合わせない間にも、ひとりで彼女に鬱屈とした想いを募らせていたことだって全部が全部ひどく情けなくなって、無かったことにしたくて、──だから、アカデミーの教員にならないかというその誘いを受けた。トレーナーとしての私に価値を見出していないあなたと同じように、私はもうトレーナーとして自身に価値を見出してなどいないのだと、そう教えてやるつもりだった。──あなたが私を迎えにきたのは、トレーナーとしての私に引導を渡すためなのだと、そう思っていた。


「──それは、当然でしょう? あなたに引導を渡す為にはまず舞台を整える必要がありましたから。だってあなた、四天王やジムリーダー に誘っても、きっと承諾なんてなさらないでしょう? 確実性を取って、まずはをアカデミーに囲うことにしたんですよ」

 ──しれっと、一年と少し前の会話を懐かしむように目を細めて、悪びれずに言い放つ目の前の光に目が眩んだのかは知らないが、くらりと頭が揺れてその場に座り込みたくもなる。──だってそれって、……要するに、全ては私の思い過ごしだったと、そういうこと、なの? とっくに視界に入っていないのだと思ったからこそ、あなたの誘いに乗った私を、本当のあなたは、……最初からこうして手に入れるつもりで、警戒されない程度の距離に迎え入れて、それで、……適切なタイミングを伺っていたのだという、そういう、ことなの?

「それはそうでしょう? そうでもしないと、あなたは逃げてしまいますもの。……でも、もう逃がしません。愛していますよ、。あなたは私の大切なライバル……私の、愛しい恋人ね」

 そう言って目を細めるあなたに、──わたし、結局一度だって敵わなかったけれど、今でもあなたが私をトレーナーとして必要としてくれているというのなら、……私、頑張らなくちゃね。もっと近くに繋ぎ止めておかないと逃げてしまうのだと、逃がしたくない宝物なのだと、あなたにそう思って欲しいから、私きっと、今度こそは輝いて見せるわ。 inserted by FC2 system


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