芽吹いたばかりのピンクでは戦えない

※姉弟。恋愛夢ではない。



 姉が「オルくん」とオレを呼ぶ声が好きだった。姉は、──は、アカデミーの元教師でオレとは幾らか年が離れていて、オレにとって幼い頃からずっと、身近な遊び相手はだけだったように思う。アカデミーに入学していじめに遭う以前からオレは、……あまり、周囲の子供に合わせるのが得意ではなくて。良いトコロの家柄の育ちだから、なんてやっかみもあって、家の中でひとりで遊んでばかりだったオレに、当時アカデミーに通っていた姉は、寮生活で課外授業のジム巡りだって忙しかったはずなのに、頻繁に家に戻ってきては、オレの相手をしてくれたのを今でも鮮明に覚えている。
 でも一度だけ、課外授業中にポケモンにライドしていた姉がパルデアの大穴に転落して、それきり行方知れずになったことがあって、──オレは当時、にもう会えなくなるんだと思って大泣きして、大人たちも手が付けられないほど暴れて、寝込んで、……でも、そんなときだって姉は暫くした頃にちゃんと帰ってきてくれたし、戻ってきた姉は急にとんでもなくバトルが強くなっていたものだから、それ以降は一度だって危ない目に遭ったことはなくて、強くて可愛くて優しい、そんな姉はオレにとってずっと自慢の家族で、憧れの存在だったのだ。

 ──そんな姉だったから、が教員を務めるようになったアカデミーにオレが入学して、……学園でいじめに遭ったときにも、見てみぬふりをする他の教師たちのしろいまなざしを気にも留めずに、姉だけは学内でのいじめを無くそうと必死で奔走してくれていた。オレだけじゃなくて、他のスター団のみんなだって、に庇われた記憶があるヤツは多くて、学校に行かなくなった今でも、教師を疎む奴が多い中で、のことは好きだという奴が結構いるのだ、仲間内の中でも。
 だから、──姉さまは、生徒には広く慕われていたし、姉さまを疎ましく思っていたのなんて、いじめに加担している側くらいのものだったのだと思う。……だからつまり、そういうこと。いじめの露呈を恐れてスター大作戦のデータを抹消してしまうその前に、当時の教頭は姉さまにすべての責任を被せようとして、姉は甘んじてその処罰を受け入れてしまった、と。……そう、オレがすべての真相を知ったのは、もっとずっと後になってからのこと、だったけれど。……それでも、それが自分の責任だと言うことくらいはオレにだって理解できていた。

 姉は、は、──姉さまは、オレのせいで、……教師という夢を辞して、今では実家も離れて隠居生活じみた暮らしを送っている。……そうだ、全部オレのせい。オレがねえさまの夢を、星屑のように砕いてしまったのだと、……オレの後悔は絶えずに、姉さまに連絡しようと思っては、スマホロトムのコールボタンに触れるだけの勇気を持てずに、オレは星が浮かばぬ夜を過ごしている。

『──オルくん、今日の授業はどうだった?』
『授業は楽しかったよ、でも……』
『……クラス、まだ馴染めない?』
『うん……別に、気にしてないけど。周りのやつらのレベルが低いだけだし、オレは……』
『こら。……オルくんは優秀だし、賢い子だけれどね、そうやってひとを見下してはだめよ。……分かった?』
『……ごめん、姉さま……』
『ふふ、学校では先生、ね? ……寒いでしょ? エネココア入れてあげるから、飲みましょうか』
『……いいの? 生徒を特別扱いしちゃダメなんじゃない? ……センセ?』
『まあ。……オルティガくんは、意地が悪いのね?』
センセだっていっしょじゃん?』
『ふふ、そうかしら?』
『そうだろ?』

 放課後の家庭科室、──姉さまが受け持っている授業が行われるその部屋、姉の纏う穏やかな空気に満ちた空間が夕日に満ちるときに、ゆっくりと話をする時間が、大好きだった。学校では嫌なことだって多かったし、スター団のみんなと仲良くなるまでは日々が苦痛で仕方なかったけれど、それでも、……先生の授業と、その時間だけは好きだったよ。可愛い服や小物を作るのが好きなんだ、フェアリータイプが好きなんだとオレが言うと、女みたいだと馬鹿にされることも多かったけれど、姉さまはそんなこと一度も言わなかった。スター団のみんなだってそう。……オレにとってそのままの自分を許してくれる存在は、姉と友人たちだけだったのに。……どうして、オレは、姉さまにあんなことをしてしまったのだろうな。どうして、……オレを庇ってくれたあのひとを、オレは庇ってあげられなかったのだろう。どうしてオレは、……こんなにも、子供なのだろうか。
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