なまぬるい熱は気味が悪い

『エリ、今日からこの二人がお前の世話係だ。二人の言うことをよく聞くんだぞ。……治崎、、くれぐれもエリを宜しく頼んだぞ』
『……はい、組長』
『はい、お父さん!』

 お父さんが消えて、お母さんがいなくなって、そうして私は、はじめて会ったおじいちゃん、というひとのおうちに、引き取られた、……みたい。おじいちゃんのおうちは広くて、こわいひとがたくさんいて、なんだかそわそわして、落ち着かなくて。おじいちゃんは、おしごとが忙しいから、といってあまり会えなかったから、なかなか、私のおじいちゃんなんだ、とは思えるようにならなかった。おじいちゃんに会えないかわりに、私には、せわがかり、といって、おとこのひとと、おんなのひとが、ひとりずつ、つくことになったけれど。おとこのひと、……あの人は、怖かった。“こんな風”になるまえから、あの人は、私を睨みつけたし、つめたい、つめたい目で見られるのが怖くて、私がしきりにあの人を怖がることに、余計あの人は怒って、私はますます、あの人が怖くなった。

『……廻、エリちゃんのお世話は私がするから」
『……だが、』
『大丈夫、平気よ。お父さんのご指名だもの、しっかりやらなきゃ!』

 あの人のことがこわくて、こわくて、ふるえていたら、おんなのひと、……さんが、ぽん、とやさしく、頭を撫でてくれたことが、私は、ほんとうにうれしかったの。そうして、おじいちゃんのおうちに引き取られてからしばらくは、私はさんといっしょに過ごしていた。さんのお部屋で、ご本を読んでもらったり、お人形あそびをしたり、おままごとをするときは、くろのさんと、ねもとさんも、ときどき、いっしょに遊んでくれたの。おままごとをするとき、さんはいつもお母さんの役で、私はさんの子供の役だった。お父さんの役は、くろのさんがすることが多かったけれど、その度に、あの人に怒られる、ってくろのさんが言うから、おままごとは怒られる遊びなのかなあ、しちゃいけないことなのかなあ、と思って、いつの間にか私は、おままごとがしたい、とは言わなくなった。でも、おままごとができなくても、そのかわりにさんといっしょにプリユアのテレビをみたり、おえかきしたり、おりがみを教えてもらったり、たのしかったなあ。私はきんちょうして、うまく笑えなかったけど、きっと、あのころ私は、さんといっしょなのが、うれしかったんだと思うの。

『――廻、そんな急に……』
『急じゃない、兆候は以前からあったんだ。だから俺は、お前をあれに近付けたくなかった……あんなもの、気軽に触れるべきじゃない』
『廻! そんな言い方……だってあの子、身寄りがなくて……私と廻と、同じなのに……』
『同じじゃない、俺と同じなのはだけだ。それに、あんなモノとお前を一緒にするべきじゃない。俺が、許さない』
『……っ、』
『……とにかく、お前はもう壊理と関わるな。どうしても、と言うなら俺か玄野が立ち会いの上で、決して接触はしないことだ。……良いな?』
『……今までみたいに、一緒に遊んだりするのも、駄目なの?』
『当然、駄目に決まっているだろ? ……俺は、お前に何かあっては困るからこう言っているんだ。分かってくれ』
『……うん、分かった……』

 ……あるとき、さんが、こわい顔をしたあの人と話しているのを、私は聞いてしまって。何の話をしているのかはよくわからなかったけれど、きっと、私の話だったのだろうなあ、とだけは理解できたのは、その日の夜に、おじいちゃんのおうちの地下に連れて行かれて、あの人に殴られたからだった。

『……汚らわしい、本当は触りたくもないんだ。……クロノ』
『へい』
『実験の用意を。……壊理、お前はに感謝することだ』
さん、に……?』
の犠牲のお陰で、お前が役に立てる。彼女に感謝しろ、……そして、もう二度とに甘えた真似が出来ると思うなよ』

 あの人は、いつだって怖かったけれど、それでも、あの人に殴られたのはそれが初めてのことだった。だって、今までは、どんなに睨まれても、怒られても、さんがいたから、あの人をどうにか抑えてくれていた、けれど。私は、なんとなく分かってしまった。私の個性が判明して、地下室での実験、……痛くて怖いだけの毎日が始まった日。きっと、もう、私は。さんのおひざの上で、おはなししてもらうことは、できなくなっちゃったんだなあ、って。そう、分かってしまったから、余計にこわかったの。余計に、いたかったの。

『……さん』
『なあに? エリちゃん?』
『あのね、あの人のこと、なんだけどね……』
『廻のこと?』
『うん。……さんは、怖くないの?』
『……そうねえ、怖いと思ったことはないかなあ。廻、あんな風だし、エリちゃんには怖いかもしれないけれど……』
『…………』
『本当は、優しいのよ。私は廻の素敵なところ、たくさん知ってるから、怖くないの』
『……本当に?』
『ええ、本当よ?』

 さんが言っていたことば、私におはなししてくれた、あの人のこと。あれは、本当なの? さんは、きっと嘘なんてつかないって、そう思うのに、私には、どうしても信じられないの。あの人は、大人しくしていれば、言うことを聞けば、さんに会わせてくれるって言ったのに、なかなか、なかなか会わせてもらえないの。さんの髪をなでていた手で、あの人、私をぶつの。こわい、こわいよ、さん。

『……エリ、俺のことを急に爺さんだとは、思えねぇかもしれねぇがな、』
『……おじい、ちゃん?』
『治崎とは、まだ話しやすいだろ。あいつらを、エリの父さん、母さんだと思って良いんだぞ』
『……おとうさんと、おかあさん?』
『おう。……バカ娘より余程よく出来た、俺の自慢の子供達だからな』

 わからない、わからないよ。お父さんを、私が消しちゃったから? だから、新しいお父さん、っておじいちゃんが言ってたあの人は、私をいじめるの? 私を捨てたお母さんとちがって、さんは私にやさしくしてくれたから? バチが、当たったのかな。私は、ほんのすこしだって、しあわせになっちゃいけなかったのかな……。

「……、さん……おかあ、さん……」
「……お前が彼女を乞うなと、俺は先程も、お前に言わなかったか? 壊理」

 もう一度だけでもいいから、さんのおひざで、おはなし、したいなあ……。 inserted by FC2 system


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