その矮小なきらめきを誰にもあげないで

「──きみ、意識はあるか」

 ──それは、静かな、雨の降る日の出来事だった。或いは、私の聴覚が駄目になってしまっていて、あなたの声以外の何もうまく拾えなくなっていたのかもしれないけれど。そんな、あの夜はもうずっと昔のことのようで、されど未だ数年前の記憶なのだと言うのだから驚きである。
 あの日、ざあざあと振りしきる轟音に閉ざされた静寂の暗闇の中で、私は、──一度、すべてを失ったのだった。……事の経緯は本当に、単純なことで。その日、家族に連れられて外に出かけていた私は、異星人の集団に襲われたのである。……強盗、の類だったのだと思う。父の運転する車に乗り込むところを襲われた私は、──どうやらそのまま、長らく意識を失っていたらしい。とはいえ私はと言うと、頭上から降り注ぐ誰かの声で、やがて、自力で意識を取り戻せる程度の怪我だったけれど、──私の本当の家族は、そのときに死んでしまったのだそうだ。

「……だ、れ……? うちゅう、じん……?」
「……違う、私は地球人だ。……手を貸そう、起き上がれるか?」
「……っ、う……」
「……失礼する。……ともかく、病院まで運ぼう。……助けが遅れて、すまなかった」
「え……」
「……きみの家族は、我々MIKが駆け付けたときには、既に……」

 ──そうだ、私の家族は、異星人に殺された。ある日、唐突に、何の前触れもなく、私はこの世にひとりきりになってしまって、濁流のような冷たい世界で、最早そのときの私に頼れるものは、目の前に差し出された、黒い革手袋に包まれた手を置いて他にはなかったけれど、──それでも、私は間違いなくあの頃から、その手に情を抱いていたのだ。
 竜宮フェイザーさん、──私のことを、助けて、護ってくれたひと。その大きな手の持ち主が駆け付けてくれなかったのならば、私は恐らく異星人に殺されてしまっていたのだろう。……だって、私が、私の家族があの日、命を狙われたのは、……私の持つデッキこそが理由だったのだ。私のエースカード、青眼の白龍は伝説とも呼ばれる超レアカードで、地球に流れ着いたものの生活に困った宇宙人たちが、偶然にも私のラッシュデュエルを見ていて、……それで、私と家族は彼らに狙われたのだと言う。

 ──そんなのって、もう、どうしようもないくらいに。……人々が異星人との共存を選びながらも、事件やトラブルの絶えないこの地球で、……私はとんでもなく、厄介者だと言うことでしょう? だって私、家族を失っても尚、デッキも、デュエルも捨てられない。……きっと私は、人でなしなのだ、青眼を家族を奪った存在とは到底思えず、私に残った、掛け替えのないたったひとつだと、そう思ってしまったから。……本当ならば、そんなことを、考えてはならないのでしょう。そんな人間、きっと誰からも必要とされないことでしょう、疎まれてしかるべきなのでしょう、──それなのに、それなのにね。

「──、退院後の予定は決まっているのか? 親戚など、生活のあては?」
「あ……その、……多分、ひとりで暮らすことになると思います。頼れる相手は、もう……」
「……そうか。ならば、きみさえ嫌ではなければ、私と共に暮らさないか、
「……え? ふぇ、フェイザーさんと……?」
「ああ。……私には弟が居てね、も寂しくはないだろう。……どうだろうか、私を家族とは思えないか?」
「……良いん、ですか……? だって、わたし、フェイザーさんに助けてもらって、その上、何から何まで……」
「構わない。……私を兄と呼びなさい、。今日からお前は、私の家族だよ」

 ──それなのにね、お兄さまは、何の価値もない私と、家族になってくれると言ったの。青眼のカードごと私を、この先もずっとずっと、護ってくれると言ったのよ。MIK──迷惑異星人監視機構の総帥であるお兄さまにとっては、いくら私が青眼の使い手とはいえ、其処に特別な価値など無かったことでしょう。忖度などは、これっぽっちもないのでしょう。だから、お兄さまが私を手元に置いてくれる理由があるとしたらそれは、──きっと、只々私の身を案じて、これから先も守ってくれようとしているからという、只のそれだけなのだと、私にもそう分かってしまった。

 ──だから私は、お兄さまのことはすべて信じているし、これからも信じられるの。だってお兄さまはいつだって、私に優しくしてくれた、私を大切に守ってくれた。──たとえ、オペレーションMIK──“迷惑異星人完全排除”を唱えだした頃から、お兄さまの手段がどんどん過激化して、以前よりも苛烈に笑うようになったお兄さまが、ゴーハ堂やムツバ重機を強引に接収して、果てには宇宙人と関わりの深かった地球人までも片っ端から捕まえて、地下宇宙人居住区へと閉じ込める形で追いやったとしても、──それでも、私はお兄さまのことを、信じているし、……信じたいの。

「──これでもう、お前が宇宙人に傷付けられることはない。……もうすぐ、お前を害するものは誰一人として居なくなる……待っていなさい、

 ──ねえ、お兄さま。私、本当に信じていても良いのよね? ……信じて、いるからね。“六葉いい町協同組合”と名を改めたMIKによって、以前と比べてもより一層に厳しく管理されるようになった今の六葉町は、以前よりもずっと住みやすくて治安も安定した街になったと、そう思うけれど、──でもね、お兄さまは、私が異星人の暮らす外を歩くことを酷く嫌がるから、私は本部のビルから見下ろす景色しか知らないのだ。けれど、此処から見える景色こそが、お兄さまとMIKの本質だと、……私は、信じているからね。

「……ええ、お兄さま。は、お兄さまを応援しています」

 ──地下で何が起きているかを知らない私には、結局、こうしてあなたを信じることしかできないの。……役立たずで、ごめんなさい、お兄さま。


 ──数年前、私はあの子を偶然にも、街中で見つけた。
 という少女は、穏やかに笑って誰も疑うことを知らずにまっさらで、きらきらしく輝く宝石のような人間で。……地球と言うこの惑星に産まれた、選ばれし一握りの存在と言うだけではなく、──私の目を惹くほどの輝きが、彼女には備わっていたのだ。故に私は、──ああ、彼女が欲しい、と。……一目見たその際に、そう強く願っていた。

 そうして、を手元に置く為にと、彼女の身元を調べていくうちに、私はひとつの真実に辿り着いたのだった。
 当時彼女は、家族の元で暮らしていたが、──なんと、彼女の育ての親は、実の両親ではなく、彼女は宇宙人の元で育てられた地球人だったのだ。それ自体が、異星人を忌み嫌う私にとって耐え難い事実であるにも関わらず、更にははレアカードの担い手であることも判明し、恐らくは実の両親から贈られたのであろうそのカード──青眼の白龍が生む莫大な利益の為だけに、育ての親はを引き取ったのだろうと、──その事実を知ってしまった私は、早急に異星人狩りへと出向き、彼女を救い出すことにした。部下が薬でを眠らせている間に、彼女の育ての親は私とのラッシュデュエルに敗北し、更にはそのままカードへと封印され、MIK本部にて現在も保管されている。──そうしてが、再び天涯孤独となったことで、私には彼女に付け入る理由が出来たからこそ、私は今、彼女の兄としての傍に居るのだった。

 無論、このような兄妹ごっこなどは期間限定のお遊びに過ぎないが、恋人よりも兄と言う身近な保護者の席を選んだことで、私に対するの警戒心は既に塵ほどにも残らず消え去っている。──ならばこそ、そろそろ頃合いなのだろう。もうすぐ、異星人の完全駆除も間近なのだからな。……何、私の家族になりたいと言うその言葉は既に引き出しているのだ、を再び頷かせることなど造作もない。異星人どもを完全に排除し、この美しく青い水の星が、真にが暮らすのに相応しい場所となったそのときに、──私と、本当の家族になろうか、。──お前は既に、私のものだとも。 inserted by FC2 system


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