星の道筋を忘れることなかれ

※63話時点での執筆。


 私が少女と出会った頃には既に、彼女は竜使いと言う生き物であった。青眼の白龍──伝説にさえ刻まれたそのカードは稀少価値が非常に高く、そのドラゴンの担い手である彼女は、何度も危険に晒されてきたのだろう、何度も何度も、その竜の為、彼女自身が食い物とされてきたのだろう。
 ──ならば、そのように災いを呼ぶ竜などは、手放してしまえば、いっそ楽だったはずだ。自身を災禍に巻き込む龍と言う異なる生命体を、……彼女は、手放せばよかったのに。それでも、は決してそんなことはせずに、カードを手放さなかった。傷付きながらも、傷付けられながらも、龍と共に歩む。──そんな少女、は確かに、異星人どもに害されて傷付き切っていた私の心を救ったのだった。

 地球ではない星に産まれた、宇宙ドラゴンと言う生命体──その生き残りである私とトレモロは、我々を食料として狙うドラゴンバスターの一族や、ゴラドニウム──燃料として宇宙ドラゴンを狙う者ども、それから、宇宙ドラゴンの皮や爪を希少品として狙う宇宙人どもによって、一族を皆殺しにされた。
 かつて、皆が生きていた頃には賑わっていた竜の渓谷は、蹂躙の果てに静まり返り、夕陽の中、最早生き残りなどは私とトレモロの只ふたりきりになってしまったあの日、──私は、何に代えてもトレモロだけは守ると決めたのだ。
 私にとって、たったひとりの家族となったトレモロを、何に代えたとて必ず守るために。滅ぼされた故郷を離れた私は、地球と言う星に身を寄せたのだった。……地球人と言う生き物は、良い。水の星に産まれたこの星の生命は心が清らかで、我々を糧とせずに生きている。或いは、宇宙人に馴染みの薄い彼らは、宇宙ドラゴンの存在さえも知らないのだろう。

 故に私は、この星でならば、身を潜めて生きていけるかもしれないと思った。──だが、私には復讐心があったのだ。宇宙人どもを徹底的に管理する必要があったのは、万に一つも、私とトレモロの正体が露見してはいけないと、──地球人にとっても我々が捕食対象となってしまえば、最早この宇宙の何処にも安寧の地はないからと、そう考えたこそであったものの、──次第に私は、この星そのものを護ることを望むようになっていった。
 地球人以外の、我々を命とも思わずに軽んじて生きる連中を全て収容し、私の故郷同様に宇宙人どもに侵略されつつあるこの星を護ることこそが、私の使命であると、私はそう考えたのだ。

 ──守りたいと願った、その中には、無論お前もいたのだ、
 或いは、お前がこの星に生きていたからこそ、私は地球を守ろうと、そう考えたのかもしれないな。

 伝説の龍の担い手であるお前ならば、……トレモロの正体を知っても、弟の家族で居てくれるのだろうと、そう思った。
 トレモロには、私以外にも家族を作ってやりたかった。お前を義妹として迎え入れたのも全て、二度と家族を失うものかと言う私の覚悟ゆえだった。
 ──それが原因で、義兄への情のあまりに、私がにとっての恋愛対象から外れる可能性とて理解していたが、……それでも、互いに少し歳を重ねてMIKという私の組織を盤石にするまでの繋ぎとして、お前には妻という肩書よりも先に、妹と言う肩書を与える必要があった。
 お前がそのデッキと寄り添って生きていくと言うのならば、これから先もお前は、何度も何度も、試練に晒されるのだろう。お前を傷付けて、危険に晒さんとする他者が、お前の前には何度でも立ちはだかることだろう。──だから、私がお前を護ってやる。……約束しよう、。お前に不自由な思いはさせない、二度と誰にも傷付けさせない、私の家族は私が護る。
 ──だから、もしもお前が、私の正体を知ったときに、私を恐ろしいと感じたとしても、……お前がトレモロを突き放さないでいてくれるのならば、私はそれで構わないのだ。私は只、お前を守りたいだけだったから。

 お前の育ての親たる宇宙人は、お前を文字通りに食い物にしていた。青眼の白龍の担い手であるを、ラッシュデュエルの大会に参加させては、その賞金で生計を立てるような人間が、私が捌きを下した連中の正体だったのだ。
 未来から迷い込んだというお前には、本来生きていた場所に、本当の家族がいたのかもしれない。──だが、行方知れずになったお前を放り出しておくような人間を、私はお前の家族とは認めない。
 ──お前には、私が居てトレモロが居る。それで十分とは思わないが、足りない分の愛は必ず私がお前に与えよう。寂しい思いなどは、絶対にさせない。──お前の家族は、私とトレモロだよ、。白き龍をパートナーとしてこの上なく大切に扱う、龍の担い手、竜の守護者。──そんなお前を見つめているだけで、私は何度救われたことか分からない。だから、今度は私がお前を救おう。

 お前はいつでも、私の心を守ってくれていた。母なる海よりも深い瞳こそが、私の救いだった。
 私は、そんなお前を愛しているから、お前を傍に置き家族で居続けるための肩書きが、私には必要だったのだ。

 ──それは、お前の意志を無視した考えかも知れないが。きっといつか、お前にも分かる筈だ、。私は、お前が他者の食い物になることを許せないのだ。──もう二度と、大切な者が食い殺されるのは、御免だった。何に代えてもお前を護る為には、自由を奪って縛り付けてでも、目の届く範囲に居てもらう必要があったのだよ、。──それで、その結果に、お前が私を恨んだとしても、……私は、お前を咎めはしないとも。……護る為にすべてを隠してきたのは、確かに、私の罪だったのだから。

 ──だが、もしも。お前が私の真実を知っても、それでも、……私の傍に居てくれると言うのならば。私の家族で居ることを、望んでくれたのなら。──それはきっと、私にとって、……この上ない救いであるのだろうな。

「──これが、お兄さまの本当の姿?」

 ──白くて華奢な指先が、私の鼻先に伸ばされる。──赤い瞳を揺らめかせながら、巨体を動かす今の私の姿は、彼女にとっては酷く恐ろしいものであることだろう。ソリッドビジョンなどではない実体で、鋭い爪は少しでも柔い頬を掠めれば、の肉を切り裂いてしまう筈だ。
 ──だが、それでも。私に見下ろされる彼女の瞳に、恐れはなかった。
 ──あの日、私ではない龍を見つめて、優しげな慈愛を浮かべていたのと同じ眼差しで、は穏やかにまなじりを下げて、私の硬い鱗に触れる。小さな手を傷付けやしないかと不安に瞳を揺らす私の目を、じいっと曇りのない瞳が覗き込んで、──彼女は目を細めると、静かに、私の鼻先に額を合わせた。

「……お兄さま、とってもきれい……」

 ──ああ、お前だけは本当に、私が見込んだ通りの人間だったよ、。──何の打算もなく真水のように清らかで、ドラゴンを愛して寄り添うたったひとりの人間、竜宮は、──確かに、私の家族、私の伴侶であったのだ。 inserted by FC2 system


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