水晶の夢に閉じ込められながら

※64話


 突き付けられた現実を受け入れるには、私とて心の葛藤があった。
 竜宮家は、創世の銀河に君臨したと伝えられる宇宙ドラゴンの血を引く家系であり、私とトレモロはその末裔、私は現当主という立場にある。しかしながら、竜の血脈などは長き時を掛けてとっくに薄まっており、当然ながら私もトレモロも純粋な龍種という訳ではない。
 宇宙人に怯える弟を庇いながら、地球で生まれ育ってきた私である。寧ろ、私の自認は人の側に近く、只々“竜の血を引いているだけであり、自らは宇宙ドラゴンなどではない、地球にルーツを持つ人間だ”と、そのように私は自己を認識していたと言えるだろう。

 ──だと言うのに、これは、何だ。
 ユウディアスとのラッシュデュエルの最中、巨大な体躯の宇宙ドラゴンへと変貌した自身の両手を目の当たりにしたときに、──私は、自分の身に眠っていたその現実を、受け入れられなかった。宇宙人の血を引いていることは私にとって耐えがたく、しかしながら、薄っすらと血が流れているだけなのだと思うことで、どうにか自分を納得させていた。
 自己を偽るということは、他でもない最愛の彼女──にも、家族でありながら隠し事をしているという事実に他ならなかったが、そうでもしなければ彼女を護れないのだと自らに言い聞かせて、……そうして、私が本当に守っていたものとは、の身の安全などではなく、自分自身の心だったのかもしれない。

 龍へと変貌した私を見て、きっとは失望したことだろう、恐怖したことだろう。もう二度と、彼女のあたたかな指が私に伸ばされることはないのかもしれない、──この絶望を、私は一体、どうすれば良いと言うのだろう。──そう、公然の元に、自らも知らなかった事実を晒された私は、絶望した。

「──お願い、やめてください! お兄さまが苦しんでる! このラッシュデュエルは、私が引き継ぎますから!」

 ──震える、声だった。何年も共に暮らしてきたというにもかかわらず、今までに聞いたことがないほどに大きな声をは張り上げていた。──遥か上空から見下ろしているというのに、此処からでも、薄い肩も細い足も、彼女のすべてが震えているのがよく分かる。……それでも、お前は、私を見上げて微笑んで、こう言ったのだ。

「……お兄さま、大丈夫です。……お兄さまもトレモロくんも、私が護ります、だから……泣かないで? お兄さま……」


 ──あのとき、私は。決して泣いていた訳では無かったが、それでも、私の咆哮が泣いているように聞こえたのだと、他でもない竜使いたる彼女がそう言うのだから、困ったものだ。
 確かにあのとき、失意に飲まれかけた私は、最早形振りなどは構わずに、すべて放って泣き出してしまいたかったのかもしれない。──結局は、に勝負を預けることで彼女の身を危険に晒すなど私には耐えられず、姿を変えて、私がラッシュデュエルを続行することにはなったが、が私を庇おうとしてくれたことが、私は素直に嬉しかった。

 私はこれまでに、何度も彼女を傷付けてきたことだろう。虐げられていたを掬い上げるためとは言えども、事故を装って彼女の育ての親をカードに封じ込め、を竜宮家へと招き入れた後でも、私とトレモロの血に流れる秘密を隠すために、彼女には色々と不安で心細い想いを強いてしまった。
 その上で、半ば軟禁じみた仕打ちをに浴びせて、──挙句の果てには、強引に婚姻まで迫ったのだ、私は。地球から宇宙人を全て排除して収容すると言う大望が達成間近となった高揚感からか、理性と良心のタガが外れた私は、の意志などは顧みずに、「私たちは本当の兄妹ではないのだから、別に構わないだろう」等と言う酷い言葉でを傷付けた上で、彼女を手籠めにした。

 ──思えば、には嫌われて当然とも言える行為を、何度も何度も私は積み重ねてきたのだ。……だと言うのには、私が床に臥せっていれば寝ずの看病をして、私の窮地と見るや否や、デュエルディスクを構えて飛び出して、……ああ、そうだ。思えば、お前は守られているだけのか弱い女では、無かったのだ。只、私がお前を護りたかったからこそ、彼女にはそうあって欲しかったのだと言う、これはそれだけの話だった。

「──お兄さま? 少しよろしいですか?」
「……ああ、構わない」
「あ、よかった。ちゃんと意識があるんですね、トレモロくんが、機織りの最中は意識がないかもしれないよ、って言ってたから……」
「今はもう大丈夫だ、意識もしっかりと保っていられるようになってな。……それで、何か用か? 
「少し、休憩にしませんか? お茶とお菓子をご用意しましたので!」
「……では、いただくとするか。お前も供に休憩していくと良い」
「はい、ご相伴に預かりますね」

 ドアの隙間から小さく声を掛けてきたに気付き、織機を動かしていた手を止めると、私はそのまま身に纏う鱗を解いて人の姿へと戻り、を促しながら自らもテーブルへと着く。──そうして、先ほどまでの私は竜の姿で、それも意識がないかもしれないと言うことも分かっていたのに、相変わらず私を恐れることもなく近寄ってきたは、特に変わった様子もなく楽しげに、テーブルの上へと紅茶の支度を広げていくのだった。
 やがて紅茶の支度が整う頃にも、薄明かりの部屋の中には私の鱗がまだいくらか舞っており、光の屈折でぼんやりと淡くひかるそれらを見つめて、ティーカップを傾けながらは静かに目を細める。そんなを見つめて、彼女が用意してくれた焼き菓子を口に運びながらも私は、今が考えているであろうことを、手に取るように理解できていた。

「──この生地で、お前に何か仕立てるか?」
「え?」
「いや……随分とよく見ているように見えたのでな。……私の鱗は、そうも美しく見えるか?」
「あ……はい、えへへ……きれいなオパールグリーンで、宝石みたいで……とってもきれいだなって……きらきらしてて……」
「……そうか」
「でも、私はお洋服は大丈夫です。だって、鱗が剥がれるの、痛そうですし……」
「そうでもない。どういった原理で剥がれているのかは不明だが……別段痛みはないし、すぐに再生している」
「そうなんですか? うーん、でも、私は良いかなあ……」
「……何故?」
「だって、私にはお兄さまがいるから。いつでも見せてもらえるもの」
「……ああ、確かに、それもそうだな」
「ね?」
「ああ」

 そう言って小さく、悪戯っぽく微笑んで、私に紅茶のおかわりを注ぐ彼女には、今後は、私のことを今まで通り兄と呼んで構わないと、先日にそう伝えた。──家族として大切に思っているのは事実だったと言うのに、先走る余りにの想いを蔑ろにしたことについては、私なりに反省しており、兄以上の関係は最早望むべきではないと、そう想いもしたが、……しかしながら、他でもない彼女が、私に願ってくれたのだ。

 は、私の妻になりたいのだと、確かに、彼女の意志でそう言ってくれて、──先のユウディアスとのラッシュデュエルにて、改めて自身と向き合うことで、先祖から連綿と紡がれてきた竜宮家の当主として相応しい男にならねばと、私も改めてそう思ったところだったからこそ。トレモロのため、先祖と子孫のため、──そして、何よりも私のために、私が伴侶とする相手はやはりがいいのだと、そう願ったその想いこそが、のためにもなるのなら。……それならば私には、彼女が差し伸べてくれた手を跳ね退ける選択肢などは端からある訳もなく、……私とは、義兄妹で、家族で、恋人で、伴侶で、総帥と秘書で、竜と竜使いというそれらすべての間柄に収まることを、改めて契ったのだった。

「──ときに、
「はい、なんでしょう? お兄さま」
「そのお兄さま、という呼び方だが……」
「……だめなの?」
「駄目ではないが、……恋人らしいことをする際には、少し気に掛かるところでもあるな。……今後は、フェイザー、と呼ぶ練習もしていかないか?」
「……フェイザーさん?」
「さん、は要らない。それでは他人行儀だろう」
「え……よ、呼び捨て? ですか?」
「何か不都合が?」
「だ、だって……む、むりです。だって私、お兄さまのこと尊敬しているし、お慕いしているのに、呼び捨てだなんて……」
「……はは、まあ、無理にとは言わない。好きに呼ぶと良い、……だが、良ければ呼び方を考えておいで」
「……はい、お兄さま……」
「ああ。……ところで、紅茶の淹れ方が上手くなったな」
「ほんとう? あのね、このスコーンも、私が焼いたの!」
「本当に? てっきり既製品かと思ったが……随分と良く出来ているな……」
「ふふ、うれしい! お台所にまだたくさんありますから、いっぱい食べてね、お兄さま!」
「……ああ、ありがとう、

 一体お前はこれ以上に私を甘やかしてどうするつもりかと、そうとすら思うが、龍使いとしての本領を発揮しだした近頃の彼女は、常に私の想像の上を行く。そんな彼女のやさしさに甘えてしまうなどという選択は、やはり私には許されないのかもしれない。……それでも、私はお前が好きなのだ。狂おしいほどに、この場所を誰にも譲りたくはないと、そう望んでしまう。
 故に正当な関係性を再度、一から築き上げていくこれからの道程では必ず、私はお前の意志を尊重してお前を傷付けず二度と欺きはしないと、私は堅くそう誓おう。──だから、どうか。お前の隣のこの特等席はいつまでも、私だけが身を休める場所であっておくれ、私の愛しい水晶の子よ。 inserted by FC2 system


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