あふれた色が君の傲慢さによく似てる

※アニメ本編では言及されていない、カードのレアリティについての話をしている。


 卓上に敷かれたプレイマットの上へと、ぱちり、と小さな響きを持って置かれるカードの音。自らのデッキを大層大切に扱っているは真新しいカードへの触れ方も至極丁寧で、時折布地の上にカードが置かれる小さな音がするのみで、彼女の手元から紙擦れの音はまるで聞こえてこない。
 今日は、ラッシュデュエルの新しいパックの発売日で。それ自体を楽しみにしたり、話題に上がるのはデュエリストとして何ら珍しいことでもないが、今回の新弾にはのデッキにちょうど良さそうなカードが多いとのことで、彼女は前々から発売を楽しみにしていた。
 故に、今日は朝早くから店頭に並んで、その成果として手に入れたパックを、にこにこと嬉しそうに笑いながらは開封している。「わざわざ買いに行かずとも、私が手配してやるぞ?」とは事前に伝えたものの、こういうものは並ぶのも醍醐味なのだと言って譲らないに絆されて、結局は私もカードショップまで同行し、帰って早々にパックを開け始めた彼女をこうして隣で眺めているのだった。

 ──そもそも、欲しいカードなど、私に直接言ってくれたなら、カードデザイナーに打診してやると言うのに、それではどうにも狡い気がするからと言って私を頼ろうとしないのは、彼女がマキシマムカードの生産過程のことを忘れられずに居るからでもあるのだろう。故に私はに無理強いをすることはなく、──こうして、気付かれない程度に特権を行使し、彼女の好みそうなカードを生産、実装させているのは彼女には秘密だ。

「──あっ」

 暫くパックを開けていくと、ふと林檎色の小さな唇から喜色の滲んだ高い声が零れ落ちたことに気付いて、彼女の手元を覗き込んでみる。すると、其処には、が今弾の目当てだと話していたカードが収められていた。──それも、レアリティはオーバーラッシュだ。──私の手を借りずとも、こうして望みのカードを呼び寄せる引きの強さは、竜の加護を受ける彼女の天運なのだろうか。それを誇らしく、同時に兄としては何処か寂しく思いながらもを見つめていると、きらり、とまるで流れ星が落ちるかのように彼女の瞳は瞬いて、ぱあっと満面の笑みを浮かべながらは私を見つめるのだった。

「──お兄さま! これ!」
「……ああ、お前が欲しがっていたカードだな。おめでとう、
「私、欲しいカードのオーバーラッシュレアを自力で引けたの、初めてかもしれません……!」
「本当に? それは良かったな、
「はい!」

 そう言って満面の笑みで微笑むと、は大切そうにカードを見つめて、デッキを調整するべくケースから取り出し、今日引き当てたカードも含めて、卓上へとそれらを広げていく。その間もずっと、引き当てた真新しいカードは一番目に付きやすい場所、エースカードの青眼の白龍の隣へと並べて、緩んだ頬でふわふわと嬉しそうには笑っている。──そんな彼女を見ているうちに私は、これは、そんなにも欲しいカードだったのかと、ふと純粋な疑問が湧いてきたのだった。

「……、このカードはそうも欲しいものだったのか?」
「はい! 私のデッキとシナジーがあるので……」
「……確かにそうかもしれないが、互換性のあるカードなら他にもあるだろう? なぜ、そうもこのカードに拘って……」
「だって、綺麗でしょう? 類似効果のカードはドラゴン族ではないし……なによりこの子、とっても好みのデザインなので、絶対に欲しかったんです!」
「……ほう?」

 ──これは、少し話が変わってきたな。……どうやらは、効果が優秀というだけではなく、そのカードの見目が彼女の好みだからと言う理由で、このカードを欲しがっていたらしい。……今度の休日は出かけないか? という私からの誘いを断ってまで、朝一でカードショップに並んで手に入れたその竜を、──は、美しくて愛らしいと評する。……馬鹿げた話かもしれないが、彼女によってその事実を突きつけられた私は、──何処か、嫉妬めいた感情に駆られていたのだった。

「この子、瞳もつぶらで可愛くて……」
「……そうか」
「それに、鱗が綺麗な色だし……」
「……鱗なら、私も綺麗だとお前は言っていなかったか?」
「? 鬣もふさふさですし……」
「……鬣も、私とて長いだろう」
「……えっ、あの、お兄さま……?」
「……なんだ?」
「えっと、あの……もしかして、その……」
「……はっきり言いなさい、
「ええと、……もしかして、それって……」
「……嫉妬だが、何か不都合でも?」

 私の言葉にあんぐりと小さな口を開けて、じいっと此方を見つめるの眼差しは、この状況を鑑みれば私にとって耐え難いものである筈だと言うのに、私はと言えば、ようやくからの熱視線が私へと向けられていることに充足感さえ覚えていると言うのだから、流石にこれは笑えないな。
 ──さて、頼りになる義兄を装うためには、今からでも、「冗談だよ」と微笑んで、誤魔化すように彼女の髪を撫でてやれば、きっと、只のそれだけで済む。私を尊敬する兄で、信頼に足る大人だと思っている彼女は、何の疑いもなく私の“余裕”を信じてくれることだろう。
 ──だが、それでも。兄としての矜持を傷付けてでも、私は。──竜として、彼女にとって一番のつがいは私であってほしいと、そのような欲望を募らせてしまうのだ。──青眼の白龍だけはその例外で、あのカードが私よりも早くから彼女の傍に居た以上、私には嫉妬する権利はないと考えており、何より青眼が彼女の手に収まっていたからこそ私とは惹き合ったのだから、そんなカードを妬もうとは私も考えない。──だが、それ以外の竜に対しては、こんな風にどうしようもない感情を抱いてしまうのだなと言うことに、……他でもない私が、一番驚いているんだよ。

「……私よりも、そちらの竜が好きか?」

 こんなにも、お前を独占したいと願ってしまう醜悪さが己に眠っていたことを、……に見せてしまってはいけないような気がして、……それでも、私の執着をお前に知っていて欲しいとすら願ってしまう、だなんて。

「……あの、お兄さま」
「……ああ」
「私はドラゴンが好きです、……子供の頃からずっと、ドラゴン族のデッキを使っていて、……でも、それを男の子みたいだって、揶揄われたこともあって……」
「……そうだったのか?」
「うん。……でも、今は気にしてないの。遊歩ちゃんとか、ドラゴン使いの女の子のお友達も出来たし……」
「……そうか。だが、もしも次に嫌な思いをしたなら、私に言うといい」
「ううん。……もう、嫌な思いをすることはないから、大丈夫です」
「……なぜ? 何か根拠があるのか?」
「はい。……だって、私はドラゴン使いだからこそお兄さまに出会えたんだもの。誰に何を言われても、もう何も気にならないの」
「…………」
「だから、……私は、フェイザーさんと出会えたのはこの子たちのお陰だから、この先もドラゴンが大好き。……あの、でもね」
「……ああ」
「……私が恋をしているのは、あなただけなんですよ?」

 私に向かって小さく手招きしてから、耳元で内緒話をするように、ひそひそと囁かれた声は砂糖のように甘くて。──まなじりを下げて恥ずかしそうに微笑むこの子を守りたいと願う竜は私だけではなく、──私は、この先もみっともなく、彼らに妬いてしまうのかもしれないが。……だが、そうだな。確かに、男として愛されているのは私だけだった。……私は、他でもない彼女に選ばれた竜のつがいなのだ。

「……でも、お兄さまこそ、この間道端で、猫ちゃんを構ってましたよね?」
「……? ああ、それが何か?」
「私……カードに封印されて、猫になってた期間が長かったから……」
「ああ……その節は、苦労しただろう?」
「……お兄さまに他の猫ちゃんを構われると、ちょっと寂しい、って言ったら、笑いますか……?」
「……うん?」
「も、もう猫じゃないって分かってるんです……で、でも……」
「……そうだな、お望みとあれば、今後は気を付けよう。そして、今日はお前を目一杯可愛がろうか。……、この後は何かしたいことはあるか?」
「! ええと、それなら、あのね……! お兄さまと、久々にラッシュデュエルがしたいです!」
「ああ、お前が望むだけしようか」
「それで、その後はね……」
「何でも言うと良い。……お前の望みは私が叶えてあげるよ、

 ──純粋で素直なお前を、私と似た者同士だとは、私とて流石に思わないが、──しかしながら互いへと傾ける愛情の重さなら、私たちは幾らか似ているのかもしれない。そう思うと、なんだか胸のおくがくすぐったくて、……ああ、これが幸福なのかと、甘やかな昼下がりにて、私はそう思ったのだ。 inserted by FC2 system


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