許されたとしてもアルミの箔はため息を

※67話時点での執筆。


 は料理の腕が非常に優れており、彼女の作る品はどれも美味い。以前は我が家の厨房仕事は基本的にホッテンマイヤに任せきりだったが、が来てからは調理場に彼女が入ることも大分増えた。
 さて、長年我が家の使用人として仕えてくれているホッテンマイヤに劣らないほどの料理の腕前が一体の何に由来しているものかと言うと、──よくよく考えてみれば、それは自明の理であった。
 何しろは、この時代の人間ではないのだった。この時代に存在しない調理法や隠し味、レパートリーと言った、少し先の未来の料理がこの時代の我々にとっては馴染みが薄くとも不味い筈はなく、──私は近頃、不思議と見慣れてきた目の前の光景を眺めながらも、そのようなことを逡巡していた。

「トレモロんちのお姉さんが作るホットケーキ、ふわっふわなんだよな!」
「遊飛、これはホットケーキじゃなくて、パンケーキって言うらしいヨ!」
「こちらのピクルスという、きゅうりの漬物もなかなか……」
「そんなものまで用意してくれているんデ・スカイ!?」
「姉さんは優しいからね、優しいんだよ。有難く、良く味わって食べてくれ」
「美味い! これも大変美味いぞ! ズウィージョウの言っていた通りだ!」
「ズウィージョウが?」
「うむ! なんでも、の作る焼き菓子は絶品だとズウィージョウが……」

 ──気のせいではなければ、今、ユウディアスの口から何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気もするが、……まあ、子供たちが和やかに過ごすこの場に水を差そうと言うほど、私は兄として不出来でもない。
 ──遺跡の実態解明のため、MIKにて特別調査本部が結成されて以来、同年代の彼らと関わることが増えたトレモロはどうやら、彼らと幾らか親しい間柄になったらしい。「ねえ兄さん、今度さ、友達……友達を家に連れてきても良いかい? 友達、というか、只の知り合いなんだけど……知り合いさ……」──そう、おずおずと控えめに弟が申し出てきたその言葉は、私にとって予想だにしていないもので、同時に喜ばしいものでもあった。
 今までのトレモロは、あまり外に友人を作るようなタイプではなく、それを兄としては幾らか心配に思う気持ちがあったものの、近頃、我々を取り巻いていた物事が滞りなく解決した影響か、以前よりも社交性が増したトレモロにはどうやら、友人、と呼べる存在が出来たらしいのだ。
 そんな彼らを家に招きたいと言うトレモロの要望を却下するほど、私は器量が狭いつもりもない。──それに、もトレモロからの申し出を大層に喜んで、「それなら、私がお茶の用意をしますね!」と張り切った彼女が用意してくれたケーキや焼き菓子たちは、彼らからも非常に好評だったらしい。

 美味しい美味しいと口いっぱいに手作りの菓子を頬張る子供たちの反応は、きっと、にとっても喜ばしいものだったのだろう。
 以来、彼女はトレモロが友人を連れてくる度に、張り切って茶や食事の支度を整えており、「僕の姉さんの料理に群がるな! 群がるなよ!」「なあなあトレモロのお姉さん、今度はあれ作ってくれよ!」「姉さんが大変だろ! 大変なんだぞ!」「でも、お姉さんが褒められて、トレモロくんだって悪い気はしてないよネ?」「……それは当然じゃないか、当然さ……」──と、賑やかに盛り上がるトレモロたちを微笑ましい目で見つめるは、今日もにこにこと眩いばかりの笑みを浮かべている。

 ──しかしながら、私には、この風景を見慣れた近頃になってから、ようやく気付いたこともあるのだった。

「はい、お兄さま。お兄さまと私の分は取り分けてありますから、紅茶を淹れますね」
「……ああ、ありがとう、……」

 菓子を頬張りながら、ラッシュデュエルや学校での話に花を咲かせる彼らに、大人が水を差すまいと、私の私室へと場所を変えて、私とは彼らとは別に束の間の休憩を取る。
 は紅茶の淹れ方も上手で、彼女の紅茶をすっかりと飲みなれた今でも、喉を滑り落ちる暖かな熱は蒸らし時間や温度の加減が絶妙で、香りも申し分なく、今日も非常に美味しい。
 それに、皿の上に広げられた可愛らしい形のクッキーも、さくさくと歯触りが小気味よくふわりと広がるバターの香りが芳醇で、甘さも私好みのちょうどいい塩梅だ。私は其処まで甘いものを欲する部類ではないと思うが、それでも、の作る菓子は毎度ながら、幾らでも食べられてしまいそうだとそう思う。
 ──そう、そのように思っていながらも、私は、なんと今まで、それらが未来の技術に由来していると言うことを知らなかったのだ。

「お兄さま? どうかされました? ぼうっとして……」
「……ああ。彼らがお前の菓子を前に、毎度はしゃいでいるものだから、私は少し恥ずかしくてな……」
「恥ずかしい?」
「ああ。……以前から、お前の料理は大層に美味いと、私もそう思っていたのだが」
「ほんとう? ありがとう、お兄さま」
「……しかしだな、私は知らなかったんだ」
「知らなかった……?」
「ああ……こんなにもお前の料理を美味いと思うのは、……私がお前に惚れているというその弱みで、お前の料理に愛情を勝手に感じているからなのだと、そう思っていたんだ……」

 元より私は料理の類は得手ではなく、そもそも、この時代の調理工程すら然程詳しくはないと言う有様で。両親不在の中でも、ホッテンマイヤが幼い頃より仕えてくれていたからこそ、トレモロに食事を用意するにしても、私には自分で包丁を握った経験が然程無かった。
 それは、決して胸を張れるようなことでもないが、今まではそれで支障なく生きて来られたものだから、本当に気付いていなかったのだ。
 ……まあ、の作る食事は、店で食べるものやホッテンマイヤの作るものとは少し風味が違うことも多かったので、何かしらの隠し味が加えられている可能性は考慮したり、それらに気付いたことも在りはしたのだが、……そもそも、未来の調理法だから一等に美味いのだという可能性を、……彼女の背景事情を知りながらも考えもしなかったのは、我ながら愚策だったな。

「……ふ、ふふ、トレモロくんも、あんなに美味しい、って言ってくれていたのに?」
「……あれは、トレモロもお前のことを好きだから、そう感じるものとばかり……」
「ホッテンマイヤさんだって、レシピを聞いてくれて、ふたりで共有したりしていたんですよ?」
「何? ……ホッテンマイヤの作る料理とは、今でも同じ品であれ味が違うと思ったが……?」
「え? ……おかしいなあ、ホッテンマイヤさんとはもう、同じ出来だと思うんですけどね……?」

 の作る料理が妙に美味しい気がするのは、これは惚れた弱みで兄の欲目なのだと、そう思っていた。「絶対に他所で食べるのよりも美味しい、間違いないよ」とトレモロもしきりに褒めていたからこそ、トレモロにとっては、の作る食事が今や家庭の味も同然だからこそ、そのように感じるものだとばかり思っていたが、近頃の彼らの反応を見ている限りだと、どうやらは、贔屓目などを抜きにしても、料理の腕が達人レベルで優れているらしいのだ。「この時代の人よりも、ちょっとだけ料理が上手いだけですよ」と謙虚に笑って彼女はそう言うが、互いに心の余裕が出来た近頃では、更に美味しいものを我々に食べさせたいと言って、元の時代に存在していた調理器具などをMIKの技術部に図解して説明、再現させてもいるので、器具が充実した分、ますます彼女の料理の腕前は上がっているように思う。
 ──そうだ、確かにの料理の腕は常に上がり続けていて、実際に彼女の作る食事はいつも美味い。──だが、ホッテンマイヤの作るものとは味が同じ筈だと言うその事実は、……私にとって、まるで初耳だったし、その上で私はの作るものが一番美味いと感じていると言う訳だ。──ああ、そうか、それならば。……やはり、私に限っては、そう言うこと、だったか。

「……なんだ、やはり愛情が隠し味、という訳か……」
「? お兄さま?」
「いや……なんでもないよ、

 そうして、口元を抑えながらも思わず笑いを漏らしてしまった私を見つめながら、こてん、と不思議そうに首を傾げるは今日も愛くるしくて。──ホッテンマイヤとて、無論料理が不得手な訳ではなく、加えて現在はとレシピを共有していると言うのだから、彼女の作るものも美味いに決まっている。
 ──であれば、私が未だにの作るものを一番美味いと感じてしまうのは、……とどのつまり結局は、そういうことになるらしい。──さて、困ったものだ。このままの料理の腕が上手くなり続けては、私は今に外食などが出来なくなってしまうことだろう。……何しろ、私は毎日のように彼女に惚れ直しこの愛を深めていると言うのに、……愛情が隠し味であることが証明されてしまっては、今に本当にお前の料理しか食べられなくなってしまうよ、私は。 inserted by FC2 system


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