願いごとを持って家に帰りたい

 例えば、ちいさな木彫りの栗鼠の人形だとか、硝子の器に入った観葉植物だとか、深海の色をしたステンドグラスのランプだとか、海竜を模したぬいぐるみだとか。──近頃のは、そんな風に何気ない雑貨を購入することが多くなった。

「──これ、お屋敷に飾ったら素敵だと思って買っちゃったんです。リビングに置いておきますね」

 そう言って、何処か楽しげな口調と軽やかに弾む声色を隠しもせずに、細々としたインテリアを並べる他愛もない時間を楽しむようになったは、……きっと、竜の棲むこの家こそを、ようやく、自身の帰る家だと思えるようになったのだと、これはそういうことなのだろう。

 今までの彼女は、あまり色々と物を欲しがってはくれなくて、衣服も装飾具も日用品も、私が強引にへと買い与えることが多かった。
 にもMIKの隊員として給金は出ているのに、がカードやラッシュデュエルに関するもの以外で、個人的な買い物をしているところなどあまり見た記憶がなく、それこそ行きつけのパン屋でカレーパンを買っていたくらいだった。……以前の私は、そんなを見て、彼女にはあまり物欲が無いのだろうか? 仮にそうだとしても、些か謙虚すぎるのではないか? と、──そんな風に彼女を心配していたものだが、……今ならば、その真相もよく分かる。
 何もは無欲という訳ではないのだ。──只、それでも、彼女にとってこの家、この時代は今まで、の帰る場所ではなかった。彼女にとって今の状況は、私とトレモロの家に“間借りして生活している”、“いずれは元の時代に帰ることになるかもしれない”と。以前のはそのように考えていたからこそ、私たちの邪魔になるかもしれないとそう考えて、必要以上には私物を増やそうとしなかったという、これは、きっとそれだけの話だった。

「……ああ、ありがとう。テーブルに置いておくのに、手頃な花瓶だな」
「そうなの! お兄さまがときどきお花をくださるから、飾っておく花瓶が欲しくて……」
「そういうことなら、お前の部屋に置いた方が良いんじゃないか?」
「んー……でも、自分の部屋にいるよりも、リビングでお兄さまやトレモロくんと過ごす時間の方が多いし……」
「確かに、それもそうか……」
「夜だって、ずっとお兄さまのお部屋で寝ているし……?」
「……はは、そうだったな」
「ね? あとね、シェルランプを買ったの。綺麗でしょう?」
「……ああ、とてもきれいだよ、
「? そうなの、これね、お兄さまのお部屋のベッドサイドに置いてもいい? こういうの、あったら丁度いいかなって思っててね、あとは、それとね……」

 外出先から戻るや否や買い物袋を広げて、楽しげに話すが次から次へと品物を並べて紹介するものだから、……なんだか私は、それがたまらなく喜ばしい事実のように思えてきてしまって、思わず口元が緩む。──何故なら彼女のその行動は、は最早元の時代に帰るつもりはなく、この時代、私の傍で生きることを決めたのだという、その事実の裏付けに他ならないからだ。
 無論私とて、元の時代に居るはずである、私たち以外のの“家族”に対して、微塵も罪悪感を持ち合わせていないというわけではない。しかしながら、の語るところによると、彼女は幼少期に生家を離れて養子に出されているそうで、を息女として引き取ったと義父とは、其処まで親しかったわけでもないらしい。「何も、お義父さんに愛されていなかった、と思っている訳では無いんですけどね……」と少し困った顔で語る彼女にはどうやら、……元の時代に帰ったとて、義父と再会できるとは限らないという、そのような事情もあるようだ。

 それらの実情も含めて、“本当の家族”は私とトレモロだけだと思っていると、そう言ってくれたの意志も汲んだ上で、私は今一度、彼女を決して手放しはしないし、元の時代にも帰さないと、そう決めた。……まあ、元より、大人しく手放してやれるような自信は持ち合わせてはいなかったが。
 ──それでも、義父から向けられていたはずのそれよりも遥かに私こそがを愛することで、決して彼女に寂しい想いだけはさせないと、私は固く誓ったのだ。

 を見つめながら、そのような思案に耽る私を不思議そうに見上げつつも、当のはと言えば、購入した品々を広げて目を輝かせるのに大忙しのようである。大きな紙袋の中からは、先ほどのランプや花瓶のようにそれなりに重い品物も数多く出てきて、──今日の非番は買い物に行くと聞いていたから、まあ、荷物持ちとして部下を何名か同行させはしたものの、……とはいえ、可愛いこの子の前で恐らくは良い恰好をしたのが私以外の人間だと思うと、多少、面白くないところはあるな。……部下からすれば、とんだ巻き込み事故だろうとは思うが。

「……、次に買い物に行く際には、私とトレモロと三人で出掛けようか」
「! ほんとに?」
「ああ、お前にもトレモロにも、欲しいものを幾らでも買ってやろう。……ああ、そういえば……」
「なあに? お兄さま?」
「私も日中、視察に出た際にお前にプレゼントを買ったんだ。仕事場で使って欲しいと思って購入したので、私の執務室に置いてきてしまったが……」
「え! ……それって、中身はなんですか?」
「そうだな……は、なんだと思う?」
「うーん……職場で使うものでしょう……? お揃いのマグカップとかですか……? なんだろう……?」
「……ハハ、明日、開けてみてからのお楽しみだな」
「はい! 楽しみです!」

 の為にと私が購入したのは、ペールグリーンの爽やかな色味をした、軽くて暖かなブランケットだった。職場は強めに空調が効いており、に合わせて私の執務室は室温を調整しているつもりだが、私が暑さに弱いのを知っている彼女は、私の為にとすぐに室温を下げるので、いつもいたちごっこになってしまう。
 は足元もスカートだから、それでは寒かろうと心配だったところに、丁度いい品を見つけての為にと購入した訳だったのだが、……まさか、の方でも私の為に、私の部屋に置きたいからと、品物を買ってきているとは思わなかったし、こうした小さな“偶然”を積み重ねられたこの日々を、私は愛おしく思うよ。
 から私たちに向けられていた遠慮が取り払われて、彼女が歩み寄ってくれたことも、私こそがその隣に寄り添うことを許されたというその事実も、──それから、最近のと私は、互いの為に小さな優しさを分け与え合うことを許される間柄になれたことも。
 お前が傍に居てくれる些細な日常を、こうして何度も噛み締めては大切に嚥下して、広々としたつめたい竜の腹は、やがてあたたかく満たされていくのだろう。──故に私も、お前にとってそのような存在になりたいと今は心からそう願うからこそ、……手始めに、そうだな。次の休みには、揃いのマグカップを家族皆で買いに行こうか、私の愛しい子。 inserted by FC2 system


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