夜明けのたびに弱くなる呪い
「──、お前が好きそうに見えたから土産だ」
「わあ! ありがとう、お兄さま!」
お兄さまは、よく私にプレゼントを贈ってくれる。中でも多いのがお花とお洋服や靴にアクセサリー、それから、今日も買ってきてくださったぬいぐるみの類だった。
不思議と頻繁にぬいぐるみを買ってきてくださるものだから、……もしかして、お兄さまは私を子ども扱いしているのかしら? ……なんて、そんな風に思っていたころもあったけれど、「は、猫が好きだと言っていただろう?」「この製品を集めているとお前が話していたから」とそう言って、贈ってくれた品物の説明をしながらも何処かと得意げな顔をして、ふわふわのぬいぐるみを抱えて帰ってくるお兄さまが可愛くて、……それに、私の好きなものを、欲しがっていたものを子細に覚えていて、私を喜ばせようとしてくれるお兄さまのまごころが私はとっても嬉しかったから、お兄さまから贈り物をいただくようになった当初に覚えていた、遠慮や困惑と言った気持ちは、いつの間にやら何処かへと消え失せてしまったのだ。
──しかしながら、そうは言っても、少々困ったこともある。
「──流石にもう置く場所、足りなくなっちゃったなあ……」
お屋敷内で私へと割り振られた自室は非常に広く、当然ながら、お兄さまにいただいたプレゼントをしまう場所がない、なんてことには決してならない。
それに、お兄さまはお洋服やアクセサリーが増えた分だけ、私の部屋のクローゼットを増やしてくれたりジュエリーボックスを併せて贈ってくれたりもするから、それらをしまう場所には全く困っていなかった。
──しかしながら、ぬいぐるみだけは、少々飾る場所に悩み始めている、と言うのが正直なところで。
以前にお兄さまといっしょに水族館に行った際に、最初に買ってもらったペンギンのぬいぐるみをベッドの上に飾って以来、その後もお兄さまからいただいたぬいぐるみはすべてベッドの上へと並べていたものの、──増えに増えたぬいぐるみは、遂には寝台の半分ほども占領しており、ふわふわのもこもこで溢れ返ったベッドの上には、既に私の眠る場所が無くなってしまったのだ。
元々、ベッド自体もダブルサイズで広さはある方だし、まさか此処までぬいぐるみに占拠されてしまうとは思わなかったけれど、困る日が来るとも思っていなかった。
──とはいえ、ぬいぐるみが多すぎて寝る場所がないと言うのなら、彼らをベッドから避けて、棚の上にでも飾り直せばそれで済む問題である。……そう、これはそれだけの問題なのだ、本当は。
「──、そろそろ寝るぞ」
「はあい、お兄さま」
これはきっと、それだけの話で、何も私には自分のベッドがないわけでもない。
──けれど、彼らにベッドが占拠されてしまって、眠る場所がない私を見かねたお兄さまが、「お前は私の部屋で眠ればよかろう?」と、まるでなんでもないことのように、素敵な提案してくれたものだから、──私はその提案に飛びついてしまって、お兄さまといっしょに眠る理由がなくなってしまうのが嫌で、相変わらず自分のベッドはぬいぐるみたちに明け渡したままで、今夜もお兄さまの部屋で、私に向かって手招きをする彼の隣に潜り込んでいる。
就寝前のリラックスした姿のお兄さまの姿も、……それはもちろん、もう何年も家族として過ごしている以上、当然のように見慣れてはいるのだけれど、……こうして、義兄妹としてではなく恋人同士、フェイザーさんの妻という間柄になってからは、薄手の夜着に身を包んだしっかりとした体躯の逞しさや頼もしさを、以前よりも深く知っているからか、彼の隣に寝転ぶことは少しだけ照れ臭くて、それと同時に、こんなに近くに入り込むことを許されている事実に、じわじわと胸のおくが熱くなる。
──だからこそ、こうしてお兄さまと共に眠るこの時間は私にとって、自分がお兄さまの懐に立ち入ることを許されていると実感できる、大切な時間にもなっていた。
「電気、消すぞ」
「はい。……おやすみなさい、おにいさま」
「……ああ、おやすみ、」
キングサイズの広い寝台の上、ふわふわのお布団と清潔なシーツに包まれた足元は、只でさえとろとろとすべらかで心地が良く、その上、お兄さまの腕の中へと呼びこまれてぎゅっと抱かれるとあたたかくて、安心して、私はあっという間に眠気に襲われてしまう。
──本当は、寝る前に少しだけでもお兄さまとお話がしたいけれど。……それに、本当は、もう少しだけお兄さまとくっついたり、じゃれあったりしていたいけれど、──とくん、とくんと規則正しく、波の鼓のように私の鼓膜を揺らすお兄さまの心臓の鼓動を聞いていると、……涙が出そうなほどに安堵が溢れて、ふわふわ、ふわふわと、私の意識は今宵もあっという間に、夜の波に攫われてしまうのだった。
「……眠ったか? ……」
──は長らく、酷い睡眠障害に苛まれていたのだそうだ。
彼女が身を置いてきた生い立ちを思えばそれも仕方のないことであり、……しかしながら同時に、以前は私もの不眠に一役買っていたのではないかと、そう不安に思いもしたものだが、彼女曰く、以前から私と共に眠る際には安心して眠りに身を委ねられたのだと、はそう話していた。
確かに、自身が、そう話していたから。彼女が照れや気負いを感じずに、自然に私と共に床に就く習慣を作るために、私はが自然に私と同衾せざるを得ない状況を用意してやったのだと、──或いは、そう言ってみれば多少は聞こえも良いかもしれないが、眠る場所がないほどに寝台を占拠して、私の部屋を訪ねる以外の選択肢を事前に丹念に、執念深く潰した以上は、──まあ、私とて妹想いの兄のふりなどするつもりはない。──これは、私自身の欲であり策だったのだと、素直にそう認めよう。
すやすやと穏やかな眠りに落ちて、規則正しい寝息を小さく立てるふっくらとした唇はゆるく弧を描き、その寝顔は心から幸福そうで、……余りにも、愛おしくて。を起こさないようにとそろそろと顔を寄せて、私はちいさくて可愛らしいの唇を塞ぐ。
ちゅ、ちゅ、と唇を押し付けるたびにふにゅふにゅと震えている、柔らかなその感触が私の眼前に無防備に晒されているというこの事実は、──ああ、心の底から、この上ない喜びだとも。
……とはいえ、お前は竜の寝床でのみ安らぐのだとそう言うのなら、──私にも、分別を守る程度の器量はある。
今日は未だ月曜日、金曜の夜までは幾らか遠いが、──明日のお前の元気な笑顔の為にも、甘やかな夜更かしの予定は、週末の楽しみにでも取っておくとしようか。
「わあ! ありがとう、お兄さま!」
お兄さまは、よく私にプレゼントを贈ってくれる。中でも多いのがお花とお洋服や靴にアクセサリー、それから、今日も買ってきてくださったぬいぐるみの類だった。
不思議と頻繁にぬいぐるみを買ってきてくださるものだから、……もしかして、お兄さまは私を子ども扱いしているのかしら? ……なんて、そんな風に思っていたころもあったけれど、「は、猫が好きだと言っていただろう?」「この製品を集めているとお前が話していたから」とそう言って、贈ってくれた品物の説明をしながらも何処かと得意げな顔をして、ふわふわのぬいぐるみを抱えて帰ってくるお兄さまが可愛くて、……それに、私の好きなものを、欲しがっていたものを子細に覚えていて、私を喜ばせようとしてくれるお兄さまのまごころが私はとっても嬉しかったから、お兄さまから贈り物をいただくようになった当初に覚えていた、遠慮や困惑と言った気持ちは、いつの間にやら何処かへと消え失せてしまったのだ。
──しかしながら、そうは言っても、少々困ったこともある。
「──流石にもう置く場所、足りなくなっちゃったなあ……」
お屋敷内で私へと割り振られた自室は非常に広く、当然ながら、お兄さまにいただいたプレゼントをしまう場所がない、なんてことには決してならない。
それに、お兄さまはお洋服やアクセサリーが増えた分だけ、私の部屋のクローゼットを増やしてくれたりジュエリーボックスを併せて贈ってくれたりもするから、それらをしまう場所には全く困っていなかった。
──しかしながら、ぬいぐるみだけは、少々飾る場所に悩み始めている、と言うのが正直なところで。
以前にお兄さまといっしょに水族館に行った際に、最初に買ってもらったペンギンのぬいぐるみをベッドの上に飾って以来、その後もお兄さまからいただいたぬいぐるみはすべてベッドの上へと並べていたものの、──増えに増えたぬいぐるみは、遂には寝台の半分ほども占領しており、ふわふわのもこもこで溢れ返ったベッドの上には、既に私の眠る場所が無くなってしまったのだ。
元々、ベッド自体もダブルサイズで広さはある方だし、まさか此処までぬいぐるみに占拠されてしまうとは思わなかったけれど、困る日が来るとも思っていなかった。
──とはいえ、ぬいぐるみが多すぎて寝る場所がないと言うのなら、彼らをベッドから避けて、棚の上にでも飾り直せばそれで済む問題である。……そう、これはそれだけの問題なのだ、本当は。
「──、そろそろ寝るぞ」
「はあい、お兄さま」
これはきっと、それだけの話で、何も私には自分のベッドがないわけでもない。
──けれど、彼らにベッドが占拠されてしまって、眠る場所がない私を見かねたお兄さまが、「お前は私の部屋で眠ればよかろう?」と、まるでなんでもないことのように、素敵な提案してくれたものだから、──私はその提案に飛びついてしまって、お兄さまといっしょに眠る理由がなくなってしまうのが嫌で、相変わらず自分のベッドはぬいぐるみたちに明け渡したままで、今夜もお兄さまの部屋で、私に向かって手招きをする彼の隣に潜り込んでいる。
就寝前のリラックスした姿のお兄さまの姿も、……それはもちろん、もう何年も家族として過ごしている以上、当然のように見慣れてはいるのだけれど、……こうして、義兄妹としてではなく恋人同士、フェイザーさんの妻という間柄になってからは、薄手の夜着に身を包んだしっかりとした体躯の逞しさや頼もしさを、以前よりも深く知っているからか、彼の隣に寝転ぶことは少しだけ照れ臭くて、それと同時に、こんなに近くに入り込むことを許されている事実に、じわじわと胸のおくが熱くなる。
──だからこそ、こうしてお兄さまと共に眠るこの時間は私にとって、自分がお兄さまの懐に立ち入ることを許されていると実感できる、大切な時間にもなっていた。
「電気、消すぞ」
「はい。……おやすみなさい、おにいさま」
「……ああ、おやすみ、」
キングサイズの広い寝台の上、ふわふわのお布団と清潔なシーツに包まれた足元は、只でさえとろとろとすべらかで心地が良く、その上、お兄さまの腕の中へと呼びこまれてぎゅっと抱かれるとあたたかくて、安心して、私はあっという間に眠気に襲われてしまう。
──本当は、寝る前に少しだけでもお兄さまとお話がしたいけれど。……それに、本当は、もう少しだけお兄さまとくっついたり、じゃれあったりしていたいけれど、──とくん、とくんと規則正しく、波の鼓のように私の鼓膜を揺らすお兄さまの心臓の鼓動を聞いていると、……涙が出そうなほどに安堵が溢れて、ふわふわ、ふわふわと、私の意識は今宵もあっという間に、夜の波に攫われてしまうのだった。
「……眠ったか? ……」
──は長らく、酷い睡眠障害に苛まれていたのだそうだ。
彼女が身を置いてきた生い立ちを思えばそれも仕方のないことであり、……しかしながら同時に、以前は私もの不眠に一役買っていたのではないかと、そう不安に思いもしたものだが、彼女曰く、以前から私と共に眠る際には安心して眠りに身を委ねられたのだと、はそう話していた。
確かに、自身が、そう話していたから。彼女が照れや気負いを感じずに、自然に私と共に床に就く習慣を作るために、私はが自然に私と同衾せざるを得ない状況を用意してやったのだと、──或いは、そう言ってみれば多少は聞こえも良いかもしれないが、眠る場所がないほどに寝台を占拠して、私の部屋を訪ねる以外の選択肢を事前に丹念に、執念深く潰した以上は、──まあ、私とて妹想いの兄のふりなどするつもりはない。──これは、私自身の欲であり策だったのだと、素直にそう認めよう。
すやすやと穏やかな眠りに落ちて、規則正しい寝息を小さく立てるふっくらとした唇はゆるく弧を描き、その寝顔は心から幸福そうで、……余りにも、愛おしくて。を起こさないようにとそろそろと顔を寄せて、私はちいさくて可愛らしいの唇を塞ぐ。
ちゅ、ちゅ、と唇を押し付けるたびにふにゅふにゅと震えている、柔らかなその感触が私の眼前に無防備に晒されているというこの事実は、──ああ、心の底から、この上ない喜びだとも。
……とはいえ、お前は竜の寝床でのみ安らぐのだとそう言うのなら、──私にも、分別を守る程度の器量はある。
今日は未だ月曜日、金曜の夜までは幾らか遠いが、──明日のお前の元気な笑顔の為にも、甘やかな夜更かしの予定は、週末の楽しみにでも取っておくとしようか。