さいわいを敷きつめた熱病

※71話時点での執筆。若干倫理観が足りていない。ルーグとザイオンの年齢開示に倣い、宇宙人全般を長命種と解釈しています。



 宇宙空間では地球とは時の流れが些か異なるらしく、それが直接の理由かどうかは分からないけれど、宇宙人というものは往々にして地球人よりも長命であるらしい。
 カルトゥマータ──ズウィージョウさんたちベルギャー人などはその成り立ちが由来で、彼らは外見的な歳を一切重ねないのだと聞いては居たけれど、ギャラクシーカップ開催の兼ね合いで様々な宇宙人の皆さんと関わる機会の増えた私は、恐怖の大王──ルーグさんだとか他の宇宙人の皆さんの中にも、ゆうに数百年を生きているひとたちが幾らでもいると知り、当初それは大層に驚いた。

 ──であれば、お兄さまとトレモロくんはどうなのだろう? と恐る恐る聞いてみると、やはり彼らも例外ではなかったらしい。
 お兄さまもトレモロくんも、外見だけなら私と然程変わらなさそうに見えるけれど、それにしては出会った当初から二人ともあまり容貌が変わらないし、MIK設立当時の写真を以前に見せてもらった際にも、お兄さまは今と同じくらいの背丈に見えたからずっと不思議には思っていて、ようやくその謎が解けた際にも私はすぐに彼らの言葉に納得した。
 トレモロくんも外見の割には妙に落ち着いているとは思っていたけれど、種を明かしてみればそういうことだったらしい。
 ──外見年齢に準じてか私を“姉”として扱ってくれているトレモロくんが、本当は私よりも遥かに年上だと知った際には、……幾らか、気恥ずかしいものがあったけれど。……でも確かにトレモロくんはしっかりしているし、私は日頃から彼に守られていることも少なくはなかったから、年上だと言われても理解出来るところでもあった。

「──、私と共に悠久の刻を生きて貰えないだろうか……?」

 ──そうして、彼ら兄弟の事情を開示された私は、同時に、やがては訪れてしまう悲しい事実にも気付いてしまったのだった。

 未来からカードの世界を越えてやってきたという特殊性こそ持つものの、私は普通の地球人で、宇宙ドラゴンの血を引く二人とは違い、人間としての一般的な寿命を終えれば死んでしまうし、残念ながら、お兄さまやトレモロくんと共にこの先の数百年を生き続けることは叶わない。
 ──しかしながら、人間の常識に縛られている私はそう思って悲しんでいたけれど、不安げな表情で私の手を握って、そのように提案してきたお兄さまが言うには、なんと、私には彼らと共に生きる道が存在しているらしい。

 一体、どうすればそんな奇跡が叶うのかは私には分からなかったけれど、お兄さまの提案に頷いて彼の言う通りにさえすれば、──どうやら私は、この先の数百年を、──それこそ、元々私が生きていた時代まででも、今と大差がない外見のままで、お兄さまと連れ添って生きていくことが可能なのだと、彼は言った。

 竜宮邸、お兄さまの私室にて、家主でありながらも私の前に膝を折り傅いて願い乞うように、静かに提案を告げるお兄さまは、きっと真剣に、私に伺いを立てているのだろう。
 ──何しろ、この契約に頷いてしまったのならば最後、私はこの先の数百年をこの竜に捧げることになるのだから。

 薄暗い部屋で、小さく衣擦れの音とお兄さまの真剣な声だけが響いて、厳格なその声色は、平時よりも少しだけ震えているような気がした。微かに震えている声と肩と共にお兄さまの耳に飾られたピアスも揺れていて、水晶が窓の外の月明かりをチカチカと反射する様をじいっと見つめながら、──私は、彼に伝えるべき言葉を考えている。これはきっと、プロポーズや心中の誘いよりもずっとずっと重い契約の儀なのだと、流石に私にも理解出来ていたから、ちゃんとお兄さまが納得できるだけの言葉を返してあげたかったのだ。

「……良いですよ、お兄さま。ずっとずっと、私はあなたのお傍に居たいです。いっしょに、生きていたいです」
「! …………良いのか、本当に……?」
「はい。……だって、お別れするのは寂しいもんね、お兄さま、私のこと大好きだもん。私が先に死んじゃったら嫌でしょう?」
「……ああ、その通りだ。私には、お前と別れるなど考えられん……例えそれが、お前を永劫に縛ることになったとしてもな……」

 必死に頭を悩ませた割には、私から出てきたのはあまり気の利かない、愛されている自覚ばかりがたっぷりな返答だったけれど。私の言葉を聞いたお兄さまは、薄水色の瞳を見開いて三日月を潮で揺らめかせながら、感極まったようにそう零してぎゅうっと力いっぱいに私のことを抱きしめてくれたのだった。
 ──お兄さま、私はね、あなたがこうして私のことを大好きでいてくれるんだって、あなたがずっとずっと行動で示し続けてくれたから、どんなことがあっても、その事実を揺るぎなく信じていられるようになったの。
 だから私にはもう、元の時代に帰るつもりなんて全くなかったし、あなたから離れようとはこれっぽっちも思わない。……もしも、お兄さまから別れを切り出されたならば、泣きながらでも従うかもしれないけれど、あなたは私にそんなことを言わないとも知っている。
 私はね、お兄さま──竜宮フェイザーさんのことを愛していて、あなたも私を愛してくれている。
 誇張なんて抜きにして死ぬまであなたの傍に居たいと私は心から思っているし、あなたを悲しませるようなことをもう二度としたくないと、そう思っているの。

 ……だからね、罪の意識なんてこれっぽっちも感じなくて良いのよ、お兄さま。
 私は確かにお兄さまとの契約の元、人の理から外れることに同意したのだから、その責任はあなたには無いの。これまでのことも、これからのことも、お兄さまが負い目を感じる必要はひとつもないの。あなたの狂気も純粋さもその何もかもをすべからく受け入れると、私はもうずっとずっと前から決めていたのだから、──それは、後から“真相”に気付いたところで、何も変わらないのよ。

「……え、デュッディ・モ・デュッディーモ空間って、外とは時間の流れが違う、っていう仕組みだったんですか……?」
「ああ。はて……ワレはにも、そのように言わななかったか……?」
「……いいえ……でも、そうだったんですね、すごいなあ、ベルギャー星団にはそんなものまであるなんて……」

 ──真っ当な人間としての生を捨ててからも、私は未だ以前と大して変わらない日々を過ごしていて、何かが変わったとすればこの数年、私の容姿はお兄さまのお嫁さんになったあの頃からまるで変わっていないという、只のそれだけだった。
 そんな毎日のとある日に、いつものようにボイルド・ベーグル・レクイエムまでカレーパンを買いに行った私は、会計の際にちょうど店番をしていたズウィージョウさんと軽い雑談をしていて、……その会話の流れで偶然にも、恐ろしい事実に気付いてしまったのだ。それはもう、唐突に。

 ──かつて、お兄さまがズウィージョウさんの策略によって宇宙ドラゴンとしての正体を白日の下に暴かれたそのときに、私もデュッディ・モ・デュッディーモ空間に居合わせていた。
 当時、デュッディ・モ・デュッディーモ空間が一体どういうものであるのかなんて考える余裕はなかったし、その後もさほど気にしていなかったから、あれは“宇宙ドラゴンの変身を解く効果を持つ空間”か何かなのだとばかり私は思っていたのだけれど、──実はそうではなくて、あの空間は、デュッディ・デュッカスの戦士が悩んだ時に発生させる空間なのだそうで、外界とは時間の流れが遮断されており、あの空間内では何年、何十年と悩んでも、現実空間では一分も経過していない──という代物なのだそうだ。

 お兄さまは基本的には人の姿で生活しているけれど、一定時間を経ると自然と竜の姿に戻ってしまうことがあるのだとは私もその後に本人から聞き及んでおり、ズウィージョウさんは当時、その可能性を見越した上であの空間を持ち出していたらしい。

 まあ、それ自体は、今となっては別に構わないのだ。
 ──けれど私は、その事実を聞いたときに、……それでは、これまでの辻褄が合わないことに気付いてしまった。

 だって、──あのとき、お兄さまとユウディアスとが互いの命運を賭けたラッシュデュエルを行なったあの際に、私はお兄さまの傍にずっと居たのに、……私の姿は、全く変わらなかった。……ズウィージョウさんの言う通りなのだとすれば、それって絶対におかしいでしょう。
 あのときの私は未だ、お兄さまと契約を結んだわけでもなくて、只の地球人に過ぎなかったはずで、……本来ならば私はあのときに、急激な時間の流れに肉体が耐えられずに年老いていたはずなのに、……私はと言えば、まるで容姿が変わっていなかったのだ。

「……? どうかしたのか? 顔色が悪いように見えるが……」
「……いえ、大丈夫です! ちょっと、びっくりして……」
「そうか。──そう言えばあのとき、お前の姿は変わらなかったな。お前とフェイザーが実の兄妹ではないと気付いたのは、それが理由だった」
「……そう、ですね……」
「まあ……後からフェイザーと契約し不老長寿となる道を選んだと聞いて、それにも納得したがな」

 ──ズウィージョウさんの言っていることは、決して何も間違っていない。私は、お兄さまと契ったことで、普通の人間とは違う時間を彼と共に生きていくことを決めた。けれど、ズウィージョウさんは知らない、──私がお兄さまとそのように誓ったのは、それよりもずっと後の出来事であることを。

 事実から逆算して考えてみれば、答えなどは単純明快だ。
 ──只、お兄さまは、私から了承を得るよりもずっと前に、私を普通の人間とは違う身体にしてしまっていたのだと、……これはきっと、それだけの話、だった。

 一体、いつ、どのタイミングで、何がきっかけになったのかは分からない。──兄妹ではないのだからと突き放されたあのときか、お兄さまと初めてキスをしたときか、竜の姿から人に戻って倒れていたお兄さまを介抱したとき? それとも、彼が与えてくれた食べ物を口にしたとき? ──或いは、彼に身体を許したときのこと、だったのだろうか。
 共に生きて欲しいと乞われた際に、お兄さまは“どのようにして”私を竜の伴侶に相応しく作り替えるのかを詳しく語ることが無かったから、私もその条件は気になってはいたけれど、深く聞いては野暮かと思って、それ以上考えてはいなかった。
 ──でも、そもそもの話、あれは只の事後承諾でしかなかったのだとしたら? これから何かをする必要は既に無くなっていたから、説明する理由も無かったのだとしたら?
 ……私の了承を得るよりもずっと前に、……目的の為ならば手段を選ばなかった頃のお兄さまの手によって、私の意志など度外視して、……私は、人の身から逸していたのだとしたら?

 ──ああ、そう、か。……なんだ、……そういうこと、だったのね。
 あのとき、お兄さまが何故だか泣き出しそうな目をして私を見つめていたのは、──彼の一存で私の人生を捻じ曲げてしまったと、彼の中にはそのように明確に罪の自覚があったからこそ、……けれど、それでも、私に謝罪して潔く手を離すことも出来なくて、この先の数百年、数千年かも知れない気の遠くなるほどの時間を懺悔を繰り返しながらでも、私と共に生きるという、……それだけの覚悟の表れだったのだ、あの瞳の色は。

 揚げたてのカレーパンが入った暖かな紙袋を胸にぎゅっと抱きしめて帰路を急ぐ間、私の心臓はずうっと、ばくばくと鳴り続けていた。きっと、生命としての本能は懸命に心臓を叩き、──決して、私は竜の棲む家に帰るべきではないのだと、そのように訴えていたのだろう。

 ──それでも結局、私は何事にも気付いていないふりをして、“私の家”へと帰ることにした。

 ──だって私は、お兄さまのかつての凶行を黙って受け入れて生きると、ずっと前にそう決めたのだ。
 彼の罪も罰も供に背負って無窮の時を生きることを選んだのは、他でもない私だった。──それならば、結果論だとしても、別にそれでいいじゃない。私はちゃんと自分の意志で合意した訳なのだし、お兄さまが負い目を感じるようなことはなにひとつないはず。……それに、もしも私が“もしかして”を指摘したのなら、お兄さまは罪悪感に溺れて傷付いてしまうかもしれないもの。
 ──お兄さまは、私のことがだいすきなんだから。そんなことを言っては、お兄さまが可哀想。私が彼の竜を傷付けるようなことは、二度と在ってはいけないしそんなことは絶対にしないと、私は心に決めている。

「──お兄さま、ただいま!」
「おかえり、。……大事は無かったか?」
「大丈夫です! ……それよりね、カレーパン、揚げたてなの! 温かい内にいっしょに食べましょう!」

 ──私にとっては、お兄さまと共にこの先の数百年を連れ添えることこそが、何よりもの幸福なのだ。 inserted by FC2 system


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