曇天を砕く篝火

※90話時点での執筆。



 四十人皆で一丸となってクァイドゥールとのラッシュデュエルを制し、更にはユウディアスが彼への説得に成功したことで誰一人として欠けることもなく、私たちはクァイドゥール時空から本来の六葉町──ギャラクシーカップ表彰式のあの瞬間へと戻ってきた。
 思えば、クァイドゥール時空での日々は苦難の連続で、──取り込まれてすぐに事態を理解したお兄さまから説明を受けていたこともあり、私には正気を失っている暇さえもなかったものだから。……本当に長い時間を、あの空間で過ごしていたような、そんな気がする。
 文字通りに敵の掌の上で弄ばれている感覚は恐ろしく、──私がこの時代に流れ着いた原因を作ったクァイドゥールのことを、きっと私は人一倍に恐れていたと思うからこそ、彼に立ち向かうことは本当に怖かったし、痛かった。
 トレモロくんやアンジュちゃんたちのことで気を揉んでいたのもあって、私はずっとずっと不安で仕方がなくて、……けれど、私の心配を破り捨てるかのように、お兄さまが私の手を決して離さないでいてくれたから、降り注ぐすべての痛みから護ってくれていたから、──あの決闘の最後には私、ほんの少しだけでも、クァイドゥールへの恐怖が薄れていたような、そんな気がする。

 カルトゥマータ──ベルギャー人は、創造主によって作られたのだと聞いた。
 そして、創造主の正体は、オーティスの身に宿ったアースダマーで、クァイドゥールは創造主の傍で彼を慕いながら生まれてからの日々を過ごしていたらしい。
 ──彼は、自らのそのような境遇を、どうやら私のそれに重ねていたようだ。
 オーティスの養女として彼の傍でデュエルやカードに触れて育った私を、クァイドゥールは自らが失ったものを享受し続けている忌まわしい存在であると考えて、憎んだ。
 故に、私の人生を壊してやろうと、オーティスから寵児を取り上げてやろうと考えて、ニャンデスターへの実験で実用化に成功していたカード化のシステムを用いて、私をオーティスの研究室から攫い、カード化を介することで過去の六葉町へとたったひとりで迷い込ませたのだった。
 クァイドゥールは、それほどまでの激情を持って、私のことを憎んでいた。──きっと、ユウディアスと彼が似ているという理由でユウディアスを憎んだ感情と同じように、私と彼の境遇に何かしらの類似点を見出したからこそ、彼は私のことが嫌いだったのだ。
 けれど、そんな彼も、兄弟銀河を宿したユウディアスに対しては、同時に身内への情のようなものを持ち合わせて居たらしく、最後にはユウディアスはクァイドゥールとも分かり合えたらしい。
 ──それなら、私はどうだったのだろう? ……私には本当に、彼と決別する以外の道はなかったのだろうか、彼が私を嫌っていたとして、……私は、彼のことを怖いと感じる以外に、どう思っていたのだろう。
 
 ──クァイドゥールが居なくなってから、私はずっと、そんなことばかりを考えている。

「──トレモロくん、元気になってくれてよかったですね」
「ああ。……尤も、元の姿に戻す手立てを見つけてやる必要は、まだ残っているが……」
「そうですねえ……ザイオンも手掛かりは持っていないみたいですものね……」
「うむ……」

 現実世界に戻ってからと言うもの、トレモロくんはすっかり元の調子を取り戻して、リームちゃんたちと仲睦まじく過ごしている。本日もつい先程に、彼女たちが代わりばんこで身動きの取りづらいトレモロくんのお世話を焼いて、四人で楽しげに過ごしているのを見かけたばかりだ。
 カレンちゃんたちにはクァイドゥール時空での記憶がないから、トレモロくんやお兄さま、──それから私に対しても、あの時空で自分達がどのように振舞っていたのかを知らない。
 そのため当然ながら、トレモロくんは恐らく、彼女たちから改まった謝罪をされたりはしていないと思うのだけれど、──本来、身内に懐深い彼は彼女たちを咎めてはいないようで、トレモロくんは彼女たちと元通りの距離感で過ごしている。
 その事実にホッとしつつ、また、相変わらずトレモロくんに一途な彼女たちの姿を見かけたことで、私の心に少しだけ残ったわだかまりも解けつつあって、──けれど、クァイドゥールが彼女たちの恋心を弄んで、トレモロくんやお兄さままでをも傷付けた事実については、……まだしばらく、彼を許せそうにもない。
 ──何も、私が彼を許す必要などはないのだ。私は所詮、クァイドゥールとは他人だし、同じ星をルーツに持つわけでもなければ、きょうだいでもない。私の家族はお兄さまとトレモロくんだし、彼の兄弟はユウディアスでしかないのだから。
 きっと、私と彼には何もなかった。──けれど、彼らベルギャー人とギャラクシー族はそれぞれ同じ銀河をモチーフに作られて、──彼らを作った創造主と、ギャラクシー族を生み出した遊我くんには、不思議と思考の類似性がある。
 ──故に私は、私が漠然と思い浮かべていた可能性はやはり正しかったのではないかと、──王道遊我は、オーティスと同一人物なのではないかと、そう思ったのだ。
 もしも、ギャラクシー族を作り出した王道遊我がオーティスそのひとなのだとしたら、オーティスと創造主は、確かに同一の考えを持っていたことになる。
 ──オーティスは、一体何を思って、私を養子に迎え入れたのだろう。
 カード化の後に猫として生活していた期間が長く、そもそもオーティスの元で過ごした時間が非常に短かったこともあり、幼かった頃、オーティスがどのような眼差しで私を見つめていたのかさえも、私ははっきりと覚えていない。──只、私にデュエルを教えてくれるとき、彼は本当に楽しそうだったことだけをぼんやりと覚えているという、養父との思い出などその程度のものなのだ。
 ──けれど、もしも、私がそれらをしっかりと覚えていられたのなら、クァイドゥールに伝えられることが、あったのかもしれない。
 自身が養父から愛情を受けていたと私に言い切れたのなら、──だから、あなたもそうだよ、と。……彼に、そう言ってあげられたかもしれない、……それはクァイドゥールが欲していた答えだったのかもしれないのに、なあ。
 残念ながら、私は彼にその答えをあげられなかったし、この時代にオーティスは居ない。──遊我くんから聞いた話では私が行方不明になった数年後、オーティスは遊我くんとのラッシュデュエルの後に消息不明になっており、六葉町に迷い込んだ遊我くんと同様に、何処かの時代に迷い込んでいる可能性が高い、──ということ、らしい。
 私には元の時代に帰る気がなくて、元の時代にそもそもオーティスが居ない以上は、きっと私には最早、彼との答え合わせをすることも叶わないのだろう。
 或いは、遊我くんがオーティスだったとして、現在六葉町に居る彼は私よりも年下の少年なのだし、未来で私と過ごした記憶が彼に残っている筈もない。
 ──きっと私では、クァイドゥールに何もしてあげられなくて、私たちは只ほんの少し似ているだけの他人だった。──それだけのことが、あれからずっと、こんなにも胸につかえている。

「──トレモロは元の調子に戻ってくれたが……、お前はどうも元気がないままだな」
「……そう、でしょうか?」
「ああ、……クァイドゥールのことか?」
「……多分、そうなのだと思います……でも……」
「……でも、とは?」
「……その、私は……」

 ──クァイドゥールにもっと何かをしてあげられなかったのかと、……彼は、私にとっての天敵だったけれど、それと同時に私をお兄さまと引き合わせてくれたひとでもあったのだからと、……此方に戻ってからすぐに、そう思っていることを伝えたら、お前は人が良すぎると言われて、お兄さまを困らせてしまった。
 今でもその気持ちは私の心の奥底にぐるぐると銀河を渦巻いていて、──けれど、何も私は、彼のすべてを許せたわけではなく、誰にでもやさしくなれる訳じゃなかった。
 クァイドゥールのことは、後悔している。──けれど、近頃の私の憂鬱の原因は、──ベルギャー人の彼らは種としての寿命が近いと聞かされた、その事実の方に在る。

「……なんとなく、宇宙人はみんな、長生きなのだと思っていて……」
「まあ、それはそうだな。私とトレモロも長命の血を引いているし……ザイオンなども数百年は生きていると聞いた。ズウィージョウたちも、……活動期間自体は、相当に長かったようだ」
「そう、ですよね。……だから、私……根拠もなく、みんな何処にも行かないと思っていて……特にズウィージョウさんとは、もう三年近く仲良くしてもらっていますし、……私はお友達だと、思っているんです」
「……ああ」
「だから、その、ええと……急に、怖くなって。元々、ズウィージョウさんたちは軍人さんで、戦争、をしていることも知っていたはずなのに……宇宙人も死んでしまうことがあるって、私、ちゃんと理解できていなくて、それで……」
「…………」
「……私、こわくて、……お兄さまは、何処にも行きませんよね? 私、六葉町が好きなんです……お兄さまが居て、トレモロくんが居て、ズウィージョウさんたちが居て……この街にずっと居たいと思っているのは、だからこそだし……クァイドゥールにも此処に残って欲しかったって、……只でさえ、そう思うのに……これから少しずつ、みんなが居なくなってしまうって、そんなの……」

 クァイドゥールのことを、後悔している。
 ──けれど、その失意だけに浸ることも許されずに、現在私たちは、ベルギャー人の寿命が近付いているという事実に直面しているのだ。
 ユウディアスやズウィージョウさんたちに多大な世話を受けた私たちは、彼らに何かをしてあげないといけない。──そうじゃないと、クァイドゥールのときよりも遥かに大きな後悔に襲われるであろうことが分かり切っているから、今は思考を止めている場合ではないし、過去を振り返っているような余裕もまた、ある筈も無いのだ。
 トレモロくんが秘書の三人と笑い合っている、元通りのこの日常も、──もしもベルギャー人の彼らが居なくなってしまえばやはり色褪せてしまうのだろうと、悲しみに暮れることとなるのだろうと、そう断言できるほどに彼らもまた、私たちの日常の一部になってしまった。
 ──だから今はきっと、彼らのことだけを考えるべきなのだろうと、そう思うのに、……私は本当に身勝手だから、……お兄さままでもが居なくなってしまうんじゃないかって、そんな心配ばかりが、どうしようもなく脳を滑らせるのだ。──だって、誰よりも先にこの街から居なくなってしまう可能性があるのは、本来ならば異分子である私や遊我くんの方なのだと、そう思っていたから。
 
「……、そう心配せずとも私は何処にも行かない。宇宙人という括りで見ても、宇宙ドラゴンの血を引く我々は身体も丈夫な部類だ、簡単には死なないし、私には六葉町──引いては地球を守護する責務がある。……それに、お前と契約も結んでいるだろう? 死が我々を別つことはない、安心してくれ」
「……よかった……お兄さま、私、悪い子ですよね……」
「悪い子……? 一体、何処がだ? は非常に良い子だと思うが……」
「だって、……私は結局、お兄さまのことばっかり心配なんです、お兄さまに何処にも行かないでほしいって、そればっかり……他にもっと考えることが今はあるはずなのに……」
「……それだけ、私を特別に想ってくれているということだろう? お前は十分に、皆について考えているとも」
「……そう、かなあ……?」
「ああ、そうだとも。……彼らには、私も恩義がある。特に、ユウディアスにはな……何も贖罪というだけではない、私も彼らには生きていて欲しいのだ。今となっては彼らベルギャー人も、私が護るべき六葉町の住民なのだからな」
「お兄さま……」
「きっと、活路を切り拓こう。……苦しいことも多いだろうが……トレモロと共に、私を支えてくれるか? 
「……はい、もちろんです! お兄さま!」
「……ああ、良い子だな、……」

 ──私は、きっと良い子などではないのだ。クァイドゥールは私が“善良”だからこそ、“愛されるべくして愛されている子供”に思えたからこそ、私をこの時代へと突き落としたのだとそう語っていたけれど、──きっと、本当の私は彼が思うほどに恵まれた存在ではなかったし、彼もまた彼が思うほどに愛されていない存在ではなかったのだろう。恐らくはそんなところも、私たちは少し似ていたのだ。
 けれど、今の私が彼にとってそのように見えていたのだとすれば、それは他でもないお兄さまのお陰だ。フェイザーさんが私のことを海原よりも深い愛情で包んでくれているから、今の私はきっと、誰の目にも幸福な人間に映るのだろうとそう思うし、──事実、今の私は、幸せだった。
 ──カルトゥマータの危機を退けられることが出来たのならば、もう一度だけでも奇跡が起きてくれたのなら、……いつか、クァイドゥールと再会することも叶うのだろうか。
 もしも、そんな日が訪れてくれたのなら、私は彼にこの街を案内してあげたいと、そんな風に思う。私が彼にしてあげられることはきっと少ないけれど、──六葉町へと私を導いたことで、私の幸福のきっかけをくれたのは彼なのだと、……彼はユウディアスと同じくらいに英雄だったのだと、そう教えてあげることくらいなら私にも出来るかもしれないと、そう思うのだ。


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