かがやける日々の正体

※59話時点での執筆。


 爽やかな朝だった。外は快晴で目覚めもスッキリとしており、気怠く残るような眠気はひとかけらもない。少し冷えた朝の空気は、ぱりっと張り詰めて思わず背筋が伸びる。食卓に付いてコーヒーカップを傾ける間も、私の気分は非常に晴れており、熱帯魚の揺れる色鮮やかな水槽を背にして私の右斜め前に座るは、時折視線がかち合う度に、何処か照れ臭そうにはにかむのだった。……きっと、まだ関係性の変化に慣れないからなのだろう。少し困ったように微笑む彼女はなんとも愛くるしい。
 ずっと、私から傾けられる男女としての情愛を拒絶していただったが、何か心境の変化があったのだろう。──数日前、私が床に伏せているところを彼女が看病してくれたあの日以来、は私の手を拒まなくなった。
 彼女の方は未だ、私に対して兄として以上の情がある訳ではないのだろうから、急激にの私への態度が甘さを帯びという訳でもなかったが、今はそれで十分だ。……私を受け入れることを選んだのは、他でもない彼女自身なのだと言うその事実さえ、あれば、……言質さえ抑えられていれば、今は十分。──そう、今朝はすべてが滞りなく進み、非常に素晴らしい朝だった。……それも、見慣れた食卓にて、私の正面に座るトレモロの姿が見えないことを除けば、の話だが。

「……あの、フェイザーさん……」
「どうした? 
「……トレモロくん、どうなってしまうんですか……?」
「……安心しろ、何も二度と会えない訳ではない。処罰を受けた後に、トレモロは解放される手筈だ」
「! ほんとうに?」
「ああ、その後は任務に戻ってもらう。……私は、お前に嘘など吐かないよ、
「……そ、う、ですよね……そっか、よかったあ……」

 あたたかな紅茶の入ったティーカップをソーサーに戻しながら、心底安心したかのように胸へと手を当てて撫で下ろすは、実際のところ、本当に不安で仕方がなかったのだろうと、そう思う。
 中央に出向いたきり暫く戻らなかった六葉町の屋敷だったが、MIK──ムツバ・イイ町・協同組合を組織して以来は、従来のMIK本部での職務よりもこちらに出向いての仕事が増えて、現在、我々は久方ぶりに六葉町の屋敷──竜宮邸で生活している。

 しかしながら、私もトレモロも忙しい身で、共に食卓を囲めないことも多々あり、……それでも、近頃はそれが少しは改善されてきたところ、だったからな。昔のように三人で過ごす日々を、きっとも得難く感じていたのだろうとは、私も理解している。
 ──だからこそ、トレモロの身柄を拘束した件については、私とて不本意であった。此処数日の間に起きた私との関係性の変化には、トレモロも気付いていたようだし、それを見て弟は心から嬉しそうに笑っていたから。……弟は、のことが好きなのだ。正しくは、弟も、だが。トレモロにとってもは大切な家族で、それはにとっても同じこと。……だからこそ、トレモロの行動は、私にとっても不可解だった。一体、何故このタイミングで、──MIKの規律を乱すような愚行に、トレモロは走ったのか、と。

「……トレモロくん、規律違反をしたって……一体、何をしたんでしょう……?」
「……宇宙人居住区に、MIKの任務外で立ち入った。私の許可も得ずに、独断行動でな……」
「え……」
「お前も、以前は度々本部を抜け出していたが、宇宙人居住区には向かわなかっただろう? ……ああ、何も責めている訳では無い、MIKの規律は理解しているな? と訊ねているのだ」
「……はい。任務外で、許可なく宇宙人居住区に立ち入るのは……」
「ああ、決して許されない行動、重大な規則違反だ。……だが、トレモロには、組織の上層部である自覚が無いとも、到底思えないのだがな……」

 宇宙人居住区──それも、“ゴロッセオ”と呼ばれる宇宙人どもの決闘場にて、ユウディアス・ベルギャーとラッシュデュエルを行なっていたところをMIK職員たちに発見されて、トレモロは身柄を確保されたのだと聞き及んでいる。
 ラッシュデュエルの結果はトレモロの敗北だったが、ユウディアス・ベルギャーがフィニッシャーとしてマキシマムモンスターを用いなかったために、トレモロはカード化を逃れている。……だが、規律違反は、罰せねばならない。トレモロの身内である以前に私はMIKの総帥であり、組織を率いるものとして、トレモロにも他職員と同等の処罰を与えねば、部下に対する示しが付かない。そこだけは徹底しておかなければ、組織などというものは簡単に瓦解してしまうのだ。
 ──とて、それは理解しているのだろう。だからこそ、彼女にはこの件で私を責めることは出来ずに、……同時に、トレモロもそれは同じだった。家族と言う情に訴えようなどと言う愚かしい考えは、……端からトレモロには、存在していなかったのだろうな。

「……トレモロくんが帰ってきたら、三人でご飯、食べましょうね」
「ああ。……その際には、、お前の作った食事が食べたい」
「……はい。あ、でも、そのときはトレモロくんの好みに合わせて、和食にしてもいいですか?」
「構わない。……和食も洋食もなどという我儘で、お前に労力を強いるつもりはないとも」
「……ありがとう、フェイザーさん」
「……ああ」

 まなじりを下げて微笑む彼女の表情は明るく、されど、確かにうっすらとした陰りが落ちていることには、私も、そして彼女自身も気付いているのだ。
 ──トレモロよ、一体、お前は何を思って独断行動などに及んだと言うのか。
 懲罰房から戻ってきた際には、しっかりとトレモロに問いただす必要があるが、……果たして、私の目を盗んでまで打って出た独断行動の理由を、トレモロが素直に打ち明けるだろうかと言う疑問は、確かに残る。……トレモロは、私を敬愛している。そして、のことも、弟は心の底から愛しているのだ。私と彼女のことが他の何よりも大切だと言うあの弟に、……一体、我々に対するどのような隠し事があると言うのか。……最愛の彼女に向かって、白々しくも、お前に嘘は吐かないなどと語る私には、トレモロを問い詰める権利などは、存在していないのかもしれないがな。 inserted by FC2 system


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