光って絆されて泣き疲れたら眠ること

※60話時点での執筆。


 竜宮フェイザーと言う人物が、どうやら、何かよからぬことをしているらしいという事実に関しては、流石に私とて理解くらいはできているのだ。……それは、まあ、薄っすらと、なんとなく、でしかなかったけれど、それでも。──幾らなんでも、此処までの強硬策に訴えるのは異常だと、事情を知らずとも、その程度のことは誰にでも理解できる。……例えば、身内の情で目が霞んで、公正などは見えなくなっていたとしても、だ。
 確かに、異星人が皆例外なく地下の居住区に送られて、それで地上の六葉町は住みやすい場所になったのだろうと、そう思う。だって、異議を唱えるようなひとは皆、彼らと同じように地下へと送られてしまったから。今の六葉町を悪いと感じているひとは何処にも居ない、のではなくて。今の六葉町を悪いと感じるようなひとは何処にも居なくなってしまったと、これはそれだけの話なのだけれど。……事実、“苦情は目に見える何処からも上がっていない”と言う表現を用いれば、確かにそれも事実なのだった。

 実の兄妹ではないから、私は、お兄さまが異星人を憎むようになった経緯を知らない。あれほどまでの激情には、何らかの理由が伴っている筈だとは思うものの、お兄さまも、……それに、トレモロくんも、私には一切を打ち明けてはくれなかったから。私はあの激情の裏側に潜む真意をなにひとつとして、知らないのだ。
 只、それでも。──竜宮フェイザーはきっと悪人ではないのだと、そう信じてしまいたくなるというこの気持ちは、身内の情に過ぎないのだろうか。今この瞬間だって、彼の所業を受けて苦しんでいるひとがいるかもしれないことを知っていながら、自分の家族だけが無事ならそれで良いだなんて、非情な考えなのだろうか。──それでも、私は、もう。……フェイザーさんのことも、トレモロくんのことも、せめて私だけは心から許してあげたいとそう思ってしまったの。私の許しなどで何を得られるものかと問われたのなら、きっとそんなものには大した価値など伴っていないのだろうけれど、──それでも、他でもない竜宮フェイザーそのひとは、私からの許しを求めているらしいのだと、……そう、気付いてしまったからこそ、私はもう止まれなくなってしまった。

「──

 ──兄であったはずのそのひとの指先が、あまくあまく、やさしくやさしく、私の輪郭をなぞるように頬に触れるその行為はおかしいことだと、……実を言えば、今でも私はそのように思っていて、今からでもどうにか引き返せないものかと、心の奥底で葛藤している。
 けれど同時に、最早すべてが遅いのだということも理解できているからこそ、私はフェイザーさんの指先を払いのけることもなく、薄暗い部屋にて、寝台の上、夜着の私に覆い被さる義兄を拒むことも出来ずに、大人しく呼吸を整えているのだった。

 ……お兄さまのやっていることは、きっと、悪いことだ。少なくとも、一定数の市民は彼の所業が原因で今も苦しめられていて、MIK──ムツバ・イイ町・協同組合という理念を表向きは掲げている以上、多かれ少なかれ、彼が市民を欺いていることには変わりがないのだから、フェイザーさんのすべてを擁護することは、きっと許されないのだろう。
 この覇道の先で、お兄さまが一体何を成さんとしているのかは分からないけれど、……このひとから逃げた方がいいのだと言うことも、ちゃんと分かっているけれど。それでも、……あの夜に、お兄さまの弱っている姿を目の当たりにしてからというものの、……私は、もう。そんな常識など、理性などは、すべてどうでもいいと、そう思ってしまったのだ。
 お兄さまのしていることも、お兄さまの好意を受け入れることも、お兄さまに流されてしまうことも、全部悪いことだと言うそんなことは知っているけれど、……だったら、それが何だと言うのだろう? こんなのは間違っている、という理性の元で動いたその先の未来で、果たして、──常識と言うその枷は、私の大切なお兄さまとトレモロくんとを、護ってくれるとでも言うのだろうか?

「ふぇい、ざー、さん……」
「……怖くなったなら、いつでも言うと良い。私とて、無理強いをするつもりはないからな」
「……はい」
「良い子だ。……可愛いな、……」

 こんなときに、ましてや“こんな間柄”の相手に何を言えばいいのかも分からずに、必死で頷きぎゅっと目を閉じる私の前髪をそうっと撫でて、いとおしむように口付けるこのひとは、……きっと、本当に、私のことを大切に思ってくれているのだ。
 ──それは、私が竜宮フェイザーを大切に思うのと同じくらいに、強い気持ちで。

 あの晩に、ぐったりと倒れこんでトレモロくんとホッテンマイヤさんに支えられるお兄さまを見た際に、私は本当に血の気が引いてしまって、意識が戻って目を覚ましたあなたが、“竜宮フェイザーの凶行をすべからく受け入れる”と言う私の契約受理のたったひとことで、心底安心したかのように目を細めて、すっかり顔色の戻った頬を緩めてふわりと微笑むものだから、私は、もう。
 ──このひとのためになるのならば、なんでもしてあげたいと思ってしまったのだ。あなたのために、私に出来ることがあるならそれがなんであったとしても、このひとに身も心も砕いてしまいたいと、……あの日から私は、そう願ってしまっている。

 この思考こそは、きっと異常であるのだろう、と。……そう、確かに理解は及ぶのに、今だってこうしてあなたに穏やかに目を細められると、そんな常識などはすべて、どうでもよくなってしまう。……お兄さまは、本当にずるい。あなたが、もしも、私に弱味などは見せてくれない完全無欠の御仁であったのなら、あなたのためを願ったところで、私にはあなたの為になることなどは何ひとつ出来やしないものだと、そう諦めてしまえたのに。……或いは、そうではないのかもしれない、だなんて。……そんな風に、私に夢を見せてしまったのだ、あなたは。──果たして、この甘い悪夢の対価が安いのか高いのかさえも、身を開く私には判断が出来ないと言うのに、それでも。私には最早、目を閉じてあなたのすべてを受け入れることしか出来なかった。 inserted by FC2 system


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