プラネタリウムと次の夏まで

 自分が始まった日のことを覚えている人間なんて、果たしているのだろうか。多分、誰もそんなことは知らない。だから、私もそれを知らないことを心苦しく思ったことはなかった。……それも、そう思おうとしていただけ、だったのかもしれないけれど。

「……遂に見つかったぞ! ドラゴンボーンの適合者だ!」

 私の人生が始まった日、私が初めて聞いた声、私が初めて掛けられた言葉。それは、私がこの星の救世主である、と、そう告げられた日だった。それより前のことを、私はよく覚えていない。10歳のその日、ボーン適合者としてメルボルン研究所に連れられた私は、研究所の医療室で目を覚まし、医師から問診を受けて、意識がはっきりしていることを確認した後に、大人に囲まれて、説明を受けた。
 此処はオーストラリアの首都、メルボルン。私は日本人で、名前は。昨日までは日本で暮らしていたけれど、“ドラゴンボーン”というものの適合者だと判明して、ボーン研究所に引き取られた。適合の際のショックか、記憶が欠落しているが、戦士としては問題ない。これから、宇宙人が地球に侵攻してくる。“ドラゴンボーン”は地球の核で、……私が、ドラゴンボーンが失われれば、地球は消滅する。私が戦えば、地球の平和は護られる。
 ……柔軟な子供の頭だって、その話を受け入れるのは、簡単じゃなかったと思う。私が、それをすんなり受け入れられたのは、きっと、それ以外の何も知らなかったからだ。メモリが空っぽになった私の脳は、心は、使命を自然と受け入れられた。戦士、と突然呼ばれたことにもそこまでの抵抗感は覚えずに、記憶喪失を問題視すらされなかったことにも、私は何も感じることが出来なかった。その状況を、どうこう思えるほどに、私には中身がなかったのだ。
 保護された当時、研究所で意識を取り戻した際、私は至るところに怪我をしていて、……結局、成長したところで、あの当時の傷が何を意味していたのかを知らされることもなかったけれど、あまり、興味もない。何かがあったのは、わかっている。研究所で私の父親代わりをしてくれた東尾所長と私が、本当の親子ではないことも知っていたから、きっと私には、日本に本当の家族が居て、……その家族は、私がボーンに適合したのを機に、きっと私を手放したの、だと思う。理由はわからないけれど、ボーンに適合する瞬間を見てしまったのかも、恐れたのかもしれないし、私が傷付けたのかもしれない。きっと、何かはあったのだろうけれど、覚えていないのならば、無いのと同じだ。私には、日常がない。私はきっと、日常を無くして、ボーンファイターとしての非日常を手に入れたのだろう。

「……もうおきてもへいきなの? きみ、ずっとねてたから、ぼく心配してたんだよ」
「……あなた、だれ……?」

 ドラゴンボーンの適合者、そう呼ばれた私は、地球にとっての希望で、救世主なのだと、大人たちから、そう言われた。その意味は童心には、よく分からなかったけれど、自分がヒーローなのだということは、理解できていた気がする。地球二人目のボーンファイターで、この星の希望なのだと。そう呼ばれたから、私は確かにあの日、自分をそう言った存在なのだと認識して、空っぽの私にも、存在意義が生まれたのだ。
 大人たちからの尋問じみた怒涛の説明や質問が終わり、医務室に取り残された私が、ぼう、っと座っていると、こんこん、と軽い音を立てたドアが開いて、其処に、薄水色の髪の男の子が立っていた。年の頃は、きっと私と同じくらい。その男の子は、私の顔を見ると、にこにこと嬉しそうに笑いながら近寄ってきて、私へと語りかけてくる。私はその意図がよく分からなくて、彼に向かって首を傾げて、言葉を漏らす。思えば、目を覚まして以降、初めて自分の口で意見を唱えたのが、彼、……ルークに対してのその一言、だった。

「ぼくはルーク、はじめまして。きみは、だよね?」
「そう……みたい。あなたは……?」
「ぼく、シャークボーンの適合者なんだ。きみとおなじ、ボーンファイターだよ」
「わたしと、おなじひとがいるの?」
「うん。ぼくがひとりめで、きみがふたりめ。だから、ぼくはきみのみかただよ、
「わたしの……」
「きみをまもることが、ぼくの使命なんだ」
「使命、って……?」
「きみは、地球をまもるようにいわれたよね? だから、地球をまもるきみのことを、ぜったいにぼくがまもる。いっしょにがんばろう、。ぼくたちは、今日からともだち。仲間になるんだ」

 そう言って差し出された手はひやりと冷たくて、けれど、どこか暖かかった。……不思議な、気持ちだった。私がこの星のヒーローで、彼は私を護るヒーローで、突然受け渡されたその使命も関係も、理解し難いもので、本当なら受け入れられるはずもないもの、だったはずなのに。……私には、何もなかったから、なのかな。そうあるべきだと言われたなら、断る理由だって知らなかったから、でしかないのかも。けれど、そのときの私は、それを悪くない人生だと思ったのだ。何もない私でも、世界を救えたなら、私を護ってくれる彼の、笑顔を護れたなら、それはきっと、素敵なことだ、正しいことのはずだと、確かに私は思った。
 あの瞬間は、確かにその事実が私の希望だったのに、……希望は、一瞬で絶望に変わる。

「……どういうことだ!? あの子供が、ドラゴンの適合者ではなかったのか!?」
「あの子供が、龍の姿のボーンに適合するのを研究員が見たと言っていただろう!?」
「それが、ドラゴンボーンとは似て異なるものだったらしく……」
「白だった、ということで……仮に、ホワイトドラゴンボーン、と呼ぶことになりまして……」
「つまりなんだ、また研究は振り出しか!?」
「……だから言っただろう!? あんな子供が、地球を救える筈があると本気で思っていたのか!?」
「おい……! 聞こえたらどうする、流石にあんな子供にそれを聞かせるのは酷だぞ!」

 ……もう、聞こえてるよ、と。そんな声も絞り出せない私の足は震えていて、かといって、逃げ出してしまうほどの勇気もなかった。逃げたところで、私には行く場所なんて何処にもない。ドラゴンボーンの適合者であること以外に、私に意義はなくて、戦士である以外に、私が置いて貰える場所はない。私の帰る場所は、もう、此処しか無かったのに。それなのに、たった一つの使命が今、ひっくり返ってしまったことが、私はこわくて、こわくて。元々、私が何かを持っていたのかも分からない、けれど、全てを失った上で得たのであろう、たった一つの生きる理由。それが覆されるのは、まるで、自分が否定されるのと同じように思えた。私はもう、地球にはいらないのだ、と。そう言われたようで、私は、怖くて、……ずっと、怖くて。

「……大丈夫? ?」
「……ルー、ちゃん……わ、わたし、わたし、もういらないの? ルーちゃんにも、わたしはいらない……?」
「そんなわけない! ……、大人は、ひどいことをいうかも、しれないけれど」
「……ルーちゃん?」
「大丈夫、ぼくはの味方だよ。だって、ボーンファイターの仲間が見つかったことにはかわりがないんだ、ぼくはそれだけで、うれしかった」
「……ありがとう、ルーちゃん……」
「これからも、ぼくがをまもるからね」
「……うん」

 じゃあ、あなたを護るのは私だね。と、そんなたったひとことを言えなくなってしまった私は、結局そのまま、地球の救世主の資格を失った。それは、一瞬の出来事だったけれど、あの頃、私はこの星の希望で、彼の、ルークの希望だったのだ。……だからね、思えばあの日、私の運命は決まっていたのかもしれないね。私は何処まで行っても偽物で、地球にとっては、必要がないものだったのだろうから。
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