決壊

 大切な日常。……それでも、終わりが来る日と知っていた、自らの手で幕を引くとも知っていた、そんな得難い日々が瓦解したのは、本当に一瞬だった。
 任務先の地球にてグラディスやベントーザ、レボルトの配下の面々が敗北し、……ルークたち、研究所側にボーンを回収されて。彼等は、エクェスとしての権限を剥奪されて、レボルトの屋敷からも姿を消してしまったのだ。

 ネポスの地を踏み、不慣れな土地で言葉もまともに通じずに苦悩していた私に、誰よりも親切にしてくれたのはグラディスだった。アイアン化して以来、ボーンの主武装に剣が増えた私に、剣技を教えてくれたのだって、彼だ。ベントーザはそんなグラディスとエクェスでは同期で、セミリアはグラディスを慕う後輩で、グラディスと縁深いふたりも、何かと私に世話を焼いてくれた、なあ。時間属性、というある意味で特殊な属性には、こんな使い方もあるのだと教えてくれたのは、ウルーラだ。私が止めた時間の中では、相変わらずレボルトだけが動けたから、私が時間属性をもっと使いこなせれば、レボルトの力になれるはずだと、彼はそう言って、レボルト自身、私の能力に期待してくれているような節があったから、レボルトに報いるためにも、ウルーラとは何度も手合わせをして貰った。コルウスとグラディスは地球……というよりも日本に興味があるそうで、日本人の私に興味を示して、彼等二人とは特別に色々な話をしたように思う。日本で育ったわけでもなく、大した記憶も持たない私の話は、きっと退屈だっただろうに。そんな私の事情を聞いた彼等は、嫌な顔ひとつしないで、私と話してくれたの。
 ……けれど、そんな日々は、もう、此処にはない。
 私にとっての日常、と呼べる場所を作った張本人であるレボルトが、その日常を既に流し去ってしまったから、だ。そうして、その事実に、幾許かの想いはあっても、……それでも、その日々を返して欲しい、思い直して欲しい、なんて。これっぽっちも思わなかった私は、既に人でなし、だったのだろう。


「地球へ行く。……、お前が案内役をしろ。俺の伴を許してやる」

 ……だから、レボルトにそう言われたときも、私にはあまり、戸惑ったり、躊躇ったり、ということは、無かったように思う。それは勿論、……正直なところ、好き好んでルークたちと交戦したいわけでは、無かったけれど。……それでも、これは私の選んだ道だ。覚悟くらいはとっくに出来ていたし、遅かれ早かれ、私は彼等の前に敵として立ちはだかることになるのだと、自覚していた。私を陣営に引き入れたレボルトにとって、私は、もしかすれば、唯一理想を分かち合える同志、かもしれないけれど。それは私の願望であって、それ以前に私は利用価値があるからこそ、彼に拾ってもらえたのだということを、決して忘れてはいけない。私は、地球のボーンファイターの中でも古株で、彼等と過ごした時間も長く、……優しい彼等にとっては、この上ない揺さぶりの材料になれる。もしも私が、敵として彼等の前に現れたなら。きっと、彼等の拳は鈍る、判断を誤る、だから私が投入されるのは、重要な局面になることだろうと、とっくに分かっていて、……私は、それらも全て、承知していた。

「お前、自ら? それに、を伴ってなど……議会の連中が何を言うか……」
「なあに、既には我々の側だと見せつけてやればいいだけのこと……成果さえ伴えば、連中も納得するとも。なあ? ?」
「……成果……」
「……出来るよなァ? ドラゴンボーンを回収し、持ち帰るのだ。俺と共に、奴等を殲滅し、地球を滅ぼす……それとも、お前には出来んのか? よ……」
「……出来る、よ」
「……ほう?」
「とっくに、覚悟は出来てる。レボルト、私はあなたの為なら星だって堕とすよ。……それが、母星であっても」
「……上出来だ、。では、ソキウス。お前も文句はないな?」
「……ああ。よ、レボルトを頼むぞ」
「任せて。……必ず、私がレボルトを護るから」
「ほう? 言うではないか……ま、期待しておいてやろう」



「……、」
「……久しぶりね、ルーク」
「……まさか、そんな……どうして、きみが……」

 ……そう、覚悟はしていた。誰と対峙したって、私は揺らがないという自信があった。もしも、揺らいでしまったとしても、私には、もう、……一番大切なものが出来てしまったのだから、その大切な人を護るためには、宇宙を堕とす気概で望まなければならないことも、分かっていたし、自分が死ぬ覚悟は、とっくに完了していた。……誰かを、この手にかける可能性だって、それがかつての仲間である可能性だって、分かっていたのに。……でも、それでも、やっぱり、……あなたにだけは、そんな顔してほしくは、なかったのか、なあ。

「……何故、きみが、……その男と共に、我々に剣を向けるんだ……!」

 レボルトと共に、高みから彼等を見下ろす私を見上げる彼の声は、震えていた。ルーク以外、……翔悟たちも動揺しているのは見て取れたけれど、真っ先に声を挙げたあなたと、……私、ずっと昔から、同じ未来なんて一度も見ていなかったのに、ね。
 雷鳴が鳴り響くコクーンの中、私のすることなど、高みから見下ろして、時折、時間を止めてはレボルトにとって都合のいい状況を、整えるくらいのもの。彼等の元まで降りていくこともなく、対話にすら応えない私に、それでもルークは、ずっと叫んでいた。

「……! 何があった!? 話してくれ、きっと私が、きみをその男から助け出してみせる……!」


「……なんだ? 貴様、まさかにご執心というわけか? シャークボーンよ」

 ……ずっと、一方的にレボルトに嬲られていた彼等だったけれど、ルークがあまりにも私に言葉を投げかけるものだから、……どうやら、それがレボルトの関心を引いたらしい。黙秘を貫いていた私に変わって、ルークに言葉を返したレボルトは、不意に私へと振り返ると、私の腰に回した腕をぐい、と引いて、耳元でこう言ったのだ。

「……よい余興ではないか? 言ってやれ、
「……? レボルト……?」
「全員、俺が始末してやるつもりだったが……譲ってやる、シャークボーンには、お前が引導を渡せ。なあに、その方が面白いであろう……?」
「! ……私が、ルークを……」
「……まさか、出来ないなどと言うまいな? 我が同志よ」
「……言わないよ、其処で見てて。……私だけは、あなたを裏切らない」
「……ハハハッ! 連中を裏切ったお前が、か?」
「信じるかどうかは、あなたの勝手。……でも、私はもう決めたの、……私の全部は、あなたにあげる。あなたが要らなくても、私の全部は、もう全部あなたのものなんだよ、レボルト」
「……よかろう、此処で見ていてやる。見せてみろ、。お前の覚悟をなァ……」

 内緒話じみた仕草で、けれど、周囲にも聞こえるだけの声量でそう言ったのは、きっと、彼の趣味だ。それが分かっていたから、それに応えようと、私も声を抑えることはしなかったから。……ルークにも当然、聞こえていたことだろう。高い場所に固定されていた、リベレーション・コクーンの足場を蹴って、背負った剣を抜きながら、私はルークの目の前まで舞い降りる。地に伏していた彼の眼前に、切っ先を突きつける私を、驚愕の眼差しでルークは見つめていた。動けない彼に向かって、逃げろ、と真っ先に反応したのは翔悟の声だ。私はそれすらも無視して、剣を振り上げて、それで。

「……聞こえていたでしょう? 私、地球を見限ったの、これからはレボルトに着いていく」
「……まさか、そんな……奴に脅されているのか? 何かあったなら、話してくれれば、きっと解決の道が……!」
「……脅されてる? 違う、これは私の意志だよ、ルーク。魔神の意志でも研究所の命令でもない……私は私の意志で、地球を見限って! レボルトを護ると決めた! あの日だって、私の意志でネポスに残ったのよ、私は……そもそも、私はレボルトに会いたくて、ネポスに出向いたに過ぎなかった。私はずっと……あなたと同じ道なんて歩いてない!」
「そんな、馬鹿な……、私と話を……!」
「……今更、何を話すの。私達、一度だって話し合ったことなんてあった……?」
「…………?」
「……さよなら、ルーク。あなたのことは、私、……嫌いじゃなかった、好き、だったと思う……でも、それでも……私はもう、戻らない! レボルトの夢のためなら……あなたであろうと、斬る!」

 振り落とした剣撃から、転げるようにギリギリに避けて、そのままルークは私との間に間合いを取る。その距離が、……私と彼の、12年間のようだ、と。……何故かそのときに私は、そう、思ったのだ。私が斬りかかる度に、どうにか剣撃を避けるルークとの距離は、本気で彼の首を取りに行くまで、決して縮まらない。……幼馴染で、周りからはいつだってセット扱いされていて、ふたりでひとりだった私達だったけれど、私が星の核ではないと知った瞬間から、ルークの半身が私ではないことくらい、私には分かっていた。翔悟と出会って、……ああ、彼こそが、と。そう、自覚したときに感じたのは、二度と彼の隣には返り咲けないと言う嘆き、なんかじゃなくて。……只々純然たる、翔悟への嫉妬だった、怒りだった、……だから、そもそもと、して。私は一度だって、ルークと同じ未来を見てはいなかったということ、同じ道を目指すことなんて、無理や無茶をしない限りは到底、出来なかったのだともう知っている。私の隣人はあなたじゃない、私の相棒はあなたじゃない、私じゃ、……そんなものには、絶対になれない。

「……ルーク! その首、貰った!」
「…………!」



 ……レボルトには、私とルークとの戦いに水を差す気はなかったと思う。その状況が変わったのはたったひとつ、動けなくなったルークと私の間に、翔悟が、割って入ったからだ。

『……ふざけんなよ! ろくな説明もなしにさあ!? おかしいだろこんなの! 俺達には言えなかったとしても、ルークには言ってやれよ! こんなのないだろ!? ルークがどれだけ、を心配してたと思ってんだよ!?』

 翔悟の乱入で、私は形成を逆転されて、時を止めて対抗したものの、……多分、レボルトは痺れを切らして、当初の作戦に移行したの、だと思う。……そうして、その当初の作戦も、結局は遂行出来ないままに。私とレボルトは、フレイドの空間転移でネポスに戻された。

「……ごめん、レボルト。私、仕損じてしまって……」
「……ま、お前の責任でもあるまい。あの場で水を差すドラゴンが愚かなのだ、全く、余興の何たるかも分からんとはな……お前の覚悟は、十分理解したとも」
「……許して、くれるの?」
「許すも何もなかろう? まあ、いずれはシャークの首を持ってきて欲しいところではあるが……」
「……次は、獲るよ」
「……二言は、無いのだな?」
「ない。……コクーンでも言ったけれど、私は、……私の全てを、あなたに捧げるつもりだから……あなたが望んでも望まなくても、あなたを護るし、あなたの敵は、……私が排除する」

 それを、私だけの意志だなんて、どうしたら言えただろう。これはきっと、私の意志じゃなくて、レボルトの意志だ。……でも、私は、彼に命令されたからこそ、そうしている訳じゃなくて。何よりも、もう。自分の何よりも、彼を、レボルトを優先すると決めてしまったのだ。そして、それだけは、紛れもない私の意志。私はもう止まらないし、誰にだって、……ルークにも、私は止められたりしない。

「信じるかどうかは、あなたが決めて、レボルト。……でも、私は絶対にあなたを裏切らない。……二度も誰かを裏切れるほど、私、よく出来ていないから」 inserted by FC2 system


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