いつしか崩れゆく箱庭のなか

「……しかしまあ、あんたが裏切るとはなあ。地球で顔を合わせた時には、研究所の従順な犬に見えたがな?」
「……好きに言いなさい。私は、あなた達とは違う」
「……何だと?」
「おい、ヴィクトール……」
「本当のことでしょう? 保身で裏切ったあなた達と私は違う。だからこそ私が、あなた達の監視役なんだから」
「……フン、偉そうな口を……」
「実際、私はあなた達の指揮官だから。私の指示には従ってもらうわ。逆らえば……どうなるか分かっているでしょう?」

 研究所への襲撃と、アイアンボーンの情報の奪取。その名目で地球の地を踏んだ私と、……グレゴリーとヴィクトールの間に流れる空気は、決して良いものではなかった。でも、それも当然のことで、あちらこちらへと渡り歩く彼等を、……私は、はっきり言って好きじゃない。自分のことを棚に上げている自覚はあるけれど、地球にいた頃から敵対関係で、そして現在は奇しくも、同じ陣営に身を寄せてはいるものの、それだって一時的なことで、同じ立場でありながら対極にある私と彼等は、決して、互いの腹の内を探るのを辞めることは出来なかった。

「……おーおー、健気なこって……それもレボルトの旦那の真似事か?」
「……なんですって?」
「地球にいた頃は、連中の真似事も下手だったが、かと言って、悪人気取りも似合わねえなあ、あんたは」
「……何が言いたいの?」
「いやあ? 惚れた男のためによくやるねえ……と思ってな」
「……くだらないことを……」

 グレゴリーが言わんとしていることは、私にも分かる。下手な芝居をしてまで、悪役を気取っているのは、地球を見限ったのは、全てレボルトのためなのだろう、私が彼に恋をしているからなのだろう、と言っているのだ、この男は。……それは、あまりにも見当違いだ。この感情は、そんなに安いものじゃない。私がレボルトに恋をしたのは、只々、彼の人となりを好きだと思ったから、レボルトの隣だと呼吸が出来たから、彼が私を掬い上げてくれたひとだったから。でも、私が彼に尽くしたい、レボルトの夢の礎になりたいと思ったのは、……そのためなら、誰であっても斬り捨ててみせようと思うのは、彼を愛しているから、なんて陳腐な理由じゃない。それは只、レボルトの理想が叶う瞬間を、私も見てみたいと思ったからだ。あのひとが笑って生きている世界こそが、私の欲した日常だと信じたから、だった。

「無駄口を叩かないで。……行くわよ、この場での指揮官は私。決定権はすべて私にある。良いわね?」
「へーへー、分かりましたよっと」
「……精々、判断を誤るなよ」



「……ハッピーニューイヤー! 真夏の新年、メルボルンにようこそ!」
「おっさんがお出迎えとはな……」
「丸腰か?」
「……ま、いつでも撃てる準備は、出来てるぜ」
「……東尾所長」
「おう、。ようやく帰ってきたか、全くお前は、新年だっつのに顔も出さずに……」

 そうして、研究所の周囲に張り巡らされたガードシステムを隔てて、私達と東尾所長は、対峙していた。あっけらかんと笑って、なんでも無いように、最後に会ったときと変わらない笑顔を、必死で取り繕って、……所長、あなたは。昔から、いつもそうだった、な。出会った頃から、ずっとそんな調子だった。

「……やめましょうよ、東尾所長。聞いているんでしょう、ルークから。私がネポスに寝返ったと」
「……ったく、信じたくはなかったんだがなあ、……本当なのかよ、
「本当です。今日は里帰りなんかじゃない、……襲撃に来たに過ぎません」
「……なあ、、……なんでだ? そりゃあ俺達は、お前につらい思いばかりさせてきたことだろう……だが、一言相談してくれりゃあ、俺は……」
「……所長、あなたは何かを勘違いしている」
「なんだと?」
「私は別に、誰かの責任でこうなったわけじゃなくて、只……」
「……只、はネポスに好きな男ができただけなんだってよ? なあ?」
「はあ!? なんだそりゃあ!?」
「! 余計なことを……」
「まあ、そういうわけだからよ、俺らもこいつも説得には応じねえよ、それよかさ、俺らと一緒にネポスに来いよ」
「……はあ!? 何いってんだお前ら!?」
「口利いてやる。……の口添えもあれば、あんたの待遇は保証されるだろうよ」
「……くだらないことを……その必要はないわ、必要なのは、情報だけでしょう」
「おい、……!」
「……所長、ガードシステムの存在は承知しています。でも、これは、……着装していなければ、通過できるということも、私は知っている」
「……来れば、撃つぞ。お前であろうとも、これ以上来ると、……撃つ」
「撃ってください。……元より、そのつもりです。目的さえ成せれば、腕の一本や二本、被害のうちに入りません。地球にいた頃から、それは同じでしょう」
「……んなわけねえだろ! 止まれ! ! ……そんで、帰ってこい!」
「ええ、すぐに帰ります。……あなたから情報を奪って、私はネポスに帰る」

 研究所の屋上に控える狙撃部隊、所長の指示で動くのであろう彼等に、私は本当に、撃たれても良いと思っていた。撃たれるだけの理由が私にはあったし、奪うからには、奪われる覚悟くらいは、出来ていたのだ。

「……甘すぎます、所長。私はもう、絶対に帰らない」

 ……けれど、バリアを通過した私がボーンを着装しても尚、彼等は私を撃たなかった。タイガーとウルフばかりを狙って狙撃しているのは、恐らく、アンナさんの指示だったのだろう。……結局、無傷で研究所内部まで入り込んだ私は、研究所地下の最深部にてレナードとアンナさん、そしてタイロンにも対峙して、グレゴリーとヴィクトールの指示……というよりも脅迫で、データの書き出しを始めたレナードを、黙って、眺めていたのだけれど。

「……!」

 ……誰よりも聞き慣れた声が、背後から聞こえて。私は、静かに振り返る。

「……ルーク、来たのね」
「……、何故、きみが研究所を……」
「…………」
「……っ、着装だ!」

 ……何故、なんて聞くまでもないのに。展開したコクーンの中に移動してからも、ルークは何度も何度も、私に、そして、グレゴリーとヴィクトールに疑問を投げかけ続けた。詳細な打ち合わせをしていたわけではないけれど、兄弟なだけあって、ウルフとタイガーの連携はバッチリで、……お陰で私は、私の仕事に集中できる。……シャークだけが止まった時間の中で動ける、という欠陥が取り払われた今、……ネポスで研鑽を積み、そして時間停止を操れる私の方に、一対一では、確かに分があった。

! 私の質問に答えてくれ!」
「……前にも答えたはず、私は、あなたを殺しに来た」
「……っ、どうして! そんな結論になるんだ! あの男、レボルトに命じられたからか!?」
「違う……私の意志だと、そう言ったはず!」
「そんなはずがない! きみは、そんな人じゃないだろう……!」

 そうして、凌ぎ合いが暫く続いたものの、私の方も有効な決定打を与えることが敵わずに、口論だけが激化して。やがて、状況を打破するために、ルークを中心に彼等はラインを組んで、……ならば、気は進まないけれど、やむを得ないと判断して、……私は、離れて戦っていた二人に向かって声を張り上げた。

「……ウルフ! タイガー! 私を中心にラインを組みなさい!」
「あぁ!?」
「早く! ……この際、魔神の力だろうがなんだろうが……利用するまで……!」
「何の話だか知らねえが……仕方ねえ! タイガー!」
「……ああ」

 顕現する水の魔神に対抗して、私はウルフとタイガーと共にラインを組み、時間の魔神をディセントし、時間の力を受けると、ルークと再度、対峙する。静かに此方へと歩み寄る彼は、……怒って、いたのだろう、きっと。……無理もないこと、それは、当然の怒りだった。

「……ウルフ、タイガー……そして、!」
「……へへ、大分頭に来てるみたいだな」
「きみたちも助けられたんだろう、東尾所長に。今こうしていられるのも、あの人のお陰だろう! なのに、きみたちは……!」
「……お陰、ね。そう、ね。私には、ボーンファイターである事実以外に、存在意義はなかった。その意味をくれたのが所長なら……私は、あの人のおかげで、生きていられたのよね」
「っ、そういうことを言っているわけじゃない! ウルフ、タイガー! きみたちは自分のことばかり……そして、! きみは、自分のことを考えていなさすぎる! 何故、そうも自分を蔑ろにする!? きみを大切に思っている人の気持ちが、きみには分からないのか!?」
「……分からないよ」
「っ、! 何故だ!」
「……私を大切に思っている人はいない。私は、ルークとは違う……私が必要だったのは、戦士だったからというそれだけ……でも結局、星の核じゃない私は、本気で必要とはされなかった! ドラゴンに劣るホワイトドラゴンの適合者でも、頭数が必要だっただけで! ……だから、私にあなたの気持ちはわからない、……あなたにも、私の気持ちはわからない!」
「そんなはずがない! ! よく考えろ! きみだって、本当は……!」
「……ほざくな!」
「黙って聞いてりゃ、ごちゃごちゃうるせえんだよ!」

 問答を続ける私とルークに痺れを切らした、ウルフ、そしてタイガーが、勢いよくルークに向かって飛びかかる。けれど、必殺技を放っての攻撃も、水の魔神の加護を得たルークに対しては有効打とはならず、弾かれた二人に変わって、今度は私が前に出た。時間属性の力を携えた剣撃を、ルークは合気道の要領で受け流し、腕を滑るように躱されれば、今度は私が、懐から思い切り蹴りを入れる。けれど、それすらも寸前で受け止めて、……ルークは決して、私に反撃しようとはしてこなかった。私を止めるばかり、受け流すばかりの彼の行動に、……どうしようもなく、腹が立つ。どうして、ちゃんと戦ってくれないの。どうして、今の私を見てくれないの。……どうして、どうして、どうして!

「……ルーク、あなたは……!」
「……、もうやめよう……」

 決着は着かず、やがて、互いのボーンが赤く熱を持ち、息が上がりはじめて、それでも。……どうして、いつも、いつも。ルーク、あなたは。私自身を、見てくれないの。私と、話してくれないの。私が、ドラゴンボーンの適合者じゃないから? 星の核じゃないから? 必要がないから、私では駄目だったの? それなのに、決して私自身を見てくれないくせに、あなたは知ったようなことばかり言うのね。どうして、あなたは。……今になって、そんなことを言うのよ。

「やってくれたな……! シャークボーン!」
「ウルフ! タイガー! 今君たちを傷付けたのは、君たち自身の力だ!」
「なんだとぉ……!?」
「それに、きみもそうだ……」
「……それは、違う! 私は……!」

 違う、違う、違う! ……そんなのは、絶対に違う。剣を握って、私はようやく私になれたのだ、ボーンファイターのじゃない、何もかものなりそこないで、誰にも求められていなくても、自分の意義を戦うこと以外に見出だせなくても、……それでも、私は私のままで、いいって。誰かの真似をして、与えられた役目に全てを擲たなくとも良い。そう言ってくれたのは、レボルトだけだった。かつて、研究所で学んで身に付けた合気道は、私にとって、私を傷付けるだけのものだった。彼のように優しくないから、なかなか上達だってしなかったし、ずっと、その技は手に馴染まなくて、漠然とした違和感を抱え続けていた。これは、私がしたいことじゃない。こうしなければ、許してもらえないから、……嫌でも、怖くても、やらなきゃいけなかっただけなのに。自分の意志で剣を取って、ようやく私は、自分を傷付けずに居られるようになったのに。何も知らないのに、知ったような顔をして、……そうやって、私を否定するのね、ルークは。やっと前を向けた私を、間違っていると、他でもないあなたが言う、それ自体が。……どれだけ苦しいかも、知らないのに。

「待て、ウルフ、……」
「なんだよ……」
「……何?」
「この戦闘は、本来の作戦行動から外れている……」
「残りの情報を奪いに行くか」
「いや、この戦いでドラゴンはレアメタルボーンに変身しなかった……恐らく……」
「……レアメタルの解析はまだ進んでいない、ということね」
「さっきのデコスケから手に入れた以上の情報はないってことか……となると」
「このボーン研究所は、寧ろ、邪魔だな……」
「そうだな……さて、どうするよ指揮官サマ? 仕上げといくかい?」
「……ええ」

 これ以上ルークと話していると、どんどん頭に血が上って、我を失いそうだった。レボルトと共に、地球に出向いた前回は、もっと、ずっと冷静で居られたのに。……やはり、私の安寧は、彼の傍にしかない。私は最早、レボルトのいる宇宙でしか、生きられなかった。コクーンから撤退し、研究所の通路を歩いていると、嫌でも幼少期からの記憶が蘇って、胸がざわつく。はじめて研究所に連れてこられて、ベッドの上で目を覚ましたときのこと。質問攻めにされて、希望なんてものに担ぎ上げられたことも、その希望が一瞬で砕け散ったことも。ルークと出会ったときのこと。アンナさんが私に、今着ているものはサイズが合っていないと言って、服を買ってきてくれたときのこと。夜更けまでの解析に疲れて眠ってしまった私に、レナードが白衣を掛けてくれたこと。訓練続きで気が滅入っていた時、所長が食堂に連れ出して、私とルークに甘酒を飲ませてくれたときのこと。……全部、全部。壊すと決めたものたちのことを、まるで走馬灯みたいに思い出して。足元がふらつくのを抑えて、頭痛に揺れる頭を振り払って、研究所内部の構造を把握している私が二人を先導しなければと、半ば駆けるように、転がるように、廊下を進み続けた。……なんだか今、無性にレボルトに会いたい。早く、彼の声が聞きたい。私に言葉をかけてくれなくたっていいから、早く、早く、……レボルトの隣に、帰りたいよ。

「これ以上レアメタルの研究を続けられれば、ネポスは不利……」
「……それに、新しいコクーンには、何かありそう、ね……」
「ああ、開発を阻止しておいたほうが良い」
「……じゃ、吹っ飛ばすか」

 研究所最深部、ガードシステムの起動部が備え付けられた部屋。警備兵を蹴散らして、……私はついに、此処まで来てしまった。

「ガードシステムの起動部か、研究所を護る要ではあるが……」
「エネルギーの塊だ、火が付きゃボン! 何もかも吹き飛んじまう。……さて、指揮官サマ」
「……分かってる」
「あんたが出来ないってんなら俺がやってやるぜ? 思い出の詰まった場所だ、吹き飛ばすのは忍びないだろ?」
「くどい。……どきなさい。私は、決着を着けに来たのだから……」
「おーおー、案外肝の座ったいい女じゃねえか、あんた。こりゃあ、ケルベロスの大将も喜ぶなァ? 褒美のひとつも貰えるんじゃねえの?」
「……点火と同時に転送。念の為、着装しておくことね。あなたたちも、死にたいなら話は別だけれど」

 呼吸を整えて、グレゴリーが差し出してきた、対ボーン専用特別弾頭を突っぱねて、私は震える手を必死で隠しながらボーンカードを取り出し、その場でボーンを着装し、剣を抜いて構える。……飛び道具を使ったのでは、駄目だ。それではきっと、当事者意識に欠ける。私がやった、私が破壊した、……私が引導を渡して、全てを終わらせて奪ったのだと、……私は、加害者の自覚をしなければならなかったからだ。



「……なるほど、レアメタルの力、窮地に陥らねば発動せんか。魔神とはやはり、身勝手なものだ」
「ああ、あと、用済みの研究所を吹っ飛ばしてきた」
「研究は大幅に遅れるだろう……」
「……遅れる、とは?」
「職員は生き延びたようだ……」
「……ごめんなさい、レボルト。また、仕損じてしまって……」
「何故、お前が謝るのだ、よ」
「そりゃそうだろ! 研究所をふっ飛ばしたのは俺達じゃない、ぶった斬って火を着けて爆破したのは、我らが指揮官サマだぜ?」
「…………」
「……まさか、お前が?」

 任務を終え、ウロボロスの転送により帰還したは、顔色が悪く、何があったのかと思えば、……地球人の兄弟から、予想だにしない答えが返ってきた。どうやらに外傷は無いらしく、それでもやはり、驚くほどに血色の悪い、青ざめた表情で、は静かに頷き、震える声を隠すように、ぽつり、と俺への謝罪を口にしたのだった。

「……退避の可能性を考慮するべきだった。向こうにはパンサーがいたのに……」
「おいおい、しょげることもねえだろ? 期待以上の成果だ。なあ、レボルトの旦那?」
「…………」
「褒めてやれよ、健気なこった、あんたのために帰る家を吹っ飛ばすなんざ、とてもとても……」
「もういい、貴様らは下がれ。……、お前は残れ」
「……わ、かった」

 連中を部屋から追い出し、俺は、黙り込むに、何か言葉をかけようとして、……俺には、こんなときに掛けてやるような言葉の持ち合わせは、なかったことを思い出した。

「……、俺は、お前を責める気はない」
「……ほん、とう?」
「ああ。期待以上だ、取り逃がしたとは言え……お前は、間違いなく連中に引導を渡した。その行動は、称賛に値する。俺は、改めてお前を信用したぞ、よ」
「……! そ、そっか……よかった……」
「ああ、そうだとも。何か、労ってやらねばならぬな。欲しい物などはないのか? お前は着の身着のままで此方に来たであろう、。何かあれば、俺が贈ってやっても構わぬが?」
「え……ううん、何も要らないよ。衣食住とか、必要なものは、もう用意してもらっているし……レボルトがそう言ってくれて、うれしいし、安心したから……」
「……全く、無欲なことだ。遠慮も過ぎれば美徳とは呼ばんぞ、俺の厚意を無下にするつもりか?」
「え、と……それなら、夜、レボルトと話がしたいな……だめ?」
「ハァ? んなもん、普段からしているだろうが」
「ううん、……いつもと同じが良いの。それに、今夜は、……なんだか、眠れる自信、なくて……情け、ないね」
「……ま、よかろう。では、そのようにするとしよう」
「うん……ありがとう、レボルト」
「……礼を言われるようなことは、していないがな……」

 生憎、俺には、今日のの心境を推し量ることは出来ない。……だが、こいつは俺のために、……遂に、一線を越えてしまったことだけは、俺にも理解できていた。 inserted by FC2 system


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