少なくともここはまだ最果てではない

 、という少女と俺が出会ったのは、そいつが10歳の頃だった。ルークと同い年で、地球二人目のボーン適合者で、……この星の、核。にとっては、それっぽっちのことだけが、あいつの始まりで、それ以前の自身の生い立ちを、本人は何も知らない。だが、当然ながら、俺は知っている。……何しろ、を日本から連れてきたのは、俺だったのだから。

「単刀直入に言う。……は、地球由来の人間じゃねえ。と、いうか……他の星の血が、あいつには混じってる」

 ボーン研究所の襲撃騒動の後、わいわいと炊き出しに盛り上がる荒野の中で、俺とルークは二人、周囲から少し離れて話し込んでいた。先の騒動で、は明確にネポス側として俺達と対立し、研究所を襲い、そして、

『……くどい。……どきなさい。私は、決着を着けに来たのだから……』
『おーおー、案外肝の座ったいい女じゃねえか、あんた。こりゃあ、ケルベロスの大将も喜ぶなァ? 褒美のひとつも貰えるんじゃねえの?』
『……点火と同時に転送。念の為、着装しておくことね。あなたたちも、死にたいなら話は別だけれど』

 研究所のモニター越しに最後に見たものは、……ボーンを着装したが、ガードシステムの起動部を叩き切って、……そして、火を放つ姿だった。

「……彼女のルーツを、あなたは決して自身にさえ話さなかった。……何故、今になって私に、それを?」
「……これから先も、には話さねえよ。……あいつが潰れちまう」
「では、何故私に……」
「そうだなあ……お前らに、このまま仲違いはしてほしくねえから、だろうなあ……」

 本当は、にもルークにも、話すつもりなど無かったのだ。だが、それでも、

「……これ、お前に教えないのはもうフェアじゃねえ。……分かってやってほしいんだよ、あいつはずっと、息苦しかったってことをな……」



 の生家、家は酷く閉鎖的な家だった。由緒正しい家柄ではあるが、家系図がどうにも不鮮明で、積極的に外の世界と関わりたがらない、そういう家だったのだ。……だが、それもそのはずで、の家の初代は、この星の人間では、無かったのだそうで。元々、初代は他の星の人間……要は宇宙人で、同時に、かつて異星の核だった。だが、魔神の怒りに触れたその星は滅ぼされて、星の核とその適合者であった初代のみが、地球に落ち延びたのだという。それから、何代も血が継承されていく中で、当然、その血は地球と入り混じったものにはなったが、初代の罪が原因で、の実家は、魔神を酷く恐れていた。……だから、隠し続けていたのだ。初代が適合していた、かつての星の核。……ホワイトドラゴンボーンは、の一族の手により、長年、秘匿され続けていた存在だった。何百年もの時の中で、初代以降、ホワイトドラゴンに適合したものはおらず、また、ボーン自身の時間の力により、ボーンの時を止め、存在を秘匿することで、難を逃れ続けていた。……だが、ある時。俺達、ボーン研究所が、ホワイトドラゴンの所在を突き止めてしまった。
 ……それが、にとっての終わりで、始まりだったのだ。
 幻獣系の力を有し、星の核を務めたホワイトドラゴンの力は強大で、俺達はその反応を、ドラゴンボーンのものだと思い込んでしまった。事前に予測されていた、ドラゴンボーンが眠っているであろう場所……竜神神社からは些か離れていたが、其処まで遠かったわけでも、なかったからこそ。俺はあの日、出向いてしまったのだ。ボーン発掘チームを連れて、俺はの実家を、訪ねてしまった。

 ……その、結果が、これだ。
 存在の露呈を恐れたホワイトドラゴンは、迎撃の手段……要はガードシステムとして、かつての適合者の血を引くもの、……を適合者に選び、覚醒した。10歳の子供が、何の用意もなく、本来の適合者でもなかったのに、星の核に適合“させられた”。その衝撃により、……ホワイトドラゴンボーンは、適合者の命を、自分の存在維持を最優先した結果、一時暴走状態に陥り大暴れして、の生家であった家の屋敷は壊滅状態に陥っちまった。
 ……それで結局、の一族が宇宙由来の血筋である証拠も、何もかもが吹き飛んで。ホワイトドラゴンを厄介払いのていで研究所に差し出すことで、彼等は追求から逃れ、姿を消してしまったのだ。……厄介払いに、ボーンを娘ごと俺に押し付けて、連中は逃げ切った。……だから、が帰る家は、本当にもう、何処にもなくて。俺は、それをあいつから奪った、張本人だったわけだ。……せめて、研究所がその場所になればいいと、俺なりにあいつの父親代わりをしてきたつもりではあったが、……大前提としてそれは、罪滅ぼしでしかなく、……同時に、嘘に嘘を重ね続けた十数年間でしか、無かったわけで。

「だから、あいつがもしも、地球では生きづらくて、馴染めなかったというのなら……それは、気の所為だと切り捨てられる問題じゃねえ。……実際、俺はの両親を、地球人の感性じゃないと思ったよ。平気で、自分の娘を差し出しちまうんだからな……自分の保身のために」
「……そんな。ですが、彼女は! 私と共に地球のためにと……!」
「それは、本心だろうよ。良いかルーク、断じて言うが、はあいつの両親なんかとは違え! ……こんな境遇でも、素直に、正直に、まっすぐ育ってくれた、いい子だよ、は……だがなあ、きっと、ずっと我慢させちまったんだろうなあ、には……それだって、本当は気付いていたのに、俺は何も気にかけてやれなかった。あいつが欲しかった言葉を、……俺もお前も、研究所の誰も、掛けてやらなかった」
「望んだ、言葉……?」
「多分、はなあ、……俺達はお前がボーンファイターじゃなくとも、お前のことが好きだから、心配してるんだ、身を案じて、大切に思って、必要としているんだ、……と。……そう、言って欲しかったんじゃねえのか。ボーンファイターである以外に、あいつは自分を信じられなかった、認められなかったんだよ。誰からも、必要されてねえと思ってたんだ。必要なのはホワイトドラゴンの適合者で、それも、一度はドラゴンの適合者じゃなかった、ってがっかりされてな、……後がない、と思ってたから、何も言えなかったんだろうよ」
「……そんなの、口に出すまでも、ないことじゃないですか……!」
「……だが、は言われなきゃ分からなかったんだろう。それを、俺達が怠った。……んで、ネポスで初めて、欲しかった言葉をくれる奴に出会っちまったんだろうなあ……」
「……それが、レボルトだと……?」
「ま、グレゴリーの言い分だと、そうみてえだったなあ……」

 きっと、俺達には分からない、それ以上の理由も其処にはあるのだろう。だが、言語化を怠り、あの子の気持ちを汲んでやらなかった俺にとって、思い浮かぶのは所詮、其処までだ。
 ……ホワイトドラゴンこそがドラゴンだ、と。そう、俺が誤解していた一瞬で、あの子の親族は全員、行方が知れなくなってしまった。国連を挙げて探しても見つからず、最早、地球に居るのかすらも定かではなく、であれば、……そもそも、先にあの子の日常を壊したのは、俺だったのだ。あの両親、あの親族だ。例え、ろくでもない日々だったのだとしても、先に奪ったのは、俺。……それが、新たな日常を勝手に決めつけて押し付けて、も納得しているものだろうと傲って、……それで、この後に及んで、新しく見つけた、が選び取った日常を否定したのだ、俺は。それが、帰ってこい、などと。……一体、どの口で言えたんだかな、そんなこと。

「ルーク、お前、のこと、好きだっただろう?」
「……は!? な、何を急に……!」
「見てりゃあわかるよ。……で、どうだ? ……もう、嫌いになっちまったか」
「……それ、は……」
「……無理もねえよ。お前にとっては、の事情なんて知らねえ、だってそんなことは知らねえ、関係のねえ話だからな……」

 隣に座るルークにだって、もう餓鬼じゃないとはいえ、こんな話、……突然聞かされて、受け止められるようなものでも、なかっただろうに。案の定、甘酒の入った紙コップを握る手は震えていて、……それでも、ルークは、言ったのだ。

「……東尾所長、私は……」
「……おう」
「全ての戦いが終わったら、……に、想いを打ち明けようと思っていました。その日まで、彼女が隣にいることを信じて疑っていなかった……本当の彼女から、目を反らしていたのは、私も同じです」
「……ルーク……」
「彼等は、……そして、彼女も、私が止めてみせる。全てが本心だとは私には思えません、……私は、今度こそちゃんと、と話したい」
「……そう、か。……ルーク、お前……」
「はい?」
「大人になった、なあ……」
「はは。……そうでも、ありませんよ、本当は、動揺しています」
「何……?」
の抱えていた不安は、きっと計り知れないもの、だったのでしょう……私は自分の都合ばかりで、何も気付いてやれなかった」

 ばき、と小さな音を立てて、ルークの手のひらの中で、紙コップが潰れる。ぽたり、と溢れる白い雫を眺めながら、……俺はその時、ルークの顔を見られなかった。

「……今度こそは、私が彼女を護る番です」

 ……だって、きっとお前、泣いてたんだろうからなあ。 inserted by FC2 system


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