またたきの越冬

 がネポスに来て以来、余程俺が忙しかったりと都合の悪い日ではない限り、夜は俺の部屋で、と対話を重ねるのが常となっていた。当初こそは、思わず時間を忘れて朝方まで話し込んだものだが、俺もこいつも互いに、多少は真意や腹の底が知れた今となっては、就寝時間前には解散している。面倒だが、明日も片付ける仕事は山程あり、仮にも議員である以上、議会に穴を空ける訳にもいかん。これでも表向きには、勤勉なエクェスで通してきたのでな。未だその振りをかなぐり捨てるわけにも行かぬのだ。だからこそ、その日、……が地球のボーン研究所を爆破してきたその晩も、俺は私室にを招き、雑談に興じて、……普段ならばそろそろ、お開き、といった時間、だったのだが。

「……、お前……毎晩、ちゃんと眠れているのか」
「え? ど、どうして……?」
「顔色が悪い。日中は、……今日の任務が応えたものとばかり思っていたが。……よもや、それ以前からの不調ではないのか?」
「…………」
「……まさかとは思うが、俺に嘘を吐くつもりか? よ」
「……あのね、ネポスに来てから、ほとんど、眠れてないの……寝ると、地球のひとたちに責められる夢、みるから……それが不安で……」
「……はは、ホームシックというやつか?」
「……どう、なんだろ。その家も、私が壊しちゃったから、今夜も多分、眠れないと思う……あ、でも、明日には響かないようにするから、レボルトは、気にしないでね……?」

 慌てて取り繕うその姿は、恐らく、……俺に失望されたくないがためのもの、なのだろう。かつての同胞を自ら葬り去ることに深く傷付いているというその誠実な弱さを、俺とは別種の生き物だ、俺にとってそれは度し難き感情だ、と。そう、突き放されることだけを、こいつは恐れている。……そんなもの、抱いた上で打ち壊すだけの覚悟と気丈さを見せつけられた今となっては、造作も無いことであるのに、それでもお前は、俺からの評価ばかりを気にするのだ。元仲間からの失望より何よりも、俺からの失望を、お前は恐れている。……それらを示されただけで俺にとっては十分である、というのに。……幾夜も眠れず、衰弱しきった顔を伏せる震える睫毛には、見覚えがある。……俺もかつて、と同じくらいの歳の頃、ケルベロスに終焉の結びという希望を教えられるまでは、と同じだったのだ。俺がネポスに生きて、エクェスとして過ごしているそれだけでも、許されないような気がしていた頃が、俺にも確かにあった。であれば、俺には、……今のお前を、突き放す理由がないと言うのに。

「……一度部屋に戻り、寝支度を整えてから、もう一度俺の元に来い。ま、待っていてやらんこともない」
「……え、っと……?」
「……共寝をしてやる、と言っているのだが?」
「え……で、でも、そこまでしてもらっては、あなたに迷惑が……」
「明日、倒れられる方が余程迷惑だ。俺の計画に穴が空くであろうが。それとも、何か? お前は、俺の傍では一人寝よりも余程、安堵できぬと?」
「……そんなわけ、ない……私、レボルトの傍だと、安心するから……えっと……」
「ならば、問題はなかろう。とっとと支度してこい」
「……うん、ありがと……すぐに、戻るね」

 そう言って、俺の部屋を出ていったは、暫くしてから、俺が買い与えた寝間着に着替えて、俺の私室へと戻ってきた。着慣れぬネポスの装束には、まだ何処か慣れぬようで、着方は間違っていないか、と俺に確認してくる姿は、未だ何処か、衣服とちぐはぐに噛み合っていないように見える。……本当は、日中の衣服だって、買い与えてやっても良かったのだ。此方に来る折に、地球の研究所の制服、その上着は自ら焼き払ってしまい、上着を失くした薄手の衣服は何処か寒々しくもあったから、な。だからこそ、の衣類の新調を、俺から申し出ようかと考えたこともあったのだが、どうせ、遅かれ早かれ、そんなものですらも必要がなくなるのだと互いが理解し、承知の上で成り立っている関係である以上、あまり出過ぎた恩情を掛けすぎるのも、それはそれで躊躇いがあった。そうして、結局、必要最低限の衣類のみしか与えられていないは、なかなかネポスの衣類には慣れず、服に着られているような印象が、拭いきれなぬままなのである。

「……あの、もう寝る?」
「……なんだ? まさか、就寝前に、可愛がって欲しい、とでも言うのか?」
「ち、違うよ……! やっぱり、迷惑じゃないかなって、不安になって、その……」
「……心配には及ばん。迷惑であったならばこの俺が、そもそもこんな申し出をすると思うのか? ……俺は、偽善など大嫌いだ」
「……そう、だね。えっと、じゃあ……」
「……ああ、此方に来い」
「……うん」

 軽口じみたその誘いが、真に軽口であったのかは、……正直、俺にも定かではなかった。これ以上、踏み込んだ間柄にはなるまいと想いながら、これ以上の情など抱くまいと想いながら、が俺の部屋に上がることを良しとして、終ぞや寝台なぞにまで侵入を許したのは、どういう訳だったのだろうか。共寝などをして、首を掛かれたらどうするのだと言われたのならば、……俺は最早、に対しては、それっぽっちの警戒心すらも失っている、という事実に他ならなかった。他の奴が相手では、こうは行くまい。他人になど、とても気を許して、共に眠ることなど出来はしない。……だが、にはそれが出来たのは、滑稽な話だが、……その軽口は、存外、俺にとっては本気だった、ということなのかも知れぬな。
 部屋の明かりを落とした、広い寝台の上、は遠慮からか、端の方に丸まって眠ろうとする。俺と比べればよほど小柄なその体躯で、俺に近づきすぎては邪魔になる、とでも思っているのか、或いは、緊張しているのか。双方とも、間違いではなく、事実であったのだろう。

「っ、れぼ、ると……?」
「……此方に寄れ。そうも遠慮されては、不愉快だ」
「……ん、わかった……」

 ……そんなを、放っておいても良かったのだが、俺は、細い手首を乱暴に引いて、徐に背後から抱きかかえてみる。すると、あからさまに心音が早くなるのが薄布越しに感じ取れて、莫迦みたいに気分が良かった。……そうも、焦がれているのならば、さっさと言い出してしまえばよかろうに。そうすれば俺とて、軽口では済ませずに、受け取ってやっても、良い。貰ってやっても良いと、……そう、思っているというのに。

「……おい、眠れそうか……?」
「……わ、からない……けれど、でも……」
「……何だというのだ、
「……すごく、安心する……ありがとう、レボルト……私、やっぱり、あなたの、こと、が……」

 ……其処で途切れた言葉を、最後まで言ってしまえば、少なくともお前は、楽になれたのだろうに。余程疲労の限界だったのか、あれだけ忙しなく、煩かった心臓はいつの間にか一定のリズムを奏で、……あっという間に、は寝息を立てていた。俺はと言えば、その反応に呆れ果ててため息を吐きながらも、……安堵を、殺しきれなかったのだ。腕の中にある、人肌の体温などという薄気味の悪いものに、……俺は、安心しきって、と同様に、眠気に襲われ始めてしまっていた。

「……全く……お前は、勝手な奴だな……」

 俺も早々に寝ねば明日に響くと目を閉じて、の首筋に顔を埋めながら、……俺は日中、が屋敷を空けていた間に突き止めた事実を、睡魔の縁で反芻していた。

 地球に存在するはずもない、核にすら匹敵する、幻獣系の力、ホワイトドラゴン。ネポスの文献にも名が残っていないその存在を証明するには、……少々、時間がかかってしまったが、ケルベロスの協力もあり、俺は遂に本日、ホワイトドラゴンが持つ、……真相を、突き止めた。ホワイトドラゴン、……は、かつて魔神の手で滅ぼされた惑星の、核であったのだ。長い歴史の中で、以降の消息が不明となっており、魔神にボーンごと消滅させられたものとばかり思われ、歴史からも名を消していたが、……恐らくは、地球に落ち延びていたのだろう。そうして悠久の時を経て、誰も彼もに忘れ去られた今になって、……ホワイトドラゴンは、という適合者を経て、歴史の表舞台へと返り咲いた。……つまり、あいつはボーンにより、魔神どもへの復讐者として選ばれた、という訳だ。

『……私のボーンは、多分、私を認めてなくて……嫌い、なんだと思う。私も、ドラゴンボーンじゃなかったからって、ホワイトドラゴンを突き放してきてしまったから、自業自得だけれど……少し、レボルトとケルベロスの関係が、羨ましくなることがあるの……』

 ……は、自らのボーンに関して、そう語っていたが。……恐らく、ホワイトドラゴンは黙秘を貫くことで、に真実を知らせぬことで、適合者を守っているのだろう、と、ケルベロスはそう、言っていた。俺も、概ねその意見には同感であり、……とはいえ、勝手な話だとも思う。……だが、その身勝手は、俺にとっては些か、都合が良かったのかもしれない。

「……、お前は、もしも俺が……」

 俺がお前の真実を、お前に伝えたのならば。が、自らを星の核だと知ったのなら、……終焉の結びを成すパーツに、自分が成れるのだと知ったなら。恐らく、は、……ホワイトドラゴンを、俺に差し出すことだろう。ドラゴンボーンを回収せずとも、今すぐにでも俺の野望を成す手立てがあるのだと、もしもお前が、知ったのならば、間違いなく。お前は今すぐに、全てを終わらせようとする。我が身とボーンを差し出して、お前は俺の夢を叶えようとすることだろう。……それは、最善の道なのではないか? に、全てを教えてしまえば良いのではないか? と、俺はそう思いながらも、……だが、に真相を告げずに、このまま、世界の終わりまでの猶予をお前と共寝をしながら過ごして、ドラゴンボーンを回収するまでは、事態は動かないもの、終わりは訪れないものだと、そう、決めてしまえば。……今暫くは、を手放さずに済むものだと、そうも、思い始めてしまっていた。未だ暫くは、この日々を続けようと、そう、思ってしまっていたのだ。同じく星の核の資格を持たぬボーンの適合者同士として、を同胞と捉えていた節が、少なからず、俺にはあったからこそ。その真実を突き止めたときには、……幾らかの、裏切られた気持ちさえあったものの。……そんな微かな怒りすらも、お前は、吹き飛ばしてしまったのだ。帰る場所を自ら放棄したボーンを持つお前は、自らの手で、第二の故郷を破壊した。そうして、真にホワイトドラゴンと運命共同体の、復讐者となったお前は、……この先、俺が成すことと同じことを先に成し、正真正銘、俺の共犯者、……同志に、なってしまったのだ。……此処で、立ち止まってしまったことこそが、後々、俺の足元を掬うかもしれぬと言うのに、それでも、俺は。……自らの出生を知り、お前がこれ以上傷つくのを、見たくなかったのか、それとも、或いは。……お前を失う覚悟が、とうに緩んでしまっていたの、だろうか。 inserted by FC2 system


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