希望を絶望に変えて

「……知らぬわ! 大体お前ら、レアメタルの情報を持ってくると言ったであろう! 地球では一体何が起こっている!?

 火の魔神に続けて、土の魔神までもが地球側に味方し、ライノーがレアメタル化を果たした……、その一件以来、レボルトは少々、気が立っている。そんなところに、グレゴリーとヴィクトールの兄弟が、レボルトへの謁見を求めて訪ねてきたものだから、……彼等兄弟をあまり良く思っていないレボルトは、それで完全に、腹を立ててしまったらしい。

「……俺達のリアクション見りゃ分かるだろ、ライノーのレアメタル化なんて想定外だっての!」
「全く……使えん連中だ!」
「んだとぉ!?」
「……レボルト、私が地球に行ってくる」
「……何? がだと……?」
「もう一度、地球の研究所……今度は、ロスの本部に襲撃を掛ける。もう、研究所はロス本部しか残っていないから、ライノーのレアメタル化に関する情報は、其処にしかないはず。つまり、本部さえ叩けば……全て、終わる」
「……だが、お前は……」
「戦力に関しては……グレゴリーとヴィクトールを同行させる。……どう? あなたたちも、挽回のチャンスは欲しいと思うけれど」
「黙って聞いてりゃ、何を勝手に……」
「……任せろ」
「おい、ヴィクトール!」
「……全て、解決してやる……」

 そう言って、強引にその場を収めた私に、レボルトもなにか言いたいことはあったのだろうけれど、ヴィクトールが私以上に乗り気で、思いがけなく私に賛同してきたものだから、……結局、今回はその作戦が決行されることになったのだった。

「……まさかあんたが、俺らに挽回の機を与えようとするとはなあ?」
「……別に。都合が良かっただけのことでしょ、研究所の襲撃なんて汚れ仕事、一番得意そうなの、あなたたちだし」
「おーおー、言ってくれるねえ……」
「それに、あなたこそよく私の立案に乗ったわね、ヴィクトール」
「……それも、都合が良かっただけの話だ。お前が切り出せばレボルトは話を聞く、俺から言い出す手間が省けただけのこと……」

 ロサンゼルス郊外に拠点を構えるボーン研究所の本部は、周囲数十kmに渡り、建物や木々といった遮蔽物が一切ない、徹底的に警備を追求した立地に構えられている。周囲にはガードシステムが張り巡らされており、侵入はメルボルン以上に容易くない。……前回の襲撃があったからこそ、警戒レベルは今まで以上に引き上げられていること、だろうし。双眼鏡を片手に、本部の様子を伺いながら、ぽつり、ぽつりと、作戦会議とも雑談とも言えぬ会話を、私はグレゴリー、ヴィクトールと続けていた。

「……ま、あの立案はレボルトの癇癪を抑えるためだろ」
「……癇癪、なんて言わないで。元はと言えば、成果を持ち帰れない方が悪いの、私を含めてね」
「……あんた、本当にレボルトに入れ込んでんだなあ……」
「……それが何?」
「いや? なんつーか、地球に居た頃のあんたは、そういうタイプには見えなかったからよ。真面目で堅物で、感情より理性で動くタイプ、っつーか……まあ、いけ好かねえ女だったな」
「……そうね」
「……なんか、変わったなあ、あんた。まあ、今も昔も、気に食わねえのは変わらねえが……今のほうが、幾分かマシな顔だわ」
「……そう。それは、良かったわね」
「……おい、お喋りはそこまでにしておけ……」

 ウロボロスの力で地球に降りる、……とは言っても、研究所の直ぐ側に転移すると、ボーンを通して、ウロボロスの空間属性の力を気取られる恐れがあるから、と。少し離れた場所から、身を隠して研究所まで接近していく。その道中、……遠くから、エンジン音が聞こえた気がした。一応、この場の指揮官である私の両脇を固める、グレゴリーとヴィクトールにも、その音は感じ取れたようで、……その場に立ち止まる私に倣う二人に、「ボーンカードを出して、……此処で、戦いになると思うから」……そう、一声を掛けてから、私は静かに前を向く。……遠くから、聞き覚えのあるエンジン音が、此方へと接近してきていた。

「……ルーク」
……やはり、きみだったか……」
「……あららぁ! 驚いたねえ! わざわざお出迎えとは!」
「……思った通り、来たな! お前たちも!」
「へぇ〜、よく俺達が来ると分かったねぇ……」

 車を停め、見上げた崖上から飛び降りてきたルークは、私とグレゴリー、ヴィクトールの眼前へと立ちはだかる。コクーンのスイッチを構えたルークに対して、……私は、静かにボーンカードを構えた。

「ドラゴンのデータを狙い、メルボルンを襲ったお前たちだ、ライノーまでもがレアメタル化したとなれば……」
「ロスの研究所を狙う、ってか?」
「ああ。お前たちならば、ボーンを着装しない奇襲もあり得る。張り巡らされたガードシステムも功を奏さない可能性がな」
「だからこんな寂しいところまで迎えに来てくれたのか……嬉しいねえ!」
「研究所に近付くことは許さない! ……、きみにこれ以上、背負わせはしない!」
「……背負う? 何を? 私は私の意志で、研究所を破壊したまでのこと……」
「……だったら、どうして。モニター越しのきみは、ああも悲痛な表情をしていた?」
「……なんのこと?」
「惚けても無駄だ、今だってそうだ……、確かにきみは、きみの意志でレボルトに付いたのだろう。……だが、それでも、きみは、何の罪悪感もなしに、あんな真似が出来るひとじゃ、ないからな……」
「……ルーク、あなたに私の何が分かるというの? 私の何を知っていて、一体、そんな……」
「……ああ、分からないさ。私は、きみの何も知らなかった……ずっと傍に居ただけで、寄り添うことも、歩み寄ることも何もしてこなかったとも」
「……そう、でしょ。私達、本当に、只、一緒に居ただけだった。それ以上でも以下でもなかった……」
「……その通りだ、返す言葉もないよ……。だが、だからこそ私は、もう遅くとも、きみと向き合うことに決めたんだ、。……きみが、もう決めてしまったなら、私が全力で止める。私は、きみの真意を理解するまで引き下がらない」
「……っ、あなたには、一生分からない!」
「それでもだ! 私は、きみとの十二年間を、一生かかっても諦めない!」

 語気を強めてそう言い切ったルークに、……正直、私は少し、たじろいでしまった。……今更そんなことを言って、そんなことをして、何になるの。どうせ、宇宙はもうじき終わる。ルークの言う通りに、もしも今からでも、ルークと歩み寄れたとしても、……ルークが、今も変わらずに、私の大切なひとなのだとしても、それでも。……あなたも、他の誰もが、私にとってのレボルトには、なれない。レボルトの席は、もう誰にも埋められないし、他の何もかもをかなぐり捨てたっていい、と。そう思って、実行に移してしまえるほどに、あのひとは私の全てになってしまった。……だからもう、本当に全部遅いのに、全て、取り返しがつかなくなった今になって、今更、……ルークは私と話そうとしている、分かり合おうとしている。……どうして、こんなにも、この世界は何もかもが、上手く行かないのだろう、全てのピースは、何故在るべき場所で噛み合わないのだろうか。何もかも、間が悪かったから仕方がないのだ、の一言で、済まされてしまうこの世界で、私はすべてを受け入れて、流されるがままに生きて、生きて、生きて、……死んでいるように生き続けるのは、もう嫌だと思った。だから、もう、私は誰の言葉も聞き入れない。帰る場所が無くなったのに、まだ引き返せるなんて、幻想だ。此処で立ち止まり、元居た場所に帰ったところで、……私はもう、呼吸なんて出来ない。あのひとが居ない場所は、宇宙の何処もかしこもが、私にとっては真空だ。ルークが何を言おうと、……私はもう、其処には帰れない。……其処では、生きられない。

「指揮官サマ、そう熱くなんなって……相手のペースに引きずられるなよ」
「……っ、そう、ね……」
「やはりまだ新しいコクーンは完成していないらしい」
「……だから、どうしたというのだ!」
「あら? その調子だと知らないみたいねぇ、コクーンを起動するお前が何も知らされていないとは!」
「……東尾のやりそうなことだ!」
「……なんのことだ!」
「コクーンの真の目的さ」
「目的……?」
「そう……メルボルンから奪ったデータによれば、コクーンはボーンを動けるようにする。それが本来の目的ではないらしい」
「なに……っ」
「コクーンとは、始まりの魔神に関する何らかの装置!」
「始まりの……魔神だと!?」
「……その反応、当然よね……私達、そんなこと聞かされていなかったもの……」

 ……それは、私も知らされていなかった事実であり、当然、ルークだって知る筈もない。……もしかしたら、ルークだけは聞かされていたかも、と考えはしたけれど、この様子では、そんなこともなかったらしい。研究所、……東尾所長が、機密情報を私達に秘匿していたことなんて、今に始まったことじゃなくて、かと言って、教えてもらえないことを恨んだことがあったわけでもない。……私は只、戦う理由があれば、それでよかった、から。……でも、ルークはそうじゃないのを知っているから、ネポスの技術により解析された情報から、コクーンには真の目的があり、そのスイッチを握らされていたルークですら、その真相を知らされていない……と、分かったとき、……私は幾らかの憤りを、確かに覚えた。それはきっと、ルークを想ってのことなんかじゃなくて、……只、許せなかった、だけだったのだろう。私のことなんて、どう想って、どう扱ってくれたって良い、だけど。……今も地球のために戦い続けているルークにさえ、真実が告げられていなかったのは、只々、腹立たしかったのだ。……地球のためだと信じて、自分たちのしてきたことの意味すらも、私達は知らなかった、と言う事実に他ならなかった、から。
 ……だからこそ、私は何がなんでも、此処でコクーン開発を阻止したかった。意図も分からない何かのために戦って、それで、この先に何があるというのだろう。始まりの魔神はレボルトにとって、最後に倒すべき相手であり、彼の敵は私の敵だ。その魔神に関する何らかを、残しておく理由など無く、……それに、コクーンがなくなれば、彼等はもう、戦えない。そうすれば、……私が彼等と戦う理由だって、消えて無くなるのだから。

「俺達はロスの研究所を破壊しに来た、お前の読みは半分正解だ。だが、破壊する理由はレアメタルだけじゃねえ」
「始まりの魔神に纏わるコクーン、そいつが完成する前にロスの研究所には消えてもらう」
「メルボルンみてえになあ!」
「……ルーク、私達は話し合いに来たわけじゃない。其処を退いて、さもなくば……」
「くっ……そんなことは許さない! はっ!」

 ルークがコクーンを展開すると同時に、私は構えたカードを着装し、コクーン内部へと降り立つ、そのときに。背負った剣を抜き、ウルフ、タイガーと共にルークへと攻撃を仕掛けるものの、当然ルークもそれに応戦して、互いの初撃は、大した有効打にはならない。けれど、三体一の劣勢においても、ルークの攻撃は重く、見たこともない気迫を纏う彼は、……私が裏切りを告げたあの日とは、まるで、別人にすら思えたのだ。

「いつになく気合入ってんなあ!」
「メルボルンの恨みか?」
「……そんなことで戦っているのではない。東尾所長と約束したからだ……お前たちを止めると!」
「……止められるなんて、本気で思っているの?」
「止めてみせるさ! きみが何度、私を否定しようとも! 私はきみを否定せずに、きみを止める!」
「はっ、暴走でもしようってのか?」
「一人きりで勝てると思っているのか!」
「暴走など……以前の私とは違う!状況は変わっているんだ。立ち止まっていては、ただ沈むだけ……動かねばならない」
「……なんのことだ?」
「はっ! 随分とまあ、哲学的なお話だねえ……」
「なあに、潮干狩りのときに思いついただけさ。……そして、動けばどうやら人は変わるものらしい」
「……そうね、人は簡単に変わる。だからこうして私は、あなたの前に立ちはだかっているんだから」
「うちの指揮官サマは、こう言ってるけどなあ?」
「……お前たちは地球に絶望したと言ったが、この星も変わる可能性はある。現に起きているだろう。火の魔神、土の魔神は味方してくれた。ドラゴンとライノーの意志に、想いに、応えてくれた!」
「…………」
! きみだって分かっているはずだ! まだ、他の道も探せばいくらでもある! 全てが終わったわけじゃないんだ! まだ始まってすら居ない!」
「……ええ、その通りよ……まだ、何も始まっていない……だからこそ、やらなきゃいけない……」
「……? ……? それは、どういう……」
「……黙れ! ガウジング……!」
「シャドウ!!」
「ぐああっ!」

 対話を望む、そう言ったルークは、決して積極的に攻撃を仕掛けてくるわけではなくて、……そんな彼の態度に、ウルフとタイガーが痺れを切らして、ルークに飛びかかった。二人同時に放たれた必殺技をまともに受けたルークは、コクーン内部を転がり、……そして、コクーンの床が水面のように揺らめいたかと思えば、そのままルークを飲み込み、姿を覆い隠してしまう。

「これは……!」
「ちっ……! シャークボーンが着装者を守って自ら沈んだか!」
「恐らく、そのようね……」
「あと一歩というところで……!」

 姿を隠されてしまえば、此方が出来ることなどない。……でも、あれだけの事を言ったからには、……此処で終わるとは、思えなかった。ウルフとタイガーがルークの姿を探すのを。その場で見守りながら、……私は、身に纏うボーンに意識を集中する。ボーンを通じて、シャークの大まかな位置を、探り出せないかと考えたのだ、……けれど、研ぎ澄ませた意識の中で私が見たものは、シャークの所在などではなく、大きな、……とてつもなく大きな、何者かの、影だった。


「……あな、たは……」
「……適合者よ、こうして相まみえるのは、初めてになるな……」
「……まさか」
「……そなたのボーン、ホワイトドラゴンだ」

 ……そう、それは。その空間で、私に話しかけてきた何者かは。……ホワイトドラゴンボーン、その本体である、……白く巨大で、何処か神々しい姿をした竜、だったのだ。

「……此処は、何処? なぜ、あなたが……私の前に……私に姿を見せる気など、なかったのでしょう……?」
「……適合者よ、それは違う。私は、そなたを護ろうとしていたまでのこと、私がそなたに干渉しすぎては、そなたの身は危うくなる。真実は、そなたには話せぬ」
「……護るって、なにそれ……? 私、一度だってそんなこと、あなたに望んだ……?」
「……望んでおらぬな。だからこうして、そなたの前に現れた。……適合者よ、確かに気配を感じる」
「……? 気配って」
「水の魔神の気配だ。……シャークボーンの適合者は、おそらく現在、水の魔神の近くに在る」
「……! まさか、それは、」
「……来るぞ、レアメタルボーンが。……どうする、適合者よ。このままでは、無事では済まぬ」
「どうするって、そんなの……」
「撤退するか」
「……あり得ない。そう簡単には、退けない」
「……適合者よ、我は魔神に疎まれる存在。我の手引では、そなたを魔神に認めせることは出来ぬ」
「……っ、そんなの、別に私は望んでない! 私は、魔神なんて、根絶やしにしてやりたいと思ってる! 認められたいなんて、思わない!」
「……我もだ、適合者よ」
「……え?」
「ならば、我らに出来ることは……時間の魔神を飲み込み、従えることのみ」
「……飲み込む……? したがえ、る……?」

 意識の縁で、ホワイトドラゴンは私にそう囁く。その意味が、一瞬私には、理解できなくて。……けれど、グリフォンボーンをレボルトが飲み込んだあのときのことを思い出して、はっ、と思い至る。……まさか、あれと同じことを。……魔神相手に、しろ、というの、あなたは。……そんなの、そんなことが、……落ちこぼれの私なんかに、出来るはずが、

「……そなたならば出来る。我も、力を貸そう。先に巻き込んだのは我である……我は、そなたを護るためならば、如何ようにでもしよう」
「……でも、そんなこと……」
「……成さねばならぬのだろう。魔神が、憎いのだろう」
「……っ、」
「一時的にであれば、十分、実現可能だ。我が引きずり出し、そなたが従えよ。……願え、適合者よ。全てを従え、組み敷くのだ」


「……っ、う……」

「……シャークボーンは後だ! 先にロス研究所を破壊する!」
「……待て! こいつは……!」
「水の魔神……! しかも実体だ!」
「マジかよ!」
「水の……魔神……!」
「……ほんとうに、まさか、そんな……!」

 ちかちかと小さな光が弾ける視界、……ボーンと対話していた場所から意識を引き戻して、頭上を見上げたとき、……其処には、本当に水の魔神が立ちはだかっていて、その掌の上にルークが立っていたのだ。……あれは、白昼夢なんかじゃない。どうして今になって、突然に、ボーンが私に干渉しようとしたのかは、分からない。……でも、確実にわかっていることがふたつだけ、あって。それは、レアメタル化したシャークに対抗策を切らない限り、……やらなきゃやられる、ということと、……私に、始まりの魔神の眷属、その一柱を叩き折り、反旗を翻させて、……始まりの魔神の戦力を、削ぐことが出来るかもしれない、……と、いう、それだけ、だった。

「レアメタルシャークだと!?」
「……させない」
「っ、おい、指揮官サマ!? !? 何処に行くんだよ!?」
「……これ以上、あなたたちの好きにはさせない!」

 ……こんなところで、成す術もなく諦めることなんて、もう出来なくて、敗北を喫し、もしも無理矢理、研究所に連行されてしまったりでもしたら、……多分、きっと、私はボーンを召し上げられて、二度とレボルトに会えない。あのひとの明日を、見届けることなんて出来なくなる。……それは、嫌だ。ボーン適合者としての資格も、ボーンカードも、本当は私にとって、どうでもいい。でも、これが地獄への片道切符だというのなら、私はこれを、レボルト以外の誰にも、渡すわけにはいかない。……私は、必ず成果を伴って、レボルトの元へと帰還しなくてはならない!

「……ホワイトドラゴン! 話に乗ってあげる……魔神を、此処に!」

 喉が潰れそうになるほど、強く、強く叫んだその声は、コクーン内部に反響し、……やがて、一瞬の静寂を経て、宇宙を引き裂くほどの、ホワイトドラゴンの咆哮を、私は聞いた。そうして、空間が裂け、ホワイトドラゴンの手により、其処から引きずり出されたのは、……時間の魔神、その本体。

「……時間の魔神! 私に従え!」
「……時間の魔神、だと……!?」
……!」
「……この私と、ホワイトドラゴンに! 屈しろと言っている! 黙って従え、力を差し出せ!」

 実体を伴って顕現した時間の魔神は、一度は、私を圧殺せんと掌を振りかざしたものの、……私は、振り下ろされたその腕に飛び上がり、坂道を伝うように、魔神の身体を駆け上がると、……胸部のコアに向かって、思いっきり突っ込んだ。コア周囲に障壁を展開し、尚も抵抗する時間の魔神を、……最後には、斬撃で振り払って、……そして、どぷん、と。コアの内側に、私は沈む。その中で、ボーンが焼けるような熱を持つ感覚を覚えた。じゅうじゅうと、体の内側が焼ける音を立てているような、引き裂かれるような痛みを伴って、それでも、私は、……力だけを奪い、魔神の内部から脱出すると、再びコクーンへと舞い戻る。時間の魔神から飛び降りながら、私は、……ボーンを着装した自分の四肢が、確かに形状を変えているのを見た。迸るような力が内側から溢れるのを感じる、……そうだ、これが、

「……ホワイトドラゴンまでもが、レアメタル化を……!」
「っ、おい指揮官サマ、それ、大丈夫なのかよ!? 随分しんどそうに見えるぜ!?」
「……っうる、さい……!」
「……、まさか……きみは今、魔神を……」
「……っ、そう、私は魔神を飲み込んだ! あなたたちが縋る魔神も、所詮はこんなもの……行くわよ、ルーク!」
「……っく、行くぞ! !」

 レアメタル化により、光の柱の如くに伸びた剣先を振り降ろして、私はルークに向かって斬撃を放つ。……無茶なレアメタル化を測った反動で、身体のあちこちが悲鳴を上げていて、痛くて、本当は、腕を動かすのだって苦しいくらいだった。……けれど、その程度の苦痛は、此処で引き下がる理由にはならない。……私は、やらなくては、成さなくては。ルークがそうまでして私を止めるというのなら、私は、何が何でも、……彼を倒してでも、押し通る。

「……ふざけるな! お前たちはいつもいつも! 東尾も! 何処にある! 絶望的なこの星の、何処に可能性があるというのだ!」
「水の魔神が力を貸した真意は分からない……だが、これだけは言える! 物事はすべて変化する、絶望だって、希望に変わり得るんだ!」
「……絶望が希望に変わり得るなんて、そんなの私だって知ってる! 私はネポスで、それを知った……! だから! あなたが私を阻むなら! 私はあなたの希望を絶望に変えて、星ごと打ち砕く!」

 駆け出すルークを光の剣で一刀両断しようと腕を振り抜く私は、……一瞬、気付かなかった。全身を貫く強烈な痛みと、目の前のルークに気を取られて、……見落とした。気付けば、私の斬撃が滑り行くルーク、……に向かって、タイガーが駆け出していたことに私は気付かず、私よりも一瞬先に気付いたウルフが、慌ててそれを追う。

「……どいつもこいつも甘いことを……! 分かったような口を、利くなァ!」
「っ、おい!」

 私とルークが放った大技は、互いにぶつかり合って相殺、……とはならずに、タイガーと、それを庇ったウルフが光の渦の向こう側へと飲み込まれて、……やがて、視界が晴れたとき、ウルフはコアがクラッシュし強制送還、……タイガーもまた、既に戦える状態ではなかった。

「認めんぞ……認めんぞ、認めんぞ……! 俺は、絶対にぃ……!」
「……タイガー、今回の件は、レボルトに報告する。……ウロボロス、私とタイガー、……それに、ウルフボーンの、転送、を……」

 ……もうじき、コクーンの制限時間に到達する。ルーク以外の地球側の彼等も駆け付け、彼等の本拠地付近で、私一人になるのは、……流石に、得策じゃない。いくら、もうコクーンの外でも動けるとは言っても、レアメタル化による疲労で、中の私がすでに、限界なのだ。……仕方ないけれど、今回は此処で引き上げるしかない。……タイガーが独断行動さえ起こさなければ、……もう少しは、どうにか出来たかも、しれなかったのに。……まあ、それも、指揮官としての未熟さ、か……。ずっと、指揮官の役目は、ルークに任せてきて、しまった、から……。

「……! 待つんだ! まだ、話は……!」

 消滅するコクーンの中、最後にルークの声を背中に聞きながら、……どうやら、私の意識は、帰還するまで保たなかったらしい。揺らめく視界、傾く身体の感覚が曖昧になる中で、私はレボルトのことを、考えていた。……ああ、はやく、あいたいなあ。研究所のデータは持ち帰れなかったけれど、少なからずの収穫はある。……私が時間の魔神を組み敷いたと知ったなら、レボルトは、……少しでも、喜んでくれる、かなあ。……褒めて、ほしい、なあ……。 inserted by FC2 system


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