目を瞑ると目は合わない

 ……ふわふわ、ゆらゆら、意識が揺れている。此処は、何処だろう。身体に力が入らなくて、なんだか、手指の感覚も鈍い。……ああ、もしかして、此処は、全部終わったあと、なのかな。新しい宇宙が成って、私はもう……死んだ、のかな……。どうしよう、必死に思い出そうとしても、最後の瞬間、レボルトの願いが成就したのだったか、どうだったのか、思い出せなくて、……ああ、こまるなあ、見届けられなかったのかどうかも、これじゃ分からない。その結末が良いものであったことだけが、地獄での慰めだと、思っていたのに、な……。

「……っ、う……」

 ぼやけた意識の中から、緩やかに覚醒し、白い天井を見上げる。……此処、何処だろう……。どうやら、見覚えのない寝台に寝かされているようで、寝台の周囲にはいくつもの機械が置かれていた。次第に感覚の戻ってきた身体は恐ろしく痛くて、……ああ、そうだ、私、確か、地球で、ルークと戦って……。

「……っ!?」

 ーーそこまで思い出して、急激に意識が覚醒する。ベッドから飛び起きて、……そうだった、私はグレゴリーとヴィクトールを連れて地球に任務に向かって、其処でルークと対峙して、レアメタル化を測った彼にどうにか対抗しようと、ホワイトドラゴンの提案を飲んで、魔神を組み敷いて、それで、無理矢理、レアメタル化を果たして、辛うじて三人揃って帰還は果たした、の、よね……?

「……気が付いたか、随分と眠っていたな」
「……れぼ、ると……?」
「おい、まだ動ける状態ではなかろうが、無理に起き上がるな」
「で、でも……」
「利き腕の骨が折れている。ま、それもネポスの医療技術で、完治までそう時間はかからんが……それ以外にも、体の内部、全身に裂傷が見られるそうだ。当面は精々、休んでおくことだな」
「……ご、めんなさい……」
「……何故お前が謝る。……グレゴリーとヴィクトールから、地球での件は聞いた。……時間の魔神を制し、レアメタルの力を奪い取ったそうではないか……?」

 ……俺の問いかけに、は控えめに頷くと、申し訳無さそうに「……ライノーボーンの情報を、持ち帰れなかったし、コクーンの破壊にも失敗してしまったけれど……」……などと、しょうもない謝罪を言い出すものだから、色々通り越して笑えてくる。全く、お前は本当に、事の重大さが理解できていない。自分が何を成したのか、自覚がなさすぎるであろうが。

「んなもん、今回に限って帳消しだ。いいか? お前は、魔神を組み敷き、従えたのだ。……これがどういうことか、お前ならば、分かるであろう……?」
「……人が魔神の上に立つことは可能だと、証明された……?」
「そうだ。ま、一時的なものだったとは言えども……お前は今後、今回よりも時間の魔神を御せるようになるかもしれん」
「だ、だったら! もう一度、試して……!」
「それは、傷が癒えてからでいい。そんな様で何が出来る」
「……ごめん」
「謝るなと言っておろうが……お前は十分な成果を出した、……ま、褒めてやってもよかろう」

 ……本当に、俺という人間には、こんなときに掛けてやる言葉の引き出しが、余りにも少ない。上っ面の言葉なら幾らでも出てくるものの、最早は、俺の上辺など一瞬で看破できる程度には俺の近くに居るのだ。……そんなもの、掛けたところで、俺にとってはその程度、と。そう、が誤認するきっかけにしか、ならない。既にその節が大いにある以上、それは極力、避けたいところであった。がどう感じ、俺をどう思うか、などという話ではなく、これは、単純な信頼関係の話だ。不信を集めて、最後の最後に計画がご破綻になるなど、あってはならない。只、それだけのことであって、……を気遣ったわけでは、こいつからの信用を欠くのが嫌だったわけでは、決してないのだ。……そうだ、俺という男に気遣いなど、出来る筈もないのだから。

「ほ、褒めて、くれるの……?」
「ああ、褒めてやるとも。十分過ぎる成果だ、現地でお前の足を引っ張ったというあいつらとはまるで違う」
「そ、そっか……よかった……」
「……そうも、気にしていたのか」
「気にしてた、というか……コクーンで意識を失う、ときにね」
「ああ」
「レボルトに会いたいな、って、そう思って……褒めてもらえたら良いな、って、そう思ってたから……」
「……ほう」
「それが叶って、嬉しいな、と思ったの……」
「……そう、か」

 時折、思うが。……こいつは、は、些か素直に過ぎる。今までの人生で、本当に思っていることなど一度も言えた試しがなく、自分の思いを言葉にすることも叶わなかった、という、その反動なのか。本当に、思ったことは全て口に出すのだ、こいつは。とは言え、現在は俺と共犯関係にあるため、言いたくとも言えないことならいくらでもあり、その反動が何処に出るかと言えば、当然、俺との対話の中、ということになる。……幾ら、俺への好意を口に出さない、と。そう、が決めていようが。要は、全ては筒抜けでしかないのだ。ソキウスなぞに口添えされなくとも、とっくに、ずっと前から。が俺を好いていることなんぞ、俺は承知の上で、……その上で、俺は、を傍に置いているのだった。……故に最近、俺は、思うのだ。は、俺に嘘を吐かない。であれば、俺の方から、お前は俺のことが好きなのではないのか、と。そう、問いかけたのならば、素直に頷くのではないか、と。……さすれば、俺も、……少しは、お前に対して素直になれるのではないか、と。……そう、思わずにはいられんのだ。

「……あ、ライノーのレアメタル化については分からなかったけれど、ホワイトドラゴンから、何かデータは解析できる? よね?」
「ああ。そちらは既に解析に回している。着装した状態でのデータも欲しいところだが……ま、それは後でよい。今暫く、身体を休めておけ。……本当に必要なときは、お前に動いてもらう」
「……分かった。……あの、ところで、此処は、病院?」
「いや? 俺の屋敷の医療室だが、それがどうかしたか?」
「そっか……! あの、入院とかだと、……しばらく、レボルトとお話出来ないなあ、と思ったから……」
「……点滴も取れたからな、今夜からは部屋に戻ってもよい」
「! そ、それなら……!」
「ああ、俺の部屋に来ればよかろう。だが、身体に障らん程度にしろ、早めに休め。……眠れんようなら、隣りに居てやる」
「……また、一緒に寝てもいいの?」
「……全く、お前くらいのものだ。俺と好き好んで、同衾なぞを望むとは……」
「……ふふ、そっか。私だけ、か……」
「……なんだ、その顔は」
「ううん、なんか、嬉しいなあ、って……」
「……くだらんことを」

 ……そうだ、その通りだ。くだらんことではないか、そんなもの。……今に終焉が訪れると知っていて、それ以上を望むのは、……こんな宇宙に未練などを作ろうというのは、あまりにも、愚かだ。そんなものは、神に成る男のすることでは、なかろうよ。 inserted by FC2 system


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