そんなさみしいことなんで言うの

 私がボーン研究所に連れてこられたあの日からの十二年間、私達は辛酸を舐め続けて、戦いはどんどん激化、……というよりも、どう考えても、私達の力が、敵に到底及んでいなかった。宇宙から飛来する得体の知れない侵略者たちは、コクーンがないとまともにボーンを動かせない私達と違って、重力下でも身軽に動ける、練度以前に体の構造が違うのかもしれないけれど、ともかく凄腕の戦士ばかりで、……そんな侵略者たちと戦っている、なんて言えるほどに、私達は、……否、私は、使命に殉じることすら、出来ていなかった。ルークとふたり、ほとんど逃げ惑ったり、矢面に立つことは辛うじて出来ていただけの十二年だったけれど。その間で増えた仲間は、たったの二人。それでも、二人で戦っていた頃よりまだ、ずっと、ずっと心は軽かったけれど、日に日に増える傷に身体が痛くて、指先ひとつ動かすのすら重たくなってしまって、……これで、本当に良いの? ……と、そんな風に、行き場のない自問自答だけを重ねる日々が、続いていた。

「……、所長からの指令だ。我々は、日本に発つ」
「日本……? どうして、今更……」
「……きみの出生に関することではないんだ、すまない。……日本に、ドラゴンボーンが在り、適合者がいるそうだ」
「え……」
「私も、知らなかったんだ……だが、既に見つかっていたらしい」
「……そ、う、だった、の……」
「……大丈夫か?」
「え?」
「顔色が優れないように見えるが……」
「……ううん、なんでもない。日本行きの件、了解したわ、ルーク」
「……ああ、よろしく頼む」

 軽かったのだ。……そう、確かに、それまでは、辛くて、苦しくて、もう何もかも嫌だ、とさえ思っても、なにもないよりはずっと、きっと、まだましだから、と。……それ以前は、そう、思えていた。

 それが変わったのは、日本の地を踏んでから。

 本物のドラゴンボーンの適合者に選ばれたのは、年下の少年だった。彼は、私が、成りたかったもの。私では、成りきれなかったもの。それに成った少年は、酷く優しくて、強くて、周囲に気を配れて思いやりがある、人物で。正しく彼こそが、地球の救世主、ヒーローと呼べるもの、だったのだ。それこそ、意を唱える理由すら見つからない、くらいに。
 ボーン研究所に助力するつもりはない、適合者としての運命を受け入れる気はない、……そうは言いながらも、翔悟はその任を、結果としては受け入れた。しかし、その使命を、すぐには受け入れなかった翔悟のことを、私は、……快く受け入れられた、と言えば、嘘になる。私は、正直なところ、……彼に、翔悟に、嫉妬した。彼にとっては、そんな羨望は迷惑だと分かっている。だけど、私が欲しかった資格を自ら放棄した上で、最後には、自分の意志でその権利を選び取った彼は、何処までも私とは真逆の存在だった、から。……私が、ドラゴンの適合者の資格を欲しかったのは、そういうものだ、と、そう一度、定義付けられたから、に過ぎなくて、その資格を持って何を成すか、何を護りたいか、なんて。……考えたことも、なかったのだ、私は。記憶を失った、中身のない幼子ならば、それも許されたのかもしれない。でも、私は、そのときに気付いてしまった。……十二年、ボーン研究所のとして、戦士として、生きてきても、私にはまだ。ボーンを以ってして、自分の意志で護りたいと強く願うものは、……何もないのだ、と、いうことに。

『……きみは、地球をまもるようにいわれたよね? だから、地球をまもるきみのことを、ぜったいにぼくがまもる。いっしょにがんばろう、。ぼくたちは、今日からともだち。仲間になるんだ』

 ……確かに、護りたいと思ったものは、あった。けれど、やっぱりその資格は、私にはないのだと思い続けた苦悩に、既に解は導かれてしまった。“そういう願い”を抱いて良いのは私じゃなくて、翔悟。私には、そんな資格は、そもそも備わっていない。結局私はこの十二年、非日常の中にしか生きていなくて、……だから、私には、彼の語るところの日常の意味を、理解できなかった。
 日常、とは、なんだろう。……戦いを重ねるだけの日々に、そんなもの、本当にあるのだろうか。
 それ以上のことを、全く考えられない私とは裏腹に、アントニオには、タイロンには、ギルバートには、……そして、ルークには、翔悟の言葉が、届いたらしい。ドラゴン、翔悟に同調した彼らは、あの頃に比べて、本当に穏やかになった。……それなのに、私だけ囚われていて、何も変われていない。どうしても、どうしても、私は思ってしまうのだ。……それは、私のボーン、ホワイトドラゴンの声、だったのか。それとも、私の声、だったのか、それも定かでは、なかったけれど。……どうして、あの場所にいるのが、私ではなくて翔悟なのだろう、と思ってしまう。翔悟と出会ってから、仲間は変わった。中でも、私がどう足掻いたところで救えなかったルークは、彼に、翔悟に、確実に救われて、変えられていた。家族を知らない私には、ルークの苦悩に寄り添うことだって出来なくて、……だから、やっぱり私じゃなくて翔悟である意義があるのだ、と思い知らされた。皆の笑顔が増えたのは、喜ばしいことの筈なのに、それでも、私は全然、その日々の中では笑えなかったのだ。私だけが変わらない、変われない、変わりたくない、認められない、認められたかった、必要とされたかった、なのに。……私が欲しかったもの全てを持っている彼が、私の救いたかったもの全てを救えるのなら、私はやっぱり、ここにいる理由が、ないよ。知りたくなかった、信じたくなかった、本物である彼を、私という偽物が、肯定してしまったなら、もうそんなの、そんなことを、したら、日常どころか、私は、……私はきっと、可笑しくなってしまう。自分の意義を、徹底的に叩き壊されて、それでも、……まだ笑える自信は、私にはなかったのだ。

、立てるか?」
「……平気、何も、問題ないわ」
「でも、さっきの戦いであいつらにやられてたろ、俺達を庇ってさ。助かったけど、無茶されると心配する、っつーか……」
「……無茶?」
「そうだよ、だってあんな戦い方、おかしいじゃんか」
「……いえ、無茶じゃない。大丈夫よ、翔悟の代わりは、いないんだから。私が、何に変えても、あなたを護らないと……」

 無茶じゃない、無理じゃない、私は何も、無理なんてしていない。私が何度、そう唱えても、翔悟はそんなはずがない、と言って食い下がらなくて。私には、その意味もわからなかった。……だって、あの日からずっと、ずっとそうだったもの。私は、私に出来ることしかしていないし、私に出来ることしか出来ない。その結果、私は何も成せずに今日まで歩んできたのだ。私はずっと、何も、出来ないままで。いつだって、何も、出来なかった。


 ……そう、何も出来ないまま、役に立たないまま終わるくらいなら、最後に、少しは役に立たなきゃいけないと、そう思ったの。そうじゃないと、私が地球に居ていい理由は、何処にもないと思った。……だから、ルークにそれをさせるくらいなら、ルークがそれをしないなら、と。そう、思って。……それで、私は、ボーンの暴走に飲まれた、筈だった。私とボーン……ホワイトドラゴンは、仲が良くない。私は彼を望んでいないし、そんな私を、彼も望まなかったのだろう、と思う。だから、彼は私が暴走に身を委ねたときも、止めなかったし、私がそのまま命を落としたとしても、彼には関係がなかったのだろう。ただ次の適合者が現れるだけ、なのだろうし。まんまと思い通りにボーンの引き金を引いて、本能がままに暴れまわり、敵を退けて、ぼろぼろに傷付いて、……其処で、全部終わりに出来たなら、良かったのにね。

「……気が付いたか?」
「……るーく……」

 私は、地球を護れるほど強くはない。でも、簡単に死ねるほど弱くもなくて、自暴自棄な暴走にまで打って出たくせに、私は。結局、命を拾ってしまった。滞在先のホテルの部屋で、ベッドに寝かされた私が意識を取り戻したとき、ベッドの縁に、ルークが座っていて。ぽつり、ぽつり、と。こぼすように、彼は私に言葉をかける。背中越しのその声は、少し震えていて、けれど、ルークの表情までは見えなかった。

「……何故、あんな無茶を?」
「……ルークの代わりに、私がやろうと思ったの」
「……それは、私を護るためか?」
「……わ、から、ない……」
「……、」
「なに、ルーク」
「二度とこんな真似をしないでくれ、……きみが居なくなったら、私はとても耐えられないよ……」

 果たして、私はあのとき、死んでしまいたいと思ったのか、逃げ出したいと思ったのか、翔悟を守る使命に殉じたに過ぎなかったのか、……それとも、ルークを死なせたくなかったから、私がその代わりを果たそうと、そう思ったの、かな? 結局、私の答えは出ないまま、ルークを納得させることも出来ないまま、……いつから、私はこんなにも、ルークの気持ちがわからなくなってしまったのだろう、と思って。きっとそれは、私よりも余程、ルークが言いたい台詞なのだろうな、ということだけは、理解できたような、気がした。 inserted by FC2 system


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