Till death do us part.

「……ほう、良い面構えだ」
「……レボルト。リーベルトさんも、クルードさんもシュトルツさんも、ソキウスだって、みんな同じ仲間だったんじゃないのか。なのに、騙して裏切って、なんであんな酷いことするんだ!」

 そう言って、自らに詰め寄る翔悟を見るレボルトの目は落ち着いていて、それでいて、激情と静寂とが同時に渦巻いていた。この戦いを楽しむ戦士としての本能と、決着を逸る気持ちと、彼等に対する煩わしさとが、ないまぜになったような。そんな目で、レボルトは翔悟を射るのだ。

「……フン、酷い? 其処の二人が居たという裏切りや憎しみに満ちたという貴様らの星……地球と比べれば、可愛いものではないか?」
「!」
「貴様らは、を散々裏切り者と罵っていたようだが……そもそも、先に裏切ったのは貴様らではないのか?」
「な……そんなわけないだろ!」
「果たしてそうか? もしも本当に、貴様らの言う通りだったならば、が地球を見限ることなど無かったのではないか? 貴様らに失望したからこそ、は俺に付いたのだ」
「……そんなわけ、あるかよ! 大体、あんたはを利用して! 最後にはのことも、宇宙と一緒に消そうっていうんだろ!? ……なあ! ! 帰ろう! こんな人が言うことを信じちゃ駄目だ、ルークだって待ってるんだ、今からでも、遅くないから!」
「フン、始まりの魔神に、滅ぼされようとしている奴らが何を……」
「……あなたに、何が分かるの? 翔悟」
「え……」

 ……翔悟も、それに、グレゴリー、ヴィクトールも。私の選択は間違っていると、私が騙されていると、何度も何度も、そればかりを繰り返して。……何も知らないから、そんなことが言える。騙されているだの、間違っているだの、そんなのは、今の私が一番聞きたくない言葉で、全く持って聞き入れる気にならない言葉だった。突如として全宇宙に牙を剥き、これから全てを更地にしようというレボルトの言葉は、それは当然、彼等には到底信じようもなく、疑いしか生まないことだろう。その上、レボルトの手によってソキウス、……レボルトの共犯者だと思われていた彼が、目の前で消されてしまった以上、次は私だと、誰もが思うことだろう。……それは、私にも分かっている。そして、実際に私は、最後には自分も犠牲になることを知っている。確かに、彼等の言い分は間違いではない。……そう、結果としては、間違っては、いない、けれど。

「……翔悟、分かったような口を、利かないで」
「…………」
「仮にあなたの言う通りになったとしても……私は、それでいい。私は自分のすべてを差し出してでも、レボルトに付いていくって決めた。だから、自分が犠牲になることも納得してるし、そこに保身なんて、そもそも存在してないの。……私は、レボルトのためなら、自分の命を惜しんだりしない」
「……っ、なんでだよ! おかしいだろ! そんなの! なあ、研究所でさ、地球で、日本で……俺とが過ごした時間って、そんなに多くなかったかもしんないし、を心配……してるのは、俺が一方的に、かもしれないけどさ! ……でも、ルークは違うだろ!?」
「……そうね、それは、そうかもしれない」
「だったら! ……ルークの気持ち、考えてやってくれよ……ルークはきっと、今だって……」
「……でも、私の気持ちを、ルークは考えていなかったのに?」
「……え?」

 相手の気持ちを考えて、周りに合わせて、我慢して、同調して、自分を抑えて、耐えて、耐えて、耐えてきたところで、……その先には、結局、何もなかったのに。何もその責任を、誰かに負い被せるつもりはない。例えば、ルークが私を分かってくれなかったのが悪いだとか、研究所が悪いだとか、そんな、自分本位の水掛け論をするつもりは、私にはない。これは、私の責任だ。一人で抱え込んだのも、結果的にそれを投げ捨てたのも、すべては私の責任。けれど、だからこそ、私はもう、他人の都合なんて二度と考えない。他人のために、誰とも知れない何かのために、背負ったりしない。私は、私の信じた道しか、もう歩けない。私が信じたひと、心に決めたひと、レボルトのためにしか、何も背負わない。……あの狭い水槽の中になんて、絶対に、二度と戻りたくは無いのだ。

「私も、ルークの気持ちなんて考えていなかったし、今も彼の気持ちは分からない。……だから、その言い分は、聞けない」
「……っ、そんなわけねぇだろ!? だったら俺が教えてやる! ルークは、を心配してる! 帰ってきてほしいって、傍にいてほしいって、そう思ってるんだよ! 今も、ずっと!」
「……そう。翔悟、もしも、あなたの言う通りだとしてもね、やっぱり、私は帰れない」
「だから、なんでだよ! ルークの日常には、が必要で……っ」
「でも、それは私の日常じゃない」
「……っ、」
「……さて、そろそろ気は済んだか? いい加減、に貴様らの幻想を押し付けるのはやめたらどうだ、ドラゴン」
「……っ、それでも! 俺は自分の信じた日常を、誰もが普通に暮らせる日常を護るって決めたんだ! あんたからも魔神からも、いろんな問題からも!」
「フ……、フッフッフハッハ……実にくだらん。日常だと? それがどうした? 終焉の結びが成れば、全ては消えてしまうのだ!」

 負い目はある、引け目もある、彼等に対する罪悪感は、地獄まで行っても消せそうにない、だけれど、……いい加減に、耳障りだ。私を糾弾すればそれで済むだけの話なのに、……翔悟は、レボルトから私を庇い立てするものだから、その度に、私は頭が痛くて、呼吸が苦しくて、息が出来なくなる。……私は、彼等の傍では生きられなかったのに、どうして、帰ってこいなんて残酷なことを平気で言うの。私は、レボルトの言葉に、差し出された手に、何よりも救われたのに、……どうして、私は彼に騙されている、なんて言うの。

「消させねえよ……終焉の結びなんて、絶対にやらせねえ!」
「レアメタルでは私には敵わないと、まだ分からないのか!」

 ……嗚呼、もしも、私がしくじって、レボルトの夢が、叶わなかったのなら。きっと、きっと彼等は、私を地球に連れ戻そうとするのだろう、そうすれば、……そのとき私は、二度とレボルトに会えなくなるのだろう。……そう、どちらに転んだところで、それは同じ。もうすぐ、私はあなたに会えなくなる。……だったら、やるしかないだろう。後悔のないように、やり切るしかないのだろう。最早、他の選択肢など存在していない。私には、燃え落ちるまで走り続ける以外の道はないのだ。

「……レボルト、援護は任せて」
「ああ……背は預けるぞ、……グリフォニックレイジ!」

 都度、時間を操作し、レボルトが翔悟と存分に戦えるように、ウルフ、タイガーの動きを牽制しながら、翔悟に対してもアドバンテージを取れるように、時間の能力を使って。……時間停止のリミットも、ネポスに来て、ボーンの動かし方を効率的に彼等から学んだことにより、伸びてきているけれど、バーリッシュ、ペルブランドとの戦闘から立て続けのフル稼働で、時間、というある意味では世界の法則にさえ逆らう能力を行使している以上、……正直、少しずつ限界値は近付いてきていた。けれど、最早私は、自分の体の限界を言い訳になんて出来ない所まで来ている。時折、指先から力が抜けそうになるのを堪らえて、また一秒、二秒、世界への干渉を続けて、後方支援に努めれば、あっという間に、レボルトは翔悟を追い詰めて行くのだった。

「ぐああ!」
「伝説など所詮こんなものだ……!」
「はい!」
「何を……っ!」

 レボルトの指示に合わせて、少し長めに時間を止めて。私が止めた時間の中で唯一動ける彼は、その間にドラゴンへと連打を叩き込む。痺れの走る指先で、時間停止を解除したとき、一気に襲い来るダメージにドラゴンは吹っ飛び、困惑の眼差しで、それから、ドラゴンに続きウルフ、タイガーの視線が一挙として私に向く。どうやら、時折感じていた時間のズレ、違和感の大元に、彼等も勘付いたらしかった。

「何だ!?」
「何が起きたんだ……!」
「これが時間の力……? じゃあ今のは、が……」
「……雷帝の裁き」
「っあ、ぐああああ!」

 けれど、時間停止の能力は、私だけを警戒して回避できるものでもない。レボルトだって単独で、私の援護がなくともフェニックスの時間停止を使えるわけで、私の支援で単純に二倍能力を行使出来る、というだけの話なのだ、これは。私を警戒したところで、レボルトは時間を止められるし、レボルトを超えない限り、後方の私には辿り着けない。そもそも、圧倒的アドバンテージを誇るこの時間属性の力は、警戒して阻めるようなものではない。……地球に居た頃は、近接戦闘も得意じゃなかったし、この能力の重みを、私は正直、分かっていなかったし、活用もしきれていなかった。けれど、この力の強みを理解して、味方を得て連携を取ることを覚え、近接戦闘での剣技も磨いた今は、……もう、あの頃の、私じゃない。私は、翔悟みたいに強くないし、ルークみたいに器用でもない、ギルバートみたいに粘り強くなければ、アントニオみたいに身軽なわけでも、タイロンみたいに鉄壁の守りを発揮できるわけでもない。私には、暗躍し、精々敵を翻弄することしか出来ないって、ずっと悩み続けていたけれど、それは、違う。……私のこの力は、彼のためにあった。レボルトの力になるため、彼を支援するために、……私はホワイトドラゴンの適合者になったのだと、今は、そう思うのだ。

「……役立たずの魔神どもめ。やはり気まぐれ魔神共の力などより、鍛え抜いた己が拳こそ真の武器だ、……なあ、ドラゴン!」

 ……火の魔神の援助で、レアメタルの力を得たところで、今のレボルトには翔悟ひとりだけでは、とてもじゃないけれど届かないし、私が届かせない。反撃どころか、まともに拳も届かずに払いのけられ、あっという間に、ドラゴンは地に伏し、一方的にレボルトの攻撃を受け続けるだけになってしまっていた。

「魔神の力など不要! 俺は! 魔神を! 超える! 魔神に縋る弱者どもめ、全て滅ぼしてやる!」

 激昂し、高らかに吠えるレボルトに、翔悟は最早、まともな抵抗すらも、出来なかった。そうして、翔悟が虫の息になった頃、……私は、ボーンを通して始まりの魔神の気配を感じ、慌ててレボルトを見る。すると、レボルトも私の方を向いて、軽く頷いて、

「……お前も気付いたか、
「……ええ、今、魔神の気配を感じた」
「やはりな。終焉の結びを急がねば……始まりの魔神が現れる前に!」
「急ぐって……なんで、そこまで、こだわるんだよ……!」
「……フン、地球人は何も知るまい。何故、始まりの魔神を忘れた星が潰されてきたか。全ては終焉の結びを阻止するためだ!」
「何……!?」
「そもそも始まりの魔神を畏怖し、敬う星の人々は、終焉の結びを起こそうなどとは考えぬ。ネポス人のようになァ……起こそうとするのは、神を忘れ、宇宙の秩序を乱す者たち。故に、始まりの魔神はそれを許さず、自らを忘れた星を潰してきた! だが、ネポスの民であるこの俺が、終焉の結びを起こすとは、始まりの魔神も盲点だったようだ! 今頃になって怒り、潰しに来たというわけだ!」
「っ……始まりの魔神は、あんたを止めるため……! 終焉の結びを止めるためにやってきてるっていうのか……!?」
「……ッハ! 愚かな魔神め! もう遅いがなァ! この俺が宇宙を破壊し、新たな創造主となる! ハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ……!」
「……お前にドラゴンボーンは渡さない! ……っう、あ!」
「フン……これで終わりだ! ドラゴンボーン!」

 ……そして、遂に。トドメとばかりに振り下ろされた一撃に、ドラゴンボーンのコアはクラッシュし、着装を強制解除された翔悟は、コクーンの外へと弾き出された。その場にはカードだけが残され、ドラゴンのボーンカードを掴み取ると、レボルトは、満足げな笑いを上げて、私の方へと振り返る。そんなレボルトの仕草に応じるように、私も、急いで彼の元へと駆け寄るのだった。

「ハッハッハッハッハ……三つの星の核が揃った! これで終焉の結びが成されるぞ! よ!」
「レボルト……! これで、やっと……!」
「ああ……後は、ドラゴンボーンを飲み込む、まで……」

 ……そう、言って、レボルトは。一瞬だけ、何かを逡巡するかのように、……じっ、と私を見つめる。

「……レボルト? どうしたの? 急がないと……」
「……ああ、そうであったな……」

 けれど、それ以上は何も言わず、レボルトはドラゴンボーンの着装を試みるのだった。最初は、ドラゴンも抵抗していたものの、最早、まともに抵抗する力など残っていなかったのだろう。

「……揃ったァ……!」

 あっという間に、レボルトはドラゴンボーンをも組み敷いて、ケルベロスボーンを着装した彼の身に、三つの星の輝きが宿ると、コクーン内部に、宇宙を引き裂くほど強い光が、レボルトに呼応するように放たれて、……それはまるで、新たな神話のはじまり、星座の誕生のような、美しく、強い、輝きで。

「三つの核が引き合い! 星々が輝きを得たとき! それ即ち! 終焉の結びが成されるとき!」

 ……嗚呼、やっぱり。此処が私の終わりでも、きっと、私に悔いはないのだろう、と。私は、そう、思ったのだ。 inserted by FC2 system


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