どうか触らないで、離さないで、壊さないで

「終焉の結びが成され、全てが終わり、始まるのだ!」

 そうして、最後の刻が訪れた。……そう、思ったそのときのことだった。……突然、レボルトが左手に纏ったフェニックスボーンの腕が、激しい抵抗を始めたのは。

「何……ッ、おのれ、今更逆らうというのか、フェニックスボーンの腕……!」
「レボルト……!」
「ッ……クソ、完全に制しきれてなかったか……いや……それだけではないな……」
「……レボルト、これって、……適合者との共鳴の光……!」
「お前も感じるか、よ……っく、ボーンから伝わるこの力ァ……! シュトルツ! 貴様か……ッ!」

 本来の適合者との共振による、強い光。それを放ちながら抵抗するフェニックスボーンのレフトアーム、……導かれた場所で対面したシュトルツの姿に、私もレボルトも、眼前を強く睨みつける。……まさか、シュトルツが生きていたなんて。レボルトの攻撃を諸に食らって、心臓の停止も確認し、葬儀だって既に済んで、クルードとともに霊安室に安置されていたはずだったのだ、シュトルツは。

「生きていたのか!」
「! まさか! 時間属性の力で……! 自分の時を止めていたの!?」
「……何……!?」
「……その通り、勘が良いな、地球の娘よ。時間属性を司るだけのことはある」
「……その言葉は、侮辱と受け取るわ。……そう、だったらこれは、私の落ち度……」

 ……まさか、まだ生きていたなんて、迂闊だった。……これは、完全に私の落ち度だ。もしも私が、しっかりとシュトルツの遺体を確認していたのなら、……元来、時間属性の使い手である私なら、ボーンの干渉があったことや、息の根があることに、気付けたかもしれないのに。……それなのに、私は、あのとき。目の前で彼等の命が失われたことに怖気づいて、遺体の確認を怠った。その結果、真相を見逃してしまったのだ。……もしも、あのときに私がちゃんと確認していれば、……きっと、今、こんなことにはなっていなかったのに。

 ……だったら、この落とし前は、
 私が、この手で、着けなければ。

「……もう仕舞いにするぞ、お前も感じているであろう? 始まりの魔神を。早くお止めせねば恐ろしいことになる」
「黙れ! 俺は誰にも縛られん! 指示も受けん! 俺が全てを制するのだ!」
「……分からぬか! ならば力尽くでフェニックスボーンを返してもらおう!」
「やれるもんならなァ……!」

 そんなレボルトの決死の抵抗も虚しく、左手のフェニックスボーンは、シュトルツの元へと戻っていく。私にはそれを阻止することなど出来るはずもなく、空を掻いた私の手は、微かに触れたフェニックスのボーンカードから、……強大なまでの、時間属性の力の逆流を、感じ取った。

「……! まさか! シュトルツ!」

 ……いや、それは、まさか、などではなく、確信だった。このタイミングで、フェニックスを奪取して出来ることと言えば、予想は容易い、今度は、読み間違えたりしない。……多分、レボルトの弱体化は、本命の理由ではないのだ。フェニックスは星の核、そして、始まりの魔神はともかく、各属性の魔神たちが、人間に協力の姿勢を見せている今であれば、……時間の魔神が、長年、自らに向かって歩み寄ってきたシュトルツの対話、協力を拒むことは、まずあり得ないだろう。そうして、フェニックスを介して、シュトルツが、時間の魔神に干渉することが出来たのなら、……彼にはひとつ、出来ることがある。

「レボルト! シュトルツの狙い、私、分かった……!」
「何……? 言ってみろ、よ」
「多分、シュトルツは時間の魔神の助力を仰いで、地球の時を止めようとしてる……と、思うの……」
「……なるほどなァ……地球が一瞬でも延命すれば、其の隙に奴らが立て直しを図れるというわけか……」
「……多分、それが本命の目的だと思う。……でも、」
「? ……?」
「……大丈夫、それは、私がさせないから」

 ……舐められたものだ、所詮私など、レボルトの付属品に過ぎないと、そう言いたいわけね。実際、それは間違いじゃない。星の核を掌握したレボルトに比べれば、私はちっぽけで、比べるまでもなくて、……けれどそんな私でも、ひとつだけ、出来ることがあった。

「! ……まさか、お前……」
「……時間の魔神を、もう一度従える。フェニックスの干渉に割って入れば、或いは……」
「無茶な真似を……! それが成功したとして、お前はフェニックスの妨害を受け流しながら、時間の魔神を御することになるのだぞ! 分かっているのか!?」
「分かってる。……分かってるよ、レボルト」
「……
「私の全部は、あなたにあげる。……あなたに、全部託すよ。だから、大丈夫なの」

 ……それを実行すれば、私の身が只では済まされないことなんて、分かりきっていた。……でも、一方的にフェニックスを奪い返されて、時間の魔神まで、シュトルツの手の内にあるなんて、……同じ時間属性の担い手として、許せなかった。元を辿れば、これは私の失態。挽回できるのは、私しかいない。……もしも、これが上手く行けば、そのときには、私はこの手で地球を葬り去ったことにも、なるけれど。それは、もう覚悟したこと。寧ろ、私の覚悟が揺らいだからこそ、こんな事態を招いたのだ。……ならば、私は、

「……適合者よ、良いのか」
「……良いも悪いもない、私にはもう、後退の選択はない。レボルトの負けだけは、絶対に許せない」
「……良かろう、ならば我も最後までそなたに付き従おう、適合者よ……行くぞ」
「ええ……行くわよ! ホワイトドラゴン!」

 精神世界でのその対話は、彼との、……私のボーン、ホワイトドラゴンとの、最後の会話になるかもしれないと、そう思っていた。彼が何を思って私を適合者に選んだのかは、知らない。彼と私に、どんな縁があったのかも知らないし、そんなもの、どうだっていいと、私はそう思いながら、ずっと生きてきた。選ばれたことに特別な意味など無いと、それ以外の道がなかっただけなのだと、そう思って、自身のボーンの存在を得難いと感じたことなど、一度もなかったように思う。……でも、今は、ほんの少しだけ違うのかも、しれない。

「……ありがとう、ホワイトドラゴン」
「……適合者?」
「私のわがままに付き合ってくれて。……あなたが私のボーンで、私、恵まれていたのかもしれないね」

 ……きっと、私のこんな無謀に付き合ってくれるのは、彼だけだったのだと、そう思ったのだ。



 ……フェニックスを介して時間の魔神を呼び出すことで、シュトルツは、地球の時間を止めることに成功した、……だが、それも束の間、現在、水面下にて、盛大な戦いが繰り広げられている。

「、っ、く、……あ……!」

 今一度、が、ホワイドドラゴンのボーンを介することで、時間の魔神に接触。地球に居る時間の魔神の本体を、無理矢理にコクーン内部に呼び出し、更にレアメタル化を図ることで、その制御下に置いた。……事態は、表面上では、そのように動いて見える。だが、苦しげな声を上げながら、どうにか指先をもたげるように動かすの動作のひとつひとつは、恐ろしく遅く、重くて、……やはりフェニックスと時間の魔神は、とホワイトドラゴンに対して、激しい抵抗を試みているらしかった。一度飲み込まれた以上、時間の魔神の側も、対策を講じていたのかもしれない。この様子では、現在地球の時間は“遅れている”程度の効果、と見るのが妥当だろう。……だが、それでも、それは、大きな一手だ。

「……よう! 結構つらそうだな! ケルベロスの大将!」
「それに、お前も……随分と無茶な真似をしているようだ……」
「……うる、さい……ッ!」
「……、お前は休んでいろ。俺が蹴散らしてくれる……」
「でも……っ」
「無茶はするな、お前はお前の仕事に専念しろ」
「……わかっ、た……」

 承諾しかねる、というのが本音なのだろう。荒い呼吸を整えながら、は渋々、再び俺の後方支援に回る。……正直、既にを庇いながら、などという余裕は、俺には残っていない。……だが、時間の魔神への妨害が失敗すれば、その間に地球のボーンファイターどもが攻めてくる自体をも招きかねん。には、そちらに集中してもらわねば困るのだ。……それに、

「こっちは十分、回復させてもらった」
「潰しどき、ってやつ?」
「……貴様ら、俺は今、最高に不機嫌だ」
「……攻撃目標、ケルベロス。難攻不落……」
「……さて、どう攻めるかぁ……?」
「……ウルフ、そしてタイガー! こちらにはまだ、星の核がふたつもあるのだ! 消し飛べェ!」

 ……此処まで伴をしたお前を、簡単に捨て置くほどには、俺は非道になり切れんらしい。何処ぞの魔神どもとは違ってな。
 ウルフボーンが呼び起こした旋風の中を、撹乱するように走り回るウルフ、タイガーに向かって、俺は立て続けに雷撃を放つ。……だが、出力が、命中率が落ちていることを、認めざるを得なかった。立て続けの戦闘で、流石に俺の方も、……限界が、近い。

「どうしたどうしたぁ! 当たんねぇよ!?」
「威力も落ちているぞ!」
「クッ……図に乗るなァ!」
「図に乗ってんのはてめーのほうだケルベロス!」
「星の核となるボーンを一人で三つも着装したのは、流石に無理があったなァ!」
「中の人にガタが来てんのさ!」
「黙れェ!」

 視界の奥でバチバチと煩く弾ける星の渦が、邪魔だ。……黙って、動け。それでも、この俺の体だというのか。この俺の野望に付いてこれぬなどという怠慢は、決して許さない、俺の器だというのなら、動け、あと一手、動くのだ。そうだ、動け、もっと速く! ……ウルフとタイガーの連携をいなしながらも、決定打を打ち込むのには、もう一手が、足りない。だが、俺のフェニックスは既に奪取され、も時間の魔神の制御に、力と集中力の大半を持っていかれ、長い時間を止めることは、最早不可能に等しかった。

「ほーらどうした! へボルト君よぉ!」
「……! ウルフ、あなた……レボルトに対するそれ以上の冒涜は、私が許さない!」
「! 待て、……!」

 ……だが、そのとき。ウルフの煽り文句に激昂したが、俺の背後から飛び出し、ウルフに向かって剣を投擲。そのまま走り出したは、ウルフに向かって飛び蹴りを叩き込んだのだ。

「おい、待て! ! お前、自分の限界を分かっているのか!?」
「……そんなの、知らない! 私はあなたのためなら、限界くらい超えてみせる!」
「……っ、! 深追いはするな、戻れ!」
「私のことは構わないで、……やって! レボルト!」

 ウルフが避けたことで、コクーン内部のブロックに突き立てられていた剣を抜き、構え直すと、は剣を振るいながら、ウルフとタイガーに向かって、猛追撃を仕掛ける。……既に、剣を振るう余力など、残っていないのだろうに。撹乱を妨害し、一撃、二撃と外しても、の足は、決して止まることはない。ウルフとタイガーとて、それは同様だったが、の追撃により、多少、足並みが乱れ、妨害により、速度も落ちている。……の狙いは、恐らく其処にあった。

「……出てこい! 卑怯者め!」

 ……あいつは、ウルフとタイガーを僅かに足止めすることで、俺が攻め込むための隙を作り、……自分ごと落雷で焼き殺せと、そう言っているのだ。……全く、馬鹿な真似をしてくれるな。

「卑怯結構! ……とりゃあ!」
「遅いな!」

 命を安売りするなと、俺はお前に、そう言った筈だ。……だが、根本的な生き方を、あいつには変えられず、同様に、終焉の結びが成れば、は死ぬ、という結末も、覆りはしない。……だから、こうなるのは、分かっていたのだ。こんな別れが来ることなど、分かっていたというのに。……何故、俺はこの期に及んで、躊躇などしている。……何故、俺のこの手は、お前を殺すことを、躊躇っているというのだ。決定打を打ち込めぬまま、らしくもない言葉などを叫んだ俺に、反撃を仕掛けようと、ウルフ、タイガーが、立て続けに突っ込んでくる。その攻撃をいなす俺に、挟み撃ちを狙ったも、続けてその場に飛び込んでくるものの、互いに一進一退の攻防が、繰り広げられていた。

「……これならどうだ、炎龍拳!」
「……! 何……っ」
「轟龍連牙ァ!」
「なっ……これは!」
「く……腐ってもケルベロスかよぉ!」
「いや……見ろ!」

 状況を打破するべく、俺はドラゴンボーンの腕を使い、広範囲の炎上攻撃で奴らと距離を取る。……状況を作れ、整えるのだ。が俺の傍に控えてさえいれば、雷撃が及ぶこともない。まず、有利な土俵を整えて、……それから、再び反撃に転じてやればいい。

「何……っ、ドラゴンボーン……!」
「!? レボルト!」

 ……しかし、その時だった。ドラゴンボーンの腕が赤く光り、突如として、激しい抵抗を見せ始めたのは。

「ドラゴンボーン! まだ逆らうかァ!」
「……レボルト! 援護する!」
「……っく、仕方あるまい、任せたぞ……!」

 俺の意に反して動かんとするドラゴンボーンを、どうにか御しながらの戦いは、あまりにも不利であった。だが、それを言い訳にはせん。俺は、俺の野望を、との盟約を、果たすまでのこと。これ以上、に負担を強いたくはなかったが……最早、こうなっては、の援護を望むより、他に手立ては無かった。

「……これで! ドラゴンの腕が! 使えないと! 思ったかァ!」

 限界が近いのはとて同じで、時間停止を乱用できないには、後方から遠距離攻撃や狙撃を試み、ウルフ、タイガーを撹乱するのが限度で、……それでも、抵抗するドラゴンを抑え込みながらの戦いにおいては、無いよりも遥かにマシだった。脳が揺れ、吐き気も酷く、頭痛が、冷や汗も止まらない。……だが、この痛みは俺だけのものではない、……お前も今、同じだけ苦しみながら、……それでも、俺の覇道のために、必死で其処に立って、剣を振り上げている。

「……よう、そっちも、大分つらそうだなぁ……?」
「……なんの、俺にはまだ、グリフォンボーンの足があり、が居る!」
「……! レボ、ルト……」
「……おもしれえ! その足もクラッシュさせてやるぜ!」
「グリフォニックレイジ!」
「ハウルオブシャドウ!」

 ……ならば、膝を付いていい理由など、何処にもなかろうよ。ウルフの攻撃を、グリフォンボーンの烈風で真っ向から叩き潰し、次いで、空中からの攻撃を仕掛けてきた、タイガーの迎撃を狙った、……そのとき、

「ガウジングクロー!」
「舐めるな! ……何っ!?」
「サンダアアアアアアアア!」

 ……ドラゴンボーンが自らの意思で、俺の右腕をタイガーに向かって伸ばしたことにより、雷撃が直撃したドラゴンボーンは、見事にクラッシュした。そして、

「貴様ァ……!」
「うおおおおお!」
「……許さん!」

 ……コアがクラッシュした連中は、去り際にドラゴンボーンを俺から掠め取って、一瞬にして、コクーンから吐き出されたのだった。

「……こいつは貰っていくぜ!」
「任務完了……!」
「……おのれ地球人ども……星を消す前に、地獄の責め苦を味わわせてやる!」
「……っ、く……」
「っ、!」
「……ごめん、大丈夫……ドラゴンボーンが戻ったから、シュトルツが時間の魔神の制御を解いたみたいで、その反動が……」

 ウルフ、そしてタイガーが退場してすぐに、その場で崩れ落ちかけたが、剣を杖のように地面に突き立てることで、どうにか立ち上がる。……その姿に、俺は、思わず一瞬、手を伸ばしかけて、……すぐに、今必要なのは、そのようなものではないことを、思い出す。

「……まだ、やれるな、よ」
「……勿論。時間の魔神の制御は、完全に私に移った……さっきより、気分がいいくらいなの。今なら、レアメタルの力も存分に引き出せる……」
「……フ、頼もしいものだ……」

 ……震えるその声が紡ぐ言葉など、強がっているだけなのだということくらいは、とっくに知っていた。だが、突き放す理由は俺にはなく、情けから歩み寄られることを、は望んではいない。……ならば、俺は最後まで、お前の覚悟を信じてみよう。……おかしなものだ、すべてが終わる、こんな日に。俺は生涯で初めて、心から信じられる者を得ていたことに、気付かされている。

「……良いか、よ」
「……はい、レボルト」
「この命尽きぬ限り、俺は何者にも屈しない! ドラゴンとフェニックスを奪い返し、終焉の結びを成す! 始まりの魔神と全ての魔神どもよ、この宇宙諸共、必ず叩き潰す! お前は、最後まで俺に付いてこい! 志半ばにしてくたばることなど許さぬぞ!」
「……任せて。あなたの未来は、私が、必ず叶えてみせる……!」

 ……そのときだった。がそう、声を上げたのと同時に、コクーン内部に、五色の光の柱が降り注ぎ、その中から、魔神どもが姿を表したのだ。まさか、これで終わるはずもなかろうとは思っていたが……連中、立て直しの合間に、仲間どもを集めていたか。……恐らくは、ユニコーンとバジリスクが連中取り逃したのだろうな、全く、誰かと違って使えん奴らめ。

「……ほう?」
「……レボルト、この光は、レアメタルの……」
「分かっている。……来るぞ、
「……はい」
「これが恐らく、連中の最期の攻勢だ。……まさか、俺とお前ならば、蹴散らせぬことなど有り得ぬであろうなァ?」
「……当たり前でしょ! あなたの背中は、私が護る」
「フン……良い気概だ、……俺はお前を、嫌いではなかったぞ、よ」
「……うん、ありがとう。冥土の土産に、良いことが聞けた」

 それ以上の言葉を、お前が欲しないのであれば、俺も、何も言うまい。全く、本当に謙虚なものだ。……最期に、ひとつくらいは、願いを叶えてやっても良いものを。……そうして、やがて、地球のボーンファイターどもが魔神の加護を経て、レアメタル化した姿で、俺達の前に立ちはだかった。……二対五の状況は、決して良いとは言えない。だが、俺は一歩も退かぬ。俺の夢、ケルベロスとの盟約、お前との契り、……それらを捨てるわけにはいかぬのだ、俺は!

「……来たか、マジンボーン」
「……俺達は、始まりの魔神を止めに来た! ケルベロス! お前に邪魔はさせない!」
「ほざくな! 今度こそドラゴンボーンを貰うぞ! ……成すのだ! 終焉の結びを! ッハハハハハハハハハ、ハハハハハハハ、ハハハハハハ……! ッあああああああ!」
「!? レボルト! それ以上は、あなたの身体が……!」

 如何に俺であっても、これだけの消耗の上で、レアメタル五体に太刀打ちするには、もう一手が必要だ、と。……そう、提案してきたケルベロスの言葉を飲み、俺はトリガーを引く。暴走状態に飲まれたケルベロスボーンを身に纏い、振るった拳は、限界など、とうに遠くに置き去りにしてきていた。……只、立ち止まるわけには、負けるわけにはいかぬと、只のそれだけが、己を突き動かす理由で。最早、この後に始まりの魔神との対決が控えていることなど、考えん。ドラゴンどもを蹴散らし、改めて対峙したならば、そのときには魔神など、片手で蹴散らしてやる。……ならばこそ、この状況を打破せねば。俺は、必ず、勝たねばならないのだ! 他でもない俺のために! ひいては、ケルベロスのため、……そして、のためにも!

「……敗れん、お前らにも、始まりの魔神にも!」
「れ、ぼると、待って、私が、戦うから……! あなたは、もう……!」
「……案ずるな、。俺は負けん、お前との盟約は必ず果たそう……!」

 グリフォンボーンが巻き起こす激しい風圧に、連中は後退を余儀なくされる。……だが、やがて、その烈風を裂くように、ドラゴンが拳を振るった。

「炎龍拳!」
「……翔悟!」

 ドラゴンの拳により相殺された旋風の向こう側から、連中が顔を出し、互いが一斉に走り出し、……その場は一瞬で、技の応酬の乱闘と化す。

「約束したんだ……帰るって!」
「……もう、何処かに帰れると思わないで!」
「ああああ!」
「大地の怒り!」
「大海流の牙!」
「リーフブラスター!」
「ライトニングインパクト!」
「……全員、邪魔よ!」

 正面切って叩き込まれた互いの蹴りは、両者に多大な衝撃を与えた。此方はといえば、の時間操作により、ケルベロスのコアパーツへの直撃こそは免れたものの、その激突の威力は凄まじく、……グリフォンのレッグパーツが、クラッシュしていた。やはりも、時間の緻密な操作が、出来なくなっているのだろう。はよろめきながらも立ち上がり、決死の攻撃に出るものの、……既に視界ですら、見えなくなっていても、なんら可笑しくはない状態なのだ。

「……レボルトッ!」
「……行け! 翔悟!」
「応ッ!」
「……ルーク! あなたはどこまで……!」
「……、きみの相手は私だ!」

 攻撃の余波で吹っ飛び、俺から離れてしまっていた、が、俺のもとへと駆け寄る前に。……俺の眼前に立ちはだかるドラゴンと、の行く道を塞がんとするシャーク。……なるほどな、地球人共は、この期に及んで正面からの決着を望むか、……面白い!

「……まだだ! 魔神を滅するまでは……!」
「……ダークケルベロス!」
「……ドラゴン!」
「俺は、始まりの魔神を止めたい! そのためには、このコクーンが要るんだ! だから俺は、あなたを止めるよ!」
「……ッああああああ!」
「炎龍拳!」

 ……シャークと対峙するの方も、とっくに限界である以上、心配ではあったが。傍に駆け寄るには、ドラゴンを超えていくより他になかった。そうして、ドラゴンを打ち倒そうと振り下ろした俺の拳は、一歩、奴に及ばずに。……俺は、正面から、奴に打ち負けたのだった。

「……おのれ、ドラゴン……貴様の、勝ちか……ッ」
「……勝ったとか、負けたとか、それだけじゃないだろ……!」
「……くだらん、次こそは俺が勝つ」

 コアがクラッシュし、爆風とともに、俺とケルベロスの着装は解かれる。ぐらり、と今後こそ揺れる視界と、傾く身体。……そうして、朦朧とする意識の中、俺が最期に聞いたのが、

「……レボルト!」

 ……お前の、悲痛な叫びだったから。俺は、……お前が、連れて行かれる夢を、昏倒する意識の中で、見たような気がしたのだ。夢ならば、どれほど良かったことかと、……そう、思いながら。



「……、もう良いだろう。ケルベロスは倒された、きみはもう、あの男に利用される必要はないんだ……大人しく投降してくれれば、すべてが終わった後のきみの処遇は、私が保証する。だから……」
「……ルーク、そうじゃない。そうじゃないの……」
「……?」
「私は自分の意志で、彼に付き従った……だから、彼が倒されたって、私の意志は変わらない。……私が、あのひとの夢を叶える」
……! 何を言って……!」
「分かってくれなくていいよ、……でも、これだけは、ちゃんと聞いて、……信じて。……私は、レボルトに利用されてない。……私ね、あのひとの夢が好きなの、あのひとを希望だと思ってる、……只、私は、あのひとの、味方になりたかったの」
「……
「正義の味方を辞めてでも、……私は、レボルトのヒーローになりたかった。彼は、私のヒーローだったから……私も、彼に何かを返したかった」

 ……最早、私は絶句する他になかった。未だに諦めきれずにいた、は本当は、レボルトに利用されているだけなのではないか、レボルトが倒され、自由を得たならば、……彼女も、本当のことを話してくれるのではないか、あの男から助けてくれ、と。そう泣き縋って、私の手を取ってくれるのではないか、……そんな、幾許かの希望が、砂の城のように崩れ去ったことに、……此処に至ってようやく、私は、気付いたのだ。

「……そう、か」
「……うん」
「私の希望は……きみにとっては、絶望、だったんだな……」
「……そう。そして、私の希望が、ルークにとって絶望だってことも、分かってる」
「……ああ。ならば、」
「……ええ」
「決着をつけようか、
「……ええ。さよならよ、ルーク」

 とうにきみは、正しさだとか、そんな、ありきたりのものが及ぶ範疇には、居なかったのだな。そう、か、……私がどうこうできる場所に、していい場所に、もう、きみは居ないのだ。……ならば、私は。きみと此処で、決別しなければならない。

「……すべてが終わったら、落ち着いて、話をしてくれるか?」
「……そんなときが、もしも訪れたならね。そのときは、ルーク、あなたは私を、幾らでも詰ったら良い、責めれば良い。私は元から、全部受け止めるつもりだから。殺したいほど憎いと感じたなら、何度でも殺してくれても、いいよ」
「……全く、きみは……私は、そんなことはしないよ。只、きみと話がしたいんだ。私達は、どうやら……とんだ遠回りを、してしまったようだからな」

 ……昔は、同じ武道を、習っていたはずなのにな。今や、きみは別の構えで剣を握って、私へと攻撃を振り下ろしている。そんなきみの姿に、私達の旅路は、もう二度と交わらないのだと、ようやく気付いて。……私はその一撃に、渾身の技で応えて、……きみとの12年間に、決着を着けよう。

「ーー大海流の牙!」

 爆風の中、限界をとうに超えていたのボーン、ホワイトドラゴンは遂にクラッシュして、ぼろぼろの彼女は、生身で倒れ込む。

「……ルーク……」
……! しっかりするんだ……!」
「……そう、私の、負け、ね……」
……!」
「……ごめんね、レボルト……わた、し……役に立てなかった……」

 私はそれを必死で受け止めるものの、一瞬で、コクーンから弾かれた彼女は、……私の腕の中から、消えてしまった。……きっと、もう二度と、私がこの腕で、彼女に触れる日は、来ないのだろう。……さようなら、。私の初恋、私の家族。……私は本当に、きみのことが、大好きだったんだよ。 inserted by FC2 system


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