明日だっていつか過去になるんだよ

 みんみんと鳴く蝉の声、じわじわと肌を刺す暑い陽射し。私は不思議と、この季節が嫌いではなかった。……それは、こんな風情に包まれたものではなかったし、室温も部屋の空気も視線も何もかもが、肌を刺すように冷たい空間でのことではあったが。私と彼女、……とが出会ったのも、こんな夏の盛りのある日の、出来事だったから、だ。

「……なあルーク、ルークとって、どういう関係なんだ?」
「私と、の関係……?」

 竜神家の縁側でかき氷に舌鼓を打ちつつ、隣りに座った翔悟からのその言葉に、私は静かに目を伏せて、この十二年間を振り返る。私と、。私達は、……そうだ、出会ってから今日まで、ずっとふたり、だった。
 ドラゴンボーンの適合者。……そう、呼ばれ、所長に手を引かれて、研究所にやってきた彼女は、所謂、記憶喪失、というもので。ボーンに適合した瞬間、彼女はその衝撃で、それ以前の記憶の全てを失ってしまった、らしい。……たった10歳の、女の子が、だ。その上で、地球を救う正義のヒーローとして祭り上げられて、はたった一人、メルボルンの地を踏んだのである。そんな彼女だが、自分の記憶を取り戻したい……と、そう希望した試しは一度もなく、周囲の大人もまた、彼女には何も教えなくて、……だから、私も聞くに聞けなくて。この日本の何処かに居るはずの、の本当の家族が、何処で何をしているのかは、私もも、知らない。所長は何も教えてくれなかったが、は自らの素性を問い質そうとすることがなかったし、私も聞いてみようとは、思えなかった。出来ることなら、と想わなくもないが、彼女が望まない以上、私が勝手に彼女の過去を暴くのも憚られて、そして、そんなに対して、東尾所長は、彼なりに父親代わりとして振る舞っていたように思う。それは彼の優しさであって、……同時に、それがどういうことなのか、分からずとも、語られずとも、何となく察しが付く年齢に、私もも成長したのだろう。は所長を慕っていたし、私も所長のことは心から信頼している。あの人は、我々のボーンファイターとして、人としての地盤を作ってくれた人だ。何を疑うことが、勘繰ることがあるだろう、事実、彼女を見る所長の目は、確かに優しかった。
 にとってボーンファイターになったことは、彼女のボーン、ホワイトドラゴンに選ばれたことは、紛れもない悲劇だったことだろう。という少女から、その運命は、それ以外の全てを奪ってしまったのだ。……けれど、私は。あの日まで、孤独だった私は、彼女との出会いに、救われた。たった一人で背負わされた使命を、共に背負ってくれる仲間が出来たこと、……それは、私にとっては、掛け替えの無い希望でしかなかった。

「……ルーちゃん、大丈夫だよ」
……?」
「イアンさんがいなくても、私はぜったい、ルーちゃんのそばにいるからね……」

 彼女は、私の絶望を希望に変えてくれた人。……ずっとずっと、私がルーちゃんを護るからね、と。そう、幼い頃、彼女に投げ掛けられた言葉は、彼女がドラゴンで在った頃に、私が彼女に投げたのと同じ言葉。私が彼女を護り、彼女が地球を護る。その役目は確かに一度、白紙に返ったかもしれないが、私達がこの星の為に戦うことも、私がを護りたいと願うことも、何も変わらなかったし、きっと、この先も変わりはしないのだろう。私は確かに、に救われて、そんな彼女を誰よりも大切に思っているから、いつまでも、私が彼女を護りたいのだ。役目などなくとも、私は彼女を守りたい。そんなは、私にとってたった一人の、……特別で、大切な、

「……そうだな、家族、なのだろうか」
「……は? か、家族……?」
「私とは幼馴染で、同時に、兄妹のように育ったんだ、ボーン研究所でね。一番身近にずっといてくれた存在だ、きっと、家族と呼んで差し支えないのだろう」
「でも、その……えーと、それ、さあ……?」
「? どうした、翔悟……?」

 すっ、と翔悟が指差した場所を自らの手で探り、ひやり、と手に触れた温度で、翔悟の意図を理解する。……私の耳元に、冷たく光るピアス。それは、昔からと揃いで身に付けているもの、だった。もうずっと以前に、御守りだとか願掛け、のようなものとして、二人で購入した揃いのピアス。私がもしも、彼女の傍に居られないことがあったとしても、どうか彼女の身が無事でありますように、と。女々しいかもしれないが、そんな想いを籠めて、彼女に贈った、大切なもの。……だが、翔悟が言いたいことは、私にも何となく分かる。家族で、幼馴染で、義兄妹のような間柄であっても、私とは男女なのだ。男女が揃いのアクセサリーを身に付ける理由など、その二人が情人同士であるからだと、相場が決まっている。

「残念だが、翔悟が思うような間柄ではないよ」
「……残念、なんだ。」
「ああ……そうだな、残念だ。だが、まあ、急ぐことでもないだろう、今私がそんなことを言えば、も混乱してしまうかもしれないしな」
「そ、そっか。……ふーん、そういう、もんか」
「ああ、それに私にとってのは、翔悟の言うところの日常、でもあるからな」
「……それなら、絶対護んないとな、ルークの日常もさ」
「ああ、頼りにしている、翔悟」

 日常を壊させないために、私達は戦っている。そして、私にとっての日常で希望、……そんな彼女に、想いを遂げるのは、全てが終わったその日でいい。そう、私は、きっとは、その日までずっと、私の傍に居てくれると、信じていたのだ。……だが、今になって考えてみれば、もしも、もっと早くに、私の想いを伝えることが、出来ていたなら。私にはきみが必要だ、と。そう、言えていたのなら、……結末は、何か違っていたのかもしれないと、私は、そう思ってしまうのだ。それは、私の驕りでしか無いのかもしれない、私の想いでは、何も変えられなかったのかもしれないが、それでも。……少しは、寄り添うことくらいは、出来たはずなのだ。近頃、元気がなくなった彼女の心の内を、少しでも私が共有できていたのなら、……私の日常は、今日も続いていたのかもしれない、のに、と。……愚かにも、私がその後悔を抱いたのは、彼女が私の前から姿を消した後のこと、だった。 inserted by FC2 system


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