光を砕く

 星の核・ドラゴンだと一度は思われたものの、そうではなかった。“シロ”、だったから、ホワイトドラゴン、と。そう、皮肉じみた経緯で名付けられた私のボーンは、時間属性の力を持っていた。……時を止めることができる、と、そう言えば、万能の力にも聞こえるが、残念ながら、ホワイトドラゴンのその力は、制約付きである。
 第一に、この能力には時間の制約がある。止まった時の中で何秒……、と、言う表現もおかしなものだけれど、この力で、はじめの頃は一秒を止めることも、出来なかった。本当に一瞬だけ、止められていたか否か、という程度のもので、無敵にも思えるこの能力は、当初、本当に何の役にも立たないものだったのだ。時を止めるには、集中力が要るし、精神力が要る。明確に、時を止めた時間の中で、何を成すかを思い描けないと、上手く固定が出来なくて。訓練を重ねて、今では五秒ほど、時を止められるようになったけれど、もう一つの制約は未だに続いていた。……ホワイトドラゴンが止めた時の中では、私しか動くことが出来ないのだ。敵であっても、味方であっても、例外なく、……止まった時の中では、誰も動くことはできない。だから、私自身が強くならない限り、この力は、何の役にも立たない。

「……うーん、相変わらずホワイトドラゴンの力は、謎が多いですね」
「……ごめん、なさい」
「え、いや、を責めているわけではなくて! ただ、……止まった時の中で、とルークしか動けない、というのは……」

 ……只、シャークボーン、……ルークだけは、例外で。
 火に水、土に草、そして、雷。地球のボーンファイターである彼らとは少し、毛色の違う属性を持つ、私のボーン。ホワイトドラゴンの力は、決して物理に特化したものではなかった。時を止めることが出来ても、その一瞬で片をつけられる程、私は戦闘に特化していなかったのだ。ルークと共に長年、合気道に励んではきたものの、そもそも合気道とは人を倒す為の武術ではなく。……結局、私は時を止められるだけで、何故か、止まった時の中で、他の仲間は動けなくて、動けるのは私とルークだけだから、……つまりは、ルークの負担が増えるばかりで。長年、解析を続けてくれているレナードにも、お手上げ状態のその原理は未だ不明で、謎が多く、……本当に、役に立たない能力、と。自分のこの力を、そんな風に、思っていた。

「……せめて、アイアン化出来れば……」
「……、焦らずに、少しずつやっていこう。それまでは、私達がサポートする」
「……ルーク、でも……」
「なに、大丈夫さ。きみは強いんだから、すぐにアイアンの力だって物にできる筈だ」

 ルークはきっと、励ましてくれていたのだろう、大丈夫だ、とそう言ってくれていたのだろう。……けれど、未だひとりだけホワイトボーンの私には、彼の言葉でさえも、胸を抉るものでしか無くなっていた。大して役に立たない力なら。いっそ、暴走させて底力を引き出せれば、戦闘面では貢献出来るのかもしれない。……そう、思っていた頃もあったけれど、アイアン、という、暴走よりも一段階上の能力が判明した以上、暴走させたところで、最早、時間稼ぎにもならない。暴走したところで、何の役にも立てないし、寧ろ、彼らの足手纏いになるのは明白だった。……思えば、暴走させれば、と、そう思い、実行に移したときだって。……きっとそれすら、言い訳で、私はいつだって、溺れてしまいたいだけなのかもしれない。いっそのこと、溺れられるほどの力があれば、楽だったのだろう。ボーンファイターであることだけが、私の存在意義、私が生きていてもいい理由、此処に居ることを許される意味だ、と。そういうのなら、……強くなければ、勝たなければ、私に価値なんてないのに。ネポスから襲い来る彼らは、戦士としての鍛錬を私以上に積んでいる。本気で殺しにかかってくる彼等の研ぎ澄まされた殺意を、浴びせられる度に、……私は、思うのだ。ルークみたいに、翔悟みたいに、優しく穏やかにはなれないのなら、せめて私は、彼らのように、……ネポスの戦士のように、強くなりたい。だって、ずっと思っていたのだ、私にはそれだけだったのだ。……誰かの役に立ちたい、生きている意味を、私はもう戦いにしか見いだせそうにないから。だったら、せめて強くなきゃ。そうじゃなきゃいけないから、私は、彼らみたいに、なりたかったのだ。

 アイアン化の兆しがないことに落胆していた私を、気晴らしにプールで遊ぼう、と、連れ出してくれたのは、アントニオだった。なんでも、彼が監視員のバイトをしているプールの優待券があるから、ルークたちと皆でくればいい、と、そう言って。いい考えだ、と賛同したルークも、水着を買わなきゃな、と笑ったアントニオも、プールなんて初めてです、楽しみですね、と言ったタイロンも、あなたはもっと息抜きを覚えるべきです、と指摘してきたギルバートも、きっと、みんな、……私のためを思ってくれているのだろうな、と。そう、分かってはいても、……やっぱり、私は、プールについても、皆と遊ぶ気にはなれずに、すぐに行くから先に入っていて、なんて口先ばかりの言い訳を言って彼らを追い立てては、……ひとり、プールサイドで物思いに耽る事しか、出来なくて。……こんな態度ばかりで、自分が、皆の輪を乱していることも、自覚していたから、考えを改めるべきだと、そう思っていた、……そう、思っていたのだ、けれど、

「……ほう、拙者の一太刀を受け流すとは……、貴殿、時間属性の力とお見受けする」
「……ッ! っく、!」
「またしても避けたか! ……フ、貴殿、なかなかの腕前と見た!」

 ……ルークみたいに、立派な年長者にならなくては。輪を乱さないように、普通にしていなくては。彼らが望む私にならなくては、……なんて、つい数分前まで思い悩んでいたことも全て、……コクーンの中で対峙したその男を前に、頭から吹き飛んでしまった。……剣を振るう、初めて見る敵。……私は、その敵……エクェスの男に、ある種、ワイバーン以上の脅威を、感じた。単純な力量で言えば、大差はないのかもしれないし、あちらのほうが上だったのかもしれない。だが、その男の太刀には、躊躇が、なかったのだ。あの老齢の戦士と比べても迷いのない切っ先は、恐ろしく素早く、……まずい、と、そう感じた私は、慌てて時を止めた。いつも通りに、止まった時の中で、ルークに反撃を頼もうと、そう思ったのに。

「……え、」

 止まった時の中、……シャークボーンは、動かない。その場で身動きが出来るのは、私一人だった。……そうして、時を止めて攻撃を避ける私を、時止めが解除される度に追ってくるエクェス……ダークソードフィッシュを名乗る男を、更に追うドラゴンとシャークとの……、三つ巴の追いかけっこになって、神速のごときソードフィッシュの太刀捌きには、時間停止の中で動けないシャークとドラゴンは、次第に引き離され、受け流しながらも打たれるうちに、私のボーンは着実に熱を持ち、クラッシュ寸前に追い込まれ、……それで、私は、只、あのとき、絶体絶命の危機の前で。己の首を撥ねんとする男に、強い羨望を、抱いていた。……やっぱり、私は、“彼ら”みたいになれないみたい、だから。……だったら、“彼”になりたい。強くなりたい、この人みたいになりたい、って。……その思いだけが、あの時の私を突き動かし、限界の先に至らせたのだろう。

「……ッ、アイ、アン……ッ!」

 打たれた鋼は熱を持ち、変貌した私のボーンの背に、剣の翼が宿った。その剣を引き抜いた私は、今、目の前の彼を見て覚えた、見様見真似の剣術で、必死に食らいついて、……鍔迫り合いの至近距離、私にしか聞こえない声で、彼が至極楽しそうに喉奥で笑うものだから、……私も、彼に釣られて、笑っていたのだ。

「……やはり貴殿! やるな! 名を聞こうか!」
「……ッ、ホワイト、ドラゴン!」
「違う! 拙者は、貴殿自身の名を知りたい! 拙者はグラディス! ケルベロス、レボルト様が部下の剣士、グラディスだ!」
「ける……れ、ぼ……?」
「貴殿、名は!?」
「わ、……私は、! ……地、球の、戦士で、……」
「……そなた、何処か心に、迷いがあるな? ……それでは、拙者は斬れん!」
「!? は、……っぐ、ッ!」

 迷い、惑っている自覚は、確かにあった。だが、時間停止と、時間制限による解除を繰り返す中での、極限の打ち合いで、ドラゴンもシャークも、最早私達に近寄ることも、会話を拾うことすらも出来ない、その死線の中で、……私自身、何に迷い、憂いているのか、最早わからなくなってしまったその苦悩を、初対面の異星人に見抜かれた事実に、私は激しく、動揺して、……その一瞬の隙で、私の腹を思い切り蹴飛ばしたダークソードフィッシュの一撃に、吹っ飛び、崩れそうになる膝を必死で留め、肺呼吸もままならないままに、破れそうな胸で、アンアンに至れたことへの安堵も何もかもをかなぐり捨てて、……私は、気が付けば。ダークソードフィッシュ、……否、グラディスに向かって、必死で叫んでいた。

「……あなたは、誰の為に戦っているの? 其処に、その強さの理由があるの……!?」
「……はて、おかしなことを言う地球人も居たものだ」
「答えて! ……もしかして、魔神のため、じゃないの? さっき、あなたが言った、ケルベロスって、ひとの……」
「……さて、それはどうかな」
「! やっぱり、……」
「……此処が引き際か。また会おう、。貴殿との勝負、実に胸躍ったぞ……ではな」
「っ、ま、待って! まだ、聞きたいことが……! 待って、グラディス……!!」


 ……結局、それ以上の対話は望めずに、結果的に、私が退けた、……という形で、ネポスの戦士、……グラディスは、退却した。彼の襲撃で、プールは滅茶苦茶になったものの、私が無事で、ほぼ単騎でグラディスを退けたということで、……ルークたちにとって、当初の、私を元気付ける、という目標は達成したからなのか、……何処と無く彼らの表情は、晴れやかだった。

「怪我はないか? 。……加勢できずに、すまなかったな……何故か、きみの時間停止下で、私も身体が動かせなかったんだ……」
「……ううん、大丈夫」
「レナードに、解析を頼む必要がありそうだ。私のシャークボーンの不具合なのだろうか……?」
「……あの、ルーク?」
「? どうした?」
「……敵の言っていたこと、何か聞こえた?」
「いや……時間停止と解除を繰り返していただろう? はっきりとは聞き取れなくてな……奴は何か、きみに言っていたのか?」
「ううん。……違うの、大丈夫」
「……そう、か?」
「……ええ、大丈夫」

 地球のボーンファイターは皆、地球の民の為に、戦っている。ならば、エクェスもまた、皆が、始まりの魔神の為に、戦っているのだと、そう思っていた、けれど。……もしかすると、そうでは、ないのだろうか。彼らの中には、魔神に与えられた使命以外に、魔神によって仕組まれたも同然の、この盛大なマッチポンプ以外にも……戦う理由を持つ人も、居るのだろうか? ……私にとっては、ボーンファイターで在ることだけが、地球を守ることだけが、私の存在意義だったから。私はその意義を守る為にしか、戦ったことが、なかった。私は星の核ではない、と。その事実を突きつけられた瞬間から、ずっと、ずっと、……思えば、それは魔神のためでもなく、地球のためでもなく、……自分が、生きていていい理由を得たかったから、だ。……そう、か。私、今までずっと、自分のためにばかり、戦って、いたのだ。だから私には、ルークや翔悟の言う、日常が分からなくて、彼らの傍では、上手く呼吸が出来なかったの、かな。……でも、もしかすると、遠い宇宙の彼方、ネポスには、……私と同じ人が、いるの? 自分のためにボーンの力を使い、部下にも魔神ではなく、自分への忠義だけを誓わせている……そんな、あまりにも人間じみた、欲望のままに生きるひとが、この空の向こうに、いるという、の?

「……ケルベロス、の、レボルト……」

 それは、ほんの小さなひとりごと。すぐに風に溶けてしまう、誰にも聞こえない呟きでも、私の鼓膜と脳裏に焼き付くなら、それで十分。……ケルベロスの、レボルト。……私は、その人に、会いたい。その人の話が聞きたい、……その人が見ている景色を、私も見てみたい。そうすれば、私は、……私の中に眠る理由を、見つけられるような気が、したのだ。 inserted by FC2 system


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