孤独なきみの海はいま

「……俺の耳に入れておきたい者、だと?」
「は。レボルト様に、報告する程の事かと、拙者も少々、迷ったのですが……」
「ほう? して、内容は? 言ってみろ、グラディス」
「は。……地球の戦士に一人、変わった手合いがおります。敵に対して、変わった、というのも、おかしな話なのですが……」
「ほう……?」

 地球への任務に出向かせていたグラディスが戻り、俺の元へと報告に来た、その当初、……グラディスからの報告を受けた折には、俺がその内容にどの程度の関心を持っていたのか、正直なところ定かではない。暇潰し程度に、耳を傾けたに過ぎないのかもしれなければ、はたまた俺は、本心から関心を唆られていたのかもしれない。

「その者は、拙者との打ち合いの中で、急激な成長を見せたのです。成長と、言いますか……、拙者の動きを、模倣しようとしているように、見えまして……」
「……それで? 何故俺に、その報告を?」
「はい。その者に、拙者は名乗りを求め、拙者自身も名を名乗りました。拙者はケルベロス様、レボルト様の配下のグラディスだ、と。その際に、その者は、拙者は魔神ではなく、レボルト様の為に戦っているのか? ……と、そう問うたのです」
「……ほう」
「地球人は、魔神の詳細を知らぬとは存じておりましたが……その者はどうやら、魔神に服従すること事態に、疑問を抱いているようで。そのために、拙者に疑問を投げかけてきたのではないかと」
「……ほう。なるほどなァ……?」

 ネポスのエクェスは、始まりの魔神の為に、と。その名目の元に戦っている、……否、戦わされているのだが。地球人とて、その前提に大差は無いはずだ。奴等は魔神の事情などろくに知らぬのかも知れぬが、地球人は地球人で、母星と其処に住まう民の為に戦っているのだろう。実に、つまらぬ理由だ。……だが、その戦士は、その事実そのものを疑問視するかのような問いを、グラディスに投げかけたという。そして、グラディスには、魔神以外に戦う理由があるのか? と。その事実に興味を示し、俺についての質問を投げかけてきたのだと、グラディスは言う。……グラディスは魔神からの使命に忠実な堅物だが、同時にこいつは戦いを好み、好戦的な節がある。奴のそんな性質を、その地球人はまるで看破しているようだった、と。……そして、何よりもその地球人は、グラディスが俺に忠節を誓うことを、……異星への侵攻、奴等への攻撃の中で、戦いを楽しむグラディスを放任し、好きにさせている俺、という上官の存在を、グラディスから必死で聞き出そうとした、と。……それは、地球の戦士としての使命、と言うよりは、自分の興味や関心から来るような、声色だったように思えた、とグラディスは語る。……そして、その者は、地球人の戦士の中からも、何処か浮いた存在に思えた、と。

「……グラディスよ、その者は、何か迷っているようには見えなかったか?」
「は……? ……はい、確かに。何処か、惑い、苦悩しているような……そんな雰囲気がありました。我々の侵攻によるもの、というよりは……何処か……」
「…………」
「……もっと、単純に。必死で、力を求めているように見受けられました。拙者の見立てでは、戦士としての資質は十分に見えましたが、引き出しきれていない、……何処か、吹っ切れずにいるような」
「……なるほど。報告、ご苦労であった。……して、グラディスよ、その者の名は?」
「は? 名ですか?」
「名乗りを求めたと言っていたであろう? 俺も少々、興味が湧いたのだ。言ってみろ」
「は。……、と申しておりました。地球唯一の、女子の戦士で……、ホワイトドラゴンのボーンの適合者です」
「ホワイトドラゴン……幻獣系か。……妙だな、地球には幻獣系はドラゴンボーンのみ、である筈……」
「はい、拙者もその点は奇妙に思ったのですが……」
「まあ、よい。それは、俺も調べてみるとしよう。面白いではないか、グラディスよ。……その戦士、とやらの話、詳しく聞かせてみろ」
「はい」

 ……それ以来、地球の戦士、……とやらの存在は、頭の片隅に引っかかってはいたのだ。俺にはその時既に、……その者は、俺に親しい存在なのかもしれない、と。そう、分かっていたからなのだろう。
 そうして、グラディスの報告から、少し日が過ぎた頃、……愚かにもネポスへと乗り込んできたドラゴンどもを、ワイバーンと纏めて一網打尽にしてやろう、と。そう、フェニックスの奪取、シュトルツの捕縛に成功した後に、俺がシュトルツの屋敷を訪れた際、……その場に、地球人の女が、居た。

「……レボルト? あなたが、ケルベロスのレボルト……?」

 名乗るまでもなく、その者こそが、グラディスの報告にあった、である、と……俺が、そう、瞬時に気付いたのは、事前に性別や外見的特徴を聞き及んでいたから、等という理由ではない。その場の全員が、敵意や恐怖心に満ちた眼差しで俺を射る中、場違いにも、何処か高揚した声をが挙げたことに、緊張感が張り詰めた地球人共は、誰も気付かない。だが、俺には分かった。……が俺を見る目が、敵意や畏怖などという感情とは、余りにも程遠かった為である。まるで羨望するかのような目で、俺をまっすぐに見つめてきたからこそ、……俺は、その者がである、と。そう、感じ取ったのだ。
 満を持して、対面したその地球人、は、聞き及んでいた通りの人間だった。裏切りと欲望に塗れた地球人、という話が真実かどうかなどは知らんが、その眼が、苦悩に塗れていることはよく分かる。そして、その苦悩の理由も、俺には粗方察しが付いていた。コクーンとやらの中で対峙しても、そいつの動きには、何処か迷いがあり、攻撃よりも、俺から何かを聞き出したいから接近したいものの、この場には奴の仲間がいるから、それも出来ない、とでも言った様子で、……ホワイトドラゴン、幻獣系でありながら、星の核の資格を持たず、地球のボーンらしく、堅苦しい考えを持つそれは、俺のケルベロスとは違い、適合者を導くこともなかったようだ。己の内に飼う苦悩と、与えられた使命、その二律背反の狭間で、苦しみに塗れて、……そいつは、戦っていた。
 ……そうして、その戦いの最中に、……突然、奇妙な現象が起きたのである。

「……あなた! グラディスの言っていたレボルト、でしょ!」
「……ほう? そういう貴様は、、であろう? グラディスより聞き及んでいる。……だが、これは、どういうつもりだ?」
「わ、からない……こ、この場であなたに加勢するつもりはない! でも、ただ、私は……」

 時間属性の力を持つ、ホワイトドラゴン。時間属性のボーンは数も少ないが、停止した時間の中で、自分だけが動けるという最強のアドバンテージを持つ、のだが、……が止めた時の中で、何故か俺は、体が動かせた。その現象を奇妙に思っていると、俺の元へとが駆け寄ってきて、……この隙に、全員を始末してやっても、を殴り伏せて黙らせてやっても、当然、良かったわけだが。……この奇妙な現象の理由には俺も興味はあり、……まあ、多少は遊んでやってもよいだろう、と。……それは、只の気まぐれに、過ぎなかったわけだが。

「……あなたの、考えに興味がある。グラディスから聞いて以来、話をしてみたいと思ってた……だから私は、ネポスに……」
「……ハハハ! とんだ地球人も居たものだな! 貴様はクルードを助けに来たわけでも、ドラゴンの護衛に来たわけでもないということだ! ……俺に会いに来た、と? 本気で言っているのだな? ……それが、どういう意味か、貴様には分かっているのか? ……貴様は、連中の善意を足がかりに利用した、ということに他ならんぞ。それでは到底、連中を仲間とは呼べぬなァ……? ……度し難きその事実を認めてでも、俺との対話を望むか、小娘」
「……っ、それ、でも。私は、あなたと話さなきゃいけない、……時間は、限られているけれど……」
「……よかろう、俺の邪魔さえしなければ、貴様は見逃してやる。戦いが終わったら、連中から離脱し、俺の元に来い」
「!」
「話を聞いてやろう、と言っておるのだ。……ま、その後の命の保証などは、してやらぬがなァ……? 俺との対話を望むなら誠意を見せろ、……死ぬ気で来い」
「……わ、かった。……ありがとう、あなたの言う通りにする」

 時間停止の中で俺が動けた原理は、不明なまま、恐らくはにとっても、その現象はイレギュラーだったのであろう。時間停止が解除される前に、俺の目の前から退却し、地球人共の元に戻り、……たった今、能力を用いて俺と会話していた、という事実を気取られぬように、丁寧な細工までして、……つまるところ、自覚程度は、あるはずなのだ。その行動は、裏切りに他ならぬと分かっていながら、任務放棄だと理解していながら、それでも、……本当に、は俺の指示に従い、まんまと連中を出し抜き、……ワイバーンのレアメタル化による騒動の中で、自身の時間属性のボーンを上手いように利用したは今、コクーンの外で俺の前に対峙している。騒動に乗じて、パンサーの空間転移の範囲から時間停止で逃れることで、こいつは敵である俺の元に残ったのだ。地球の適合者とも、クルードの一派の奴らとも、共に逃げることを選ばなかった。先程まで殺し合っていた敵の大将の前に、言われるがまま、一人で首を差し出すなど、なんと愚かな行為だろうか。……だが、一戦を交え、行動の意図も先程聞いている以上、の意志など明白であった。まさか、この状況から単独で、しかもコクーンもない場所で、生身で。俺に立ち向かえるとは、思ってもおるまい。……地球人は裏切りを好む、と言うが。……なるほど、それは、あながち嘘でもないようだ。

「……さっきの約束! 話、聞いてくれるって、あなたの話、聞かせてくれるって、……本当に?」
「ああ、……俺は今、機嫌が良い。ワイバーンを逃しはしたが、収穫があった。劣等種の貴様にも、多少の慈悲を与えてやろう。……で? 俺に、何を聞きたいのだ、小娘よ」
「……私は、ずっと疑問だった……、私は、地球のボーンファイターで、私には、それ以外になにもない。……でも! 元はと言えば! そうなったのは、ボーンに適合したから、なのに! ……どうして、私は隷属を強いられていて……、戦うことでしか、自分に価値を見出だせなくて、でも、戦う意味が、私には、……」

 混乱しているのだろう、支離滅裂な言動を重ねる、その瞳は、憂いと苦悩に塗れていて。……俺はその眼の色に、確信を得た。……やはり、思った通りだ。如何にこの広大な宇宙とはいえど、まさか、そんな人間が存在するとは、思っても見なかった。実際、これまでの生涯で、出会うこともなかったが……、まさか、此処に来て、見つけてしまうとはな。……この小娘は、若き日の俺だ。まあ、今の俺と同類、とは言うまい。其処までは、こいつも吹っ切れてはいないようだからな。……だが、この世の理に納得出来ずに、日々に生きながらも、死んでいるその目は、……昔の俺が浮かべていたそれと、よく似ている気がした。
 は、幼い日から戦士だったのだそうだ。戦士になる以前の記憶は、適合の瞬間に全て失った、と。……ある種、生まれながらにして、戦士として育てられたというその経歴は、そもそも、地球ではイレギュラーだと聞く。はボーンファイターになる為に育てられ、地球を守ることを強いられて生きてきた、と。そうして不幸にも、量産型の戦士として育て上げられたこの女は、成長に従い、自我を持ってしまったのだろう。強要された使命に、疑問を抱いたには、ぬるま湯の日常を肯定できなかった、には。さぞ地球は、生きづらかったことだろう。只、水が合わなかったと言うだけで、肩身の狭い思いを、息の詰まる思いを、してきたのだろう。……哀れな、話だ。

「……ケルベロス、貴方は魔神の為には戦っていない、のでしょう……? どうして、あなたは戦っているの? ドラゴンで揃うって、どういうこと……?」
「……貴様は何故、俺の真意を知りたい? 貴様の役目は、大人しく地球を、ドラゴンを守って行くことなのだろう?」
「……そう、だけれど。私は……」
「……その使命には、納得が出来ぬと?」
「多分、そう……私は最初、星の核だってそう言われたの……でも、研究の結果で、そうじゃない、と分かって……」
「……呆れたものだ、地球の科学力、文明はそうも遅れているのか」
「……一瞬で、掌を返されたわ。一度、私はもういらない、って言われた。少なくとも私は、今でもそう思ってる」
「……ほう」
「でも、結局はこうして、戦い続けてる。多分、私は、……もう一度、お前はいらない、って言われるのが、怖くて……自分が生きていることを許してもらいたくて、その為に、戦ってきた……私には他に、生きる方法がないと思った。でも……やっぱり、彼らの日常に、……地球に、私の居場所は、なくて、」
「……そうか。それが、貴様の考えか」
「そう、それで、思ったの……もしも、ネポスの戦いが終わったら、……そのときは、私は何処に行けばいいんだろう、って。それで、気付いてしまって、怖くなった……私、この戦いを続けるのが嫌なのに、ずっと戦いが続けばいいって思ってた! だって、敵が来る限りは、私が生きる理由があるから、って……!」
「……到底、地球の民を、仲間を想っての思考とは、思えぬなァ?」
「……そう、ね。……不思議、なんだか、あなたと話していると、頭の靄が晴れる気がする。自分でも答えが見つけられなかったことが、言葉になるような……」
「……ハハハ! ……その代償に、貴様は俺の前に首を差し出し、醜悪な己の本性と向き合っているわけだが、なァ……? 到底、安い対価とは言えぬな?」
「……いいよ。私は、あなたに殺される覚悟で此処に残ったから。元々、私はそんなに色々持ってないし、私が居なくなっても、多分彼らは大丈夫。それに……」
「……それに、何だ?」
「……私、あなたになら殺されてもいい。……こうして話して、そう、思ったの」

 そう、静かに告げる表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。……そうして、俺は思う。俺ならば、この小娘の人生を変えられると、俺は知っているのだ。だが、打ち明けるにはリスクが大きすぎて、そうしてやる義理も、俺にはない。だと言うのに、俺は、……其処で、殺してしまっても、良かったものを、俺は口を開いて、こう言った。

「……よかろう。冥土の土産に、聞かせてやる。……だが、これ以上聞けば本当に、後には引けんぞ? 地獄に落ちる覚悟が、貴様にあるのか?」
「……それが、あなたの作る地獄なら、いいよ。きっと、こうしてあなたと話したことは、地獄に落ちても覚えていられると思うから、……私に、悔いはないの」

 清らかな目だ。何も知らぬと言いたげで、答えを求めるまなざしは、ある種、煩わしささえ覚える類のものであったはずなのに、俺は。……、この異星人を、……俺の旅の道連れとすることに、決めてしまったのだ。 inserted by FC2 system


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