悪夢の続きをふたりで見よう

 私はきっと、その日を忘れないことだろう。
 ……果たして、私のボーンが時間属性だったことは、幸運だったのだろうか、それとも、不運だったのか。少なくとも、地球にとって、宇宙にとっては、不幸だったのかもしれない。けれど、私はこのときの自分の決断に、後悔したくない、と。そう、思っている。だってそれは、確かに、……私が初めて、自分の意志で考え、迷い、決断し、選び取った。私にとっては、何よりも価値がある答えだったのだ。それが、正しいのかも、間違っているのかさえも、あの瞬間の私には、最早、どうでもよくて、……私が欲しかったのは、自分が納得できる理由、それだけだった。
 そうして、己のためだけに、数少ない荷物を手放して、自分の命も代償に掛けられる自身の心の内を、知ったときに、初めて。……私は、ようやく、自分になれたような気がした。誰かに与えられた役目、外側の意義なんかじゃなくて。私は私、誰とも違う私のままで、誰とも同じになれなくてもいいのだと、……あの眩い雷鳴の最中で、私はようやく、そう思えたのだ。

 ……それは一体、何時から、だったのだろう。
 地球の為に、ボーンファイターとして戦って死ぬことだけが、自分の義務で、存在意義だと思っていた。少なくとも私にとって、最初の記憶は、その自覚だったのに、そのたったひとつですらも、一度取り上げられてしまったから。私には、もう次はない、明日はない、許されないのだとばかり、思い込んでいて、……それだけを、信じ込んで、自分に言い聞かせることしか、出来なかったのだ。たったのそれだけしか、信じることもできなかった私は、本物のヒーローに触れた時、如何に自分が薄っぺらい正義の味方だったのか、思い知った。だって私には、地球に対する思い入れが、ない。只、守れと言われたから護ってきただけで、……それは当然、私にだって護りたい理由くらい、あったけれど、やっぱりそれも、他の誰かと比べてしまえば、薄っぺらな理由に思えて仕方なかった。それは、借り物の理想だったから。私にとってその希望は、絶望でしか無かった。私には同調できなくても、皆がそれが正しいと言うから、必死で模倣していただけに、過ぎなかったのだろう。……そんな日々では、結局、私が私である理由を、見つけることは出来なかった。本物が、もういるのに。偽物に過ぎない私が、生きる理由が、此処にいる意味が、何処にあるのだろう。……どうして、地球を守らなければいけないのか。それを知らぬまま戦い続けたこの体は、戦うことを呼吸と同義だと思っている。戦いの中でしか呼吸が出来なかったから、その瞬間だけを心地良いと感じていた。永遠に続けばいいとすら、思っていた。
 ……そんな正義の味方の成り損ないが、今更、地球に必要なのだろうか。……問い続けた答えに、本当はとっくに、答えを見つけている。私は、ずっと、誰からも必要とされないものなのだ、と。自分で、分かっていた。

 ……思えば私の人生には、何も無かった。なればこそ、はじめから何も無かったことにされても、どうということでもないのだから、と。……そう無理に納得して、使命に殉じろ、という命に黙って従っていたという、只の、それだけだった。確かに私は、自分の出自の何もかもすらを覚えていないけれど、……そもそも、どうして私は、ボーンファイターとしての役割以外の全てを、取り上げられなければならなかったのだろう。
 ……それを取り上げたのは、一体、誰だったのだろう?

 ごうごうと焼け落ちる屋敷。ボーンで時を止めてリーベルトの空間転移から逃れた私に、今頃、皆も気付いた頃だろうか。コクーン内での一瞬の対話の中で、敵対するケルベロス、……レボルトから、彼の言う通りにして、戦闘後もこの場に残れば、私が望む答えをくれてやる、と。そう、言われて。……そんなの、罠かもしれないのに、その場凌ぎの出任せかもしれない、私を殺すため、或いは、捕縛するために、そう言っているだけに過ぎないかも、しれなかったのに。……私は、彼の指示に、従ってしまった。今まで、ボーンファイターとして命じられたこと以外、してこなかったのに。止まった時の中で、やっぱりまた、ルークは動けなかったのに、……何故か、ケルベロスは身動きができて、対話を望めてしまったのだ。その現象だって、私にも理由がわからなくて、私は、気が動転していたのだろうか? ……一体、どうして。そんなことをしてしまったのか、昨日までの私ならきっと、分からないまま、だったのだろう。けれど、……今日の私には少し、理解できる気がした。……そうだ、私は。此処に残れば、求め続けた答えを、得られる気がした。今、私が相対している相手は、間違いなく敵の筈なのに、残るべきだと、話すべきだと、直感的にそう感じてしまった。この人なら、押し殺し続けた私の本音をぶちまけても、平気なように思えたのだ。……その問いに、この人だけが、答えをくれる気がした。
 私はきっと、ずっと苦しくて、……仮初めの日常、偽りの配役では息が、出来なくて、それでも、溺れ死ぬようにして生きていたのは、……私には、死ぬほどの理由すらも無かったからで。私には、そんな自分の暗がりに、名前を付けることさえ、出来なかったのだ。

 ネポスと戦うのは、地球を守る為。エクェスが襲ってくるのは、魔神の為。私を選んだホワイトドラゴンは、私に道を示す素振りもない。そして、ボーンを作ったのは、……始まりの魔神。
 ……だったら、誰を倒せば、私は呼吸が出来るのだろう。誰を倒せば、私は解放されるのだろう。もしも、戦う意味よりも、生きる意味を、見出すことが出来たなら。……こんな鬱屈をこれ以上、有耶無耶にして、戦い続けるのは、……何かが、違う。戦っている間だけは、自分の価値を認められるだとか、そんな価値を、私に根付かせた根源こそを、叩かなきゃいけないのでは、ないの? ……嗚呼、きっと今、私は初めて、……自分の力で、思考して、慟哭している。

 どうして私は、こんなに苦しい。どうして世界は、こんなに苦しい。地球の水は私には合わない、宇宙の酸素は薄くて、息が出来ない。どうして、私達は、……ルークや、同じく使命を背負わされた、研究所の皆も、ネポスの人々だって、結局は皆、得体の知れない神が仕組んだマッチポンプに巻き込まれ、苦しめられているだけなのだろうか。
 どうして、私達は。……神の操り人形でいることに、疑問を抱かず生きてきたのだろうか。神様って、一体何様? なんて、子供じみた疑問をぶつけ続ける私を、静かに見つめていた紫電の瞳は、……次第に興味深そうに、弧を描いていた。


「……まず、第一に、俺と貴様とでは、前提が違う。俺は、俺の為にしか、この力を使おうと思ったことなどない」
「でも、……それは、許されないこと、だって……この力は、誰かのためとか、魔神の為に使わなきゃいけない、ものだと……」
「おかしなことを言う……許されない? 誰が決めたのだ、そんな事……それは、抵抗をしていない、と言うのだ。貴様もそうだろう? ……使命や境遇、運命などというまやかしに……、始まりの魔神に、抵抗しようと思ったことが、貴様にはあるか?」

 はっ、と。見開かれた、の瞳は、答えを見つけかけている。だが、最後の理性が、人としてのタガが、その答えに至る本能を、どうにか食い止めようと、しているのだろう。……だが、もう遅い。貴様は、地獄の蓋を開けたのだ、よ。既に貴様に退路は無く、答えを得る以外にこの娘が納得することなど最早、不可能だ。賽は既に投げられた。既に貴様には、……最後の二択しか、残ってはいない。

「教えてやろう、。俺が、何を成さんとしているのかをな……光栄に思え、これは、俺とケルベロスしか知らぬ、計画の真実……」
「……あなたと、ボーンしか……知らない……」
「俺は、始まりの魔神を殺す。そうして、この宇宙を破壊し、次の神へと成り代わり……宇宙を、俺の為に作り変える。それが、俺の計画の真相だ。貴様ら地球人が必死で相手取っていた地球侵攻など、その為の足掛かりに過ぎぬわ」

 俺が告げた真相に、更に見開かれた瞳は、……それでも、恐怖に震えない。
 地球に生まれ、ボーンに適合し、地球を守る使命だけに殉じて生き続けて、義に従うのボーンでは、適合者の疑問になど、答えてはくれずに。……気まぐれな魔神どもに、気休めの使命なぞに振り回されて、……きっとそうして、こいつは生きてきたのだろう。その過程で、自らと思想を違えたボーンを、長年、組み伏せながら、だ。適合者とボーンの思想が噛み合わない。そう珍しい話ではないが、……本来、ボーンとは、適合者を認め、適合者とは、ボーンの影響を受けて、運命を共にしていくもの。俺とケルベロスとて、かつてはそうだったのだ。……そして、だからこそ俺は、魔神に反旗を翻した。だが、にはそれがない。ボーンはを導いてはくれずに、それでも戦いの中に使命と生きる理由があると信じたからこそ、彼女はボーンを組み敷いて闘ってきたのだろう。……それは、正しく。ボーンを飲み込んだのと、大差のない行為である。
 その才覚は、……そう、正義の味方とやらに留まるには、余りにも勿体無いものだった。

 若しも貴様が、俺と同じ類いのモノであるならば、……貴様とて、破壊者であらねばなるまいよ。

「……そんなこと、本当に、出来るの……?」
「方法はある。まあ、今、貴様に開示するわけには行かぬがな……」
「そう、なの……あなたは、いつからその計画を?」
「まあ、ざっと十年以上前になるか……俺もかつて、使命とやらを疑問視したことがある。であるからこそ、決めたのだ。俺を認めぬ宇宙ならば、いっそ破壊してしまえば良いのだ、とな」
「……私、も、あなたのように、生きられる?」
「ま、貴様の出方次第であろうな。……だが、少なくとも俺は、貴様の望む道を示すことが出来るだろう。その果てに、貴様の命の保証など無いがなァ?」
「……それでも、良いよ。使命とか魔神とか、曖昧なものに振り回されるのは、……もう、嫌だ。私が納得できる答えをくれたのは、ケルベロス……あなただけだった。だから……」
「……ああ」
「私、……あなたの共犯者に、仲間になりたい。あなたが辿り着く結末を、私も見てみたいの」
「……よかろう。……上出来だ、。貴様に、俺の伴を許してやる」

 あれは何も、他人の生命を軽視しているわけでも、どうでもいいと思っているわけでもなく、俺よりも少しは、人間らしい。だが、あれは同時に、自分の命に、大した価値など見出してはおらず。全てをかなぐり捨てられる程に、何が何でも、己が納得できる答えを欲していた。何故、自分達は始まりの魔神の奴隷でなければならないのか、と。自分の力で、そう、思考し。燃え盛る炎の中で、は、俺に問うた。まるで、俺だけがその答えを知っている、と。……そう、見抜いたかの如く、力強さで。ごうごうと燃え上がる炎の中、が脱ぎ捨てた、白い上着が灰になって空へと消えていく。地球の戦士としての、制服だったのであろうそれを、投げ捨てるその行為は。……杯を割る行為と、同義であったのであろうな。


 そうして、その晩。俺はを、自らの屋敷へと連れ帰った。
 評議会に報告した名目としては、捕虜、という扱いだった。恐らくは既に、クルード辺りを通して、地球人どもにもそのように、情報が届いていることだろう。だが、実態としては、俺の配下の間では、ホワイトドラゴン、は客人……というよりも、食客同然の待遇であった。何も当初からそのつもりで、を連れて帰ってきた訳ではなく、俺とて共犯者に、というその言葉の全てを鵜呑みにするほど、阿呆ではない。心の底からを信じていた訳では、無かった。の疑問に答えられる人間など、この宇宙に俺一人なのだから、こいつにとって俺が有用な人間であることは明らかだが、俺の方はそうではない。……そう、だったのだが、裏を返せば、それはつまり。俺の話に真摯に耳を傾ける人間など、宇宙に一人である、と、いう。……そういうことでも、あったのだ。

「レボルト、お仕事終わった? もう、お話できる?」
「……何だ、騒がしい奴め」
「……ご、めんなさい。……早くあなたと話したくて、話が聞きたかったから……」

 仮にも捕虜として囲っているこの娘に、エクェスとしての任を任せる訳にもいくまい。いつ、地球側に再び寝返るとも知れない者を、軽々しく、任務に同行させる訳にはいかない。……そんな、それらしい言い分も、最早意味を成しては居ないことに、俺とて気付いている。が俺の屋敷に身を寄せてから、一月ほど。自分でも、信じがたいことではあるが、……俺は既に、絶対にこいつは俺を裏切らない、と。当て所もない確信を、抱いている。
 評議会での、エクェスとしての任を終えて、夜。……俺は、毎晩毎晩、と対話を重ねた。部下達が、地球人の女を私室に連れ込む俺を、どう勘繰っているのかなど、知っている。……例えば、捕虜である弱みに付け込み、……だとか。傍目からはそんな風に映ることであろうな、と。俺自身、そう感じてはいた、が。

「レボルト、今日は、何の話を聞かせてくれる? 評議会のこと?」
「……おい、待て。昨夜は俺が話した。今夜はお前の番であろうが、
「……でも、私の話なんて、つまらないよ……?」
「構わん、それは俺が決めることであろう? 聞かせてみろ、。……お前が想い悩み、考えたことにこそ、俺は興味があるのだ」
「……分かった! あのね、私……」

 可笑しな事だ。男女が、それも、敵対関係に在る筈の、この娘と俺は、神の気まぐれで、殺し合いを強いられた間柄であるにも関わらず。毎夜、只々、対話だけを重ねている。例えば、ボーンの話、異星で感じたこと、評議会に対する不満、部下の話、……或いは、俺の生い立ちや、苦悩を自覚し始めた若き日の出来事、日々に感じる、どうしようもない息苦しさ。……は、俺のそんな話を理解できて、俺の話に異を唱えない、……俺にとって、初めての相手になってしまっていた。にとっての俺も、恐らくは、そういう類のもの、だったのだろう。……理解者など要らない、この宇宙が俺を理解せぬならば、全てを破壊し、創り替えるまでのことだ、と。……そう、思うことで己を保ち、今までの人生を生きてきた。それだけが俺の原動力で、それだけが唯一の、希望と呼べるものだった。……だと、言うのに、その生涯で。俺は、得て、しまったのだ。……己の理解者という、存在を。……俺と、は、互いに、何より欲していたはずのそれを、この世の最終局面にて、手に入れてしまった。
 に全てを打ち明けたその時は、まだ。邪魔になれば、不都合になれば、刃向かったなら、否定されたならば。他と同じように、殺して仕舞えば良いだけだ、と。本心からそう思っていた。……だが、思い返せば、毎晩、他愛のない話に熱中して居た頃には、……とっくに、そうでは、無くなっていたのかも、知れない。

 俺とは、確かに、共犯者であったのだろう。 だが、それは、……共犯者以外の関係を、互いに認めることが出来なかったからこそ、であったのかも、しれぬな。……俺達は、最早、足を止めるわけにはいかなかったのだ。 inserted by FC2 system


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