発火する凍原の声

 ソキウスにはああ言われたけれど、レボルトを想う気持ちを、単純に恋、と呼んでしまうのは、この状況下ではやはり不適切、……不謹慎なように思う。ソキウスに言われてから、考えてはみたけれど、実際のところ、やっぱり私には、よく分からないのだ。自身の探究心のため、自分が楽になるために、私は、12年間を過ごしたボーン研究所を裏切り、レボルトの側に着いた。その結論自体には、その事実だけで大いに満足していたように思う。……そもそも、元を辿ればレボルトは私にとってある種、都合の良い相手、だった訳で。彼は私の疑問に答えられる唯一の人で、その彼が、……それは彼の気まぐれだったのかは、わからないけれど、ともかく、私に道を示してくれると言ったから、私は全てを捨ててでも、レボルトに着いていくだけの意義があると、そう思っただけ。……そう、思っただけ、だったけれど。対話を重ねるうちに、私は確かに、レボルトという人物のことが、とても好きになってしまっていた。そうして、いつしか、彼の夢を自分の夢のように想うようになっていたのだ。……今までの私は、誰かに与えられた使命や夢、日常に自分は納得が出来ないのだと思っていたけれど、……多分、実際、そうではなくて。私にとって正しい答えが、私の目の前には無かったというだけの話、なのだと思う。引き金を引いたのが、レボルトだったとしても、……遅かれ早かれ、私は彼等と道を違えていた。そもそも、最初から道が同じだったとすら思っていなくて、必死に同じ景色を愛でようと苦心してきた私は、……今、苦悩せずとも自然と得難いと感じられる場所を、手に入れてしまった。

「……、そなた今、手は空いているか?」
「! グラディス、どうしたの?」
「うむ、ベントーザとセミリアと手合わせをするのだが、偶数の方が何かと都合がいいだろう? そなたも参加せぬか?」
「い、いいの? 私、一応捕虜なのに……」
「はは、レボルト様からは食客として扱うように指示を受けている。……む? 食客に剣を握らせるのは、まずいのだろうか……?」
「……ふふ、大丈夫じゃない? でも私、剣は素人だから……」
「ならば、拙者が教えよう。そなたは筋がいい、教え甲斐もあろう。それに、拙者とは、共にレボルト様をお支えする同志、なのだからな」
「……あ、りがとう……」

 当初は一派内でも悪浮きしていた私だったけれど、ソキウスが何かと構ってくれたこともあって、最近では、レボルトの配下のひとたちとも、普通に会話をしてもらえるようになった。中でもグラディス、……ソードフィッシュの適合者である彼とは、一度、コクーン内で剣を打ち合った間柄であることもあって、彼は、大層に私を歓迎してくれたのだ。

『そなたは、拙者からレボルト様の話を聞き及び、それをきっかけにしてレボルト様に尽力することを決めたのだろう? それは、拙者にとって誇らしいことだ。……地球では、さぞ苦労したのであろうな、拙者で良ければ、いつでもそなたの力になろう、

 仲間だから、同志だから、同胞だから、同じ人に尽くすもの同士だから、……そんな言葉も、地球に居た頃の私には、まるで響かなかったのに。ネポスに来て、レボルトの元で過ごす最中、私は、……自身がすんなりと、周囲のそんな言葉を、真心を、受け入れられるようになっていることに、驚いて。それで、ようやく理解したのだった。……これが、翔悟の言っていた日常、だったのか、と。

「……!? どうした、何処か痛むのか!? すぐに医者を……」
「……だ、だいじょうぶ、ごめん、目にゴミが……」
「ゴミ? どれ、拙者に見せてみろ」
「う、うん……ありがとう、グラディス……」
「……気にするな、この程度、仲間ならば当然のことだろう?」
「……うん、そうだね、そう、なんだよね……?」
「……ああ、そうだとも」

 ……此処に来なければ、私は生涯、その言葉の意味を、理解できないまま、だったのだろう。結局、何処まで行っても地球では私は、日々を生きることすら出来なかった。……決して、彼等のことを、嫌いだったわけじゃ、ない、でも、……私では、彼等に適合できなかった、地球では、私はまともに生きられなかった。ならば、……こんな風に私が、自然と笑ったり泣いたりが出来るようになったネポスでなら、私は生きられるのだろうか? というと、……多分、私は生きられるけれど。レボルトは、それでは生きられないから、……ならば、やはり私は、この日常も破壊するのだろう。
 ……彼等の語った日常が、私も欲しかった、それでも。彼等に背を向けることで、ようやく手に入れたこの日々を、私に向き合ってくれたひとたち、今向き合ってくれているひとたちを、そのすべてを、……全て無に帰してでも、万人に恨まれ、呪われようとも。私は、レボルトの本懐を遂げたい。私に笑顔をくれた彼に、幸せになってほしい。私にとっては、それがすべて、……なんて、とても言えないけれど。すべてを破壊してでも、あのひとにだけは笑っていてほしいのだ、私は。……だから、そのすべてを、ようやく理解した私は、

「ぐ、ぐらでぃす……」
「どうした……?」
「わ、わたし、……グラディスが、好き」
「な、……!? せ、拙者を……そ、そなたが……そ、それは……、本当、なのか……?」
「うん。……すき……ソキウスも、ベントーザも、セミリアも、オウルくんたちも、わたし、みんな、みんなのことが、好きなの」
「……あ、ああ、そ、そういう、意味だった、か……」
「でも、……でも、レボルトのことが、いちばん、好き……」
「……ああ、それは確かに、そうなのであろう、な……」
「……うん、大好き、みたい……」

 この人の理想を遂げさせたいから、世界を巻き込んで心中してでも、この人だけは、生かしたい。大切なもの全て、炉に焚べてしまっても、私もその過程で、死んでしまうのだとしても、地獄に落ちても、恨まれ続けるのだとしても、それでも、……それでも、絶対に二度と立ち止まらない、と、いうこの強烈な意志に、もしも名前を付けるのなら。ああ、確かにそれは、……愛、以外の何物でもないのだ、きっと。私の向かう先が煉獄だとしても、……その地獄には、番犬がいる。だから私は、大丈夫。何に変えても、やり抜いてみせる。私は日常を非日常に変える、希望を、絶望に変えてみせる。……たったひとり、あなたの希望になるためだけに。


「……私、レボルトのことが好きみたい」
「……今更何を言っているんだ? 以前にも、俺はそう言っただろう?」
「うん……ソキウスに言われてから、考えたけれど……多分、ソキウスの言う通りなんだと、思う」
「なるほど。……それで、今日は俺に何か相談か?」
「え?」
「うん? ……俺に、レボルトへの恋心を打ち明けたというのは、上手くいくように手伝ってくれ、ということではないのか? 無論、俺は喜んで協力させてもらうつもりだが」
「……ううん、違うよ。私は別に、レボルトと、どうこうなりたいわけじゃないから」
「……妙なことを言う、脈がないわけでもあるまいに」
「……それは、どう、かなあ……」

 ソキウスの言葉で、グラディスたちと送る日々の中で、私がレボルトに抱くこれが、恋や愛だという類いの感情なのだと理解した、……そう、理解は出来たけれど、私には、この感情をそれ以上の何かに昇華することは出来ない、と。……瞬時にそう、悟ってもいる。私は、どんなに自分の理屈を重ねたところで、自分が納得できたところで、地球の彼等、ルークたちにとって、……そして、ソキウスたちにとって、最後には、自分が最低の裏切り者になることを、自覚してもいる。そう、理解した上で、……叶う望みも無い恋の為に、恋しい極悪人の為だけに、事を成すと、私は決めた。
 だからこそだ、私がこの恋を諦めている理由。
 それは、……だってそれは、そういうことだ。もうじき宇宙には、彼の明けの明星以外の何もかもが、存在しなくなる。私は、それに同意して、最後には彼の夢のために、自分が犠牲になることも承諾した上で、レボルトに賛同しているのだ。
 ……たとえ、私にとって、レボルトの思想こそが救いだったとしても、レボルトにとって私は、きっと、原罪への慰め以上の何者でもない。何かだったとしても、私では、私にとってのレボルトほどの重みを、彼の中で占められない。……けれど、それでいいのだ。だって私はレボルトと出会って、その理想に触れて初めて、世界に色が付いた気がした。取るに足らないとばかり思っていた宇宙が、誰とも噛み合わないと思っていた寂しい人生が、あの瞬間、確かに意味を持ったのだ。まあ、だからこそ、失うのが惜しくなってしまった、というところでも、あるのだけれど、……それだけはきっと、どうしようもない。今更、元に居たところに戻りたいなんて言わない。この日常を永遠にしたいだとか、レボルトが欲しいなんてこともまた、言えない。ここまで大胆不敵な大叛逆を宇宙相手に見せつけておいて、尚も、……私は、臆病なまま、なのだろう。自身を否定し、否定されながら生きてきた、私は。……たった一人、たったひとつ、自分が肯定できたそのひとに、この気持ちの価値を、否定されることが、怖くて怖くて、たまらない、のだ。

「……そうか。……まぁ、お前が色々と思い悩んでいるのは分かったが、ひとつだけ、忘れないでほしいことがある。……いや、少し違うか、これは俺が、お前に覚えておいてほしいこと、だな」
「……何?」
、俺はお前が好きだ」
「……え、っと……何それ? 何かの冗談……?」

 ……冗談じゃなければ、悪い夢だ。だってソキウスは、私にとって初めての友人、だった。けれど、只の友人、と言ってしまうのも少し違う気がする。……私にとって、ソキウスは。大切な、人だったのだ。ネポスに身を置いてから暫く、気付けば、だいぶ気の置けない仲になり、お互いに遠慮も無くなってきたように思う、けれど。口ではどんなに悪態を吐いて、半ば喧嘩のようにじゃれあったところで、私は、この人には感謝しかしていない。この遠い異星へと流れ着いた私に、真っ先に親身に接してくれたのは、だって、彼だったのだ。……そんな彼に、私はレボルト可愛さの余り、裏切りの真相を告げないでいるわけ、だけれど。きっとソキウスにも、私に告げられずにいることがあるんじゃないか、と思っている。……きっと、私とソキウスは、良くも悪くも対等なのだ。同じようにレボルトの理想を夢に換えて、同じように付き従っている。……そして、どちらが先かは置いておくとして、いつかは同じように、切り捨てられて、同じようにレボルトを憎めないのだろう。……だから多分、ソキウスは私が彼を欺いていると知っても、怒らない気がする。もしかするとそれは、私が彼に、恨まれたくないだけに過ぎないのかもしれない。でも、私も、……もしも、この先ソキウスが私を裏切ったとしても、怒らないと思うから。……まあ、罪悪感がないと言えば嘘になるが、それもきっと、些細なもの。……私はソキウスが大事だけれど、レボルトの方が、もっと大事。だから、ソキウスが私を好きだというなら、……多分、それは、

「俺は、お前が好きだ、いつの間にか俺にとってお前は、大きな存在になっていた。……そうだな、レボルトと同じくらいには」
「……ああ、そういうこと」

 ……まあ、そういうことだろうとは、思ったし、はっきりとそう言いきってくれて、私は、ホッ、としていた。それは、私がソキウスに向けるものと同質で、……それこそ、先日にこみ上げるがままにグラディスに告げてしまった感情と、きっと同じ。私は、ソキウスやグラディスのことが、好きだ。彼等を私の日常だと感じていて、……本当に、大切に思っている。

「そういうことだ。……、お前とレボルトはな、何処かが似ている」
「何が似てるっていうの……? 私なんかが、レボルトみたいな人と……?」
「それは、……正直、俺にもはっきりとは分からない」
「……は? 何、それ……?」
「しかし、そうだな……恐らくは、その在り方だ。魂の色だとか、そういった見えないものが、お前達は似ている。だから、お前がレボルトを必要としたことには、何となくだが、腑に落ちる。……、きっとお前にとってレボルトは、欠けた半身のようなものなのだろう」
「……欠けた、半身……?」

 その表現は、するりと私の頭に馴染みこむ。だって、それは、余りにも、適切だった。……私にも理解しきれなかった、私が彼に焦がれて仕方ない、その理由。彼を見つめていれば、楽に呼吸が出来た、その理由。それは、私というどうしようもない人間は、レボルトがそこにいてくれて初めて、この身を、五体を満足に動かせたから、だったのかもしれない。ソキウスの言葉を聞きながら、私は静かにそう考えていた。

「……まあ、レボルトにとってのお前はきっと、半身、などというほどまでには、あいつの中でパーセンテージを占めた存在ではないだろうな。あいつはお前とも俺とも、違うスケールで生きている、理解は及ばないが、俺はそう思う」
「……そうだね、だから私は、」
「だが、……いつかレボルトが、自分の欠けた部分を悔いた時に、助けを欲した時に、酸素を失った時に、……あいつを支えてやれる人間がいるとすれば、それはお前だけではないかと、俺は思うのだ」
「……ソキウス……?」
「……そしてその時きっと、俺はあいつの苦しみを察してやれないのではないかとも思っている。だから……、」

 ……ああ、やっぱり、そうか。……それは勿論、まさかレボルトに、裏切られるとは思っていないだろう、けれど。……この人が良すぎる友人は、自分の知らない親友がいることを想定し、断定した上で、……それでも、親友の救いを探そうとしている。……ソキウスは、馬鹿だよ。だけど私もやっぱり、馬鹿だよ、ね。……だって、ソキウスがレボルトの親友で在ってくれて良かったと、私は今、心の底から噛み締めているのだ。
 ソキウスは確かに、レボルトの思想には適合しきれなかったのだろう。……けれど、彼がそこにいた事には、意味があった。……こうして、レボルトを気に掛けてくれる人間はきっと、ずっと、ソキウスしかいなかったのだ。……私が此処に、来るまでは。レボルトには敵しかいなくて、敵陣中央の銀河系の中心で、ひとりぼっちのレボルトのたった一人の友人でさえ理解できなかった心の痛みを、私なら取り除ける、と。ソキウスは、そう言っている。……正しくは、何に変えてもお前が取り除け、と。

「だからこそ俺はお前に言わなくてはならないのだ、友よ。俺の無二の親友を、どうかお前に頼みたい。……だから、どうかお前も俺と同じように、……レボルトを、あいつを見捨てないでやってくれ。あいつから離れていく存在など、それこそ掃いて捨てるほどにいたが、あいつを見守ってくれた人間など、他にはいなかったのだ。……よ、我が友よ、お前もどうか、レボルトの側にいてやってはくれないか」
「……そうね、それで、私はいつか報われると思う?」
「それは分からないが、……それでも、可能性があるとすれば、お前だけなのだろう」
「ソキウス、あなたは、……苦しみ続けながらでも、私にレボルトを愛し続けろというのね?」
「……ああ、そうだ」
「それが、一生報われなくても? 此方を振り向いてなんて、貰えなくても、ね?」
「……その通りだ。お前の人生を棒に振ってでも、お前にはレボルトを愛し続けて欲しいと、俺はそう、思う」
「……ふふ、ソキウスって、良い人だと思ってたけれど……やっぱりソキウスも、レボルトの友達よね。平気で、そんなにも酷いことを言えるのだから」
「……そうか、そうだな、お前のその言葉を嬉しいと思えるから、俺はあいつの友人でいられるのだろう、な……」

 やはりそれは、願い事と言う名の、懇願という名ばかりの、決定だった。お前にしか出来ない、だから、やれ。お前の身など顧みるな、俺がそうなるように、お前もまた、レボルトの為に死ね、と。……無論、ソキウスは、自分の身に危険が及ぶ可能性を、まだ知らないから、彼の意図としては、其処までの重みをその言葉に持たせていないとは、分かっているけれど。……そのとき、ソキウスの言葉が、私には、そう聞こえたのだ。そして同時に、その言葉こそが、私の背を押してくれたから。私は、……それなら、仕方がないな、と思った。……だって、このままでは不平等だ、私とソキウスは対等だったのだから、それなら、終わりまでそうであるべきだと、……そう、思ったのは、やはり私も、ソキウスと同じ意味合いで、ソキウスが好きで、……大切、だからなのだろう。

「……わかった、いいよ、ソキウスの願いどおりにする。結局は私も、そういうソキウスの友達だもの。それを受け入れられるくらいには、きっと私もおかしいのよ、ね」
「……そうか、助かる。感謝するぞ、
「……それに、どうせ私は、叶わなくていいとは思っていても、ね。レボルトを見るのをやめられないのよ。あのね、……あのひとの視線を受けているときだけ、私は幸福を感じられるの。もしかしたら、この人生も捨てたものではないのかもしれない、って思うの。……だからきっと、そうね、どうにもできない。どうにもならないとしても、かと言って、静かに失恋なんてできない。……きっと私は、死ぬまで一人で、レボルトに恋してるのね」

 世界は私に何もくれなかった、私は世界に何もあげられなかった。……けれど、レボルトは私にたくさんのものをくれた、私はそのお礼に、レボルトにこの身の全てを捧げたいと思った。私に差し出せるものなら、なんでもあなたにあげる。命でも、名前でも、魂でも、星でも、必要ならボーンカードだって何だって差し出せる。……でも、それでも本当は、足りないよ、私に差し出せる程度の荷物では、あなたに見合わない。だから、……私は本当は、あなたが、レボルトが欲しい、と彼に強請る為には、私の差し出せる全てでは、とてもではないけれどその価値とは重みが釣り合わない。……だから、言わない、言えないよ、対価の合わない取引など、口が裂けたって、言えない。これ以上、……何も持っていないあなたから、何かを奪うことは、出来ない。

「……それは何よりだ。……だが、まあ、諦める必要はないと思うがな。お前は若いし、気立てもいいし、ネポスの美的感覚からしてもだ、……黙っていれば美人、の部類なのではないか?」
「褒められてるのか、貶されてるのか、分からないけれど……、まあ、ありがとう……? ……でも、例えば、私は、さあ、……レボルトの言うところの、劣等星人、地球人、なのだし……」
「……なんだ、気にしていたのか?」
「気にしてはいないけれど……まあ、引け目は、それなりに、ね」
「なら気にしなくていい、劣等種、などと思っていたのなら、レボルトはああもお前を厚遇せんよ」
「……そう、かなあ」
「ああ、安心するといい。……俺の、お墨付きだ」

 ソキウスの言葉を聞いて、分かった、と相槌を打ちながら、私は結局、全部心に決めていた。……死ぬまで、死んでも、きっと私はレボルトが好きだけれど、私から彼には、これ以上の何も望まなくて、いいや、と。だってそれがきっと、一番賢い選択で、正しい選択だと、……そう、思ったのだ。



「……良いのか? レボルト」
「……何がだ、ソキウス」
「嫌、何。……お前の愛情表現は、全く伝わっていないようなのでな」
「……俺がいつ、誰にそのような真似をしたというのだ? ソキウスよ」
「……やれやれ、分かっているだろうに。候補など、一人しか居ないだろう」

 ……嗚呼、言われてみれば、確かにその通りだ。仮にもソキウスは、俺という人間を一番近くで、ずっと見てきた。……その側面しか、知らなかったとしても、俺が誰を見て、誰に、どのような態度を示してきたのか、……この男は、その全てを知っている。全く、気味の悪いことだが。どうせこの男には、筒抜けなのだろう。
 ……只、当初は。少し、興が乗った。耳を傾けてやってもいいかもしれないと思った、その時は、あいつの顔さえまともに認識していなかったのかもしれない。ならば、最初に響いたのは、その声だ、その言葉だった。
 何故、と。その女が口に出した、世界への疑問が、俺と同じだった、それだけだ。
 ……理由など、只のそれだけだったが、それだけで良かったのだ、俺にとっては。……居た、居た、確かに、此処に居たのだ、と。……あの瞬間、あのひと声は、俺という存在を、確かに肯定した。……との出会いで、生まれて初めて、俺は誰かに、その生を認められたのだから、ならばこそ、その相手が異星人だろうが、そんなことはどうだって良かった。地球人は劣等種族だなんだと侮蔑したところで、そもそも俺にとっては、全宇宙の全てが劣等種だったのだ、今更どうということでもなかろう? ……俺は、自分は、間違ってなどいない、と。……そう、信じる為には、他を優れていないものと切り捨てることが、最良の選択であるのは当然だ。俺は優れた人間だから、誰にも俺の心は理解できない。そう、ある種の諦めに達していた苦悩を、肯定した人間は、……あいつが、が、初めてだった。
 愚かなことだ。あの瞬間、俺は自分自身が壊す宇宙を、ほんの少しだけだが、……惜しいと思った。正しくは、そうだ。この命だけは、……壊すには、惜しい、と。

『……私はレボルトの理想が、好きよ』

 愚かなことだ、嗚呼、本当に愚かなことだ。……この、俺が。ここまで、想っているのだから、……あいつが、同じことを想わないはずが、ない。あれは、紛れもなく、俺と同じ類の生き物だ。それが、今更出会って何になる、ああそうだ、確かにそれで救われたさ、……だが、今更願って、果たして、何になる。乞う方法など、俺は知らない。そんな行為に意味はない、欲したところでこの宇宙には何もない、と。そう達観していたと、いうのに。だからお前が乞えばいい、俺に願えばいい、縋ればいい。好きなのは俺の理想ではなく、俺自身だと、言ってしまえばいい。俺が欲しいのだと、素直に言えばいい。俺は確かにお前に希望を、与えてやっただろう。ならば早く、その対価を差し出せ。あの一瞬の鮮やかさでは、全く釣り合いが取れない。お前が差し出せる全てを、俺に差し出せ、その身を差し出せ、全てを俺に捧げると、そう言ったからには、……真っ先に支払うべきものが、あるだろうが。そうすれば、俺とて。多少の見返りは与えてやっても構わんと、……そう、思っていると、言うのに。

「言ってしまえばいいではないか、レボルト。お前は、が嫌いではないのだろう」

 ……それでも、その先に、二人で歩む未来はない、と。そう、互いに理解しているからこそ、……俺は、この情動に、名を付けるわけもいかずに、……それでも、互いが同じ葛藤を抱いていることには、気付いていたとも。
 ソキウスが言葉を選んでいることは分かっている。好きなのだろう、と断定すれば俺が怒るから、嫌いではないのだろう、とこいつは言ったのだ。……そしてその言葉に、疑問符は伴わなかった。そして、ソキウス以上に俺は気付いている、知っている。俺は、どうやら、他人を……、を、好いてしまっているのだと、知っている、俺とて既に、自覚している。だが、俺がそれを認めてしまってどうする、粛清する世界に、未練を作ってどうする、心に迷いを生んで、どうする。……もしも既にその一点が、心の迷いになっているのだとしたら、俺はどうすればいいというのか。理想だけに直向きに突き進んできたこの生涯で、唯一信じた己の夢を愛した女を、……もしも俺が、愛してしまったというのならば。……尚の事、こんなところで志半ばになど、出来るものか。……だからお前が乞えばいい、そうすれば、……それならば、俺は。

から言い出して、乞うてくれたのならば、まあ、確かにお前のほうは、暇潰しに付き合ってやったに過ぎない、というだけの事実にできるだろうな」
「……ソキウス、口を慎め」
「だが、恐らくあいつはお前に何も望まんだろうな。……まあ、お前の態度がもう少し和らげば或いは、というところだが」
「は、俺に媚びろとでもいうつもりか? ……それは過ぎた進言だぞ、ソキウス?」
「そうではない。……だが、お前も案外、鈍いのだな」
「……それは、どういう意味だ」
「何、お前が思っている以上に、あれはお前のことが好きで仕方がないらしいぞ。考えてもみろ、お前の為に母星を棄てた女だぞ、あれは」
「……ならば、さっさと認めてしまえばいいだろうが」
「はは、まさか、お前がそれを言うのか? レボルトよ」
「黙れ」

 ……それをお前の口からではなく、……あいつの口から、聞けていたなら。……こんなにも無駄な会話は、とっくに終わっている。

「俺は聞いているのだがな、の口から、自分はレボルトが好きすぎて死んでしまいたいくらいだと」
「……もしも、それが本当の話なら、お前も、大概いい性格だなァ? ソキウスよ」
「まさか、お前には負けるぞレボルトよ。……だが、まあ、それはも同じだな」
「はぁ……?」
「俺に相談して、俺がそれをレボルトに報告しないと思うか? そんな筈がないだろう、あいつは、それを理解した上で、俺に相談を持ちかけているのだろうな、無意識にかも、しれないが」
「……ほう」
「ああ見えて、あれは策士だ。只の馬鹿なら、ここまでお前に利益をもたらす筈もあるまい。欺くことにあれだけ長けていて、だがその半面で、笑えるほどに嘘が下手だ。は俺に、レボルトが自分を見てくれなくてもそれで良いのだ、と言った。だが、それでは矛盾しているだろう? 自分がレボルトをどれだけ想っているのか、俺の口からレボルトに伝わればいい、と期待しておきながら、……あいつはそんなことを、のたまうんだよ」

 心底楽しそうにそう言って、口角を歪めるソキウスのその姿は、……ああ確かに、俺にここまで着いてきた男というだけはある、と思わせた。……そうだったな、お前もまた、俺以外の前では完璧な、策士なのだったな、とも。……本当に、いい性格をしている。そしてその言葉に気を良くしている俺もまた、心底いい性格をしている。……嗚呼、そうだとも、俺は、堪らなく愉快だった、……そして同時に、腹立たしかった。何故ならば、ソキウスが語る、その葛藤の意味するところは、当然。

「全く、とんでもない女を選んだな。お前達はよくお似合いだ、と俺は思うぞ、友よ。だからこそ、出過ぎたことだが言わせてもらおう。……お前もも、何故こうも、妙なところで臆病なのだろうな、と」

 ……ああ、全くもって、その通りだとも。 inserted by FC2 system


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